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新型コロナN501Y変異株の感染力の強さ、スパコン富岳が解明

富岳

 理化学研究所(理研)は、スーパーコンピュータ「富岳」を利用した「新型コロナウイルス関連タンパク質に対するフラグメント分子軌道計算」の進捗状況について説明した。

 「富岳」を使ったフラグメント分子軌道(FMO)計算によって、受容体結合ドメイン(RBD)の変異体と、人の細胞であるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)の「複合体」を詳細に解析。N501Y変異によって結合が強化されるなど、変異がもたらす感染に直接関わる相互作用様態の変化を明らかにしたという。

 新型コロナウイルスの感染は、RBDがACE2と相互作用することで起こるものであり、構造変化や相互作用では荷電性残基が重要な働きをしていることを示すとともに、6M0Jと呼ばれる野生株をもとにアミノ酸の置換を行ない、分子モデリングソフトによって、RBDの変異箇所を示してみせた。

RBD-ACE2の界面付近の位置関係

 立教大学 理学部化学科の望月祐志教授は、「富岳の性能を活用して、変異による相互作用および結合安定化の残基単位の様態変化が詳細に解明できた。安定化の増大は、感染力が増加しているという傍証になる。N501Y変異では、接触面近傍で、RBDとACE2の結合を増強していることがわかった。これは、感染力が増大しているということにも符合している」とし、「FMOによる計算化学的研究が、感染症対策の一助になり得ることを実証した」とも述べた。

 N501Y変異は、英国株や南アフリカ株、ブラジル株にもあり、国内における感染が急拡大している。N501Yは、ウイルスのタンパク質の501番目のアミノ酸が、アスパラギン(N)からチロシン(Y)に変異。これによって、スパイクタンパク質が、人の細胞と結合しやすくなるため、感染が拡大しやすい。

 今回の研究では、相互作用エネルギーの総和について、界面からの距離依存性について解析。英国株(B.1.1.7株)は界面付近から近距離では1.05倍と安定化が相対的に大きいことがわかったほか、距離が長くなると、南アフリカ株(B.1.351株)と B.1.1.248株(ブラジル株)では安定化が優位となり、全体では結合安定化エネルギーが1.2倍にもなるという。

RBD-ACE2の相互作用エネルギーの総和
相互作用エネルギー和の界面からの距離依存性

 また、今回の研究では、K417をそのままにして、そこにN501YとE484Kを導入した「変異を人為的に共存させたモデル」についても実験。距離依存により、1.5倍に安定化が増すという結果が出ており、「富岳により、計算化学的な想定実験も行なうことができた」(望月教授)とした。

 今後、インド株(B.1.617株)の解析など、新規の変異株も随時解析を行なっていくという。

富岳、新型コロナ解析への貢献

 富岳は、2021年3月9日に開発および整備が完了。学術分野や産業分野における共用を開始している。また、共用開始に先立ち、2020年4月から、文部科学省と連携して、新型コロナウイルス対策に貢献する研究開発に一部計算資源を供出。すでに、飛沫やエアロゾルによる感染リスクのシミュレーションを行なったり、新型コロナウイルス向けの治療薬候補を同定したりといった成果が出ている。

 新型コロナウイルスに関しては、6つの課題について、2021年3月末まで、研究対策が進められ、一部課題においては、「HPCI(ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ)」課題として、継続的な研究が進められている。

 今回、進捗状況を発表した「新型コロナウイルス関連タンパク質に対するフラグメント分子軌道計算」は、新型コロナウイルスに関連するタンパク質と、阻害剤候補群に対する探索的計算と解析に加えて、SARSウイルス関係のタンパク質に対する計算および解析したり、重要な計算結果データのFMODB(FMOデータベース)での公開を行ったりすることになる。

理研 計算科学研究センターの松岡聡センター長

 理研 計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「富岳における新型コロナウイルス対策の研究プロジェクトは、3月末で一度終了したが、個別のプロジェクトとして今後も継続したり、新たな課題に取り組むことになる。

 今回の『新型コロナウイルス関連タンパク質に対するフラグメント分子軌道計算』プロジェクトは、今後も富岳を利用して、研究を継続的に行なう。新型コロナウイルスの分子構造の詳細な分析を行ない、変異種での分析を強化でき、感染力という免疫学的な観点ではなく、理化学的な観点から結合力を実証した。新たなウイルスによるパンデミックが発生した際にも、いち早く解析ツールを活用できる。創薬やワクチンの開発、抗体の分析につながることを期待している」とした。

