笠原一輝のユビキタス情報局
Zenbook、ROG Ally、Fold……魅力的なPCをASUSが矢継ぎ早に投入できる理由
2023年6月13日 06:23
ASUSは、台湾のマザーボードベンダーとしてスタートしたが、その後はPCブランドメーカーとして大発展し、現在ではグローバルにPC市場でLenovo、HP、Dell、Appleに次ぐ市場シェア5位のPCメーカーとなっている。
近年のASUSは、特に多くのノートPC関連の発表を連発しており、有機EL(OLED)搭載ノートに積極的な姿勢を見せているほか、折り曲げ型PCとなる「Zenbook 17 Fold OLED」もリリース。さらに、CES 2023ではIntelと共同開発した特別パッケージを採用した「Zenbook Pro 16X OLED (UX7602)」を発表するなど、技術的に見てもユニークな製品を多数リリースしている。
今回COMPUTEX 2023のタイミングに合わせて、ASUSのリーダーに話を聞く機会を得たので、その模様をお伝えしていきたい。
Zenbook、ROG Ally、Foldとここ1年でユニークなPC製品を次々に投入しているASUS
最近ASUSが面白い、おそらく多くの読者の皆さまも同じことを感じているのではないだろうか。というのも、ここ数年、ASUSはPC製品のラインアップを拡張してきており、通常のラインアップに加えて、そこから派生している製品の中にハイエンドユーザーをターゲットにしたような製品などが多数登場してきているからだ。
昨年の9月に開催されたIFAで発表されたのが折り曲げPCとしては最大画面サイズとなる17型OLEDを搭載した「Zenbook 17 Fold OLED」。折り曲げPC(Foldable PC)としては、Lenovoが一番乗りでThinkPad X1 Foldが最初の製品となったが、その第2世代のThinkPad X1 Foldが登場するのと同じタイミングで投入されたのがZenbook 17 Fold OLEDで、ThinkPad X1 Fold(16.3型)よりも大型になっているのが特徴。
今年のCESで発表されたのは「Zenbook Pro 16X OLED (UX7602)」。こちらの特徴はIntelと共同開発した特別パッケージの第13世代Coreを採用していることで、CPUやメモリの基板スペースを節約することで、GPUをより強力なものにするなどのメリットを実現している製品となる。
今年の4月にASUSが台湾で行なった会見では、「Zenbook S 13 OLED (UX5304)」が発表された。Zenbook S 13 OLEDは13.3型OLEDパネルを採用し、CPUは第13世代Coreを採用していながら、重量が約1kgという軽量を実現したモバイルノートPC。ASUSが日本を本格的にターゲットにしたノートPCとして注目を集めている。
そして最後に最近発表され、日本でも5月末に発売がアナウンスされた製品がROG Allyだ。ROG Allyはいわゆる、ハンドヘルドゲーミングデバイスと呼ばれる製品で、これまでやや小規模なPCメーカーからしか販売されてこなかったこうした製品を、トップ5のPCメーカーとして初めて取り組んだ製品となる。
SoCもAMDが先日発表したばかりの「Ryzen Z1シリーズ」を採用しており、今のところ「最強の内蔵GPU」となるRDNA 3のGPUを採用していることが大きな話題になっている。
このように、ここ1年に限っただけでも、ASUSはこれだけの注目すべき製品を続々と送り出している。ほかにも、メインストリーム向けのノートPCにいち早くOLEDパネルの採用を進めてきて、今年CESで発表されたモデルの半数以上がOLEDを採用したモデルになっている。上位モデルとなるZenbookシリーズだけでなく、普及価格帯モデルのVivobookでもOLED搭載のモデルが用意されているのは、なによりの証拠だ。仮にPC産業に「OLED普及させたで賞」みたいな賞があったとすれば、その賞を受賞するのはASUSが最もふさわしいと言える。
IDCが発表した2023年第1四半期のグローバル市場シェアで、ASUSは6.8%の市場シェアを得ているとされており、4位となっているAppleの7.2%と0.4%の差になっているなど、Appleの背中が見えてきている状況だ。
