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二重マスクは効果薄、スパコン富岳が実証。飛沫シミュレーション動画を公開

富岳

 理化学研究所(理研)は、スーパーコンピュータ「富岳」による、ウイルス飛沫感染に関する新たなシミュレーション結果について発表した。

 今回のシミュレーション結果では、最近多くの人が採用している「二重マスク」についても説明。理化学研究所 計算科学研究センター 複雑現象統一的解法研究チームリーダーの坪倉誠氏(=神戸大学 システム情報学研究科教授)は、「マスクを二重にしても、性能が単純に足し算になるわけではない」とする。

 「マスクを二重にすることは、フィルタ性能の低い布素材のマスク同士や、不織布マスクをゆるゆるの状態でつけた上に、布やウレタンマスクをつけた場合などでは、ある程度の性能向上が期待できるが、その効果は不織布マスク1枚を正しく装着した場合と大きく変わらない。不織布マスクをつける場合は、できるだけ隙間なく装着することが大切である」とした。

 また、歩行中や飲食店における感染リスクの新たなシミュレーション結果や、路線バスや観光バス、救急車での感染リスク評価なども発表した。

 理研では、文部科学省との連携により、2020年4月から、富岳の一部計算資源を供出。新型コロナウイルス症に関する研究などに先行利用している。

 今回のシミュレーションは、実施課題の1つである「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策」によるものであり、内閣官房の「スマートライフ実現のためのAI 等を活用したシミュレーション調査研究業務」の支援なども受けている。

 富岳のほかに、東京大学のスーパーコンピュータ「Oakbridge-CX」や、九州大学のスーパーコンピュータシステム「ITO」も一部利用している。

 なお、富岳は、2021年3月9日に開発、整備が終了し、今後、学術分野や産業分野向けに広く共用が開始される予定だ。

 理化学研究所計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「2020年1月から約1年の準備期間を経て、ようやく稼働を開始する。新型コロナウイルスの感染対策については社会的要請も多い。今後もいくつかの発表を予定している。日本の感染症対策に役立ててもらいたい」などと述べた。

理化学研究所 計算科学研究センター 複雑現象統一的解法研究チームリーダーの坪倉誠氏(=神戸大学 システム情報学研究科教授)
理化学研究所計算科学研究センターの松岡聡センター長

マスクのタイトフィットとルーズフィットの差

 今回発表したウイルス飛沫感染のリスク予測を担当する理化学研究所の坪倉チームリーダーは、最初にマスクによる感染予防について説明。これまでのシミュレーション結果と、新たな結果をもとに、3つの観点から説明した。

 1つ目は、マスクによる感染予防において、フィルタ素材の性能のみで議論するべきではないこと、正しい装着をすることが大切であるという点だ。

 「フィルタ素材の性能が良ければいいという考え方は変える必要があり、装着をしたさいの漏れも含めた飛沫捕集効率と、息苦しさとのバランスを考えるべきである。不織布などのフィルタ性能の高いマスクは、装着したさいに隙間からの漏れが発生するので、装着したさいの性能低下がより大きくなる。このような高性能マスクを装着するさいは,顔との隙間をできるだけなくすことが大切である」とした。

【不織布マスクをタイトフィットさせた場合】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【不織布マスクをルーズフィットさせた場合】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 これまでの豊橋技科大の実験では、マスクそのものの通気性とフィルタ捕集効率を捉えていたが、新たな実験では、マスクを装着したさいの実効性能を検証。

 不織布マスクはフィルタの捕集効果が高い分、顔に装着すると空気抵抗が大きくなり、横から漏れてしまい、性能が70~80%に低下するという。

 また、布マスクは捕集性能が低い分、装着しても性能がそれほど落ちない。医療用のN95は装着しても捕集性能は高いが、不織布の3~4倍も通気性が悪いことがわかった。「N95を装着して日常生活を送ることはほとんど不可能である」とした。

