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50cmの距離で話すとマスク装着でも高リスク。オミクロン株を含めた富岳の飛沫感染分析
2022年2月2日 17:34
理化学研究所は、スーパーコンピュータ「富岳」を用いた新型コロナウイルス飛沫感染における新たなシミュレーションの成果について発表。感染力が高いオミクロン株についての検証を初めて行なった。
今回の結果から、感染者がマスクをしていても、50cm以内では感染リスクが飛躍的に高まることを示したほか、「オミクロン株やデルタ株では、これまでの2mというソーシャルディスタンスを見直す必要もある」(理化学研究所 計算科学研究センター複雑現象統一的解法研究チームチームリーダー/神戸大学 システム情報学研究科教授の坪倉誠氏)と指摘した。
また、「不織布では小さな飛沫(エアロゾル)のブロック効果は限定的であり、隣同士でしゃべるようなシーンでは、マスクをしていても安心せずに、距離を取り、接触時間を短くするなどの対策を行なうことが大切だ」と呼びかけた。
富岳では、本稼働する前の2020年から、新型コロナウイルスに関する「飛沫・エアロゾル拡散モデルシミュレーション」を実施。飛沫やエアロゾルの飛散の様子を見える化するとともに、飛沫エアロゾル感染についての理解と対策の重要性を啓発してきた。その成果が認められ、2021年ゴードン・ベル賞COVID-19研究特別賞を受賞している。
今回は、オミクロン株も対象にした15分間の会話における感染リスクと対策のほか、イベント会場、飲食店、カラオケボックスにおける感染リスクと対策についても発表した。
50cm以内の距離でしゃべると感染確率が急激に上昇
1つ目の15分間の会話における感染リスクについては、通常呼吸を想定して、一定時間に吸引する飛沫の総量をシミュレーションして予測。飛沫に含まれるウイルス数を過去の文献から仮定して、呼吸で体内に侵入するウイルス数を算出し、感染に至るウイルス数を過去のクラスターイベントをもとに仮定して、感染確率を推定した。オミクロン株はデルタ株の1.5倍の感染力として、パラメータを入力したという。
マスク非装着の感染者と対面し、15分間しゃべったシミュレーションでは、1mの距離を取った場合、オミクロン株では約60%の感染確率となり、デルタ株の50%弱に比べて高いことが分かった。また、50cmの場合では感染確率がほぼ100%、2mでも約25%の感染確率に達している。
「これまでは2mがソーシャルディスタンスと言われていたが、感染力が高いオミクロン株ではそれを見直す必要がある。また、50cmにまで近づくと飛躍的に感染確率が高まることも分かった。感染者がマスクをしていても、50cm以内では感染リスクは高まる。50cmという距離は、イベント会場などで肩が触れ合うぐらいに座り、隣同士で会話をしたさいに発生する。最近では接触時間を意識する人が減っているようだが、長時間の接触は感染リスクを高めることにつながることにも注意してほしい」とした。
また、マスクを外して食事をする際など、1mの距離で、感染者がマスク非装着で会話をした場合には、オミクロン株では12分間で50%以上の感染確率、18分間で70%弱の感染確率があるとした。それに対して、感染者がマスクを装着していた場合には、50cmの距離で1時間会話をしても、感染確率は10%程度に留まるという。
しかし、「マスクを装着することで、上気道に入る飛沫数は3分の1にすることができるが、20ミクロン以下の小さな飛沫に対する効果は限定的であり、マスクをしていない場合とほぼ同数の飛沫が気管奥に達する。大きな飛沫は下に落ちるが、小さな飛沫は空気中に漂い続けることになる。感染を抑止するためには、換気などによって、エアロゾルを低減させるといった対策が効果的である」とした。
イベントではマスク着用と距離の確保が重要
2つ目のイベント会場での感染リスクでは、1人の感染者が、1時間、右隣りの人と会話した際の周囲への感染確率を検証した。
感染者がマスクを非装着だった場合には、右隣の人の感染確率は13%と低いが、斜め右前の人への感染確率は56%と高い。また、感染者がマスクを装着した場合に右隣の人の感染確率が40%に上昇した。
「マスクをしていても隣同士で会話をした場合は感染リスクが高まることが分かった。イベント会場の座席に着席したシーン以外でも、隣の人としゃべると、かなり距離が近くなっていることが多い。イベント会場ではマスクを装着し、距離を開けることが望ましい」とした。
ここでは学校における状況についても触れ、「授業中の感染リスクは低いと考えられるが、15分以内の休み時間に行なわれる児童生徒同士の対話の方が、感染リスクが高いと言える。1度あたりの休み時間を短くして、回数を増やすというような工夫も1つの手である」とした。
換気装置だけでは不十分。空気のかくはんで店舗全体の感染リスクは低減
3つ目の飲食店での飛沫感染リスクでは、16人程度が入る小型店舗を想定。室内に1人の感染者が滞在し、在室者の感染確率をシミュレーションした。滞在時間は1時間で、感染者が30分間、大声で話していることを想定。全員マスクは装着していない環境としている。
シミュレーションの結果、オミクロン株では、法令で定められている機械式換気装置だけでは、1人感染者がいれば、新規感染者数が1人発生するぐらいにまで感染確率があるという。
室内全体の感染リスクは従来株では3.9%であったものが、デルタ株では5.8%、オミクロン株では6.8%と増加していることも分かった。
飲食店内に座った位置での感染リスクもシミュレーションしている。これによると、機械式換気装置だけでは、テーブルに飛沫が残り、感染者の近くに座った人の感染リスクが高まり、感染確率は最大で100%になることもあるという。
