笠原一輝のユビキタス情報局
Z世代向けデザインの「ThinkPad Z13 Gen 1」、AMD採用で高性能を実現
2022年6月24日 11:00
今年の1月にラスベガスで行なわれたCES 2022に合わせて発表されたThinkPadの30周年を記念したモデルが「ThinkPad Z」シリーズだ。「ThinkPad Z13 Gen 1」と「ThinkPad Z16 Gen 1」という13型と16型の2つのディスプレイを搭載したモデルが用意され、それぞれAMDのRyzen PROシリーズのSoCを搭載していることが最大の特徴。
6月24日には、Lenovoの日本法人となるレノボ・ジャパン合同会社から、日本でも本日よりレノボ・ストアなどで販売されることが発表された(発表内容は別記事をご参照頂きたい)。
そうしたThinkPad Zの特徴について、LenovoのThinkPad開発のキーパーソンのお二人にThinkPad Zの特徴などについて色々伺ってきた。特にモバイル向けのThinkPad Z13 Gen 1にターゲットを絞って紹介していきたい。
1992年10月に発表されたThinkPad 700c以来、まもなく30周年を迎えるThinkPad
ThinkPad Zシリーズは、LenovoにとってThinkPadの30周年を記念するモデルでもある。本誌の読者にはThinkPadが何かをあえて説明する必要はないと思うが、念のため説明しておくと、ThinkPadは、もともとIBMのPC部門が販売していたビジネス向けのシリーズで、日本では日本IBMから「PS/55note」として販売されていたノートPCがベースになっている。
1992年の10月に発売された「ThinkPad 700C」(日本ではPS/55note C52 486SLCとして展開された)が、ThinkPadというブランドがつけられた最初の製品で、当時のノートPCは結構な厚さがあったのだが、考えるという意味の「Think」と「当て物」を意味する「Pad」という2つの言葉を組み合わせた造語として作られたThinkPadのブランドは、その後IBMのPC部門がLenovoに売却され、今はすっかりLenovoのビジネス向けノートPCのブランドとして定着している。Lenovoの皆さんには申し訳ないが、ブランド力で言えばLenovoという会社名よりも「ThinkPad」というブランドの方が、認知度が高いと言って良いほどだ。
実際のところ、ノートPCという製品のセグメントで考えると、「ThinkPadに匹敵するほど長いブランドというのは、実はほとんど例がない。Appleの「MacBook」も、Intel CPUを採用するようになった2006年以降に使われており、その前はPowerBookという名称だった。MicrosoftのSurfaceシリーズはそもそも2012年に最初の製品が登場しており、その意味でもここ10年の製品だ。そうしてみていくと、LenovoがThinkPadというブランド名を長い間変えずに来たということには大きな意味があると言える。
そうしたThinkPadは今年(2022年)の10月に最初の製品の発表から30周年を迎えることになる。その30周年を記念するモデルが今回のThinkPad Zシリーズなのだ。
Z世代のようなこれまでThinkPadがあまりアピールできていなかったユーザー向けのハイエンド製品となるThinkPad Z
Lenovo デザイン担当副社長 ブライアン・レオノルド氏は、米国のラーレイにあるLenovoの米国での開発拠点で、品全般のデザインに責任を負っている。前任者のデビッド・ヒル氏の後継として、ThinkPadを始めとする製品のデザインをチェックし、製品の完成度に責任を負っている責任者になる。
レオノルド氏は「ThinkPad Zは、ほかの製品ラインとは少し違ういい意味での驚きを与えてくれる製品にしたかった。持続可能な社会を実現する観点からの製品作り、そしてデザインはクリーンシートでデザインした」と説明する。
その言葉を証明するように、ThinkPad Z13のビーガンレザーで覆われたA面という製品が用意されているほか、A面、C面、D面に利用されているアルミニウム、およびプラスチックなどは、再生可能な素材が多く利用されているという。そうした再生可能な素材を利用するのは、最近ではユーザー側に同等の製品であればそうしたサステナブルな社会を実現する素材を選ぶという動きがあるからだ。
しかし、そうしたデザインを採用しているといっても、ThinkPadの哲学というようなものは何も変わっていないと説明する。「この製品をデザインするに当たっても、お弁当箱をモチーフにしているという完全に直線的なデザインというThinkPadの基本的なデザイン哲学は何も変わっていない。しかし、コロナ禍での製品ということでコミュニケーションに関しては重視しており、その重視しているということを強調する意味でも、コミュニケーションバーというデザインを採用している」と述べ、基本的なデザインは約30年前に発売したThinkPad 700Cから脈々と受け継がれてきたデザイン哲学を変えない一方で、現代的に表現した製品がThinkPad Zシリーズだと強調した。
