福田昭のセミコン業界最前線
6月開催のVLSIシンポジウムでIntelがBitcoinマイニングチップを発表
~NVIDIAは36チップ構成の深層学習アクセラレータを開発
2019年4月26日 06:00
半導体デバイス技術と半導体回路技術に関する最先端の研究成果を披露する国際学会「VLSIシンポジウム(VLSI Symposia)」が、今年(2019年)も6月に開催される。
VLSIシンポジウムの事務局は報道機関向けの説明会を東京で4月17日に開催し、今回のVLSIシンポジウム(「VLSI 2019」)の概要を説明した。また、公式サイトでプログラムを公表した。
VLSIシンポジウムの最大の特徴は、半導体デバイス技術に関する国際学会「Symposium on VLSI Technology(VLSI技術シンポジウム)」と、半導体回路技術に関する国際学会「Symposium on VLSI Circuits(VLSI回路シンポジウム)」でシンポジウム全体が構成されている点にある。VLSIシンポジウム(VLSI Symposia)は、全体の総称である。
VLSI技術シンポジウムとVLSI回路シンポジウムは、ペアとなって同じ期日、同じ会場で開催される。参加者の登録はどちらかのシンポジウムとなるものの、参加者は両方のシンポジウムを聴講できる。また両シンポジウム合同のセッションがいくつか用意されている。
すなわち、半導体のデバイス技術と回路技術、さらにはプロセス技術とシステム技術に関する最新の技術動向を、参加者は入手可能である。半導体技術の国際学会で、このように幅広い分野をカバーしているものは、たぶん、類を見ない。
VLSIシンポジウムのもう1つの特徴に、日本と米国で交互に開催しているという点がある。近年は西暦の奇数年に日本の京都、偶数年に米国のハワイで開催するのが通例となっている。今年は西暦の奇数年なので、京都で開催される。日本で開催される半導体技術の国際学会としては、VLSIシンポジウムが最大規模だろう。
開催期間は2019年6月9日(日曜日)から同年6月14日(金曜日)までの6日間で、会場は京都市のホテル「リーガロイヤルホテル京都」である。京都開催の会場として最近はずっと使われているホテルだ。
1日の技術講座と3日間の技術講演会、1日のフォーラムで構成
VLSI 2019のスケジュールを少し説明しよう。6月9日(日曜日)~14日(金曜日)の中で、11日~13日までがメインイベントである技術講演セッション(テクニカルカンファレンス)の開催日である。
メインイベント前日の10日は「ショートコース」と呼ぶ技術講座、メインイベント翌日の14日は「フォーラム」あるいは「金曜フォーラム」と呼ぶ講演会となっている。
「ショートコース」では、共通のテーマに基づく8件前後の講義を1日で受講できる。最近のトピックについて学べる、重要な機会である。「金曜フォーラム」では、これも最近のトピックに関する5件前後の講演を予定する。
また今年(2019年)は、9日の夜に「ワークショップ」あるいは「日曜ワークショップ」と呼ぶ講演会が新たに設けられた。「ワークショップ」では、VLSIシンポジウムの技術講演ではあまりカバーしていないテーマを扱う。
講演以外のイベントについても触れよう。10日の夜には、「デモセッション」と呼ぶテーブルトップ形式のミニ展示会とレセプション(歓迎会)、さらには両シンポジウム合同のパネル討論会(パネルディスカッション)が開催される。
11日の夜には、2件のパネル討論会が予定されている。こちらのパネル討論会は、1件がVLSI技術シンポジウム、もう1件がVLSI回路シンポジウムの主催となる。また12日の夜には、両シンポジウム合同の晩餐会(バンケット)が開催される。
興味深かったのは、14日の「金曜フォーラム」の後に予定されているイベントだ。「イブニングイベント」と称する、禅の体験会が開催される。体験会の会場は京都市右京区花園の妙心寺退蔵院で、ここでは外国人向けに禅の体験プログラムを用意している。当日はVLSIシンポジウムの会場ホテルから送迎バスで移動する。
仮想現実、拡張現実、ムーアの先、量子計算機が基調講演のテーマ
ここからはVLSIシンポジウムのメインイベントである、テクニカルカンファレンス(技術講演会)の概要を紹介していく。
