福田昭のセミコン業界最前線

2020年も半導体はおもしろい(後編)

2020年の半導体をおもしろくする、残り5個のキーワード

2020年の半導体をおもしろくするキーワード(順不同)。後編では枠内のキーワードを解説していく

 2020年も、半導体はおもしろい。そう考える。そこで本コラムでは半導体をおもしろくする10個のキーワードを取り上げ、そのなかで5個のキーワードを前編で解説してきた。5個のキーワードとは、「微細化の限界」、「3次元集積化」、「3nm世代以降のトランジスタ」、「EUVリソグラフィ」、「AI(機械学習)ハードウェア」である。

 今回の後編では、残る5個のキーワードを順番に解説していく。すなわち、「3D NANDフラッシュメモリ」、「SSD(Solid State Drive)」、「次世代不揮発性メモリ」、「パワー半導体デバイス」、「半導体市場の景気回復」である。これらのキーワード(テーマ)がなぜ、おもしろいのか、あるいは興味深いのかを、以下に説明していこう。

容量拡大よりもコスト削減を優先する3D NANDフラッシュ

 後編で最初に取り上げるキーワード(テーマ)は、「3D NANDフラッシュメモリ」である。3D NANDフラッシュメモリ(以降は「3D NANDフラッシュ」と表記)の記憶密度を高める動きはまだ止まらない。止まらないどころか、さらに加速しつつあるように見える。

 3D NANDフラッシュの記憶密度を向上させるもっとも大きな要因は、「高層化」だ。ワード線の積層数を増やすことで、超高層ホテルが階数を伸ばして土地面積当たりの部屋数を増加させるがごとく、シリコン面積当たりのメモリセル数を増加させる。3D NANDフラッシュは階数ならぬ積層数を32層から48層、64層と急速に伸ばしてきた。最新の量産チップ(シリコンダイ)では90層を超え、92層~96層に達した。

 3D NANDフラッシュの量産が本格的にはじまった2016年頃は、積層数の増加が記憶容量の拡大に直結しているように見えた。シリコンダイの最大記憶容量は32層で128Gbit、48層で256Gbit、64層で512Gbit、96層で1Tbit~1.33Tbitと拡大した。しかし量産では、高層化は記憶容量の拡大ではなく、シリコンダイ面積の削減、言い換えると製造コストの削減におもに使われている。生産数量が最大となる記憶容量(量産スポット)は、かなり小さい。

Intelが2019年9月26日にイベント「Intel Memory & Storage Day」で発表した3D NANDフラッシュメモリの最新ダイ。ワード線の積層数は96層と高層化しているにも関わらず、記憶容量は512Gbitとそれほど大きくない(多値記憶方式はTLC方式)。シリコンダイ面積を84平方mmと小さくすることが優先されたと見られる

 64層の3D NANDフラッシュの最大容量はTLC方式で512Gbit、QLC方式で1Tbit(1,024Gbit)である。しかし量産スポットはTLC方式で256Gbit、QLC方式で512Gbitと記憶容量ではかなり少なめになっている。そして96層の3D NANDフラッシュの最大容量はQLC方式で1.33Tbitに達する。しかし96層の量産スポットはTLC方式で256Gbit~512Gbit、QLC方式で512Gbit~1Tbitになると言われている。

 一見すると奇異なことだが、高層化しても量産スポットの記憶容量はあまり変わらない。シリコンダイ面積の削減による製造コストの低減を優先しているからだ。それはNANDフラッシュに対する値下げ圧力が、あまりにも強いことに起因する。記憶容量当たりの製造コスト削減要求は年率で30%~35%とされる。仮に30%とすると、価格が2年で半分になってしまう。この要求に応えるためには、シリコン面積の削減を優先せざるを得ない。

ストレージの主役に躍り出るSSD

 3D NANDフラッシュのコストと価格の低下は、SSDの記憶容量当たりの価格低下と出荷台数増をもたらしている。そこで2番目のキーワード(テーマ)を、「SSD」とした。

 記憶容量当たりの平均単価ではSSDはHDDよりもまだ高い。にも関わらず、SSDの出荷台数は増加し、HDDの出荷台数は減少が続いている。少し古いが一昨年(2018年)のSSD年間出荷台数(世界市場)は前年比39%増の約1億7,000万台と推定されている(2018年のSSD出荷台数は37%成長して1億6,715万台に参照)。記憶容量1GB当たりの単価は約23.8セントである。