 坪倉チームリーダーが訴えたのは、不織布マスクは、着け方によって性能が異なるため、正しい装着をすることだ。

 不織布マスクには鼻の部分に、ノーズフィッターがある。検証結果では、金具を鼻に沿って折り曲げずにそのまま装着する「ルーズフィット」では、飛沫の捕集効率が69%であったのに対して、金具を鼻の形状に沿って変形させて装着するタイトフィットをすると85%に捕集効率が上がったという。

布/ウレタンの二重マスクは2割程度しか効果なし
不織布マスク1枚を隙間を減らしてつけることが重要

 「いまはルーズフィットの人が大半だと言える。鼻の部分から飛沫が多く漏れている分、フィルタからの漏れは少し減っている。不織布マスクは着け方が大事であり、着け方によって性能が変わる。きちんと着けようという意識を持つことが大切である」とした。

 2つ目は、二重マスクの効果についてだ。

 坪倉チームリーダーは、「不織布マスクをゆるゆるの状態でつけた上に、布やウレタンマスクをつけた場合などでは、1~2割程度の性能向上は期待できるが、不織布マスク1枚を正しく装着した場合とあまり変わらない。神経質にならずに、1枚の不織布マスクを、できるだけ隙間なく装着することが大切だと言える。また、不織布を2枚装着することは、ほとんど意味がない。2枚装着すると空気抵抗が大きくなり、隙間から漏れてしまう」などとした。

【不織布1枚ルーズフィット(69%)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【不織布1枚フィット(81%)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【不織布1枚タイトフィット(85%)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【二重マスク(89%) 不織布(フィット)+ウレタン】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 実験による計測では、ウレタンマスクや布マスクは二重にすると、1~2割の性能向上が見られ、不織布マスクと布マスクを二重にした場合も捕集性能が1割向上するが息苦しくなるという。

 「さまざまな組み合わせをやってみたが、捕集率は高くなっても2割程度。性能が2倍になるということはない。不織布1枚でフィット装着した上にウレタンマスクをした場合の捕集効率は89%だが、先に触れたように、不織布1枚でタイトフィットさせれば85%の捕集効率となり、4%の性能向上でしかない」。

 「二重にしなくても、不織布1枚でタイトフィットしておけば、二重マスクと同等の性能を得られる。性能から言えば、不織布マスク1枚でも、きちっと装着するのがいい。コストもかからなくていい」と述べた。

 なお、二重マスクにする場合には、内側に不織布マスクを着けて、その上にウレタンマスクなどで押さえて、隙間をなくすほうが性能は上がるという。「性能がいいものを隙間なく、密着させるのがいい」とした。

 そして、3つ目がマスクの感染予防には限界があることを理解するという点だ。「マスクの性能のみを追求すると,N95などの医療マスクに行き着いてしまう。マスクだけでなく、手洗いやうがい、室内の換気、人と人との距離や接触時間といった複合的な観点から、持続的な無理のない対策が必要である」とした。

会話中の歩行者らの後ろを歩くとリスク大

 歩行中のソーシャルディスタンスについても発表した。

 坪倉チームリーダーは、「歩行時には、後方に飛沫やエアロゾルが集中する領域が発生し、通常の会話時に対しても広くなる。また、歩行速度が速くなると飛散の広がりが大きくなる。歩行時は、後方のリスクが高まると言え、前方でしゃべりながら歩いている人がいるとリスクが大きい。ソーシャルディスタンスは、1~2mと言われているが、歩行時はもう少し広がることを覚えていてほしい。2倍程度の距離が1つの目安」とする。

 一方で、「だが、3m離れていても、その状態が1時間続くとリスクが上がる。歩行中は、ここまで距離を取れば安全であるというのは示しにくい。しかし、風速毎秒2~3mの風が吹いていれば、飛沫は拡散する。ただ、0.5m~1mの風の場合は特定の方向にリスクがある」とも語った。

