福田昭のセミコン業界最前線
IntelとMicronが歩んだNANDフラッシュ連合の始まりと終わり
2018年1月22日 12:17
大容量NANDフラッシュの開発は4グループで寡占化
大容量NANDフラッシュメモリの開発と製造は現在、4つのグループで寡占されている状況にある。具体的には2社の企業と2つの企業連合(共同開発・製造の連合)である。すなわち、韓国のSamsung Electronicsによる単独開発と製造、韓国のSK Hynixによる単独開発と製造、東芝メモリと米国のWestern Digitalによる共同開発と製造(東芝-WD連合)、米国のIntelと米国のMicron Technologyによる共同開発と製造(Intel-Micron連合)である。
大容量NANDフラッシュメモリの開発と量産には、巨額の投資を必要とする。投資リスクの分散あるいは軽減という観点からは、開発からパートナーシップ(連合)を組むという戦略は、半導体メモリの世界ではそれほど珍しいことではない。1990年代にはNORフラッシュメモリの開発と製造で、富士通とAMDが連合を組んでいたことがあった(富士通のマイコン事業を買収するSpansionの過去参照)。同じ1990年代には、東芝とIBMがDRAMの共同生産(生産子会社を米国バージニア州に合弁で設立)で提携していた。
パートナーシップ(連合)は永遠ではない。難しいのは連合を組むときよりも、むしろ連合を解消するときだと半導体業界では認識されている。もちろん連合を組むことは簡単ではない。あえて比較すると、解消するときには何らかの問題がパートナーの片方あるいは両方で生じていることが少なくない。たとえば事業収支の急激かつ深刻な悪化という事態は少なからず、パートナーシップを中止する原因となってきた。
好況の中での「パートナーシップ解消」という決断
そのような中で、IntelとMicron Technologyが今年(2018年)1月8日に、NANDフラッシュメモリのパートナーシップ(連合)を近い将来に解消する予定であると発表した。このことは、いささか驚きをもって迎えられた。なぜならば、NANDフラッシュメモリの市況は絶好調だからだ。そして将来も、NANDフラッシュメモリの市場は着実に成長していくと見られている。
とはいうものの、IntelとMicronは共同開発を直ちに中止するわけではない。両社は現在、第3世代(3rd Gen)の3D NANDフラッシュ技術を共同で開発中である。この開発は継続し、完了させる。完了時期は2019年の前半とされる。そしてこの世代をもって、NANDフラッシュ技術の共同開発プロジェクト(JDP: Joint Development Project)を休止する。第4世代に相当する3D NANDフラッシュ技術は、IntelとMicronは共同では開発しない。それぞれが独自の戦略にもとづいて開発していくことになる。
ここで第3世代とは、96層のワード線積層数を有する大容量3D NANDのことだと推定される。第4世代についてIntelとMicronは公表していないが、大容量化あるいは高密度化をさらに推進するのであれば、96層を超える層数(たとえば128層)に高層化した3D NAND技術、あるいは4bit/セルの多値化技術を導入した3D NAND技術である可能性が高い。
ビジネスモデルの違いが無視できなくなる
それでは、第4世代に相当する3D NANDフラッシュ技術から、IntelとMicronが独自路線を歩む理由は何なのだろうか。市場調査会社のDRAMeXchangeとPC関連ニュースサイトのAnandTechはそれぞれ、背景を説明する記事をWebサイトに掲載している。
一言でまとめると、ビジネスモデルの違いが大きくなったからだ。Intelは自社のエンタープライズ向けSSD事業を拡大するために、NANDフラッシュメモリを必要としている。言い換えると、エンタープライズSSD向けに速度と信頼性の高いNANDフラッシュメモリがあれば良い。コンシューマ向けの低コストなNANDフラッシュメモリは視野に入っていない。
しかしMicronはSSD事業は手がけているものの、NANDフラッシュメモリの大手ベンダーでもある。SSDに限定せず、さまざまな用途に対応したNANDフラッシュメモリを開発し、販売しなければならない。とくに最近は、モバイル向けのNANDフラッシュメモリ製品に力を入れている。シリコン面積を59平方mmと小さくした256Gbitの3D NANDフラッシュメモリ(第2世代品)は、モバイル向けの代表と言える。
自社製品向け開発を基本とするIntelと、さまざまな顧客に向けた開発を必須とするMicron。その食い違いは生産レベルでは調整しきれないほど、大きくなったとも言える。それではなぜ、両社は共同開発と共同生産から出発したのか。その理由を解明するには、両社の合弁による生産子会社「IM Flash Technology, LLC」が発足した12年ほど前まで、時間を遡る必要がある。
NAND共同開発の蜜月時代はプレーナ型NANDとともに終焉
半導体メモリ業界では、IntelとMicronがNANDフラッシュメモリの生産子会社を合弁で設立したことは、良く知られている。2006年1月に設立された生産子会社のIM Flash Technology, LLCは、IntelとMicronのパートナーシップを象徴する企業と言える。
このIM Flash Technology, LLC(IMFT)に対する扱いを過去に遡って見ていくと、IntelとMicronのNANDフラッシュ協業に対する態度が微妙に変化してきたことが分かる。うがった見方をすると、近い将来に両社がNANDフラッシュの共同開発を休止することは、すでに確定していたとも言える。具体的に説明すると、両社のNANDフラッシュ共同開発に関する蜜月時代は、プレーナ型NANDフラッシュを開発してた時代である。プレーナ型から3D NANDへと技術が移行するとともに、両社は距離を置き始めた。このように見える。
