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理研、スパコン富岳で不織布や手作りマスクの飛沫の差を解析
~オフィス内、イベントホールなどでのエアロゾル感染もシミュレーション
2020年8月25日 09:50
理化学研究所(理研)は、スーパーコンピュータ「富岳」で行なっている新型コロナウイルス対策に関する研究開発のうち、「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策」における進捗状況について報告した。
理研 計算科学研究センター 複雑現象統一的解法研究チームチームリーダーであり、神戸大学システム情報学研究科の坪倉誠教授は、「マスクを着用していれば、咳をしても飛沫を抑え、気流を抑える効果があり、遠くに飛沫が飛ばない。頬と鼻の部分にマスクの隙間があっても、体積比では8割の飛沫を抑えられる。また、自分を守る被感染防御効果では、体積比で7割程度を抑えられる。数値結果からは、不織布マスクだけでなく、手作りマスクでも十分役割を果たす」とした。
また、オフィスのパーティションは、1.2mの高さでは、飛沫飛散を防御するには不十分である一方で、1.4m以上の高さになると、部屋内に換気の悪い場所が局所的にできやすくなり、エアロゾルの感染リスクが高まることもわかった。「換気むらを、できるだけ少なくすることが,エアロゾル感染リスクを低減させる意味において重要である」と指摘した。
富岳の膨大な計算能力で室内での飛沫感染をシミュレーション
理研の「富岳」は、2020年5月に筐体の搬入が完了し、2021年から共用を開始する予定であるが、文部科学省と連携し、一部計算資源を供出し、新型コロナウイルスの対策に貢献する研究開発プロジェクトを複数実施している。
今回、進捗状況を発表した「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策」は、オフィスや教室、病室といった室内環境において、ウイルス飛沫による感染リスクを、さまざまな条件下で評価し、空調や換気、マスクなどを活用したリスク低減対策を提案する狙いがある。
新型コロナウイルスが、せきやくしゃみ、声を出すことなどで発生する飛沫と、これらの飛沫のうち、非常に小さいものであるエアロゾルによって、感染が広がる可能性が指摘されており、感染のリスク評価と、予防対策のためには、飛沫やエアロゾルの飛散経路を正しく推定する必要がある。
だが、飛沫やエアロゾルの飛散経路は、空気の流れや湿度、温度などの複合的な影響を受けるため、その推定には膨大な計算が必要になるという。
そこで、「富岳」を活用し、富岳への実装が進められている超大規模熱流体解析ソフト「CUBE」を使用。これまでの計算機では困難だった高精度で大規模な飛散シミュレーションを実施している。
すでに、シミュレーションの結果を動画化し、飛沫が具体的にどのように広がるのかを視覚化。マスクの効果や、通勤列車、オフィス、教室などにおいて、咳や発話などによる飛沫やエアロゾルによる感染リスクの可能性を指摘していた。
これまでのシミュレーションでは、マスクを着用することで、飛沫飛散抑制の効果のみならず、気流抑制効果か高いことを実証。だが、顔とマスクとの隙間から、かなりの空気の漏れがあり、飛沫飛散抑制効果が完全ではないことを示していた。
不織布マスク、ポリエステル/綿の手作り布マスクでの飛沫の差
今回のシミュレーションでは、市販されている不織布マスクと、手作り布マスク(ポリエステル相当)、手作り布マスク(綿相当)という3種類の異なる素材のマスクの飛沫抑制効果について、シミュレーションを行なった。
3種類のマスクは、サイズは同一。布マスクは、いずれも1枚の構造とし、ポリエステル相当はシーツで作ったベストパターン、綿相当は着古したTシャツを素材としたワーストパターンと想定して、それぞれを評価した。
