笠原一輝のユビキタス情報局
「Ryzen 7 5800U」はApple M1を上回る性能で、Intel並みの長時間駆動を実現
2021年4月1日 09:50
AMDは1月に「Ryzen 5000」シリーズのモバイルプロセッサを発表した。開発コードネーム「Cezanne」(セザンヌ)で知られる同製品は、従来製品となるRenoir(ルノワール)こと「Ryzen 4000」と比較すると、CPUのマイクロアーキテクチャが改良されており、とくにIPC(クロックあたりの命令実行数)が大きく向上していることが特徴となる。
そのトップビンとなる「Ryzen 7 5800U」を搭載したASUSの「ZenBook 13 OLED」をテストする機会に恵まれたので、ベンチマークなどからその魅力に迫っていきたい。ベンチマークテストの結果から見えてきたのは、Ryzen 7 5800Uが薄型ノートPC向けのプロセッサとして、これまで最高性能だったApple M1を上回り、最高のCPU性能を実現しているという事実だ。
Zen 3となりCPU性能が大きく向上しているRyzen 5000
Ryzen 5000は、昨年(2020年)に投入されたRyzen 4000の後継となる製品だ。
Ryzen 4000は、Zen 2と呼ばれるマイクロアーキテクチャのCPUを採用しており、Vega(ベガ)世代のGPU、そしてメモリコントローラはI/Oコントローラ(PCI ExpressやUSBなど)が1チップになっているSoCとなっていた。
このとき、CPUがZen 2となったことで、CPUの処理能力が大きく向上し、かつ製造に利用される製造プロセスが7nmへと微細化されたことで、旧モデルと比較して消費電力も大きく減少し、薄型ノートPC向けのプロセッサとして魅力が大きく向上していた。
その後継となるRyzen 5000では、製造技術こそ従来と同じ7nmに留まり、SoCとしての構造はまった同等で、そういう意味では大きな強化点はない。また、GPUも従来世代と同じVegaになっており、Compute Unitの数も最大8つで、この点でも大きな強化はされていない。
しかし強化点となるのが、CPUがZen 3という第3世代Zenマイクロアーキテクチャへと進化していることだ(なお、一部のSKUはZen 2のまま据え置かれている)。
AMDは初代Ryzenで、完全にゼロから設計されたCPUのマイクロアーキテクチャを導入し、Intelに対して性能で負けていたという評判を完全に払拭した。そしてZen 2では内部の構造をさらに見直すことでマルチスレッド性能でIntelを追い越した。
AMDにとってこれまでCPU性能でIntelと比較して劣っていた最後のポイントが、シングルスレッド時の性能だった。今回のZen 3ではそこの強化を実現すべく、さまざまな改良が入っている。
最大のトピックはキャッシュ階層の改良だ。従来のZen 2世代のCPUでは、1つのダイのなかの8つのCPUコアが2つの領域に分割されており、4コア+4MB L3キャッシュという塊が2つある構造になっていた。Zen 3では、8つのCPUコアが16MBのL3キャッシュを共有する構造になり、1つのCPUコアがより大きなL3キャッシュに直接アクセスできる。
キャッシュ改善は、メモリレイテンシ(遅延)と呼ばれる、CPUがメモリからデータを読み込んでくる時間の削減につながる。その待ち時間が減れば減るほど、CPUはより速く命令を処理することができるので、CPUの性能は向上するのだ。
このほか、CPUの内部の改良が加えられており、フロントエンドとなるスケジューラや分岐予測エンジンも、そして実行ユニットの並列性などにも改良が加えており、Zen 2よりもIPCが増えており、より効率よく処理を行なうことができる。
省電力機能が強化され、従来製品と比較してアイドル時の消費電力が少なくなっている
Ryzen 5000では省電力機能も強化している。その1つにメモリコントローラのPHY(物理層)により消費電力が少なくなる「Deep Power State」と呼ばれるモードが追加されることだ。メモリアクセスがあまりないときには、プロセッサが自動でメモリコントローラをこのモードに入れることで消費電力を削減することが可能になる。アクセスが発生した場合には高速で通常のモードに復帰可能だ。
2つ目は、CPUとGPUに設定される電圧を、CPUコアとGPUごとに設定することができるようになったことだ。CPUやGPUの消費電力は動作周波数×電圧の2乗に比例して増えていく。つまり、消費電力をできるだけ削減するのであれば、CPUやGPUにかける電圧は低くした方がよい。
従来のRyzen 4000では、電圧はCPUコアとGPU全体で1つの電圧しか設定することができなかった。しかし、Ryzen 5000では電圧が独立しており、CPUコアに関しては最大8つのコアがそれぞれCPU負荷に応じて電圧を動的に変化できる。
