イベントレポート

ブーツのかかとに埋め込む、GPS不要の超小型ナビゲーションシステム

ISSCC 2018のデモセッション(ミニ展示会)では、超小型ナビゲーションシステムを装着したブーツが展示されていた。2018年2月13日の午後5時過ぎ(現地時間)に筆者が撮影

 ナビゲーションシステムは普通、GPS衛星の電波を受信して位置を把握する。GPSナビゲーションは優れた技術であり、広く普及している。ただしいつでも、GPS衛星の電波を受信できるとはかぎらない。GPS電波を受信せずとも、位置の把握が可能になるシステムがあると、ナビゲーションの利便性が高まる。

 GPS衛星を使わないで位置を把握する手法としては古くから、慣性測定(Inertial Measurement)方式がある。ジャイロセンサーや加速度センサー、磁気センサーなどを組み合わせて移動方向と移動距離を測定し、現在位置を知る。大規模な高精度の慣性測定ユニットは、潜水艦や航空機などの航法装置に使われる。

 市販の小さな慣性測定ユニット(IMU:Inertial Measurement Unit)は、ロボットや工作機械などで動きの計測や姿勢の制御などに使われている。ただし、ナビゲーションシステムには使いづらい。IMUを稼働させ続けていると、誤差が累積することがある。精度を高めるため、何らかの工夫を盛り込むことが望まれる。

 そこで米国のUniversity of Utahを中心とする研究グループ(ほかに米国のUniversity of California at BerkeleyとCase Western Reserve University、トルコのOzyegin Universityが参加)は、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の圧力センサーとIMUを組み合わせたGPS不要の超小型ナビゲーションシステムを考案・試作し、ブーツのかかとに埋め込んで動作を確認した。その概要を国際学会ISSCCで発表した(講演番号10.2)。

 試作したシステムは、MEMSの圧力センサー、小型のIMU、半導体チップ(ASIC)などで構成される。MEMSの圧力センサ―と小型IMUはブーツ(右足のみ)の底、かかとの下に埋め込んである。IMUは3軸の加速度センサーと3軸の角速度センサー(ジャイロセンサー)、3軸の磁気センサーを内蔵する。

 発表によると、IMUは測定を継続しつづけると、誤差が蓄積するという欠点がある。この欠点を解消するためには、適切なタイミングでリセットをかける必要があるという。そこで歩行者が地面を蹴るタイミングをMEMSの圧力センサーで把握してIMUにリセットをかけ、誤差の蓄積を防ぐ仕組みを考案した。

 なぜこのタイミングなのか。地面をブーツが蹴っているときに、蹴っているブーツそのものはほとんど移動しない。このためIMUにリセットをかけても、このタイミングであればIMUの測定値に与える影響が少ない。歩行者がブーツで地面を蹴ったときの反力(床反力)をMEMSセンサーが検出し、検出したタイミングでIMUをリセットする。

超小型のナビゲーションシステムを装着したブーツの概要。かかとの内部に小型のIMU(慣性測定ユニット)を埋め込み、その上にシート状のMEMS圧力センサーを敷いてある。ブーツの足首にはASICを装着する。これらのシステムには、フラットケーブルを通じて電源を供給するとともに、ホストと信号をやり取りする。ISSCC 2018の講演論文から
試作した超小型ナビゲーションシステムの構成。MEMSの圧力センサーによってブーツのかかとが地面を蹴る力(床反力)の変化を検出する(左上)。MEMSセンサーのアナログ出力(静電容量値)をASICによってデジタル出力に変換する(右上)。9軸の慣性測定ユニット(IMU)の出力データとASICの出力データを使い、位置情報を生成する(右の中央)。ISSCC 2018の講演スライドから

MEMSセンサーアレイでかかとが地面を蹴るタイミングを検知

 MEMSの圧力センサーは26素子×13素子のセンサーアレイで、大きさは57×54mmである。シリコーンのPDMS(Polydimethylsiloxane:ポリジメチルシロキサン)フィルムに2次元マトリクスアレイ状の孔を開けて電極アレイを設けてあり、下地であるフレキシブル基板に埋め込んだ電極アレイとの間でキャパシタアレイを形成する。ブーツのかかとが地面を踏むとPDMSが変形し、キャパシタの静電容量が変化する。このようにして床反力(圧力)を検出する。

 ブーツのかかとが地面を踏みはじめてから、地面を蹴り出すまでの間に、床反力の分布が変化する。この変化をセンサーアレイで捉えることで、ブーツのかかとが地面を踏みはじめるタイミングと、踏みつける期間、踏み終わって蹴り出すタイミングを把握する。これらのタイミングに合わせてIMUを制御する。

MEMSセンサーアレイ(GRSA:Ground Reaction Sensor Array)の構成(左)と動作原理(中央)、等価回路モデル(右)。ISSCC 2018の講演スライドから
試作したGRSAの外観(左)と特性(右)。ISSCC 2018の講演スライドから
試作したGRSAをブーツのかかとに取り付け、実際に歩いて測定した圧力分布の例。ISSCC 2018のデモセッション(ミニ展示会)で2018年2月13日の午後5時過ぎ(現地時間)に筆者が撮影

さまざまな状態の地面からなる複雑なコースを歩行して性能を確認

 ナビゲーションシステムを組み込んで試作したブーツで実際に歩行し、その性能を確かめた。歩行したコースは直線と曲線を組み合わせた複雑なもの。コンクリート床、芝生、マルチシート、岩床といったさまざまな地面の上を歩いた。歩行距離は3,100mである。歩行完了後の誤差は4m。歩行コースの途中に設けた複数のチェックポイントで誤差を測定したところ、最大誤差は5mだった。

ナビゲーションシステムを組み込んだブーツで実際に歩行したコース(左)。距離は3,100m。あらかじめ短い直線路(右)を歩いて較正をかけている。ISSCC 2018の講演論文から

 今回の試作では、実際に動くことを確認した段階にとどまる。今後の改良によって誤差は縮められる見通しだ。