これによると、綿のほうが空気を通しやすいため、透過して出ていく飛沫が多いことが明らかになったほか、ポリエステルは、綿に比べると透過量は少ないが、不織布マスクに比べると多いことがわかった。また、フィルタの性能が高い不織布マスクは50ミクロンよりも大きな飛沫は完ぺきに抑えており、ポリエステルで9割以上、綿では8割程度を抑制したという。
以下、不織布マスクと手作りマスクの飛沫抑制効果の動画になる。マスクを透過して出ていく飛沫を青色、マスクの隙間から出た飛沫が黄色、マスクおよび顔に付着した飛沫が赤色で示されている。綿相当の布マスクはマスク透過していく飛沫が多いのがわかる。動画では、鼻まで覆われた状態でシミュレーションが行なわれている。
「飛沫のサイズが小さくなるほど、マスクで抑えられる比率は下がる。とくに、不織布マスクは、空気抵抗が大きいため、横から漏れる飛沫が多くなり、小さいサイズの飛沫だけを見れば、布マスクよりも性能が落ちる」との新たな結果も示した。
ただ、「全体的には、不織布マスクがもっとも抑制効果が高いが、それを着用して息苦しい場合には、少し性能が落ちても、空気がとおりやすい布マスクを着用するのがいい。着用することが大事であり、苦しいからマスクを外してしまうというのが、一番リスクが高い」とも指摘した。
今回は、自らを守る被感染防御効果についても評価。鼻と口で同時呼吸を想定したシミュレーションを行なった。ここでは、医療用マスクなどにより、顔に隙間なく着用した場合には、吸引する飛沫、エアロゾルはほぼブロックすることができることがわかった。
また、マスクと顔に隙間がある場合でも、マスクを着用することで上気道に入る飛沫数を3分の1にすることができ、とくに大きな飛沫については侵入をブロックする効果が高いという。だが、20ミクロン以下の小さな飛沫に対する効果は限定的であり,隙間からの侵入を阻止することはできないという。
ちなみに、マスクなしの場合には、大きな飛沫のほとんどが、鼻腔や口腔に付着。さらに、20ミクロンより小さな飛沫は気管奥にまで到達するという。
坪倉チームリーダーは、「マスクは自分を守る上でも効果がある」とする一方、今回の結果は、口のなかにセンサーを設置して測ることができない。実験ではできないものが、シミュレーションで評価できた点は大きい」と述べた。
なお、新たにフェイスシールドの飛沫飛散防止効果についてもシミュレーションを実施。
「フェイスシールドは、自分を守るものであり、飛沫飛散を防止することが本来の目的ではない」と前置きしながらも、「50ミクロン以上の大きな飛沫についての捕集効果は見込めるが、それ以下のサイズの飛沫については、シールドにはつかずに、すべて横から漏れていってしまう。効果は限定的である。フェイスシールドで飛沫飛散を守ろうとする場合には、小さな飛沫に対して、エアコンによる換気を併用する必要である」と指摘した。
病室でのエアロゾル感染リスクをシミュレーション
一方、いくつかの具体的なシーンでのシミュレーション結果についても説明した。
病室では、4つのベッドが配置された82.5立方mを想定したシミュレーションを行なった。換気能力を持たないエアコンが設置されて、外気が入る窓と、それが抜けるドアがある病室を想定したシミュレーションだ。「一般病室という捉え方とともに、小さな部屋というイメージで捉えてもらってもいい」とする。
仮想的に、エアロゾルが充満した状態となった環境を作り、外気を取り入れる経過をシミュレーションしたところ、エアコンを停止した状態では、500秒後には外気が入る場所の近くは若干清浄化されるが、カーテンなどで区切られた場所の換気はまったく進まない。
だが、エアコンをオンにした状態だと、エアコンに換気機能がなく、供給される新鮮な空気の量は同じでも、部屋全体の空気が循環し、室内の換気が進み、空気が清浄化されるという。
「病室では、仕切りカーテンの影響で換気むらができるため、こうした場所は、外気を取り入れるだけでなく、エアコンや扇風機などで空気を循環させるのがいい」とした。
オフィスでのエアロゾル感染リスク
パーティションは高すぎると逆効果