「エンジニア・オリエンテッド」なことがASUS躍進の理由
そうした矢継ぎ早に魅力的な製品を投入し、市場シェアも拡大しているASUSの共同CEOを務めているのがサムソン・フー(胡書賓)氏だ。フー氏は、S.Y.スー(許先越)氏と共同でCEOを務めるASUSのリーダーで、“名物”会長でよくメディア向けの記者会見などに登場する共同創業者で会長のジョニー・シー(施崇棠)氏の元で、会社の方向性を決めて、CEOとして会社の運営などに全責任を負う体制となっている。
フー氏はASUSの他社向けマザーボード部門の責任者などを歴任した後、2006年に後に全世界的なヒットになった製品の「Eee PC」の製品計画・事業責任者になり、Eee PCの大躍進でASUSをグローバルなPCブランドに押し上げる立役者となった。
その後も「Transformer Pad」、Googleから発売された「Nexus 7」などを開発する事業の責任者となり、こちらもASUSの事業規模の拡大に貢献している。そうした功績が認められ、ASUSのトップエグゼクティブの1人となり、2019年に共同CEOに任命されて今に至っている。
フー氏はASUSがこうした新しい製品を連発できる理由について質問すると、「ASUSはエンジニアにフォーカスした会社となっているからだ。おそらくPCブランドの中でもっとも大きなR&Dチームを持っていると考えている。実際ASUSの本社従業員の3分の1がエンジニアだ」と明かした。
ほかのPCメーカーに比べてより大きな研究開発チームを社内に持っていることが、ASUSがここ数年新しいユニークな製品を連発できている理由だというのだ。
ASUSは元々マザーボードメーカーとして成長し、PCブランド向けのODM事業(ブランドに変わって製造を行なう事業のこと)を2番目の柱として成長し、Eee PCのヒットでASUS自身もブランドメーカーとして成長していったという歴史がある。その中で、ASUSはODM事業をPegatronとして独立させ、2010年にはPegatronが上場企業として資本的にも分離している。
その時に、PCの開発を行なう人材の多くはPegatronに移行したと考えられるが、フー氏は「確かにPegatronを分離した時に、エンジニアリングチームのうち相当数はPegatronに転籍したが、正しく表現するのであれば両社で分け合ったという形になる」とのことで、ASUS側にも多くのエンジニアが残り、そのリソースを発展させてASUS社内でPCの開発を行なっているというのだ。
そして、そのエンジニアの数が、ASUS本社の従業員の3分の1に達する数に充実させてきており、そうしたリソースを使えるからこそ、ここ1年でASUSがリリースしてきたユニークな製品を矢継ぎ早に出せる体制を実現できているとフー氏は強調した。
フー氏は「シー会長が常々言っているように、弊社はイノベーションにフォーカスしている。そこには投資が必要であり、我々は今後もPCに向けた研究開発の投資を続けていく。エンジニア数を充実させているのはその一環だ」と述べ、今後も革新的なPCを設計するようなリソースを充実させていくという方針をとっていくと表明した。
同じ台湾のグローバルPCメーカーとしてASUSの競合となるAcerは、PC事業の比率を下げ、既に70%を切るようになっていることをCOMPUTEX 2023で同社が行なった基調講演の中で明らかにしている。
それに対してASUSは依然として90%近くの売り上げがPC由来だとフー氏は述べ、今後もPCが同社にとってのコア事業であり続けると説明した。既にASUSは事業を絞り込むことを行なっており、たとえばスマートフォン事業はゲーミングフォンなど同社の強みが出せる分野に絞って製品展開をするなどしており、コア市場であるPCに開発リソースを集中させている。そうした結果が、冒頭で紹介したようなユニークなPC製品を矢継ぎ早に登場させることになっていると考えられるだろう。
ASUSにとって次のステップになるのが法人向けPC市場の成長とチャン上席副社長