例年と同様に、カンファレンスは基調講演(プレナリ講演)セッションで始まる。4件の招待講演を予定する。ただし昨年(2018年)まではカンファレンス初日の午前に4件すべての基調講演を実施していたのに対し、今年(2019年)はカンファレンス初日(6月11日)の午前に2件、カンファレンス2日目(6月12日)の午前に2件と分けることとなった。
6月11日の基調講演セッションでははじめに、東京大学の稲見昌彦教授が「Virtual Cyborg: Beyond Human Limits(仮想サイボーグ: 人類の限界を超えて)」のタイトルで仮想現実感技術と拡張現実感技術、ロボット技術をベースとした身体の拡張と、感覚および精神の変容について述べる。
続いて米国DARPA(国防高等研究計画局)のW.Chappel氏が、「Managing Moore's Inflection: DARPA's Electronics Resurgence Initiative(ムーアの変曲点を制御: DARPAのエレクトロニクス再興計画)」のタイトルで講演する。DARPAは、エレクトロニクス技術の50年先をにらんだ研究プロジェクト「Electronics Resurgence Initiative(ERI)」をはじめると一昨年(2017年)の6月に発表した。講演ではERIの目的やスケジュール、組織構成、現況などが話されるとみられる。
6月12日の基調講演セッションでは始めに、FacebookのS.Rabii氏が「Computational and Technology Directions for Augmented Reality Systems(拡張現実感システムに向けたコンピュータとテクノロジーの方向性)」と題して講演する。現実の世界と仮想の世界を融合させた拡張現実感システム(ARシステム)の普及には、低消費電力のコンピューティング技術が欠かせない。このための要素技術である、データ転送の消費電力を最小化する技術や高効率のプログラマブル・アクセラレータ技術、次世代の不揮発性メモリ技術などを概観する。
続いて東京大学および理化学研究所に所属する樽茶清悟氏が、「Si Platform for Developing Spin-Based Quantum Computing(スピンベースの量子コンピューティング開発用シリコンプラットフォーム)」のタイトルで講演する。シリコンの電子スピンによる量子ドットを使った計算アーキテクチャの利点を述べるとともに、研究開発の現状を概観する。
5G対応モバイルSoCが採用したCMOSプラットフォーム技術
それでは、VLSI技術シンポジウムとVLSI回路シンポジウムの注目すべき技術講演を紹介しよう。はじめはVLSI技術シンポジウムから、CMOSロジックのデバイス・プロセス技術に関する注目講演である。
Samsung Electronics(以下Samsung)は、EUVリソグラフィ技術と7nm世代のFinFET技術によって256MbitのSRAMマクロを試作した結果を発表する(講演番号T2-1)。従来のArF液浸露光とマルチパターニングを組み合わせたリソグラフィ技術に比べると、信頼性データのばらつきが小さい。開発した技術は、量産水準に達しているとする。
IBMとSamsungは、コバルト金属の薄いバリア層を設けることで銅金属配線の寿命(エレクトロマイグレーション寿命とTDDB寿命)をコバルト金属配線並みに延ばす技術を共同で開発した(講演番号T2-2)。開発した配線の線抵抗はコバルト配線の半分と低い。
Qualcomm TechnologiesとTSMCは、5G対応のスマートフォン向けモバイルSoC「SDM855」に採用した7nm世代のCMOSプラットフォーム技術を発表する(講演番号T10-1)。前世代のモバイルSoCに比べてCPUの性能が30%向上した
3次元クロスポイント構造で超大容量メモリを目指す
続いてVLSI技術シンポジウムのメモリ技術に関する注目講演をご紹介する。
Macronix InternationalとIBMの共同研究チームは、相変化メモリ(PCM)の記憶素子とオボニック・スイッチ(OTS)のセレクタによる超大容量3次元クロスポイントメモリを検討した結果を公表する(講演番号T6-1)。1Znm世代の微細加工でTbit級のシリコンダイを実現するには、6層のセルアレイが必要と結論付けた。
東芝メモリは、銀イオンの抵抗変化メモリセルによるクロスポイント構造のメモリセルアレイを40nmの製造技術で試作した(講演番号JFS4-2)。セレクタが不要な3次元クロスポイントメモリを実現可能だとする。