オフィスのシミュレーションでは、18人が着席できる269立方mの広さを対象に実施した。一般的なオフィスでは、各種法令によって、1人あたり20~30立方m/時という、一定基準を満たした外部空気による換気が行なわれているという。
だが、室内の空気の流れは一様ではなく、オフィス内には換気効率のむらが発生しており、そこに感染リスクが存在するという。
机ごとに仕切ったパーティションを設置したさいには、座ったさいに口の上ぐらいの高さとなる1.2mでは、前にいる人に飛沫がかかり、感染防止対策では不十分であるとし、目線の上の高さとなる1.4m以上が必要とした。
だが、「パーティションを高くすれば相手に飛沫がかかることを防止できるが、エアロゾルによる感染リスクが高まるという結果が新たにわかった」とする。
シミュレーションでは、1.6mのパーティションがあるオフィスと、パーティションがまったくないオフィスをそれぞれ比較。その結果、パーティションがあるオフィスのほうは、座席周りは空気が清浄されているが、局所的に換気むらが発生したのに対して、パーティションがないオフィスのほうは部屋が全体的に清浄されたという。
高いパーティションを設置していると、部屋の一番奥に設置されることが多い管理職の席や、コピー機などが設置されていることが多い部屋の角などの部分に換気むらができ、空気の質が悪くなるという。ここにエアロゾルが蓄積されることになり、コピーを取るたびに感染リスクが高まるという結果につながるという。
「オフィス内に換気むらができないように、扇風機などを使うといったことが、エアロゾル感染リスクの低減につながる」とした。
教室でのエアロゾル感染はエアコンや窓開けでリスク低減
教室のシミュレーションについては、京都工芸繊維大学の山川勝史教授が説明を行なった。ここでは、生徒40人、192立方mの教室を対象に、エアロゾル感染リスクの評価を行なった。
窓の大きさや廊下側の扉、欄間などの開放具合を組み合わせて、4つのケースを比較。その結果、大きく窓を開けた場合は100秒程度で新たな空気に入れ替わっていること、わずか20cmしか窓を開けなくても、対角換気を行なえば、十分な換気ができていることを示した。
「エアコンを稼働させなくてはならない夏場や冬場でも、対角に少し窓を開ければ十分な換気ができる。さらに感染リスクを下げたいのであれば、休憩時間に窓を全開にするという手もある」としている。
2千人規模のイベントでの多目的ホールの感染リスク
今回のシミレューションでは、新たに2千人の収容が可能な多目的ホールも対象にした点が特筆される。イベント開催時のクラスター発生が懸念されたり、手探りでイベントの再開がはじまったりしているなかでは注目すべき結果だと言えよう。
これは、神奈川県川崎市に、実在している約1万4千平方mの会場をもとに行なったシミュレーションであり、イベント開催時の演者による飛沫やエアロゾルが観客にどんな影響を及ぼすのか、観客が咳をした場合にはどんな影響があるのかを評価した。
「多くのイベントホールの場合、換気や空気循環についてはよく考えられる。このイベントホールでは、床下から外気を取り入れたエアコンの風が吹き出しており、熱とともに上にあがった空気がホール上部の吹き出し口から排出される仕組みになっている。シミュレーションでは、ホール全体に汚染した空気を充満させても、10分程度でほぼ清浄化された。エアロゾルの感染リスクは問題ないレベルであると考えられる」とした。
一方、ステージ上の演者が強い咳を2回連続で行なった場合のシミュレーションを行なった。これは、歌唱時に強い息を発することを捉え、ワーストケースと言える状況を想定したものだ。
その結果、「10ミクロン以上の大きな飛沫については、1m以内の範囲にほぼ落ちてしまうが、5ミクロン以下の小さな飛沫は空気中を漂って、2~3m飛んでいく。ステージから2~3m離れればリスクはかなり減らせる。演者も2m以上離れるかたちにしておけば、感染リスクは下げられる。
だが、これはエアコンがないケースであり、エアコンがかかっているとさらに流れていくことになる。これが厄介であると考えている」(坪倉チームリーダー)とコメントした。
