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スパコン富岳で電車/タクシー/航空機内などでのコロナ感染リスクを検証
~機内ではリクライニングでの咳がワーストケース
2020年11月27日 11:53
理化学研究所(理研)は、スーパーコンピュータ「富岳」による新型コロナウイルスの飛沫感染シミュレーションの新たな結果について発表した。
今回の研究結果では、野外でも密に集まってしまうと、感染リスクがあり、微風が吹いていても、リスクを下げるわけではないことがわかったほか、カラオケボックスにおける感染リスクや、タクシー、通勤電車、航空機といった公共交通機関における感染リスクについても公表した。
理研は文部科学省と連携して、新型コロナウイルス対策に貢献する研究開発に対して、現在整備中の「富岳」の一部計算リソースを供出している。今回の発表は、その取り組みの1つである「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策」の進捗状況を説明したものであり、研究の一部には、東京大学が提供するスーパーコンピュータ「Oakbridge-CX」の計算資源の提供を受けている。
理化学研究所計算科学研究センター複雑現象統一的解法研究チームチームリーダーであり、神戸大学システム情報学研究科の坪倉誠教授は、「ウイルスに対するやみくもな恐れや、自分には移らないという根拠のないあなどりは,ウイルスが目に見えないことに起因している。富岳の能力を活用して、目に見えない飛沫を可視化し、社会に発信することで、飛沫に対して正しい理解と感染予防の啓発を行なうことが目的である」としている。
マスクの素材による性能の違い。息がしにくいものほど高性能
今回発表した新たな研究結果の1つとして、マスクの素材による違いを明らかにした。
これによると、「布マスクは捕集性能を上げようとすると通気性が悪くなる。不織布は通気性が悪いが、捕集性は高い。ただ、不織布は性能幅があり、布マスクよりも劣るスカスカのものも市販されている。
ファッション性が高いウレタンマスクは、不織布に比べると捕集性能は低い。だが、布やウレタンは再利用ができ、不織布は使い捨てになる。息がしにくいものは性能がいい。医療用マスクのN95は、苦しいが飛沫は100%ブロックする。
この傾向を知ることが大切であり、通気性、捕集性能、コストを考えて、その日の体調や、密になる環境に行くことになりそうだというようなリスクを想定して、マスクの素材を選択すればいい」とした。
カラオケボックスでのエアロゾル感染とその対策
これまでの富岳のシミュレーションでは、会話や歌唱、咳時の飛沫の飛び方についても明らかにしているが、これによると、英語で「one, two, three, ……, ten」を、5.5秒で発話し、それを繰り返すと、1分間で約9,000個の飛沫やエアロゾルが飛ぶ。
それに対して、歌唱を想定して、大きな声で「one, two, three, ……, ten」を繰り返すと、1分間で約2万5,000個の飛沫およびエアロゾルが飛ぶことがわかっている。また、咳は強く2回すると、3万個程度の飛沫およびエアロゾルが発生するという。
「通常会話であっても、3分程度会話を続ければ、結果的には、咳一回と同じ程度の飛沫およびエアロゾルが発生する。また、歌唱時は通常会話と比較して飛沫量は数倍になり、より遠くまで飛ぶ」という。
この結果を踏まえて、今回は、カラオケボックスでのリスクについて発表した。
一般的なカラオケボックスと同様に、換気機能とエアコンを設置した21立方m程度の小部屋に、9人が入室した密な状態で、1人が歌唱する場合を想定。仮想的に汚染空気で室内を満たして、換気により新鮮な空気に入れ替わる様子を可視化したところ、エアコンを作動させると、オフ時に比べて、2倍以上の換気量を実現できたという。
「一般的なカラオケボックスでは、1人当たりの換気量は通常オフィスの2倍程度と十分な量が確保されている。さらに、部屋の換気を促進するためには、送風でもいいので、エアコンをオンにして、空気をかき混ぜるのがいい」という。
また、「狭い部屋であれば、歌を歌いはじめて30秒ぐらいで、部屋全体にエアロゾルが広がり、どんな場所に座っていても、高濃度のエアロゾルが充満し影響を受ける。
排気口の下で立って歌う場合、抵抗はあるだろうがマウスガードやマスクを装着することで、3分の1程度までエアロゾルを抑えることができるほか、効果的に排気口から室外へ排出され、感染リスクを下げるという点ではかなり効果がある。1曲歌い終わったら、少し待って、エアロゾルが換気されてから歌うということも必要だろう。
さらに、排気口の下でマスクを装着し、パーティションを天井から顔の高さまで配置した場合には、室内全体にエアロゾルが拡散することを防ぐことができ、効果的である。ただ、そこまでの対策を求めるものではない」とした。
屋外でも感染リスクは高い。風が強いと飛沫がばらまかれる
野外活動におけるリスクについてもはじめて発表した。
「室内に比べて、屋外は安全であると漠然と考えられているが、本当はどうなのかといったことをシミュレーションした」とし、屋外でテーブルを囲んで大声で話し、少しアルコールが入りながら飲食している場面を想定。無風状態や、0.5~1.0m/s程度の微風を考慮した。
