福田昭のセミコン業界最前線

2018年も半導体はおもしろい(前編)

2018年の半導体をおもしろくするキーワード(順不同)

2018年の半導体をおもしろくする10個のキーワード

 2018年も、半導体はおもしろい。そのように考えている。

 半導体をおもしろくするキーワードは以下の10個(順不同)だ。

  1. 仮想通貨(暗号通貨)
  2. 深層学習(ディープラーニング)
  3. RISC-Ⅴ(リスクファイブ)
  4. 3D NANDフラッシュメモリ
  5. SSD
  6. 次世代不揮発性メモリ
  7. EUV(極端紫外線)リソグラフィ
  8. 5nm世代の半導体プロセス
  9. 中国
  10. Intelが設立50周年

 ほかにも興味深いキーワードはある。しかしそれでは、発散して分かりにくい。あえて10個に絞っている。

 絞った基準を一言でまとめると、2018年にカバーしたいテーマの「問題意識」に集約される。いわゆる「クラウド」や「ビッグデータ」、「モバイル」、「IoT(Internet of Things)」といった誰でも知っていそうなワードはなるべく避けた。個人的な興味に従っており、かなり偏っているかもしれない。

 以下では各テーマがなぜ、おもしろくなりそうなのか、あるいは興味深いのかを少しだけ、ご説明してこう。

仮想通貨の採掘作業を爆速で実行する半導体「マイニングチップ」

 最初のキーワード(テーマ)は「仮想通貨(暗号通貨)」だ。仮想通貨と半導体に何の関係があるのだろうかと、思われるかもしれない。仮想通貨を売買する行為は半導体と関係がないとは言えないが、「濃い」関係にはない。半導体技術と「濃い」関係にある行為は、仮想通貨(暗号通貨)の採掘作業(マイニング)である。

 仮想通貨のマイニングでは、暗号アルゴリズムの高速実行が欠かせない。代表的な仮想通貨である「ビットコイン」の場合、約10分に1回のペースで、「ハッシュ関数(暗号アルゴリズムに使われている代表的な関数の1つ)」の解答(適切な入力値)を求める作業が出題される。最初に解答に至った参加者が、報酬であるビットコインを入手できる仕組みとなっている。つまり、早いもの勝ちなのだ。

 解答を見つける作業は、ビットコインの取り引き記録の一部(ブロック)から得た数列(この値は誰でも入手可能であり、一意の値となる)と、ランダムな数列(キー)を組み合わせてハッシュ関数に入力して出力(ハッシュ値)を得ること。出力が特定の値(しきい値を下回る値)になると、「解答」と見なされる。「解答」が出たら、その「キー」がブロックとブロックをつなぐ鎖(チェーン)の一部となる。

 ハッシュ関数の出力は、キーとなる数列がわずかに違っていても、大きく違う。たとえば「20」と入力したときと、「21」を入力したときでは、まったく別物の出力となる。ハッシュ関数の出力値はあらかじめ予測できない。

 出力値を知るためには、とりあえず、何らかの数列を「キー」と仮定して入力し、ハッシュ関数を実行するしかない。出力値が解答に相当しなかった場合(ほとんどの入力ではこのようになる)は、別の数列を「キー」と仮定して、再びハッシュ関数を実行し、出力値をチェックする。解答が出るまで、これを繰り返す。

 すなわち、総当りで「チェックする数」をこなさないと、解答に早くたどりつけない。ハッシュ関数を単位時間当たりに数多く実行することが、解答にたどり着くまでの時間を短くする可能性を高める。

 一連の処理を最も高速実行する手段は、アルゴリズムに特化した専用の半導体チップ(ASIC)ということになる。もちろん、仮想通貨のマイニングは暗号化アルゴリズムの処理だけで構成されているわけではない。

 たとえば、高速にキーを生み出す乱数発生のような仕組みが必要だと考えられる。マイニング専用ASICを実現する技術はまだほとんど、明らかになっていない。これを明らかにすることが、大きなテーマだと考えている。

GMOインターネットは、「ビットコイン」の採掘作業(マイニング)に特化したASIC「マイニングチップ」を開発したと2018年1月22日に発表した。写真はマイニングチップを搭載したボード(GMOインターネットのニュースリリースから)

