大原雄介の半導体業界こぼれ話

Skylakeの製造終了で思うこと……など、雑談3題

 今月も細かい話を色々と。

Skylake/Kaby LakeがEOLに

 3月3日、IntelはPCN846571-00およびPCN847599-00を発行、SkylakeおよびKaby Lake世代のCore iプロセッサとPCH、それにXeon/Xeon Scalableが製造終了になることが判明した(図1、2)。

【図1】PCN846571-00。Core i/Pentium/CeleronとPCH、それとXeon E3が対象
【図2】PCN847599-00。Xeon Scalableが対象

 もっとも発表日は同じ2025年3月3日だが、PCN846571-00の方は最終受注が2025年9月5日、最終出荷日が2026年9月4日なのに対し、PCN847599-00の方は最終受注こそ2025年9月5日なものの、最終出荷日が2028年3月31日と、もう少し頑張って供給を行なうことになっている。

 さて、実はここのリストにある製品、コンシューマ向けおよびサーバー向けに見えるが、実は全製品組み込み向けSKUが用意されている。これは後ろにEが付かないものもそうで、たとえばCore i3-6100を見ると、「組込み機器向けオプションの提供 はい」と明記されている。

 第6世代Coreプロセッサが今さらコンシューマ向けにニーズがあるか?といえばないのは当然だし、PC向けの通常のサポート期間は7年であり、なので2015年第3四半期に出荷を開始して、2022年9月20日にはサービスライフタイム終了状態になっている。

 問題はこれを利用して産業機器向けのSOM(System On Module)とかSBC(Single Board Computer)が現在も販売されていることだ。Intelは過去、こうした組み込み向けに15年の供給保障を付けて販売しており、なので本来なら2030年まで供給を行なわないとまずいのだが、10年で打ち切りにしてしまった格好だ。

 実は、このEmbedded向けの供給保障期間がだんだん短くなっているという問題があって、確かSkylakeベースのXeon Scalableが出た時に10年に短縮されている。

 PCN847599-00の方がこれに該当するわけで、たとえばXeon Gold 5118は2017年第3四半期に発売を開始しているから、最低でも2027年まで供給を行なわないといけない。PCN847599-00の方が、最終受注が今年(2025年)9月なのに最終出荷が2028年なのは、このあたりの辻褄を合わせるためだろうと想像される。

 ちなみに昨今の製品では、期間を短縮するのではなく組み込み向けの要件をどんどんコンシューマあるいは通常のサーバー向けに近づけるという方向に変化しており、それで良いのか?と思わざるを得ないのだが、もうこうした組み込み向けの長期供給を維持できるほどの体力がなくなっているのではないか?と思わざるを得ない。

 ちなみに組み込み部門、現在はCCGの下に配されているらしい。元々PSGと一緒に組み込み部門があったはずだが、そのPSGがAlteraとして独立してしまい、一旦はNEXの傘下にあったのだが、どうもそのNEXが解体されてしまい、通信機器向けなどのサーバー製品はDCAIに、そのほかのものはCCGの傘下に入った模様だ。そりゃPCのビジネスの感覚で組み込み製品を扱ったら、保証期間短縮するのも無理はないよな、とは思う。ビジネスがどんどん尻すぼみになって行かないといいのだが。

Infineonが車載向けにRISC-Vを採用

 3月6日、Infineon Technologies AGはRISC-Vを搭載した車載向けMCUをAURIXブランドで投入する計画があることを発表した。長期的に見ればこれは当然の流れなのだが、短期的に見るとちょっと違和感を感じざるを得ない声明である。

 元々Infineonは2030年頃をめどに、RISC-V MCUを車載向けに搭載する計画を立てていた。この目標に従い、同社は2024年8月にQuintaurisの設立当初の株主として参画している。Quintaurisは2023年末に、同社のほか、Robert Bosch GmbH・Nordic Semiconductor ASA・NXP Semiconductors・Qualcomm Technologies, Inc.の合計5社が共同出資する形で設立された、独自のRISC-Vコアを開発するための会社である。