たとえば、1つのCPUコアだけが動作していて1.1Vの電圧が掛かっている場合でも、ほかの7つのコアは0.6Vにして、無駄な電力消費を防げる。そうした設定はCPUの内部のコントローラが、CPUの負荷に応じて自動で行なう。
また、Ryzen 5000では、AMDがTSMCの7nmプロセスを利用して製造する製品としては、第2世代に相当する。このため、最適化が進んでおり、その点でも消費電力では大幅に改善されている。
こうした点を考えると、CPUがアイドル時の電力の削減効果が大きいと考えられる。現代のノートPCはユーザーがバッテリ駆動で使っている時間の大部分はアイドルになっているので、その電力が大きく削減されることは、バッテリ駆動時間の延長につながることを意味する。
実際、AMDは前世代の製品と比較して、ビデオ再生時に23%、MobileMark 2018というバッテリ駆動時間を計測するベンチマークで18%ほど平均消費電力が減っていると明らかにしている。
Ryzen 5000には、TDP 15WのUと、TDP 45~35WのHの2つが用意されている。いわゆる薄型ノートPCに対応するのはUの製品で、以下のようなSKUが用意されている。
製品モデル | コア/スレッド | ブースト/ベースクロック(GHz) | キャッシュ(MB) | TDP (ワット) | CPUの世代 |
---|---|---|---|---|---|
AMD Ryzen 7 5800U | 8C/16T | ~4.4 / 1.9 GHz | 20 | 15 | Zen 3 |
AMD Ryzen 7 5700U | 8C/16T | ~4.3 /1.8 GHz | 12 | 15 | Zen 2 |
AMD Ryzen 5 5600U | 6C/12T | ~4.2 / 2.3 GHz | 19 | 15 | Zen 3 |
AMD Ryzen 5 5500U | 6C/12T | ~4.0 / 2.1G Hz | 11 | 15 | Zen 2 |
AMD Ryzen 3 5300U | 4C/8T | ~3.8 / 2.6 GHz | 6 | 15 | Zen 2 |
トップグレードとなるのがRyzen 7 5800Uで、8コア/16スレッド、ベースクロックは1.9GHz、ターボ時最大4.4GHz、GPUコアは8コアで2GHzとなる。
CPUは薄型ノートPC向けとしては現時点では最高峰、Apple M1を上回る性能を発揮
今回筆者が入手したのはRyzen 7 5800Uを搭載したASUSのZenBook 13 OLED(UM325S)だ。ZenBook 13 OLEDは、ディスプレイに13.3型OLEDを採用しており、DCI-P3 100%の色域をサポートする400cd/平方mのパネルとなっている。4辺狭額縁になっており、STB比(Screen-To-Body ratio、ディスプレイ面で底面積に対してディスプレイの表示部が占める割合)は89%となっている。
CPUはRyzen 5000が採用されており、今回テストした個体にはRyzen 7 5800Uが搭載されていた。このほかメモリは16GB(LPDDR4x-4266)、1TBのNVMe SSD(PCIe 3.0接続)というスペックで、重量はカタログスペックで1.14kgと比較的軽量になっている。そうした軽量を実現していながら、バッテリの容量は67Whと、このクラスの標準である50Wh程度よりも大容量になっており、公称のバッテリ駆動時間はビデオ再生で16時間となっている。
比較対象として、従来製品となるRyzen 7 4700Uを搭載したMSIの「Modern-14-B4MW-011JP」、Intelの第11世代Core H35のトップSKUとなるCore i7-11375Hを搭載した「VAIO Z(VJZ141)」、UP3の第11世代CoreのトップSKUとなるCore i7-1185G7を搭載した「MSI PRESTIGE-14-A11M-785JP」を利用した。
また、これまでの薄型ノートPCのCPU性能としては最高峰の性能だった、Apple M1を搭載したMacBook Pro (13-inch, M1, 2020)の性能も、Windowsと同じベンチマークがあるCinebench R23とGFXBench R5.0.0を入れておいた。
Ryzen 7 5800U | Ryzen 7 4700U | Core i7-11375H | Core i7-1185G7 | |
---|---|---|---|---|
コア/スレッド | 8/16 | 8/8 | 4/8 | 4/8 |
L3キャッシュ | 16MB | 8MB | 12MB | 12MB |
メモリ | DDR4-3200/LPDDR4x-4266 | DDR4-3200/LPDDR4x-4266 | DDR4-3200/LPDDR4x-4267 | DDR4-3200/LPDDR4x-4267 |
オペレーティングレンジ(ないしはTDP) | 15W(cTDP 10-25W) | 15W(cTDP 10-25W) | 28~35W | 12~28W |