【静止時の飛沫の飛び方】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【歩行時の飛沫の飛び方】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 研究によると、時速4.6kmで歩行したさいに、5μm以下のエアロゾルは、ほとんど重力の影響を受けずに、歩いている人の後ろを、広く引きずっているようなかたちになるという。大きな飛沫も、止まって会話しているときには1m以内に落ちるが、歩いていると2~3mぐらい後方まで引きずるという。

 「大きな飛沫のほうが、ウイルスが多く、リスクが高い。また、2人でしゃべりながら歩いている場合には、どんな角度で喋っていても、隣の人への影響にそれほど差はない。歩きながらしゃべっている人の後ろには、飛沫がたまった空気の塊を背負いながら動いているというイメージである。真後ろではなく、少し横を歩くのがいい」とした。

 エスカレータでも、前にいる人がしゃべっていると、同様の影響が想定されるという。

【会話歩行時(正面)の飛沫の飛び方】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【会話歩行時(40度)の飛沫の飛び方】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【会話歩行時(80度)の飛沫の飛び方】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 また、時速2.3kmと4.6km、ジョギングのペースである9.2kmで、会話した場合の飛沫の飛び方を比較すると、影響範囲はそれほど変わらないが、歩行速度が速くなると、飛沫の密度は薄くなるという。

 だが、「ジョギングするときは、同じ人の後ろを走り続けないこと、距離を少し取ることを考えてほしい。駅や地下道で歩いているときも、止まっているときよりも飛沫の影響範囲が広くなるということを理解しておいたほうがいい」とした。

【会話歩行時(時速2.3km)での飛沫の飛び方】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【会話歩行時(時速4.6km)での飛沫の飛び方】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【会話歩行時(時速9.2km)での飛沫の飛び方】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 そして、「歩いていても、大声で会話したときのほうが飛沫は飛びやすい。スポーツをしたあとに呼吸が激しくなっているときには、通常の会話時よりも飛沫が飛ぶといったことも考えられる。歩いているさいにも、マスクを着用していたほうが飛沫の発生量を減らすことができる。あらゆるシーンでマスクを着用してほしい」と提案した。

【会話歩行時(通常の発話)での飛沫の飛び方】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【会話歩行時(大声)での飛沫の飛び方】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

バス内では空気を排気する排気エアロゾル対策がキモ

 新たに行なったシミュレーションが、路線バスにおける感染リスクの評価だ。

 ここでは、扉開け、窓開け、パーティション、エアコンに装着したエアロゾルフィルタによる対策の効果を検証。市街地での走行を想定して、時速20kmで、運転手を含めて63人が乗車(乗車率80%)した環境を再現し、エアコン設定は内気循環の設定のみ、すべての窓を5cm開けたとした。

 「マスクを着用していない場合には、大きな飛沫が周囲の乗客にかなりかかっている。マスクをすることでそれがほとんど防げている。だか、重力の影響を受けないエアロゾルは車内に広がることになる」という。

【バス内でマスクなし】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【バス内でマスクあり】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 また、運転手の周りにあるパーティションは、運転手が咳をした場合や、乗客が咳をした場合も、大きな飛沫の飛散を防止する効果があるが、同様にエアロゾルは、バスのなかに急速に広がっていくことになる。

【バス内でのパーティション効果(運転手が咳)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【バス内でのパーティション効果(乗客が咳)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 つまり、路線バスにおいては車内に広がったエアロゾルへの対策が重要になるというわけだ。

 検証によると、車内の前方と後方の2カ所にある換気扇を排気モードにすると、窓を閉めていても3.5分、窓を5cm開けると2.5分で、室内容積分の新鮮な空気を取り込むことができる。

 「換気扇を排気モードにすることに加えて、停車時の扉の開閉、走行時の窓開けによる換気効果が大きい。また、エアロゾルフィルタを活用すると、排出された飛沫核は、エアコンブロワの気流とともに上昇し、エアロゾルフィルタに捕獲される。1回のろ過で50%を除去し、それが繰り返されることでバスのなかのエアロゾルが減少する。だが、人が呼吸したさいに発生するCO2は低減できないので、空気質維持に適度な換気が必要である」とした。