カーボンナノチューブのCMOSロジックとCMOSメモリ
次世代の材料として期待される、カーボンナノチューブ(CNT)を使ったデバイス技術の発表にも注目したい。
Massachusetts Institute of Technology(MIT)から2件の成果発表がある。1件は、シリコンフォトダイオードのイメージセンサに、バックエンドオブライン(BEOL)のプロセスによってカーボンナノチューブ(CNT)FETのCMOS回路をモノリシック積層したチップである(講演番号T2-5)。CNT FETのCMOS回路によって撮影画像のエッジをリアルタイムで検出する。
もう1件は、カーボンナノチューブ(CNT)FETのCMOS回路によって1KbitのSRAMを試作した結果の発表である(講演番号T5-4)。1,024個のすべてのメモリセルが正常に動作した。
このほかVLSI技術シンポジウムでは、TSMCが発表予定の3次元集積化技術が興味深い(講演番号T2-3)。フロントエンドオブライン(FEOL)のプロセスで、異なるシリコンダイを3次元積層する。シリコン貫通ビア(TSV)技術やマイクロバンプ技術などのBEOL工程あるいはパッケージング工程によってシリコンダイを3次元積層する手法に比べ、シリコンダイ間の接続帯域密度と電力効率が向上する。
36チップをメッシュ接続したDNNアクセラレータをNVIDIAが開発
ここからは、VLSI回路シンポジウムの注目講演を見ていこう。始めはプロセッサ技術に関する講演である。
TSMCは、シリコン・インターポーザを使ってシリコンダイを高密度実装する技術(CoWoS技術)によってArmコアのSoCダイを2個搭載した高性能プロセッサ・モジュールを開発した(講演番号C3-1)。SoCは4個のCortex-A72プロセッサコアを内蔵し、4GHzで動作する。
Intelは、暗号通貨「Bitcoin」のマイニング用プロセッサを発表する(講演番号C3-3)。ハッシュ関数のSHA256を10M~756MHash/sで実行する。電源電圧は230mV~900mVである。14nmのCMOSで製造した。シリコンダイ面積は0.15平方mmと小さい。
NVIDIAは、36チップ(6チップ×6チップ)をメッシュ接続したマルチチップ・モジュール構成の深層ニューラルネットワーク(DNN)・アクセラレータを開発した(講演番号C24-1)。用途に応じて構成をスケーリング可能。ピーク性能は127.8TOPS、ResNet-50の推論速度は毎秒2,615画像である。
自動車用マイコン向けの埋め込み不揮発性メモリ技術
続いてメモリ技術である。自動車用マイクロコントローラ(マイコン)が内蔵するROMを想定した不揮発性メモリ技術の発表が目立つ。
ルネサスエレクトロニクスは、28nmのSG-MONOSセルによる自動車用マイクロコントローラ向けの埋め込みフラッシュメモリ技術を発表する(講演番号C17-5)。記憶容量が24MBと大きなマクロを試作してみせた。動作周波数は240MHzと高い。
STMicroelectronicsとCEA-Letiは共同で、自動車用マイクロコントローラ向けの埋め込みPCM(相変化メモリ)技術を開発した(講演番号C17-2)。pn接合温度が165℃と高い条件でもPCMは動作する。28nmのFD SOI CMOS技術によって記憶容量が6MBのマクロを試作している。
マルチチャンネルの80GHzミリ波レーダー用送信器IC
それから無線技術では、用途の広がりを感じさせる、多彩なチップが発表される。旭化成エレクトロニクスは、車載レーダー向けに送信周波数が76GHz~81GHzで位相誤差が0.6度のマルチチャンネル送信器ICを開発した(講演番号C2-1)。位相誤差の検出・補償回路を内蔵する。
Intelは、IEEE802.11ba準拠のウェイクアップ無線(Wake-up Radio: WuR)用受信回路と802.11a/b/g/n/ac準拠のデジタルベースバンドを集積化したSoCを発表する(講演番号C8-1)。Verily Life SciencesとBroadcomは共同で、人体が摂取あるいは装着可能な超小型無線センサーを想定した、容積が1.53立方mmと小さなBluetooth Low Energy(BLE)モジュールを開発した(講演番号C8-3)。
このほかにも、興味深い発表が少なくない。詳しくは6月の現地レポートなどで改めてご報告したいので、ご期待されたい。