ベースクロック | 1.9GHz | 2GHz | 3.3GHz | 3GHz/28W |
最大Turbo周波数 | 4.4GHz | 4.1GHz | 5GHz | 4.8GHz |
GPU | Vega(8コア) | Vega(7コア) | Iris Xe(96EU) | Iris Xe(96EU) |
GPU最大クロック | 2GHz | 1.6GHz | 1.35GHz | 1.35GHz |
Ryzen 7 5800U | Ryzen 7 4700U | Core i7-11375H | Core i7-1185G7 | Apple M1 | |
---|---|---|---|---|---|
システム | ASUS ZenBook 13 OLED(UM325S) | MSI Modern-14-B4MW-011JP | VAIO VAIO Z(VJZ141) | MSI PRESTIGE-14-A11M-785JP | MacBook Pro (13-inch, M1, 2020) |
メモリ | 16GB(LPDDR4x-4266/デュアルチャネル) | 16GB(DDR4-3200/デュアルチャネル) | 32GB(LPDDR4x-4266/デュアルチャネル) | 16GB(LPDDR4x-4266/デュアルチャネル) | 16GB |
SSD | NVMe 1TB(PCIe Gen3) | NVMe 512GB(PCIe Gen3) | NVMe 256GB(PCIe Gen4) | NVMe 512GB(PCIe Gen4) | 256GB |
ディスプレイ | 13.3型OLED(フルHD) | 14型フルHD | 14型UHD | 14型フルHD | 13.3型WQXGA |
バッテリー容量(フル容量) | 67Wh | 52.4Wh | 53Wh | 52.4Wh | 58.2Wh |
なお、毎度繰り返しになるが、現代のノートPCの性能は、CPUの性能だけでなく、システム側がどのような熱設計(ファンやヒートシンクの設計のこと)を施しているかに大きく依存する。したがって、厳密に言えば、以下のグラフに示している性能は、各CPUの性能だけでなく、搭載されているシステムの熱設計による上がり幅を含むことになる。この点はご了解いただき、その前提の上で以下CPUの性能として語ることにする。
Cinebench R23は、MAXONのレンダリングソフトウェア「Cinema 4D」の機能を利用して、CPUを利用したレンダリング性能を計測するベンチマークプログラムだ。CPUの負荷がほぼ100%になるので、CPUの純粋な性能をチェックするのに適していると言える。CPUのコアを全部利用するMulti-Threads(マルチスレッド)と、CPUのコアを1つだけ利用するSingle-Thread(シングルスレッド)の2つのテストが用意されており、マルチコアで実行した場合の性能と、シングルコアで実行した場合の性能を見ることができる。
Ryzen 5000ではZen 3コアにCPUのマイクロアーキテクチャがアップグレードすることで、IPCが大幅に改善されている。とくにシングルスレッドの性能につながってくる。実際、Ryzen 7 4700Uはマルチスレッドでは第11世代Core(Core i7-11375H、Core i7-1185G7)を上回っていたが、シングルスレッドでは大きく遅れを取っていた。しかし、Ryzen 7 5800UではCore i7-1185G7にほぼ追い付いており、IntelのCPUにシングルスレッドで追い付いたことがわかる。
そしてコア数(第11世代Coreは4コア、Ryzen 5000は8コア)で上回っているマルチスレッドの処理では、第11世代Coreを大きく引き離しただけでなく、これまでの薄型ノートPCでのCPUパフォーマンスリーダーだったApple M1をも上回っている。
Officeアプリケーションや、メディア編集ソフト、Webブラウザのようなユーザーが日常的に利用するタイプのアプリケーションを利用してその応答時間を計測するタイプのベンチマークであるPCMark 10でも、Ryzen 7 5800Uの性能は際立っている。おもにWebブラウザの性能であるEssentialsでは第11世代Coreと大きな差はないが、Officeアプリの性能を示すProductivityでは第11世代Coreを大きく引き離している。
3Dのベンチマークでは、CPUとは正反対の結果になっている。今回のRyzen 5000の内蔵GPUは、Ryzen 4000と同じVegaベースの内蔵GPUになっており、メモリコントローラの効率改善などによる性能向上を除くと、じつのところあまり大きな性能向上はない。
ベンチマーク結果はそれを如実に示しており、GFXBenchの結果を見ても、Apple M1はおろか、Iris Xe Graphicsに強化されている第11世代Coreにも及ばないという結果になっている。
