山田祥平のRe:config.sys

イヤフォン、電波、そして音楽、コミュニケーション

 テクノロジーの微妙な歩幅の違いで、時に、とてももったいないことを強いられる時期がある。もちろんその逆に、突如登場したデバイスが人々の暮らしを飛躍的に変化させることもある。今回は、イヤフォンとワイヤレスデータ伝送の関係について考えてみる。

BluetoothでやったことをそのままWi-Fiに載せるQualcomm

 QualcommはスマホのSoCであるSnapdragonシリーズで有名だが、オーディオプラットフォームにも熱心で、その研究開発や製品化を続けている。それがSnapdragon Soundだ。ワイヤレスでのサウンド体験向上を目的に開発されたもので、発表されてからすでに4年が経過している老舗のプラットフォームだ。

 これまで、このプラットフォームはBluetoothを使ったオーディオ体験を提供してきた。ロスレス音楽のストリーミング、遅延のないゲーム体験などを実現してきたのはご存じの通りだ。そして今、新開発のマイクロパワーWi-Fiを使うことで、Bluetoothでは不可能だったことを実現しようとしている。

 XPANテクノロジーは、ワイヤレスイヤフォンの世界観を大きく変貌させる。この新しいテクノロジーによってエンドユーザーは、スマホやPCといったデバイスから解放された新たなワイヤレス体験を得ることができるようになるとQualcommは言う。

 XPANを使った世界初の製品は、先日発売されたばかりのスマホ「Xiaomi 15 Ultra」、ワイヤレスイヤフォンの「Xiaomi Buds 5 Pro」だ。現時点では両者の組み合わせでのみ、XPANの世界観を楽しめる。

 この2製品の組み合わせなら、サウンドをWi-Fi経由で伝送することができる。イヤフォンに内蔵されているような極小容量のバッテリにもインパクトがほとんどないどころか、Bluetoothで圧縮音源を伝送するよりも消費電力を少なくできる低電力のマイクロパワーWi-Fiを開発したという。そして、その汎用かつ標準的なWi-Fiプロトコルの上にBluetoothで実現してきたあらゆるサウンド伝送の仕組みを載せてしまったのだ。

 ユーザーは新たに手にしたワイヤレスイヤフォンとスマホを、今までと同じようにBluetoothペアリングする。今までと何の違いもない。だが、音楽を再生した途端、伝送がWi-Fiに切り替わる。イヤフォンがWi-Fi Directでスマホとコミュニケーションするようになるのだ。

 当然、帯域幅はBluetoothの比ではない。Bluetoothでは24bit/48kHzのロスレスオーディオが限界だったが、XPANでは最大192kHzのロスレスオーディオストリーミングを可能にする。

 多くのユーザーが肌身離さず身につけているスマホだが、家でくつろいでいるときなどは、スマホを持たずに別室に用を足しに行ったりするかもしれない。その結果、Bluetoothの圏内から外れてしまう可能性がある。当然、聴いていた音楽は聞こえなくなる。

 だが、イヤフォンはあらかじめスマホがつながっているアクセスポイントに接続するためのSSIDとパスワードのセットを一時的にスマホから知らされている。いったんはBluetooth Low Energyでの接続に落ちるが、瞬時にそれを使ってアクセスポイントにWi-Fi接続し、何事もなかったかのように音楽の再生を続けることができるのだ。

 つまり、スマホとイヤフォンというパーソナルな世界が、Wi-Fiの利用で大きく拡張されるのだ。XPANはQualcomm Expanded Personal Area Networkの略とされる。

 Qualcommによれば、特に日本は高音質オーディオを聴きたいという要望が強い国だという。だからこそ、日本での普及が期待されているようだ。

今日できるのに明日もできない

 ワイヤレスイヤフォンが新しい当たり前として登場し、少しずつ普及し始めていた当初、その接続性は悲惨なものだった。とにかく東京などの都市部は飛び交う電波が多すぎて、聴いている音楽が途切れてしまうことが多かった。満員電車や駅、盛り場などでは特にそうだった。

 今にして思えば、ワイヤレスイヤフォンを楽しんでいるユーザーの数は、そんなに多くはなかったはずなのだが、屋外ではまともに音楽を楽しめないというのが使ってみての正直な感想だった。

 また、右のイヤフォンがスマホとの左右信号の送受信をまとめて請け負い、右のイヤフォンが左のイヤフォンに左信号を送るといった仕組みは、片耳を手のひらで覆ったり、髪の毛がかかったり、帽子やマフラーといった小物雑貨が電波の往来を邪魔したりで、通信が途絶えることも少なくなかった。そういうこともあって、やっぱり、音楽を楽しむにはワイヤレスよりワイヤードがいいかもしれないと思ったりもしたものだ。

 現代のBluetoothによるワイヤレス伝送は、その当時に比べれば飛躍的によくなってはいるが、帯域幅の広い伝送路をWi-Fiで確保することで、よりリッチなサウンドが楽しめる。せっかくロスレス音源があっても、Bluetoothでは伝送できなかった音源を、有線イヤフォンを使っているときと同じようにワイヤレスで楽しめるようになったのだ。

 また、XPANのテクノロジーによって、オーディオ品質を高めるのみならず、伝送帯域やリンクの変化に応じてコーデックレートをダイナミックにスケーリングしてオーディオ再生の瞬断などを回避することもできる。

 ただし、このテクノロジーを利用するためには、スマホとイヤフォンの双方にQualcommのチップを持つ必要がある。スマホ側にはSnapdragon 8 Gen 3、イヤフォン側のチップにSnapdragon S7 Pro Gen 1 Sound Platformが求められる。

 Qualcommは、対応チップは今後拡大していくとしているが、スマホ側はともかく、イヤフォン側は価格破壊が起きていると言ってもいい市場の中で、ハイエンドチップ搭載の製品を売るには、さまざまなメリットを謳い、売り方を工夫する必要がありそうだ。今のところはロスレスと低遅延だが、それで競ってハイエンドチップセットを積むトレンドが生まれるかといっても、そうは問屋が卸さない。

 ユーザーにとっては待ち望んでいることで、すぐにでも実現できそうなくらいの完成度にある技術が、リーズナブルなコストで手に入るかどうか。タイミングというのはなかなか難しい。

 そういえば、今年2025年は1925年に始まったラジオ放送から100年目の節目にあたるそうだ。ちなみに鉄道は1872年の新橋-横浜間開通から今年で153年目だ。和暦でいうと鉄道は明治5年、放送は大正14年。遙か昔のようでいてその程度の時間しか経っていない。

 Bluetoothと補完し合うような今回のソリューション、技術のオープン化を含めて、うまく浸透させていってほしいものだ。