レオノルド氏は「この製品はThinkPadの境界を押し広げる製品だ。ThinkPad 30周年を迎えるに当たって、新しいお客様に新しい提案をしていきたい。特にミレニアム世代、Z世代、さまざまな呼び方はあると思うが、これまでThinkPadをご検討頂けていなかったような新しいユーザー層に、ThinkPadのDNAを守りつつ、新しいデザインを選んで頂けるようにと思って設計した」と述べた。
つまり、Z世代などの若年ユーザーで、プレミアムセグメントのノートPCを選んでいるユーザー――筆者が勝手に具体例を選ぶとすればAppleのMacBook Proのような製品を選んでいるようなユーザー層――を意識した製品が、このThinkPad Z13なのだ。
若者向けというと、学生向けの廉価版製品ということが最初に想定されると思うが、この製品がターゲットにしているのは、予算に余裕があり、Apple製品を購入しているスタートアップの経営者とかZ世代でも比較的PCに予算を割く余裕のあるユーザー層を意識した製品と考えるといいだろう。
91.5%という高い画面占有率、幅一杯のキーボード、高画質のカメラ……
Lenovoが世界中にいくつか持っている拠点の中で、ThinkPadを設計する拠点である横浜市にある「大和研究所」の責任者であるレノボ・ジャパン合同会社 大和研究所 執行役員 Distinguished Engineer 塚本泰通氏は、ThinkPad Z13 Gen 1について「コロナ禍になり、PCの役割というのが大きく見直された結果、PCは重要なコミュニケーションのツールになりつつあり、PCを介してコミュニケーションをするそんな時間が増えている。そこで、ThinkPad Z13 Gen 1では小型であってもより使いやすいキーボードやポインティングデバイス、そしてこれまでにない高性能を実現する、そういうコンセプトで製品の開発を行なっていった」と説明する。
このThinkPad Z13を特徴付けているのは、91.5%という、これまでのThinkPadシリーズにはないようなSTBR(Screen To Body Ratio)と呼ばれる外枠に対する画面占有率を実現していること、それに両サイドの枠一杯までを使ったエッジ・トゥ・エッジなキーボードのデザインにある。
塚本氏は「91.5%のSTBRはThinkPadシリーズの中では一番高い。それを実現するためにも、エッジ・トゥ・エッジなキーボードを新たに作り、かつタッチパッドもハプティックを利用した新しい世代のタッチパッドにしている。ThinkPadがThinkPadである理由のTrackPointもしっかり維持しながら、他社から移行してくるお客様を意識してタッチパッドの使い勝手を向上させた」と特徴を説明した。
今回ThinkPad Z13 Gen 1で採用されたタッチパッドは、Lenovoがサプライヤーと共同開発され、ハプティックによりクリックした部分にフォースフィードバックがかかる。このため、タッチパッドの物理的なボタンはなく、パッドのどの部分を押してもボタンとして動作するようになっており、ボタンとして動作した場合には指にそのフィードバックがかかるし、音も出るようになっている。
こうしたハプティックを利用したタッチパッドは今新しいトレンドになっており、Dellの「XPS 13 Plus」、Microsoftの「Surface Laptop Studio」のような各社のハイエンドノートPCで採用されている。
筆者個人の評価を言わせてもらえれば、3社ともに共通の課題だが、最初はどうしても下側を押してしまうので、結局ボタンがあるのとそんなに変わらない使い勝手だが、慣れると逆にどこでも押せるので便利だと感じている。
コミュニケーションバーのデザインにして、FHDのCMOSセンサーなど画質優先の設計を
そして、もう1つのThinkPad Z13を特徴付けているデザインが「コミュニケーションバー」と呼ばれる画面上部のデザインだ。ここの部分は周囲からやや膨らんでいるデザインになっているが、ここにはカメラとマイク、必要な回路などが入っている。
塚本氏によれば「コロナ禍でのお客様からのご要望で非常に多かったのがカメラの画質、それについでマイクの品質だった。そこで、敢えてこうした大きめのモジュールにして、わざとデザイン上目立つようにすることで、カメラやマイクの画質を良くするほうに振るというデザインにした」とのことだ。
例えば、マイクに関してはDolby Voiceに対応しており、AIがマイクの拾う音を判別してノイズキャンセリングしてくれる。それだけでなく、コミュニケーションバー内でどのようにマイクをビームフォーミングするかなども最適化したデザインになっており、必要な音だけをクリアにして相手に伝えられるようになっている。
