福田昭のセミコン業界最前線

パワーデバイスで健闘する日本の半導体企業

パワーエレクトロニクスの応用分野とパワーデバイスに対する要求仕様。「三菱電機技報(2007年5月号)」から

 日本に大手の半導体企業(半導体メーカー)はほとんど残っていない。そのように考えられる向きが少なくない。半導体メモリメーカーの繁栄と没落の記憶が、未だに強く刻まれているからだろう。とくにDRAMメーカーは1980年代に隆盛を誇っていたにも関わらず、2000年代には崖っぷちに追い込まれた。2000年代に日本のDRAMメーカーはエルピーダメモリ1社となり、そして倒産し、Micron Technologyの一部となった。今や大手の半導体メモリメーカーと言えるのは、キオクシア(元・東芝メモリ)だけだ。

 しかし日本の半導体メーカーが、現在でも健闘している分野がある。それがパワーデバイスだ。パワーデバイスはパワー半導体デバイス、あるいはパワー半導体とも呼ばれる。メモリやマイクロプロセッサなどと違うのは、メモリやマイクロプロセッサなどの半導体デバイスが信号(データ)を扱うのに対し、パワー半導体デバイスは電力を扱うことだ。

 すべての電子機器は、パワーデバイスを搭載している。PC、サーバー、スマートフォン、タブレット、ストレージ、プリンタ、TV、エアコン、冷蔵庫、洗濯機など。われわれの身の回りに存在する電子機器もすべて、パワーデバイスを内蔵する。なぜなら、すべての電子機器は電源回路を必ず搭載しており、電源回路はパワーデバイスを必ず組み込んでいるからだ。

 パワーデバイスの応用分野は非常に幅広い。リチウム2次電池や乾電池などで動くモバイル機器は、5V以下の低い電圧と、数十mA以下の小さな電流しか扱わない。それでも電源回路のデバイスは、立派なパワーデバイスである。一方でハイブリッド自動車は、200V~600Vといった高い電圧を扱う。電気鉄道では1,500Vとさらに高い電圧を、ごく普通に扱う。

 電源やモーター駆動回路などの電力を扱う回路とその応用は、パワーエレクトロニクスと呼ばれる。パワーエレクトロニクスが扱う電圧と電力も、当然ながら非常に幅広い。電圧は低いところでは10V以下、高いところでは10万V近くになる。電力容量は小さなところでは0.01kVA(10VA)に満たず、大きなところでは1万kVAを超える。パワーエレクトロニクスに対する要求仕様も、低コスト、低損失、小型軽量化といった基本的な方向性は共通であるものの、具体的な数値となると、用途によってまったく違う。

パワーエレクトロニクスの主要な回路。コンバータ、インバータ、整流回路がある

 パワーデバイスにも一般の半導体と同じく市販品とカスタム品がある。低耐圧、小容量のパワーデバイスには市販品が多い。高耐圧、大容量になるとカスタム品が普通になる。日本のパワー半導体企業がとくに強いのは、高耐圧、大容量のカスタム品の分野である。

 パワーデバイスと一般の半導体デバイスは、いくつかの点が違う。もっとも大きな違いは、パワーデバイスが個別半導体(ディスクリート)あるいは小規模のICであることだろう。この個別半導体は、ダイオードとトランジスタである。ダイオードはトランジスタと同じくらいに重要なデバイスであり、パワーエレクトロニクスには欠かせない。

一般の半導体とパワー半導体の違い

パワーエレクトロニクスを構成する5種類の半導体デバイス

 パワーエレクトロニクスの回路を構成するおもな半導体デバイスは5種類。そのなかで3つはトランジスタ(パワートランジスタ)であり、2つはダイオード(パワーダイオード)である。

 パワートランジスタには大別すると、サイリスタ、IGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)、パワーMOS FETがある。歴史的にはサイリスタがもっとも古い。サイリスタの発明によってパワーエレクトロニクスの歴史がはじまった、とも言える。次にパワーMOS FETが登場した。サイリスタはバイポーラデバイス(pnpnスイッチ)であるのに対し、パワーMOS FETはユニポーラデバイス(おもにnチャンネル型FET)であり、高速に動作する。ただし耐電圧と電力容量はサイリスタよりもはるかに低い。

 その後、サイリスタとMOS FETの両方の長所(高耐圧と高速)を兼ね備えたIGBTが登場した。IGBTはサイリスタよりも高速に動作し、パワーMOS FETよりも耐電圧が高い。最近はIGBTの高耐圧化が進み、サイリスタの市場が奪われている。