深層学習の主流を狙う、再構成可能なDNN専用チップ

 次のテーマは「深層学習(ディープラーニング)」である。ニューラルネットワークを利用した学習(ラーニング)を高速に実行する半導体チップが、盛んに研究されている。この2月に米国サンフランシスコで開催される最先端チップの国際学会「ISSCC 2018」では、ディープニューラルネットワーク(DNN)による学習を実行する関する研究成果が、少なくとも8件、発表される。

 現在のところ、深層学習の研究開発に使われるハードウェアの主流はGPUである。近い将来、DNNに学習に特化した専用チップが、GPUを置き換える可能性は少なくない。そのときにどのような実装が主流となるのか。見極めていく必要がある。

国際学会「ISSCC 2018」で発表される機械学習チップの概要。「深層NN」の項目にチェックが入っている発表が、深層学習チップに関するもの。2017年11月に東京で開催されたISSCC 2018の記者会見で配布された資料から

オープンハードウェアの可能性を拓くRISC-Ⅴ

 次のキーワードは「RISC-Ⅴ(リスクファイブ)」である。オープンなCPU命令セットアーキテクチャ(ISA)として、海外のプロセッサ開発コミュニティでは、一大ブームだ。詳しくは、後藤氏が2017年12月4日に上梓した、解説記事(海外で急激に盛り上がる新CPU命令アーキテクチャ「RISC-V」)を参照されたい。

 後藤氏の解説記事によると、海外ではRISC-Ⅴ ISAのCPUを開発するスタートアップが次々に誕生している。ほとんどのスタートアップは2018年初頭の現在、姿を見せていない。資金調達のために、2018年末までにはいくつかのベンチャー企業が明らかになっていくと見られる。

 同じ12月4日には、米国のWestern Digitalが、同社製品に使用するプロセッサのアーキテクチャをRISC-Ⅴに移行していくと発表した。同社のプロセッサと言えば、HDDやSSDなどのストレージ製品のコントローラだろう。ストレージ製品のコントローラでは、Armコアを内蔵したプロセッサが主流である。

 これまでPCやサーバーなどのプロセッサはx86系コア、組み込み機器のプロセッサはArmコアというのが2大潮流となっていた。日本では組み込み機器でルネサス エレクトロニクスのマイクロコントローラが健闘しているものの、世界的に見れば少数派に属する。

 RISC-ⅤのCPUコアが普及するのは、レガシーなPCではなく、性能を追求するサーバーと、コストの低さを追求する組み込み機器だろう。後藤氏の解説記事では、「RISC-Vを管理するRISC-V Foundationのメンバも100を越えている。そのなかには、Google、Microsoft、IBM、NVIDIA、Samsung、Qualcomm、Micron、Huawei、Western Digitalといった大手企業の名前も並ぶ」と述べる。

2017年12月18日には、日本の東京ではじめてのRISC-Ⅴに関するイベント「RISC-Ⅴ Day Tokyo」が開催された。RISC-Ⅴ Foundation会長のKrste Asanović氏による基調講演のスライドから

3D NANDフラッシュの大容量化と高密度化が続く

 続いて「3D NANDフラッシュメモリ」である。3D NANDフラッシュを大容量化、あるいは高密度化する勢いは、まだ止まらない。2017年には512Gbitと極めて大きな記憶容量をシングルダイで実現する技術が実用化された。具体的にはワード線の積層数を64層に高めるとともに、メモリセル当たりの記憶ビットを3bitとするTLC方式を組み合わせた。

 2018年には、ワード線の積層数を96層に高層化した3D NANDフラッシュと、メモリセル当たりの記憶ビットを4bitに増やしたQLC方式の3D NANDフラッシュがそれぞれ、国際学会のISSCCで2月に発表されることが決まっている(回路設計に関する世界最大のイベント「ISSCC 2018」の概要が固まる参照)。

 96層の3D NANDフラッシュは記憶容量が512Gbitであり、64層の3D NANDフラッシュによる最大記憶容量と変わらない。言い換えると、シリコンダイ面積を縮小した高密度なメモリとなる。QLC方式の3D NANDフラッシュは、記憶容量が1Tbitとシングルダイとしては過去最大容量の半導体メモリだ。

国際学会「ISSCC 2018」で発表が予定されている半導体メモリの例(出典はこちら)