【バス停止時(側窓閉め/乗降口開け/エアコンON/換気扇排気)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【バス走行時(側窓50mm開け/乗降口閉め/エアコンON/換気扇排気)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 検証の結果から、60分の運行における換気回数は約15~30回に達しているほか、窓を閉めていても、エアロゾルフィルタの使用により、約2分で室内容積分の新鮮な空気を取り込むことができ、窓開けと同等の効果があることがわかった。

【バス停止時(エアコンON/換気扇排気/マスクあり/エアロゾルフィルタあり)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 坪倉チームリーダーは、路線バスにおける感染リスク対策として、「マスクを着用することで、発生する総飛沫数を約7割減らせるという結果がすでに出ており、運転手と乗客が、ともにマスク着用することで、感染リスクを低減できる効果は大きい。近距離に人が存在する空間では、飛沫の拡散防止にマスクが有効である。

 また、路線バスは、換気扇を排気モードにすることで、高い換気性能が発揮される。さらに、防塵フィルタの代わりにエアコンに設置したエアロゾルフィルタは、窓開け換気と同等の効果がある」と総括した。

 今回の検証に協力したいすゞ自動車では、「バスを製造するメーカーの1社として協力したものである。今回の結果を参考にしながら、バスの運用や利用に適した方法を選んでもらいたい」としている。

マウスシールドは前方への飛沫飛散をある程度抑制

 一方、これまでにも行なってきた飲食店における飛沫感染リスク評価では、「感染リスク低減への取り組みは、それぞれの立場の人たちが、それぞれの考え方やポリシーを持って対策を行ない、その総合的な効果が重要になる」として、シミュレーションをもとに、利用者の観点と、経営者の観点から対策を提案した。

 今回のシミュレーションでは、飲食店の4人掛けテーブルで、1分程度の会話をした場合に、手のひらサイズのマウスシールドを装着すると、20%程度の飛沫はマウスシールドに付着するものの、エアロゾルは人の体温で上方向に広がり、前方への飛散はある程度抑えられることがわかったという。

【4人掛けテーブルでマウスシールドなし】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【4人掛けテーブルでマウスシールドあり】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 「マスクを着けずに、飲食時に会話をすることは、飛沫感染リスクが高まる。飲食店の利用者は、発話時に口を覆うような紙や下敷きのようなもの、簡易なマウスシールドを口に近づけるだけでも、感染リスクはかなり変わることになる」とした。

飲食店ではエアコンと厨房排気ダクトの利用が効果的

 一方、店舗では、内循環エアコンの運転の有無による室内換気の効果を検証。エアコンをオフにした状態では,空気のきれいな場所と汚れた場所がはっきりと分かれ、室内の空気の質にムラができることがわかったという。

【飲食店でエアコンON(赤: 汚れ空気、青: 新鮮空気)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【飲食店でエアコンOFF(赤: 汚れ空気、青: 新鮮空気)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 また、厨房の排気ダクトは強力な排気能力があり、1時間あたりの3回だった換気回数を、排気ダクトの活用により、11回の換気ができ、4倍にも換気性能を増やすことができたという。

【飲食店の厨房で換気扇ON(赤: 汚れ空気、青: 新鮮空気)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【飲食店の厨房で換気扇OFF(赤: 汚れ空気、青: 新鮮空気)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 店舗の経営者に対しては、「店舗内の換気システムを確認してもらいたい。外気給気口と室内空気排気口の位置や風量を調べておき、エアコンシステムが外気導入型なのか、循環型なのかといった確認を行ない、給気口からの流れを妨げないようにしてほしい。室内の空気のよどみは、場所による感染リスクのばらつきを生むことにつながる」と指摘した。