神戸大学大学院システム情報学研究科の田中成典教授

 また、神戸大学大学院システム情報学研究科の田中成典教授は、「富岳の性能を活用することで分子レベルの相互作用分析を網羅的に行なえるほか、ピンポイントでの高精度の解析ができる。分子レベルでの感染力や、抗体、ワクチン、薬の効果も評価できる。これにより、予想なども可能になる。変異株に関心が高まるなか、重要な変異が発生した際には、分子レベルにどんな効果があるのかを定量的に説明できるというメリットがある」などと述べた。

富岳を活かせるABINIT-MPプログラムで解析

 新型コロナウイルスは、人間などの細胞内の仕組みを借りて増殖する。そのとき、ウイルスは細胞に侵入し、自身が持っている「遺伝物質(RNA)」をもとに、細胞内でウイルスの材料を作らせるが、その材料をちょうど良い長さに切るといった加工をして組み合わせて、新たなウイルスを増やしていくという。この過程においては、ウイルス自体が持っていたり、細胞内で作られたりしたさまざまなタンパク質や酵素が関わっており、これらの働きを薬物で止めることができれば、ウイルスの増殖を抑えることができる。

 同研究では、タンパク質同士が、どう作用しあっているか、どんな化学物質と強く結合するのかといった観察ができない分子が持つ電子の状態や性質を、量子力学の法則に従って計算を行なうことで、電子状態を明らかにするという。

 そのために、タンパク質のような大きな分子を計算するために工夫された「フラグメント分子軌道計算法(FMO法)」を活用し、「富岳」の計算能力を利用。独自に開発してきた「ABINIT-MPプログラム」を用いて、詳細な相互作用解析を実施。得られた結果を公開し、新薬の開発などにつながる基礎情報を提供することになる。

 「ABINIT-MPプログラムは、米国で開発されたGAMESS-USによりも機能の数は少ないが、スパコンとの相性がいいプログラムであり、高速である。富岳のように多数のコアがあるコンビュータであっても、並列処理を階層的に行なうことで、効率よく計算ができる。Xeonを搭載した小型サーバーから富岳までの利用が可能であり、必要十分な機能を提供している。今後、富岳の上で、ABINIT-MPの機能を向上させたり、高速化し、それをライブラリとして公開することで多くの人に使ってもらえるようにしたい」(望月教授)と述べた。

立教大学 理学部化学科の望月祐志教授

 さらに、「富岳の圧倒的な計算能力を活かすことで、相互作用解析が定量的に行なえるようになった。キャパシティコンピューティングによる大量計算によって、メインプロテアーゼを分子動力学シミュレーションによって、多数の構造を作り、これを評価し、統計的な相互作用解析を行なった。また、ケーパビリティコンピューティングにより、スパイクタンパク質の5,300残基を分析し、これまでにはできなかった計算を実行し、高精度な結果を導き出すことができた」とした。

 今回の研究では、RDBとACE2の相互作用エネルギーの総和の算出では、富岳の1ラック384ノードを使用するだけで、1構造あたりの計算が4.5時間で完了。一般的なスパコンでは数日かかるのに比べて、大幅な短縮ができた。

スパイクタンパク質

 また、アミノ酸は、約1,100残基あり、それが3量体で構成されているため、巨大な分子システムの相互作用を網羅的に行なうことが困難だったが、これも、富岳の性能によって解決できたという。

 FMO相互作用解析により、アミノ酸残基間や、アミノ酸残基と阻害剤間の相互作用を高信頼度で算定。相互作用に関するデータが阻害剤の改良や新規開発、抗体のデザインの基礎的知見にできるという。

 「FMO相互作用解析が、富岳を活用することでは基礎的な知見として利用できるようになった。構造ゆらぎを統計的に考慮した計算が容易になり、これまでは不可能だった動的な構造での評価が可能になる」(望月教授)という。

 望月教授や田中教授のチームは、10数年前に、当時、世界最速だった地球スミュレータを活用して、インフルエンザウイルスの解析を行なったが、富岳ではその1万倍近い性能を発揮しており、多数の構造を対象に、高い精度の計算ができるという。すでに、次のパンデミックが懸念される鳥インフルエンザウイルス関係の予備計算も開始しているという。

 ABINIT-MPでは、5,300フラグメントでの安定稼働を実現していたが、この1カ月間でプログラムを改良し、1万2,000フラグメントまでの計算が可能になったという。

 「分子動力学シミュレーションなどでは、タンパク質(アミノ酸)の周りに水を付着させる必要がある。その結果、対象となる分子が1万を超えてしまう。プログラムのかいぜんによって、これだけのフラグメント計算をルーティーンに計算することができ、多数のサンプルの計算が可能になる。世界最高峰のタンパク質計算ができる。富岳のCPUであるA64FXを搭載した同系のスパコンが、名古屋大学や東京大学にも入ることになり、共同研究によって、さらに高速に処理できる」(望月教授)とした。