 対するHDDの年間出荷台数は前年比7%減の約3億7,500万台である。記憶容量1GB当たりの単価は約2.9セントと低い。金額ベースだと、SSDは前年比30%増の194億ドル、HDDは前年比0.8%増の247億ドルである。

 SSDの出荷台数増とHDDの出荷台数減の傾向は、当面は継続する。昨年(2019年)は、金額ベースではSSD市場とHDD市場がほとんど同じ規模になったと見られる。今年(2020年)は、数量ベースでもSSDがHDDよりも多くなる可能性が高い。2020年代のストレージの主役は、SSDになる。

Western Digital(WD)が2019年12月に発売したNVMe対応のM.2 SSD「WD Blue SN550 NVMe SSD」。記憶容量は250GB/500GB/1TB。筆者が通販サイトAmazonで調べた販売価格は5,980円/8,480円/14,480円(2020年1月31日時点)。なお参考までにHDDの価格例を示すと、記憶容量1TBの2.5インチHDD「WD Blue」はAmazonで5,381円で販売されていた(2020年1月31日時点)

埋め込みで浸透する次世代不揮発性メモリ

 後編で3番目に取り上げるキーワード(テーマ)は、「次世代不揮発性メモリ(NG-NVM : Next Generation Non-Volatile Memory)」だ。2018年2月に本コラムの「2018年も半導体はおもしろい(後編)」でご説明したように、NG-NVM(次世代不揮発性メモリ)には、第1世代と第2世代がある。「次世代」なのに「第1世代」と「第2世代」というのも奇異な呼称だが、このような分類が個人的にはうまく説明しやすい。どうかご了承されたい。

 まず第1世代とは、「相変化メモリ(PCM)」、「磁気抵抗メモリ(MRAM)」、「抵抗変化メモリ(ReRAM)」の3種類のメモリを指す。これら3種類のメモリは研究開発の歴史が長い。20年を超える。いずれも単体メモリとして製品化されており、MRAMとReRAMは現在でも市販されている。ただし市場規模はきわめて小さい。ニッチなメモリである。

 最近の話題は、マイクロコントローラ(マイコン)やSoC(System on a Chip)などの埋め込みメモリ用途である。とくに埋め込みフラッシュメモリを置き換えることを狙って開発が進んでいる。埋め込みMRAMはSamsung Electronics、Intel、TSMC、GLOBALFOUNDRIESのシリコンファウンドリが開発しており、すでに顧客への提供がはじまりつつある。2019年3月にはSamsungが埋め込みMRAMの量産開始を公式に発表した(Samsung、埋め込みフラッシュを置き換える磁気抵抗メモリ「eMRAM」の量産を開始参照)。

 埋め込みReRAMと埋め込みPCMもマイコンの埋め込みフラッシュを代替するかたちでの開発が進んでいる。埋め込みReRAMはパナソニックが2013年7月に8bitマイコンで製品化した(パナソニック、ReRAM搭載マイコンを世界で初めて量産化参照)。埋め込みPCMではSTMicroelectronicsが2018年12月に32bitマイコンを試作し、評価用サンプルの出荷をはじめた(最先端マイコン/SoC向けで復活する相変化メモリ参照)。

 続く第2世代とは、2010年代に入ってから注目されるようになった不揮発性メモリである。その代表が、IntelとMicron Technologyが共同開発して128Gbitの大容量メモリを2015年7月に発表した「3D XPointメモリ」だろう(Intel-Micron連合が発表した“革新的な”不揮発性メモリ技術の中身参照)。Intelが「Optane」ブランドでHDDキャッシュ、高速SSD、メモリモジュール(DIMM)などを製品化済みである。一方、単体メモリとしての販売はしていない。

 「3D XPointメモリ」の特長は、メモリセルアレイが「クロスポイント」あるいは「クロスバー」と呼ばれる構造をしていることだ。2つの平行配線群(ワード線とビット線)が直交する点に縦型のメモリセルを配置するアーキテクチャである。平面的なメモリセルアレイとしては、セル密度をもっとも高められる。