そこで以降は、NANDフラッシュメモリの開発と生産に関するIntelとMicronの歩みを時系列で振り返ろう。MicronがNANDフラッシュメモリ事業への参入を表明したのは2004年7月のことだ。そしてIntelとMicronが生産子会社のIMFTを設立したのは、約1年半後の2006年1月である。
当時はSamsung Electronicsと東芝-SanDisk連合がNANDフラッシュメモリの市場をほぼ完全に握っており、IntelとMicronはともに後発組だった。しかもMicronはそれまで、フラッシュメモリ事業そのものを手掛けたことがなかった。先行グループをキャッチアップするために、両社は手を組んだ。そして製造技術の微細化を急速に進めることで、2010年には先行グループとほぼ同等のNANDフラッシュ技術を有するようになった。翌年の2011年には、先行グループを微細化で追い抜くほどの、進展を見せる。当時としては最先端の20nmプロセスで、プレーナ型のNANDフラッシュメモリを開発したのだ。
NANDフラッシュの合弁は3D XPointメモリの合弁へと変身
しかし2012年に入ると、転機が訪れる。粗く断言してしまうと、IntelがNANDフラッシュメモリ事業から手を引き始めたのだ。IMFTの主力工場である米国マナサス工場とシンガポール工場(厳密にはシンガポールの現地法人)をIntelはMicronに譲渡する。残る合弁の工場は、IMFTの本社がある米国ユタ州リーハイの工場(リーハイ工場)だけになる。
2012年は、IntelとMicronが次世代不揮発性メモリ、後の「3D XPointメモリ」の共同開発を密かに開始した年でもある。そして2018年1月現在のリーハイ工場は、3D XPointメモリの専用の生産工場となりつつある。IMFTは実質的には、「IM3XT(Intel Micron 3D XPoint Technologies)」とでも呼称した方が、実態にふさわしい。
3D NANDフラッシュの生産工場は合弁会社には存在しない
同じ2012年には、NANDフラッシュメモリ業界は重大な危機を迎えようとしていた。プレーナ型NANDフラッシュ技術の微細化が、限界を迎えようとしていたからである。3D NAND技術への移行が、真剣に論じられていた。そして移行に失敗すれば、NANDフラッシュメモリの記憶容量拡大はストップする可能性が高かった。IntelとMicronの共同開発によるプレーナ型NANDフラッシュの微細化は、20nm世代で停止した。
3D NAND技術の開発で先行したのは、Samsung Electronicsである。2013年8月には、フラッシュメモリ業界のイベント「Flash Memory Summit(FMS)」で3D NANDフラッシュの商品化を発表した。
IntelとMicronは出遅れた。両社が3D NANDフラッシュ技術の開発を発表するのは、2015年3月末である。じつはこのとき、両社のNANDフラッシュメモリ事業には、ある重要な変化が起こっていた。恥ずかしながら、筆者がこのことに気付いたのは、この原稿を起こし始めてからだ。
その変化とは、3D NANDフラッシュメモリの生産工場は、「合弁会社であるIMFTの工場ではない」という事実である。3D NANDフラッシュの生産工場として公表されたのは、Micronのシンガポール工場(Fab10)だった。このときすでに、第2世代の3D NANDフラッシュの生産もシンガポール工場がになう予定であることが明らかになっている。
うかつにもこのとき、筆者は「IMFTでもいずれ、3D NANDフラッシュを製造するのだろう」と信じていた。信じ切っていた。ところが2015年10月にはIntelが、中国の大連にあるチップセット用半導体工場(Fab68)で3D NANDフラッシュを生産することを明らかした。半導体製造装置を大幅に入れ換える大規模な設備投資を実行し、3D NANDフラッシュ専用工場とする、という計画である。
この発表を聞いても、筆者は異変に気づかなかった。「IMFTはフラッシュ合弁生産の象徴であり、IMFTでも3D NANDを量産している」と思い込んでいた。思い込みとは恐ろしい。思い込みは、人間を愚鈍にする。今は自らの愚鈍さが、ひたすら恥ずかしい。「後の祭り」とはこのことである。
話題が逸れた。プレーナ型NANDフラッシュと違い、3D NANDフラッシュの生産に関しては、分業が確立していった。Intelは中国の大連にあるFab68を増強し、MicronはシンガポールのFab10を拡張する。この事実は、同じ世代の3D NANDフラッシュでも、生産段階におけるシリコンダイは、両社で違っていることを強く示唆する。
筆者の調べでは、IMFTのリーハイ工場が3D NANDフラッシュを生産しているという証拠は見つからなかった。分かっているのは、プレーナ型NANDフラッシュ(2D NAND)の生産を縮小して生産品目を3D XPointメモリへ切り換えるということだ。IMFTのリーハイ工場では新しい建屋「B60(Building 60)」を建設し、3D XPointメモリの生産を増強している。
このように過去の経緯を見ていくと、3D NAND技術の「始まり」が、NANDフラッシュのパートナーシップの「終わりの始まり」であったことが分かる。終わりはまず、生産工場(ファブ)で始まった。終わりが共同開発に波及するのは、時間の問題だったとも言える。
共同開発を始めた2000年代後半と現在が大きく違うのは、NANDフラッシュメモリの市場規模が巨大になっていることだ。市場調査会社のDRAMeXchangeが公表してきたデータによると、2016年のNANDフラッシュメモリの市場規模は約390億ドルに達している。日本円では約4兆円である。2009年には約120億ドル、すなわち約1兆3,000億円だった。7年で3倍強に急拡大したことになる。しかも将来は市場規模がさらに拡大する可能性が高い。リスク分散を理由に、パートナーシップを組む意義は薄れた。
もちろん3D NANDフラッシュの技術開発は、とてつもなく難しいことである。それでもなお、MicronとIntelにはフリーハンドを獲得するだけの理由があったということだろう。