パワー半導体デバイスの開発略史。最後のカッコ内は発明・開発組織。パワー半導体の開発には米国のGeneral Electric(GE)と日本のエレクトロニクス企業が大きく貢献してきたことがわかる

 ダイオードには、pin接合ダイオードと、ショットキーバリアダイオード(SBD)がある。pin接合ダイオードは耐電圧が高く、電流容量が大きく、逆バイアスのリーク電流が小さい。SBDは耐電圧は低く、逆バイアスのリーク電流はやや大きいものの、順電圧降下が低くて高周波特性に優れる。

パワーデバイスにおける代表的な日本企業群

 パワーデバイス市場における大手の一角を占める日本の半導体企業には、三菱電機、富士電機、日立パワーデバイス、東芝デバイス&ストレージなどがある。中堅企業ではローム、サンケン電気、新電元工業などが健闘している。

 たとえば代表的なパワーデバイスであるIGBTのトップ5社を市場調査会社Yole Developpementが2017年8月に発表した資料によると、耐圧が2,500V~3,000Vの範囲ではトップが三菱電機、2位が富士電機、4位が日立パワーデバイスとなっている。高耐圧パワーデバイスでは一般的な耐圧600V級のシェアだと、3位が三菱電機、4位が富士電機である。耐圧のやや低い400V以下のIGBTでは、3位に東芝デバイス&ストレージ、5位にロームがつける。

IGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)の耐圧別市場シェア。市場調査会社のYole Developpementが2017年8月に公表した資料から

パワー半導体デバイスの性能を左右するもの

 パワーデバイスにとってもっとも重要な性能は効率、言い換えると電力損失の低さである。損失には、導通損失とスイッチング損失がある。

 導通損失とは、パワーデバイスがオン状態(電流が流れている状態)のときに生じる損失である。オン状態のパワーデバイスの電気抵抗は理想的にはゼロなのだが、実際にはそうならない。電気抵抗が存在し、電気抵抗による電力損失が生じる。この電気抵抗をオン抵抗と呼ぶ。オン抵抗をなるべく低くすることが、パワーデバイスには求められる。

 スイッチング損失とは、パワーデバイスがオン状態からオフ状態(あるいはその逆)に切り換わるときに生じる損失である。スイッチング損失はデバイスの入力容量とスイッチング周波数に比例する。デバイスの入力容量を小さくするとともにスイッチングに必要な時間を短くすることが、パワーデバイスには求められる。

 もう1つの重要な性能に、耐電圧(耐圧)がある。耐電圧を高くしようとすると、オン抵抗は上がり、スイッチング時間は長くなる。オン抵抗とスイッチング時間、耐電圧の間にはトレードオフの関係がある。パワーデバイスの開発とはこの3者の均衡点を向上させることだとも言える。

パワー半導体デバイスの電力損失。導通損失とスイッチング損失がある。低周波で動作するときには導通損失、高周波で動作するときにはスイッチング損失が支配的になる
オン抵抗とスイッチング時間、耐電圧のトレードオフ(トリレンマ)

シリコンパワー半導体の進化が限界に近づく

 ここまで述べてきたパワーデバイスはおもにシリコン(Si)を材料とする。シリコン以外のパワーデバイス向け材料では、エネルギーバンドギャップがシリコンよりも広い半導体が20年近く前から研究されており、最近になって実用化されてきた。「ワイドギャップ半導体」、「WBG(Wide Band Gap)」などと呼ばれる。

 ワイドギャップ半導体の研究開発が進められてきた理由は、シリコンのパワーデバイスの開発が進み、性能がシリコン材料の物理限界に近づいてきたとの共通認識による。先ほど述べたトレードオフで非常に厳しいのが、オン抵抗と耐電圧の関係である。理論的には、この関係はエネルギーバンドギャップ(以降はバンドギャップと表記)によって決まる。同じオン抵抗でもバンドギャップがせまい材料は絶縁破壊電界が小さくなり、耐電圧が下がる。シリコンのパワーデバイスは改良を重ねた結果、この材料限界に突き当りつつある。トランジスタ構造の工夫によって材料限界を突破した(オン抵抗を下げた)パワーMOS FET(スーパージャンクションMOS FET)が存在するものの、構造が複雑なために製造コストはあまり低くない。