無風状態では、正面にいる人のリスクが高まるが、微風の状態では直進性が薄れて飛沫が広がることを確認。無風状態では正面の人には約1割の飛沫が到達。左右の人には到達していないが、風が吹くと、到達する飛沫量は3分の2程度に減少するものの、リスクを受ける人の数が増加。風が強くなると、到達する飛沫量が逆に増える場所もあるという。
「野外で密に集まってしまうと、すべての人にリスクがある。風が吹くことがリスクを下げるわけではない。時間が経てば拡散するが、近距離で高濃度のエアロゾルが発生した場合に、逆に感染リスクは高まる。屋外でも、マスクによる飛沫飛散の抑制効果は大きい。マスクをした場合、1mの距離を取れば到達飛沫数はゼロになる。
また、マウスガードは、マスクと比較するとその効果はやや劣るが、到達する飛沫量は数分の1にすることができる。1.7mの距離で到達数はゼロになる。
重要なのは、野外であっても距離を取ることである。マスクなしの場合でも、1mから1.7mに離れることで、到達する飛沫量を半分にできる。対策に応じた距離感を知ることが大切である」とした。
なお、2~3mの風が吹いている場合には、飛沫はすぐに拡散してしまうという。
タクシーでの窓開けは低速走行ほぼ意味なし。エアコンは外気取り込みに
公共交通機関におけるシミュレーション結果についても公表した。1つめがタクシーにおける感染リスク評価である。
ここでは、時速40kmで走行し、運転手を含めて3人での乗車を想定。エアコンの設定は「外気導入」を前提とし、「通常モード」と「最大モード」の2種類を比較した。また、窓は「全席窓閉め」のほか、「後席左窓開け」、「運転席窓開け」とし、いずれも5cm開けることを想定してシミュレーションした。
これによると、エアコンを通常モードで作動させても、タクシー車内は、90秒に1回の換気が行なわれており、3人乗車の場合でも、一般オフィスの2~3倍程度の空気が確保されているという。
だが、市街地走行を想定した時速40km程度では、窓開けによる換気の上乗せ効果は小さく、25%換気量が増える程度だという。また、窓の開け方にも大きくは依存しないという。むしろ、窓開けによる換気量は、車速に大きく依存しており、時速20kmではほとんど効果がないことがかわった。
「速度があがれば窓開けの効果は上がると考えられるが、窓付近の換気となり、車内全体の換気は期待できない。市街地を走行している場合などは、窓を開けるよりはエアコン風量を増やしたほうが効果的である。窓開けにはそれほど効果がないというのは驚きであった」と述べた。
運転者が咳をした場合、車内では,エアコンの強い気流により,発生した飛沫およびエアロゾルは10秒以内に急速に車内に拡散することになるが、運転者側の窓をあけていると、20秒後には飛沫の約4分の1が窓から排出される。
もっとも効果的な結果は、運転席周りにパーティションがあり、運転席横の窓を5cm開けることであり、20秒後には飛沫は半分になり、後部座席への到達量も減少するという。「仮に、運転手が感染していたことを前提とすれば、これが一番効果的である」とした。
また、後部座席で乗客が咳をした場合は、窓開けでは、車内に拡散した飛沫およびエアロゾルを排除することは困難であることがわかった。20秒後に、飛沫全体の1割程度が車外に排出されるだけだったという。
「これには有効な対策がないが、乗客がマスクを装着することで、発生する飛沫を70%抑えられる。また、パーティションが、乗客からの直接の飛沫飛散を防御でき、エアロゾルに対してもある程度の効果が期待できる。運転手にとっては、エアコンをオンにし、外気を取り込むことが大前提となる。循環モードでは意味がなく、悪い状況になる」とした。
さらに、「発生する飛沫やエアロゾルそのものを減少させるためにも、運転者、乗客ともにマスク着用すれば、感染リスクへの低減効果が大きいことがわかった」と述べた。
なお、一般的な自家用車においても、同様の結果が当てはまるとしている。
通勤電車での感染リスク
2つ目は通勤電車での感染リスク評価だ。
理研では、6月にも通勤電車でのシミュレーションの結果を発表しているが、各方面の協力を得て、エアコンの設定条件など、より現実に近いモデルに変更した。
JR山手線を想定し、列車走行時の車速は時速80kmとし、混雑時を想定して乗客は229人を配置。窓が少ない先頭車両において、車両片側2カ所の窓(合計4カ所)と、ドア開閉時には片側のみ4カ所が開くことを想定した。また、エアコン設定は,空調戻りに達した新鮮・汚染空気量を、空調吹出に、時々刻々フィードバックする設定としている。
「窓開け量に比例して、実換気量が増えている。窓閉めでは、1時間に10回換気されているが、229名乗車時には、1人あたりで換算すると新鮮空気量は少ない。窓を20cm開けると、機械式換気と同等の換気量が得られる」とした。
新たにドアの開閉による換気をシミュレーションしたところ、45秒の停車時間でのドアの開閉は、20分間隔で停車する近距離電車で、5cm窓を開けて走行しているのと同等の換気能力があることがわかった。