SSDの価格動向を左右する3D NANDフラッシュの製造歩留まり

 NANDフラッシュメモリと関係の深いキーワードが、「SSD(Solid State Drive)」である。昨年(2017年)のSSDは、PCユーザーにとってあまり良い年ではなかった。価格の上昇傾向が続いたからだ(Optane SSD本格投入で激震走る。SSD定番&最新モデル対決参照)。

 SSDの価格上昇のおもな原因は、NANDフラッシュメモリの値上がりである。NANDフラッシュメモリの平均販売価格(ASP)は2017年に17%ほど、上昇した(「メモリ無双」が引き起こした半導体ランキングの下剋上参照)。おもな原因は供給不足とされている。NANDフラッシュメモリの価格が年間を通じて上昇するのは、はじめてのことだ。

 2017年以前のNANDフラッシュメモリは、記憶容量の増加と価格の低下という、一見して矛盾する命題を遂行してきた。この結果、SSDの記憶容量当たりの単価は継続して下げてきた。SSDユーザーにとってはありがたい、この価格低下トレンドが崩れた。

 SSDが搭載するNANDフラッシュメモリは、従来技術であるプレーナNANDフラッシュから、新技術の3D NANDフラッシュへと切り換わりつつある。NANDフラッシュメモリ大手の設備投資はほぼすべて、3D NANDフラッシュの生産ラインに対するものだ。

 3D NANDフラッシュの量産に関する懸念は、生産の歩留まりである。3D NANDフラッシュメモリは生産に極めて高度な製造技術を必要とするため、量産当初は歩留まりがあまり高くなかった。そして3D NANDフラッシュは、記憶容量の増大と記憶密度の向上のおもな手段が、ワード線積層数の高層化という、生産歩留まりにとっては低下要因となる要素を抱えている。

 たとえば32層で生産歩留まりが向上したとしても、次の世代である48層に移行すると、生産歩留まりが低下する。48層で生産に習熟して歩留まりが向上したら、次は64層に移行して再度歩留まりが低下する。この悪循環を止めるには、一時的に高層化をストップさせなければならない。

 現在のところ、NANDフラッシュメモリ大手は、64層の3D NANDフラッシュで生産に注力しつつあるように見える。この状態が一定期間を超えれば、生産歩留まりが一定水準を超えて需給が緩和し、値下がりへと結びつく。そしてSSDが値下がりするだろう。

64層の3D NANDフラッシュメモリを内蔵したSSD製品の例。Samsung Electronicsが2018年1月23日に発表した「860 PRO」(左)と「860 EVO」(中央と右)。最大記憶容量は4TB。同社の製品発表リリースから

次世代不揮発性メモリを内蔵するSSD製品は容量を拡大へ

 SSDに関してはもう1つ、重要なできごとがあった。「次世代不揮発性メモリ」のトップランナーである「3D XPointメモリ」を内蔵するSSDが製品化されたことだ。Intelが2017年3月19日にサーバー向けSSD「Optane SSD DC P4800X」を発表した(Intel、3D XPoint採用のサーバー向けSSD。NAND SSDと同容量で1,000分の1の遅延参照)。記憶容量は当初、375GB品だけだった。2018年1月28日現在、Intelの公式サイトによると750GB品もラインナップされている。

 Intelは2017年10月27日には、「3D XPointメモリ」を内蔵するコンシューマ向けSSD「Optane SSD 900P」を発表した(Intel、3D XPoint採用のコンシューマ向け高速SSD参照)。記憶容量は480GBである。

 同社は当初、記憶容量が32GBと小さいHDDキャッシュ「Optane Memory」をコンシューマ向けに製品化していた(Intel、3D XPoint採用のコンシューマ向けM.2型HDDキャッシュ参照)。大容量のSSDをコンシューマ向けに製品化してきたことは、「3D XPointメモリ」の生産が拡大していることを示唆する。

 Intelは2018年に、記憶容量をさらに拡大したOptane SSDを発表する可能性が高い。また、3D XPointメモリでも、何らかの発表がありそうだ。同メモリは現在、シリコンダイの記憶容量が128Gbitである。記憶容量を256Gbitに拡大したシリコンダイが近い将来に登場する可能性は、少なくない。

「Optane SSD 900P」の外観写真(PCIeモデル)。Intelが2017年10月27日に発表した製品リリースから

(後編に続く)