 もうRISC-Vに対応することそのものはアドバンテージでもなんでもなくなりつつあるというか、既に必須要件になりつつあるので、やらないという選択肢はないが、車載向けのものをスクラッチから開発するのにはコストが掛かりすぎる。だからといって他社のCPU IPをずっと使い続けるのは費用対効果の観点から考えものである。RISC-Vはある意味、CPU Architectureを自社で開発するという経験というか技術的蓄積を得るための格好の題材であり、他社のCPU IPを使うのはその技術的蓄積を失う事になるからだ。

 であれば、同種の製品を目論むメーカーと共同開発するのは悪い選択肢ではない。成果物というか技術的蓄積は持ち帰ることができるし、自社だけで開発する場合に比べて少ないコストで実現できる。他社も同じCPU IPを入手することは、そこでの差別化はできないという話ではあるが、ArmのCPU IPを使った場合も同じことであり、各社ともCPU IPそのもので差別化を図ろうとは考えていないから、これはデメリットにはなりにくい。こうした流れに乗る形で、2024年8月にはSTMicroelectronicsも参画している

【12時15分訂正】記事初出時、ST Microelectronicsが車載向けにRISC-Vを採用としておりましたが、こちらはInfineonの誤りです。お詫びして訂正します。

 ここまではいいのだが、ここまではいいのだが、問題はQuintaurisはスクラッチからCPU IPを構築しようとしているから、最初の量産向けCPU IPが出てくるまで5年とは言わないまでも、3年かそこらは掛かるだろう。

 おそらく、まずはパスファインダー的なCPU IPが2026年頃で、これはインオーダーの比較的シンプルなもので、Body ECUなど向け。最近流行のゾーンアーキテクチャで言えば、エンドポイントとかゾーンコントローラ向けで、セントラル向けではない。

 そのセントラル向けはもう少し高性能な、インオーダーでもスーパースカラのマルチコア構成とか、場合によってはアウトオブオーダーになるだろうが、こちらが出てくるのは2028年頃。それを組み込んだMCUが市場に投入されるのが2030年という、比較的無理のないスケジュールである。

 ただ、それであればこんなリリースをわざわざ出す必要はない。つまりここで言っているのは、より前倒ししてRISC-Vベースの車載MCUを投入する計画に変更されたということである。

 リリースには「The virtual prototype starter kit presented at Embedded World 2025 is based on the tool suite of Infineon’s strategic partner Synopsys.」という一文があり、これはSynopsysのシミュレータ上で稼働する、RISC-Vベースの仮想プロトタイプを利用して先行開発ができるという意味だが、Synopsysの仮想プロトタイピングを利用した車載向けVDKでRISC-Vに対応しているのは、現状Synopsysの提供するARC-Vしか存在しない。つまりSTは、まずSynopsysのARC-Vをベースに車載向けMCUを提供する計画を立てているということになる。

 ここからは完全に筆者の推定であるが、ここまで前倒ししたのは、おそらくSTの顧客である自動車メーカーなりティア1がRISC-Vベースのシステムに移行することを目論み、そこに向けてRISC-VベースのMCUの提供を求めたのだと思われる。そしてそれは当初の、2030年に提供では間に合わないタイムラインだったのだろう。

 実はRISC-VのCPU IPという市場は既に完全にレッドオーシャンであって、老舗であるSiFiveやAndes Technologies、Codasipなどに加え、MIPSやらSynopsysやらCortusやらが車載向けCPU IPを既に提供中である。

 特にCortusは、2月20日には「ULYSS 1」というMCUをBody MCU向けとする展示を行ない、2月24日にはセントラルMCU向けと思しき「MINERVA」を発表した

 このMINERVAは4GHz駆動のアウトオブオーダー動作の車載向けコアとされており、フランスの会社ということもあって、欧州の自動車メーカーに積極的な売り込みを行なっている。多分今回STが発表を急いだのは、急がないとその自動車メーカーなりティア1なりを他社に奪われかねない状況があったものと推察される。