スーパージャンクションMOS FETのオン抵抗と耐圧。グラフは横軸が耐圧、縦軸がオン抵抗。右下へ進むほど性能が高い。黒い曲線はシリコンの材料限界。右下の「SuperJ MOS」が富士電機が開発したスーパージャンクションMOS FETのプロット。富士電機のパワーMOS FET説明資料から

 そこでシリコンではなく、バンドギャップの広い別の半導体材料でパワーデバイスを開発し、シリコンの限界を超えようとする動きが進んできた。

 パワーデバイス用のワイドギャップ半導体で、すでに実用化がはじまっている材料は2種類ある。1つは炭化珪素(シリコンカーバイド、SiC)、もう1つは窒化ガリウム(GaN)である。バンドギャップはシリコン(Si)が1.1eV(エレクトロンボルト)であるのに対し、SiCが3.3eV、GaNが3.4eVと3倍ほど広い。

 バンドギャップの違いを反映して絶縁破壊電界も、3者でかなり違う。Siが0.3MV/cmであるのに対し、SiCは2.5MV/cm~3.0MV/cm、GaNは3.3MV/cmと約10倍も高い。これらのワイドギャップ半導体は、同じ厚みであればSiよりも耐電圧が高く、同じ耐電圧であれば半導体ダイの厚みを10分の1に薄くできることを意味する。半導体ダイを薄くできると、オン抵抗が下がる。したがって電力損失(導通損失)を低減できる。

おもなパワーデバイス用半導体材料の耐圧とオン抵抗の関係(理論限界)。2013年度先端技術大賞 特別賞受賞論文「酸化ガリウムパワー半導体の研究開発」(情報通信研究機構、タムラ製作所、光波)から

高耐圧のSiC、高速のGaNという役割分担

 SiCとGaNのパワー半導体は当初、市場で競合するかと思われた。しかし現在では、両者の役割分担はかなり明確に分かれている。その理由はおもに、デバイス構造の違いにある。

 SiCはショットキーバリアダイオード(SBD)とパワーMOS FETで実用化がはじまった。いずれも縦型のデバイスで、大電流と高耐圧を兼ね備える。シリコンのpinダイオードをSiCのSBDで置き換えたり、シリコンのIGBTをSiCのパワーMOS FETで置き換えたりすることで、商業化が進んでいる。SiCデバイスはシリコンデバイスに比べるとオン抵抗が低いことから、置き換えによって電力損失が下がる。

 GaNは、高移動度トランジスタ(HEMT : High Electron Mobility Transistor)で実用化がはじまった。横型のデバイスであり、高速に動作するものの、SiCに比べると耐圧と電流容量は低い。シリコンの高速・高周波パワーMOS FETを置き換えることで商業化が進んでいる。オン抵抗がシリコンに比べると低いので、置き換えによって電力損失が下がる。

 SiCデバイスとGaNデバイスのもっとも大きな課題は、製造コストである。製造コストが高くなる大きな理由は、基板(ウェハ)のコストが高価であること。SiCデバイスはウェハにもSiCを使う。このため、縦型のデバイスが作りやすい。しかしウェハのコストは非常に高く、平方cm当たりで1,500円以上だとされる。シリコン(Si)のウェハコストは平方cm当たりで100円に満たない。じつに15倍も違う。

 GaNはさらに高価だ。GaNウェハのコストは平方cm当たりで4万円を超える。GaNウェハを使っていてはGaNパワーデバイスには勝ち目はない。そこでサファイアやシリコンなどのGaNよりも安価なウェハが使われている。ただしこの場合、格子定数の違いを緩和するためのバッファ層が必要となり、縦型のデバイスを作れない。横型のデバイスとなってしまう。このため、GaNパワーデバイスは耐圧と電流が比較的低く、高速動作が必要な用途で使われている。

SiとSiC、GaNパワーデバイスの応用領域。横軸はスイッチング周波数、縦軸は電力。Texas Instrumentsのパワーデバイスに関する説明資料から

 さらに、第3のパワーデバイス向けワイドギャップ半導体として最近になって急速に注目されているのが、酸化ガリウム(Ga2O3)である。酸化ガリウムを使うパワーデバイスの研究開発は日本が牽引している。しかも牽引役は三菱電機や富士電機といった大手パワーデバイス企業ではない。研究開発を主導しているのは政府系研究機関や大学、ベンチャー企業などである。酸化ガリウムを使ったパワーデバイスの研究開発動向については、本コラムで機会を改めてご紹介したい。