 このセルアレイを積層して3次元化したのが、「3次元クロスポイント」または「3次元クロスバー」と呼ばれる高密度メモリになる。Intelが製品化しているOptaneメモリーでは、64Gbitのセルアレイを2層に積み重ねることで、128Gbitの大容量メモリを実現した。

 当然ながら競合するメモリベンダーも、同様の「3次元クロスポイント」を開発中である。またIntelとMicronは64Gbitのセルアレイを4層に拡張して記憶容量を256Gbitに拡大した第2世代のOptaneメモリーを開発している。

次世代不揮発性メモリ(NG-NVM)の概要。研究開発の進展状況をまとめた

日本の半導体ベンダーが世界で健闘するパワーデバイス

 後編で4番目に取り上げるキーワード(テーマ)は「パワー半導体デバイス」である。パワー半導体デバイスは、半導体産業のなかでは日本企業が世界市場で健闘している、数少ない分野だ。

 パワー半導体デバイスは長い間、シリコン(Si)が主役をつとめてきた。シリコンデバイスの構造を改良することで、性能を高めてきた。しかし最近では理論的な性能でシリコンを超える、化合物半導体のパワーデバイスが開発され、実際に製品でシリコンよりも高い性能を発揮しつつある。その代表が炭化シリコン(SiC)と窒化ガリウム(GaN)である(パワーデバイスで健闘する日本の半導体企業参照)。

 SiCはョットキーバリアダイオード(SBD)とパワーMOS FETで実用化がはじまった。大電流と高耐圧を兼ね備える。シリコンのpinダイオードをSiCのSBDで置き換えたり、シリコンのIGBTをSiCのパワーMOS FETで置き換えたりする。こうすることで、電力損失が下がる。

 GaNは高移動度トランジスタ(HEMT : High Electron Mobility Transistor)で実用化がはじまった。高速に動作するものの、SiCに比べると耐圧と電流容量は低い。シリコンの高速・高周波パワーMOS FETを置き換えるかたちで普及が進んでいる。SiCと同様に、置き換えによって電力損失が下がる。

パワー半導体の材料とデバイスの特性比較。炭化シリコン(SiC)と窒化ガリウム(GaN)、酸化ガリウム(Ga2O3)のパワーデバイスは、理論的にはシリコン(Si)よりも高い性能を発揮する

 また最近では、第3のパワーデバイス用化合物半導体として、酸化ガリウム(Ga2O3)が急速に注目を集めつつある(「酸化ガリウム」からはじまる日本の半導体産業“大復活”参照)。酸化ガリウムは理論的には、SiCおよびGaNを超える性能のパワーデバイスを作れるほか、基板(ウェハ)をSiCおよびGaNよりも安価に製造できる。日本のベンチャー企業2社が研究開発を牽引しており、将来が楽しみなデバイスだ。

緩やかに回復する半導体市場

 最後のキーワード(テーマ)は「半導体市場の景気回復」である。すでに知られているように、半導体市場は2018年秋から景気後退期に突入した。業界団体や市場調査会社などの発表データによると、昨年の世界半導体市場の成長率はマイナス12%強と大きく落ち込んだ。これに対し、今年の成長率は約6%に回復すると予測されている。

 業界団体のWSTSは2019年12月3日に、2020年の世界半導体市場が前年比5.9%増の4,330億ドルになるとの予測を発表した。主要製品別の内訳はアナログ(ミックスドシグナルとパワー)が5.3%増、マイクロ(マイクロプロセッサとマイクロコントローラ、DSP)が同4.9%増、ロジック(特定用途向けICとASIC、FPGA)が同6.5%増、メモリが同4.1%増である。ロジックの成長率がやや高い。

 応用分野として半導体需要を引っ張るのは、第5世代(5G)移動通信システムとPCである。5G移動通信システムは2020年から日本でもサービスがはじまるとされる。この分野ではロジックとメモリの需要増加を予測する。PCは「Windows 7」のサポート終了(2020年1月14日で終了)による買い換え需要に期待がかかる。

世界半導体販売額(過去3カ月の移動平均値)の前月比と前年同月比の推移。業界団体のWSTSによる発表資料を筆者がまとめたもの

 懸念材料は米中貿易摩擦である。最近ではコロナウイルスによる新型肺炎の流行が、懸念材料に加わった。先行きはかなり不透明になっている。はたして2020年はどうなるのか、引き続き注目したい。