演者が口元部分を覆うフェイスガードを着用した場合については、「飛沫は防げても、横や上部からエアロゾルが飛散する。そのリスクを考えながら、フェイスガードを使用する必要がある。濃度の高いエアロゾルを、速く拡散し、薄めるために、大きな扇風機を使うといった工夫も必要だ」とした。
また、客席で、観客が咳をした場合のシミュレーションも実施。「マスクをしないで咳をした場合には、エアコンの空気が弱い1階の客席でも、前の座席の2人は完全に飛沫がかかる。その横にいる人たちにも影響がある。
マスクをした場合には横から漏れたエアロゾルが周りの人のあたりを漂うことになる。マスクをして、横の席を空けることで感染リスクは下げられる。
4階席のエアコンの風が強いところでは、マスクをしないで咳をすると、2m以上も飛沫が飛散し、前の座席の人は完全にリスクに晒される。2列先の人にも影響する。マスクをすれば、周りの人だけで済み、そこまでのリスクは回避できる」と述べた。
坪倉チームリーダーは、個人的な意見としながらも、「まずは定員の半分ぐらいに限定し、マスクを着用し、イベントを再開し、クラスターの発生を見極めながら、段階的にルールを緩和していくことが大切だろう」とした。
富岳では飛沫飛散の物理モデルが詳細にシミュレーション可能
富岳によるシミュレーションについて、坪倉チームリーダーは次のように述べる。
「マスクやフェイスシールドのシミュレーションは、富岳の性能を使わずに行なえるが、富岳によるシミュレーションの特徴は、飛沫飛散の物理モデルを詳細にできるという点だ。飛沫が飛散し、周りの空気と交じって乾燥し、飛んでいくさいの複雑なモデルも取り入れることができる。飛沫が壁やフェイスシールドにくっついたり、反射したりといったところも反映できている。
さらに、迅速に、多くのシミュレーションを行なえる点も富岳の大きな特徴である。マスクのシミュレーションでは、1日もかからずに結果が出てくる。
また、容量があるため、30ケースや50ケースのシミュレーションが同時並行で行なえる。飛沫飛散やエアロゾル飛散のシミュレーションは、さまざまなケースを想定する必要があり、計算をしてみたらうまくいかないということもある。この3カ月で、約2千ケースのシミュレーションを行なっている。ここに富岳の魅力がある」と説明。
「空気の流れを示す運動方程式、飛沫が飛んでいくさいの運動方程式、飛沫が蒸発したり、くっつくさいの物理モデルを連立させて解いている。マスクについては、さまざまな素材に対する実験データや、論文によるデータを使っている。
たとえば、マスクの前と後ろでは、それぞれどれぐらいの空気抵抗があるのかといったデータや、さまざまなサイズの粒子が、マスクの前後にどれぐらい通過するのかといったデータもある。これらをシミュレーションに組み込むことで、マスクの隙間からどれぐらいの粒子が漏れるのかということがわかる。実験データを参考にして、計算モデルを組み込んで、実験では得られないようなデータを導き出している」とした。
「今後は、公共交通機関における評価にも取り組みたい。すでに通勤列車でのシミュレーションを発表しているが、これも継続的に行なっているところだ。タクシー、バス、飛行機でも解析をしたい。また、オフィスや教室のほか、ショッピングモールなどにも対象を広げたい。さらに、エアコンや扇風機を回すといった提案だけでなく、アフターコロナ時代に向けて、病室のベッドの横に換気口を設置するなど、感染リスクを下げるための設備の提案にもつなげたい」という。
さらに、「教室での生徒それぞれの動きなど、現実の状況に近づけるというやり方もあるが、むしろさまざまなケースを解きたいと思っている。イベントホールや野球場、ディスコ(クラブ)などそれぞれに条件が違っており、それぞれにおいてリスク評価を行ない、一般生活に戻っていくためのガイドラインとして情報を提供していきたい。
シミュレーションを現実に近づけるために、精度を高め、条件を追加していくと、計算に時間がかかり、結果を出すのにも時間がかかる。それよりは、たくさんのケースをシミュレーションしたい」と基本姿勢を示した。