注目すべきはFINAL FANTASY XV BENCHMARKで、第11世代Core(Core i7-11375H、Core i7-1185G7)は軽量品質の設定で3000を超えており、1080pでプレイできる性能に達している。それに対してRyzen 7は、4000も5000も「重い」というスコアに該当する2,000台のスコアになっている。こうしたことからも、GPUの性能に関しては、第11世代Coreに一日の長があるといえる。
Premiere Proを利用してエンコードするときの性能は、ハードウェアエンコーダのありなしが性能を左右している。今回のテストでは8Kと、4Kの動画をエンコードし、フレーム数を掛かった時間で割ることでフレームレートを計測している。
第11世代Coreに内蔵しているQSV(Quick Sync Video)は8Kに対応しており、8KのH.264/H.265のコードデックを利用したエンコードでCPUに負荷をかけずに高速にエンコードすることができる。それに対してRyzenに内蔵されているハードウェアエンコーダ(AMD VCE)は4Kまでの対応になっており、8Kでは利用することができず、ソフトウェアエンコーダとなる。
このため、8Kでは第11世代Coreが、Ryzenの約4倍という性能を発揮している。それに対して、AMD側もハードウェアエンコーダを利用できる4Kのエンコードではぐっと差は縮まっているが、それでもまだ第11世代Coreの方が高速という結果になっている。
バッテリ駆動時間のテストは、ユーザーがOfficeアプリを利用している環境に近いテストということで、PCMark 10 Modern Officeのバッテリテストを利用した。グラフ12がバッテリ駆動時間で、グラフ13がシステムに搭載されているバッテリ容量を時間で割ったもので、平均消費電力と呼ばれるノートPCのシステム全体が瞬間瞬間に食っている電力の平均値となる。グラフ12は数値が大きいほどよく、グラフ13は数値が小さいほどよい。
グラフ12だけを見ると、Ryzen 7 5800Uが長時間バッテリ駆動できているように見えるが、それは搭載されているバッテリの容量が大きいからだ。あたり前だが、バッテリ駆動時間はバッテリの容量が大きければ大きいほど、CPUの消費電力などは関係なく長くなる。したがって、システムの消費電力が本当に少ないのかはグラフ13の平均消費電力で見る必要がある。
これを見るかぎりは、Core i7-1185G7を搭載したシステムが低く、同じバッテリ容量であればより長時間のバッテリ駆動ができることを示している。それに次いでRyzen 7 4800U、Ryzen 7 5800Uの順になっている。
ただ、システムの構成をよく見るとわかるが、Ryzen 7 5800Uを搭載したZenBook 13 OLED(UM325S)はディスプレイパネルがOLEDになっており、一般的な液晶ディスプレイに比べてやや消費電力が高いと考えられる。その分を補正できれば良いのだが、残念ながら現状のバッテリベンチでは輝度を同じレベルに合わせることでしか公平性を保てないため難しい。そのため、その分を割り引いて考えれば、少なくともRyzen 7 5800Uは、Ryzen 7 4800Uよりは平均消費電力は下がっていると考えることは可能だろう。
Ryzen 5000搭載するノートPCのメリットはその強力なCPUの処理能力
以上のように、ベンチマークの結果が示していることは、Ryzen 5000は、薄型ノートPC向けのSoCとしてはCPUの性能に関しては現時点ではダントツ1位で、Apple M1が昨年の11月から持っていた王者の称号は、完全にRyzen 7 5800Uに移ったと言っていいだろう。もちろん、Intelの第11世代Coreを上回っていることも明らかだ。
それに対して、GPUやビデオエンコードの性能に関しては、Intelの第11世代Coreにアドバンテージがある。そして、平均消費電力からもわかるように、同じバッテリの容量であれば、第11世代Coreの方がバッテリ駆動時間は長くなるという構図は基本的に変わっていない。
しかし、以前であれば、平均消費電力でIntelに大きなアドバンテージがあったが、Ryzen 4000の段階ですでにかなり差が小さくなってきており、このRyzen 5000でその差がさらに小さくなっている。このため、バッテリ駆動時間でもIntel CPUを搭載したシステムに近いバッテリ駆動時間が実現できるだろう。昔のように、AMDのCPUを選んだからバッテリ駆動時間が短いということはもうない。
その上で、AMDのRyzen 5000をおすすめしたいのは、何よりもCPU性能を最重視するというユーザーだ。Ryzen 5000シングルスレッド時の性能も大幅に引き上げられており、その結果マルチスレッド時の性能でも大きく性能が引き上げられ、Apple M1よりも高性能を発揮することができるのが魅力と言える。