 加えて、「換気機能がない空気循環型のエアコンであっても、エアコンを作動させることで空気がかきまぜられ、室内の一部にリスクが高い場所がなくなり、リスクの分散化につながる。室内にちらばったエアロゾルに対するリスクを分散させるには,エアコンを積極的に活用して空気をかき混ぜることが大切である。厨房の排気ダクトによる換気効果も大きい。冬場は寒い空気が入ったり、夏場は暑い空気が入ったりという課題はあるが、換気機能の1つとして積極的に利用してほしい」とした。

救急車内での飛沫シミュレーション

 最後に、救急車における感染リスク評価と対策についても報告した。ただし、これは新型コロナウイルスに感染した患者の搬送を想定したものではなく、一般患者の搬送を前提にしているという。

 シミュレーションは、トヨタ自動車のハイエースによる救急車を対象にし、患者と付き添い者のほか、救急隊員3人、運転席2人の7人の乗車を想定。フロントエアコン設定は、外気導入、風量最大モードとし、リアエアコンは内気循環のみ。窓は全窓閉めと、運転席および助手席の5cm開け、後部小窓全開の状況を比較。停車時と時速40kmの走行時の換気能力について調べた。

 搬送者が咳をしたさいの1分後の飛沫数は、換気扇のみでは3分の1程度の減少だったが、フロントエアコンを作動させると5分の1程度となり、フロントエアコンとリアエアコン、換気扇のすべてを使用すると9分の1にまで減らせるという。さらにマスクをすることで15分の1程度まで減少させることができたという。「マスクとエアコンの活用が重要である」とした。

【救急車で患者が咳(換気扇のみ)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【救急車で患者が咳(フロントエアコンと換気扇)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【救急車で患者が咳(フロント&リアエアコンと換気扇)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 また、救急車内は、換気扇だけだと5分半で1回の換気だが、エアコンを作動させることで、3分間で換気。6人乗車の場合には、1人当たり換気性能は一般オフィス並の高さとなる。エアコンと換気扇の併用のほか、窓を開けることで換気量をさらに拡大。より高い換気性能が得られるという。

 シミュレーションでは、運転席および助手席の窓を5cmずつ開け、後部の小窓を全開にすれば、時速40kmで走行したさいの換気量は3倍まで増えるという。だが、停止状態では窓開けによる効果は認められなかったという。

 坪倉チームリーダーは、「搬送される患者も可能であれば、発生する飛沫の総数を減らすという観点からマスクをしてもらいたい。また、エアコンの空気は,発生したエアロゾルをより速く薄める拡散効果と、速く車外に排出する効果があるため、冷暖房に関わらずつねに作動させておくことが望ましい。また、可能なかぎり外気導入モードに設定することが望ましい」とする。

【救急車で患者が咳(患者はマスク着用)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 さらに、「運転席と後部座席を仕切るカーテンは,運転席側が正圧となることで,後部座席からのエアロゾルの侵入を効果的に防止できるほか、患者を覆うビニールカーテンは、エアロゾルの車内拡散を防ぐのに効果的である。

【救急車で患者が咳(運転席と処置室の間にカーテン)】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【救急車内の患者にセパレータカーテン】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙
【救急車内の患者にセパレータカーテンと換気扇】
提供:理研・豊橋技科大・東工大,協力:京工繊大・阪大・大王製紙

 カーテン内に換気扇を入れると、陰圧効果によりエアロゾルはさらに効果的に排出される。だが、エアコンの風が入りにくくなるため、より長時間にわたり、カーテン内にエアロゾルが滞留することになる。エアコンの外気導入による換気は有効だが、室内に拡散してしまう飛沫を抑制する方法を考える必要がある」などとした。

 協力した神戸市消防局では、「救急業務は、罹患した人に真っ先に対応するため、感染リスクが高い一方で、安全でなくてはならず、救急車を感染の媒体にしてはならない。現時点ではそうした事例は生じていないが、より感染力が高い感染症が発生することも考えられる。安全な救急体制を維持したい」とした。

神戸市消防局