そしてカメラが最も大きな強化点で、以前のThinkPad X1 Carbon Gen 10のカメラ強化を説明した記事でも触れたように、RGBのカメラとIRカメラを分離することで、RGBカメラで明るいままの画像をキャプチャできるように工夫されている。
「CMOSセンサーのピクセルサイズが1.12μ小さなセンサーに移行しつつあるのだが、わざと1.4μと大きめのピクセルサイズのセンサーを採用している。その方が明るくキャプチャできるからだ。また、レンズもF値が2.0と明るめのレンズを採用することにして、欧米のホテルのようなやや暗めな環境や、逆光環境といった、カメラにとっては厳しい環境でも明るく鮮明な画像をお届けできるような設計にした」と述べ、カメラの画質に配慮するという理由によりこうしたコミュニケーションバーのようなデザインを採用しているのだと説明した。
なお、カメラの解像度はFHD(接続方法はUSBとMIPIの両方が用意されており、モデルないしはCTOで選べるようになっている)で、実際実機(USB接続版)で確認したところ、以下の記事で紹介しているMIPI接続のThinkPad X1 Carbon Gen 10のFHDカメラと同じような高画質を実現していることが確認できた。
ThinkPad Z向け特別版「Ryzen 7 PRO 6860Z」の正体はより高クロック版の選別品
そして、このThinkPad Z13 Gen 1のもう1つの大きなトピックとしては、ThinkPadシリーズのハイエンドユーザー向け製品として久々にAMDのCPUを採用していることだ。今回のThinkPad Z13 Gen 1が採用しているのは「AMD Ryzen PRO 6000シリーズ・モバイル・プロセッサー」になり、AMDの最新ノートPC向け製品のRyzen 6000シリーズの企業版となる製品だ。
通常版のRyzen 6000との最大の違いは、企業向けの管理機能(DASH互換)が搭載されていることで、それ以外は基本的には通常のRyzen 6000と同じものだと考えてよい。
AMDを採用した理由として塚本氏は「1つにはお客様の選択肢を増やしたいというのがあった。ここ数年で既にTシリーズなどでAMD製品を採用しており、AMD CPUをノートPCで採用することにAMDのCPUを選びたいというお客様も増えつつあると認識している。そのため、AMD CPUがプレミアムラインナップにもあってよいと考えた」と説明した。
塚本氏が言うように、ここ数年でAMDのノートPC向けCPUは多くのノートPCに採用されるようになっていた。以前のAMDのノートPC用CPUは、特に平均消費電力が競合と比較して高く、同容量のバッテリでも短い駆動時間になってしまうという課題を抱えていた。しかし、既にそれは過去の話であり、昨年(2021年)のモデルあたりからそれは改善されており、既にその時点で同程度、今年のRyzen 6000シリーズに関しては競合を上回るバッテリ駆動時間とアピールしている。
Lenovoのスペックを確認するサイト(PSREF)で確認すると、Intelの第12世代Coreを搭載したThinkPad X1 Carbon Gen 10は57Whのバッテリ、Core i5-1240P、16GBメモリ、WUXGA/14型というスペックで24.9時間(JEITA測定法 2.0)だ。一方、ThinkPad Z13 Gen 1は51.5Whのバッテリ、Ryzen 7 PRO 6850U、16GBメモリ、WUXGA/13.3型というスペックで22.8時間(JEITA測定法2.0)となっている。ThinkPad Z13 Gen 1の方がバッテリはやや小さいことを考慮に入れれば、AMD側の方が平均消費電力は低く、仮にバッテリの容量が同じならより長時間駆動できる可能性があることが分かる。
厳密に言えば、ディスプレイのサイズが異なるため、直接的な比較はできないが、少なくともAMDの側がバッテリ駆動時間が不利だとは言えないだろう。
塚本氏によれば「今回システムをイチから設計するつもりで、AMDとはかなり対話して設計した。省電力機能の作り込みなどは、AMD向けに独自の設計が必要になるし、ターボモード時の動作などの動きも突き詰めて、AMD CPUでも高性能がでるように作り込んでいった」とのこと。熱設計も、背面から排気するような設計になっており、CPUファンも薄いブレードを採用し、限られたスペースの中でできるだけCPUの持つ性能を発揮できるように設計していると塚本氏は説明した。
なお、このThinkPad Z13 Gen 1では、AMDがLenovoだけに提供している「Ryzen 7 PRO 6860Z」という特別なモデルをCTOなどで選択することができる(なお、余談だが日本ではLenovoが販売代理店モデルと呼ぶカタログスペックモデルは提供されず、小売店での販売も含めてCTOによる販売のみとなる)。前出のPSREFで確認したところ、以下の3つのSKUが用意されていることがわかった。