一方で、機械式換気装置のほかに、キッチンの排気ダクト、エアコン、ドアの隙間による給排気を行なっている場合には、感染確率の範囲は広がるものの、飛沫が薄まり、感染リスクは減少するという結果が出ている。
「感染対策は、パーティションなどを使った局所対策よりも、店舗全体で対策を行なうことを考えるのが大切である。法令で定められた換気装置だけでは安心はできない。空気が動かないことから、局所的リスクが高まるからだ。キッチンの換気扇やエアコンの稼働、パーティションの設置などの対策を行なうことで、店舗全体の感染リスクは3分の1程度まで下げることができる。また、換気能力のないエアコンであっても、作動させて、空気をかくはんさせることで、リスクを2~3割程度下げることができる。エアコンの風による風上、風下の関係によっては、局所的にリスクが高まることもあるが、上下方向に空気をかくはんすることにより、感染者のエアロゾルを薄めることで、店舗全体の感染リスクが下がる」とした。
また、今回の結果は、夏場のシミュレーションとしているが、冬場の方が、感染リスクが減少しているという。「夏場はエアコンの吹き出し角度が天井に対して30度となり、冬は60度となっている。冬場の方が、下向きになっており、テーブルの飛沫を中心に空気がよりかくはんされ、リスクが低くなっている」と指摘した。
小さな部屋では人数を減らし距離を確保
4つ目のカラオケボックスでは、9人定員のカラオケボックスを想定し、室内に1人の感染者が滞在した際の在室者の感染確率を検証した。滞在時間は1時間で、全員マスクは装着していないという環境だ。
これによると、9人全員が1時間、大声で歌い続けた場合がワーストケースとなり、オミクロン株による室内の平均感染率は35%となり、新規感染者数は2.8人になるという。「この状態は何としてでも避けたい」とした。
7分弱ずつ、1人ずつ座って歌い、残りの人は黙っている場合には、室内の平均感染率は9%で、新規感染者数は0.7人となっている。「歌っている人以外は黙っているというだけでも、かなりリスクは下がる」という。
また、排気ダクトの近くに座っている人には、飛沫が集まってくるために感染確率が高いこと、エアコンの正面にいる人には空気が拡散され、感染確率が最も低いという結果も出た。その一方で、エアコンの正面にいる人が感染者だった場合には、部屋全体の感染リスクが最も高まることも分かった。
さらに、在室者を減らした場合のシミュレーションも実施。9人のパーティを、5人と4人に分けて、密にならずに着席すると、新規感染者の発生数は、2.8人から0.4~0.6人程度にまで減らすことができるという。また、パーティを3人ずつ、3つに分けた場合には、新規感染者数は最大で0.1人まで減らせることができるという。
「カラオケボックスや小さな部屋に集まる場合には、パーティを分割して、1部屋の在室者を減らし、距離を取ることで、大きなリスク低減効果が期待できる」という。
加えて、1人ずつ順番に排気口の下に立って歌う場合には、平均感染リスクは3.99%となり、それぞれの場所で座って歌うケースの8.94%に対して、リスクを半分以下に抑えることができる。オミクロン株の場合には、全員が座って歌唱した場合には新規感染者の発生数は3.32人となるが、1人ずつ座って歌唱するだけで0.96人に減少。さらに排気口の下で歌うことで0.46人に下げることができる。
カラオケなどの場合には、飛沫が発生する場所を固定し、そこで対策をすることで感染リスクを下げることができるというわけだ。「店を経営する人も、利用する人もこうした点を考慮してほしい」とした。
コロナ禍初期を思い出し、改めて対策の徹底を
理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「2021年8月のデルタ株の感染では、ある程度のワクチン効果があったが、今のオミクロン株の感染はその時の状況とは異なり、遥かに悪い状況である。感染対策はより徹底しなくてはならないが、最近では、飲食店での感染対策が徹底されていないこともたまに感じる。また、新たに子供からの家庭内感染の広がりが指摘されており、学校における感染対策も大事である。オミクロン株は少ない飛沫で感染する確率が高まっている。オミクロン株では、マスクの防止効果が弱まっているともいえる。いままで大丈夫だったから、それと同じ対策でいいというのではなく、いままで以上に接触時間を短くする、距離を取るといったことが大切である」とした。
また、理化学研究所の坪倉チームリーダーも、「新型コロナウイルスに初めて遭遇した時に行なった対策をもう一度徹底する必要がある。マスクの装着方法を含めて徹底すること、距離を取ることが大切である」と警鐘を鳴らした。
なお、富岳による「飛沫・エアロゾル拡散モデルシミュレーション」の研究は、「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策」とされ、今回の飛沫シミュレーションでは、内閣官房による「ポストコロナ時代に向けた主要技術の実証・導入に係る事業」や、「スーパーコンピュータ『富岳』政策対応枠『経済活動と感染防止対策の両立の実現のための飛沫シミュレーション』の実施」、国立研究開発法人科学技術振興機構(CREST)の「異分野融合による新型コロナウイルスをはじめとした感染症との共生に資する技術基盤の創成」プロジェクト「スパコンによる統合的飛沫感染リスク評価システムの開発と社会実装」、HPCIの「令和3年度 富岳 一般課題 : 新型コロナを対象とした統合的飛沫感染リスク評価システムの開発と社会実装」の支援を受けて実施されている。