ASUSのPC事業の事業部長として事業をけん引しているのがASUS上席副社長 エリック・チャン(陳彥政)氏だ。チャン氏は今後の同社の成長戦略として「法人向けのPCの成長が重要だと考えている。我々にとって法人向けPC市場は高い成長の余地があると考えており、製品ラインアップの拡充などにここ数年取り組んできた。今後はさらに販売チャンネルの構築などを行なっていき、成長につなげていきたい」と述べ、今後は法人向けPCの事業の成長に力を入れ、同社の次の成長を実現したいと説明した。
実際、COMPUTEX 2023の報道関係者向けの説明会では、同社のビジネスPCブランドである「ExpertBook」などの法人向け製品が大きく取り上げられており、同社のマーケティングとしてもExpertBookのアピールに力を入れていることが分かる。今回はその中でも、Zenbook S 13 OLEDの法人版と言えるような14型で990gという軽量さを実現した「ExpertBook B9 OLED」が特に取り上げられており、同社会見場のデモブースでももっとも目立つところに置かれていた。
ASUSによれば、同社の法人PC向けビジネスは、同社全体のPC事業の中で10%程度にとどまっており、逆に言えば残りの90%が一般消費者向けとなることになる。ほかのPCブランドでは半々とか、むしろ法人向けのPCの割合が多いというメーカーが少なくないことを考えれば、同社のPC事業が一般消費者向けに特化してきたことがこの数字からも分かる。だが、逆に言えば、そこにASUSの成長の余地がある、そういうことができるだろう。
チャン氏によれば、ASUSは法人向けの製品ラインアップをこれまで数年かけて拡充してきており、同時に販売チャンネルの拡充にも取り組んできているという。法人向けPCでは、たとえばオンサイトの保守サービスなどの提供なども重要になってくるが、そうしたサポート体制なども今後拡充していきたいとチャン氏は説明している。
現状日本市場ではそうしたサービスは提供されていないが、今後ASUSが日本でも法人PCビジネスを拡大していく上ではそうしたサポート体制の充実が1つの鍵になってくるだろう。
生成AIへの投資も。将来的にはASUS製PCに反映される可能性
ASUSの今後について、共同CEOのフー氏に聞くと「今後はAIへの投資をさらに加速していき、AIを活用したイノベーションをユーザーに提供していきたい。既に200名以上のエンジニアをAIの開発に割り当てており、弊社独自のAIソリューションを開発している」と述べ、ASUSにとっての次のステップは生成AIであり、多くのエンジニアをAI開発に既に割り当てていると明らかにした。
ASUSに限らず、今や生成AIはPC産業にとって大きなキーワードになっている。特にPCではプラットフォーマーであるMicrosoftが生成AIの実装に積極的で、Windows 11にも「Windows Copilot」と呼ばれる生成AI(具体的にはLLM)を活用した新しいサービスが実装される。
また、生産性向上ツールのMicrosoft 365にも生成AI機能となるMicrosoft 365 Copilotが搭載され、さらにAdobeもCreative Cloudのアプリケーション(Photoshopなど)にFireflyで総称される生成AI機能の実装を既に開始している。
そうした動きはソフトウェアベンダーだけでなく、PCメーカーにSoCを提供する半導体メーカーも同様で、AMDはNPUとなる「Ryzen AI」をRyzen 7000シリーズの一部製品に、Intelは次世代製品Meteor LakeにMovidius由来のVPUをNPUとして統合し、Qualcommは既にNPUをSnapdragon 8cx Gen 3に搭載済みだ。既にソフトウェアの観点からも、ハードウエアの観点からもPC上でAIを活用するソリューションがそろいつつある。
フー氏は「生成AIの登場により、PCはもっと便利になる。Windows Copilot、Microsoft 365 Copilotなどの発表からも分かる通り、我々の未来には大きな可能性があると思う」と述べ、そうした生成AIがPCに実装される時代に向けてASUSとしてもAIの開発に力を入れ、独自の機能を同社製PCに実装していく可能性を示唆した。