 なので、最初のRISC-VベースのAURIXは、SynopsysのARC-Vをベースとして実装し、長期的にはこれをQuintaurisで開発したコアに変えていく方向と思われる。顧客からすればどちらもRISC-Vであり、コアが変わっても周辺回路とかメモリマップ/割り込み周りなどの部分が同じなら移行は容易だ。当然STはこうしたことに配慮した製品展開を行なうだろう。

 現在車載向けMCUの市場は圧倒的にArmベースになっている。これも、ちょっと前はPowerPCだったり独自コア(ルネサスのRH850とかInfineonのTriCoreとか)だったのがやっとArmに統合されつつあるという流れだったのに、ここに来てRISC-Vへの移行が目に見え始めているのはちょっと面白い。2030年頃には、RISC-Vはどの程度のシェアを獲得できるのだろうか?

PIC32A

 昨年7月に、MicrochipがPIC64としてRISC-Vを採用した話をご紹介したが、そのMicrochipが今度はPIC32Aを投入した。

 元々Microchipは、32bitに関して独自コアを保有していなかった。そこで2007年、MIPS TechnologiesよりMIPS M4Kコアを購入し、「PIC32M」シリーズを発表する。当初はM4Kコアの「PIC32MX」だけだったが、次いでMIPS M14Kコアに切り替えた「PIC32MZ」、そしてmicroAptiveを搭載した「PIC32MK/MM/DA」が追加投入される。

 ただ同社は2016年にAtmelを買収した結果、今度はSAMシリーズの膨大なArmベースの製品ラインナップを入手する。この翌年の2017年、Imagination TechnologiesがMIPS部門を売却、同社の行方が不明確になったことや、MIPSアーキテクチャのシェアがどんどん落ちて32bit MCUではArmアーキテクチャが支配的になって来たことなどが主要因だと思われるが、PIC32もArmベースに切り替わる。

 現在はCortex-M0+/Cortex-M23を搭載する「PIC32CM」、Cortex-M4Fを搭載する「PIC32CX」、Cortex-M33を搭載する「PIC32CK」、Cortex-M7Fを搭載する「PIC32CZ」などが用意されている。そんなわけで、PIC32はもうCortex-Mに完全移行したのだなぁ、と思っていたら3月11日に新しいPIC32Aシリーズを発表した

 実は同社、昨年(2024年)7月に「dsPIC33A」という、新しい32bitコアのDSP製品を発表している。DSP製品といっても32bitのCPUコアに72bit幅のFPUを組み合わせたものだが、この32bit CPUコアが曲者で、16bitの「dsPIC33」への命令の後方互換性を持ち、32bitデータを扱える32bit命令を新たに定義。修正ハーバードアーキテクチャの5ステージパイプライン構成である(図3)。

nのデータシートより抜粋。ALUに並んでDSP Engineがあるあたりがちょっと独特。あとZero Overhead Loopを実現するRepeat命令が定義されているあたりは、あまり一般的なCPUコアとは呼びにくい気もする

 もっともこれ、内部のデータバスは32bitだが、アドレスバスが24bitでメモリ空間も最大16MBというのは、MCU/DSP向けならこれで足りるという判断だったのだろうが、ちょっと32bit CPUとは呼びたくない気もしなくはない。

 さて話をPIC32Aに戻す。そのPIC32AのCPUコアの内部構造がこちら(図4)。どう見てもdsPIC33Aと同一である。要するにDSP性能の高いコアを32bit MCUの市場に入れたかったのだろうが、ならdsPIC33Aのままでいいのでは?と思わなくもない。

 何かしらPIC32Aとすべき理由があったのかどうかは不明だが、いずれにしてもMicrochipはこれで3種類目の32bitアーキテクチャを採用したわけだ。32bit RISC-Vを突っ込まなかっただけマシ、なのかもしれないが、「32bit MCUならArm」というちょっと前のトレンドが崩れ始めている感が否めない。先のSTの話もそうだが、市場がゆっくりと変わりつつある感じである。

nのデータシートより抜粋。汎用CPUなんだからせめてアドレスバスを32bitにして欲しかった。今後、ビデオ表示機能とかを搭載する際に、外部のフレームバッファの接続とかで困りそうな気がしなくもない