Ryzen 7 PRO 6860Z | Ryzen 7 PRO 6850U | Ryzen 5 PRO 6650U | |
---|---|---|---|
CPUコア数/スレッド | 8/16 | 8/16 | 6/12 |
ベース周波数 | 2.7GHz | 2.7GHz | 2.9GHz |
最大周波数 | 4.725GHz | 4.7GHz | 4.5GHz |
キャッシュ(L2/L3) | 4MB/16MB | 4MB/16MB | 3MB/16MB |
GPU | Radeon 680M | Radeon 680M | Radeon 660M |
GPUのCU数 | 12 | 12 | 6 |
GPU最大周波数 | ? | 2.2GHz | 1.9GHz |
Lenovoが公開したスペックを見る限り、Ryzen 7 PRO 6860Zは通常版の最上位となるRyzen 7 PRO 6850Uと比較すると、ターボモード時のクロック周波数が4.725GHzと、0.025GHz分だけ引き上げられたバージョンに見える。GPUのクロック周波数が公開されていないので、GPUのクロックも引き上げられている可能性はある(AMDが公開したアーキテクチャ上の仕様では最大2.4GHzまで対応できるため)が、CPUだけで言えば、最大クロックが通常版に比べてやや高くなっている選別品(出荷時により高いクロックで動く良品だけを提供するという意味)というのが正しい評価ということだろう。
ちなみにAMDはMicrosoftのSurface Laptop向けにも同様の特別版を提供しており、そちらもクロック周波数が引き上げられた選別品だったので、Lenovo特別版のRyzen 7 PRO 6860Zも同様のものだと考えておけば良さそうだ。
Microsoft Plutonに対応したセキュリティプロセッサを内蔵、BIOS設定で有効に
AMDのRyzen 6000シリーズ(PRO版を含む)には、Microsoftが策定したセキュリティプロセッサの仕様である「Microsoft Pluton」に対応したセキュリティプロセッサが内蔵されている。このPlutonに対応したSoCをリリースしたのは、Windowsに対応したSoCを提供している3メーカー(AMD、Intel、Qualcomm)の中でAMDが最初で、今回のThinkPad Z13 Gen 1にも実装されている。
AMDによれば、PlutonベースのAMDのセキュリティプロセッサは、従来のfTPM(Firmware TPM、CPUやチップセットなどに内蔵されているTPMのこと)と同等の機能を備えており、基本的にはfTPMが利用できる機能はそのまま利用できる。例えば、BitLockerの暗号化を利用する場合にはPlutonのセキュリティプロセッサを、暗号化鍵として利用することが可能になる。Windowsから見るとPlutonのセキュリティプロセッサはfTPMのように見えるからだ。
しかし、PlutonベースのセキュリティプロセッサはそうしたfTPMの機能を内包しているだけでなく、追加のセキュリティ機能を利用できる。例えば、セキュリティプロセッサにパッチを当てる機能はその代表例だ。
これまでのTPMは固定機能を持つハードウェアだったため、仮にセキュリティホールが見つかっても、その場合はそのノートPCをリプレースしないかぎりは穴を埋めることができなかった。しかし、今後はPlutonに何らかのセキュリティホールが見つかっても、Windows Update経由でファームウェアのアップデートを行なうことで、セキュリティホールを埋めることができるようになる。
今後もPlutonベースのセキュリティプロセッサは、機能のアップデートやWindows自体にPlutonを利用したセキュリティ機能の実装を進める移行で、今後Windowsを使っていくうちに、新しいアップデートによりセキュリティが高まるのがメリットだと言える。
ThinkPad Z13 Gen 1では、このPlutonベースのセキュリティプロセッサは標準ではオフになっている。従来製品との互換性を実現するために、dTPM(メインボード上に搭載されている単体型のTPM)が搭載されており、BIOSセットアップで切り替えて利用する形になる(dTPMかPluton、どちらを使うかは排他設定)。これは、ビジネスユーザーなどでdTPMを必要とする大企業などに配慮しているためで、ユーザーがBIOSセットアップで切り替えて使うことが可能になっている(切り替える場合にはBitLockerを無効にするなどしてから切り替えないとロックがかかりOSが起動しなくなるので注意)。
既に述べてきた通り、Plutonは「今」必要になるものではないが、ランサムウェアの流行などでPCのハードウェアセキュリティへの注目は上がり続けており、そうしたセキュリティへの感度が強い人には、Plutonに対応していることもThinkPad Z13の注目ポイントと言えるのではないだろうか。