「山手線のように、頻繁に停車する電車であれば、ドアの開閉だけで、窓開けと同じ効果が得られる。これからは寒くなってくる時期でもある。電車がどれぐらいの頻度で止まるのかを考えて、窓開けをするべきである」とした。
電車やバスのように車両が長いものは、前と後で圧力差ができ、空気の入れ替えがしやすいという点も、ドアの開閉で効率的な換気ができることにつながっているという。
航空機内ではリクライニングでの咳が最悪の結果に
3つ目が、航空機内におけるリスク評価だ。
3人ずつの座席が3列ある中型機を対象に、飛行中を想定した0.8気圧、湿度10%、温度25度でシミュレーションを実施。「飛行機は半分ぐらいの空気を循環させ、残りの50%を外に捨てている。また、循環時にはHEPAフィルタを使用して空気を清浄しており、公共交通機関のなかでは、感染症対策がよく考えられている。3分程度で機内の空気は浄化される」という。
中央列の通路側の人が、マスクなしで咳をした場合に、10μmより大きな飛沫は、咳をした人の前方1m以内に落下。10μm以下の飛沫は急速に乾燥してエアロゾル化して、エアコンの風に乗って空中を漂うことになるという。
「座席が通常姿勢の場合は、前列シートがパーティションの役割を果たし、大きな飛沫の飛散を抑えている。だが、リクライニングの姿勢では、大きな飛沫が前列の人に落ちることになり、キャビン全体にエアロゾルが広がることになる。リクライニングをして、咳をするのがワーストケースになる」とした。
シミュレーションでは、通常姿勢の場合は、エアロゾルは前後1列程度、左右4列程度にまで拡散するが、リクライニングの場合は、より多くの飛沫が前列シートおよび乗客に付着し、エアロゾルは前後2列程度、左右4席程度まで拡散するという。
「マスクをすることで、発生する飛沫を3分の1に抑えることができるため、機内に拡散する飛沫をかなり抑えることができる。機内でのマスク着用は効果がある。リクライニングの姿勢でも、マスクをしてもらえば飛散は抑えられる」とした。
今回の航空機内のシミュレーションでは、日本航空が協力。同社では、「密接する座席構成となっていることから、密な状態やソーシャルディスタンスを気にする利用者の声もあった。今回の研究は、機内の空気循環システムの効果と、マスク着用の効果を確認することを目的としており、有効な研究結果を得ることができた。機内の安全、安心を届けたい」と語った。
飲食店でのマウスガード装着は有効。手で口を覆っても効果
最後に飲食店での感染リスク評価についても改めて説明した。
「飲食店では人と人との距離が1m以下になるケースが多く、感染リスクが高まる。マスクによる対策がベストだが、食事をしながらマスクは難しい。
マウスガードを使う手があるが、形状によって差がある。顎から鼻にかけて覆う、おわん型のマウスガードが、空気中に放出される飛沫量を半分ぐらいに減らすことができる。マウスガードにより、口から出る気流を抑えることで、前の人に到達する量を減らすことができる。隣の人と話す場合にも効果がある」とする。
「マウスガードがない場合でも、しゃべるときに、口を手で覆うというだけでも、感染リスク低減の効果がある。これをエチケットとして考えてほしい」とした。
さらに、坪倉チームリーダーは、「研究活動を通じて、どのぐらいのサイズの飛沫を、口や鼻から吸うと一番リスクが高いのかを知りたいと考えている。口から入って、上気道、下気道、肺に入り、どこで発症するのかがわかれば対策を強化できる。
大きな飛沫が危険であることがわかれば、マスクだけで防御できる。小さな飛沫の対策が重要であるのならば換気を重視するといったことができる。いまはそれがわからないので、マスクをしながら、換気をする必要がある。日常生活の負担が減るような研究活動をしたい」と述べた。
重症化につながるヒト遺伝子解析には富岳のパワーが必要
一方、理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長は、富岳を活用した新型コロナウイルス対策の新たな研究開発について説明した。
松岡センター長は、「理研は文部科学省と連携し、新型コロナウイルス対策に貢献する研究開発として5つのテーマに取り組んでいる。このほど6つめのテーマとして、新たに、『新型コロナウイルス感染症重症化に関するヒト遺伝子解析』に取り組むことになった。ウイルスの分子解析と疫学の橋渡しとなる研究になる。
どのような人が重症化しやすいのか、年齢や人種、生活様式などで差があるのかという点が着目されている。また、日本人などが保有している遺伝子が、白人の遺伝子に比べて、重症化を招きにくいのではないかという仮説がある。
多くの遺伝子のサンプルを利用し、富岳で詳細な分析を行なうことで、重症化の因子が遺伝的なものであるかどうかを探索することになる。重症化因子が特定できれば、事前の遺伝子検査で重症化リスクを判断し、適切な治療や対策により、医療方針の決定に資することができ、医療崩壊を防ぐことができる。
この全ゲノムシーケンスに用いる解析は、富岳のパワーがないとできない。重症化リスク関連遺伝子変異の同定ができれば、大きな対策になると期待している」とした。今後、同研究に関する説明会を行なう予定だとという。