福田昭のセミコン業界最前線
バーチャル開催のVLSIシンポジウム、自宅や仕事場で最先端の技術情報を入手
2020年6月16日 13:26
半導体デバイス技術と半導体回路技術に関する最先端の研究成果を披露する国際学会「VLSIシンポジウム(VLSI Symposia)」が、2020年6月15日~18日(米国太平洋時間)の日程で始まった。VLSIシンポジウムは、半導体のデバイス技術に関する国際学会「Symposium on VLSI Technology(VLSI技術シンポジウム)」と、半導体の回路技術に関する国際学会「Symposium on VLSI Circuits(VLSI回路シンポジウム)」の2つのシンポジウムで構成される。「VLSIシンポジウム(VLSI Symposia)」は、全体の総称である。
前回(昨年)まで、VLSI技術シンポジウムとVLSI回路シンポジウムは、ペアとなって同じ期日、同じ会場で開催されてきた。参加者は両方のシンポジウムを聴講することで、半導体のデバイス技術とプロセス技術、回路技術、システム技術に関する最新の技術動向を把握できる。会場は西暦の奇数年に日本の京都、偶数年に米国のハワイというのが慣例となってきた。
今年(2020年)のVLSIシンポジウム(2020 VLSI)は当初、米国のハワイで2020年6月14日~19日に開催される予定だった。しかし新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響によってハワイ開催は見送られ、オンラインでの「バーチャルカンファレンス」として実施されることとなった。
「オンデマンド」と「ライブ」の2つのプログラムを用意
バーチャルカンファレンスとなった2020 VLSIでは、2つのプログラムを用意した。1つは「オンデマンド」プログラムで、ウェブブラウザを通して講演をいつでも視聴できる。
「オンデマンド」では一般の技術講演セッション、技術シンポジウムと回路シンポジウムの共同セッション(ジョイントフォーカスセッション)、共同パネル討論会、ショートコース、ワークショップ、フォーラム、ランチヨン講演、デモセッションを用意した。視聴可能な期間は6月14日(米国時間)~6月27日(米国時間)である。なお一部のプログラム(ショートコースとフォーラム)は、前倒しで6月8日(米国時間)から視聴が可能となっている。
もう1つは「ライブ」プログラムで、決まった時間に講演や質疑応答などを実施する。開催期間は2020年6月15日~18日(米国時間)の4日間。「ライブ」プログラムの開催後は「オンデマンド」と同様に、6月27日(米国時間)まで内容を視聴できる。
次世代の移動通信や未来のコンピューティングなどのプレナリー講演
2020 VLSIの構成を少し説明しよう。メインイベントは技術講演セッション(テクニカルカンファレンス)である。技術シンポジウムと回路シンポジウムでそれぞれの技術講演セッションがあり、さらに「ジョイントフォーカス(Joint Focus)」と呼ぶ共同講演セッションが存在する。
技術講座、あるいは講座に類する講演セッションもある。短時間の「ワークショップ」が3テーマ、長時間の「ショートコース」が3テーマ、実施される。これらは通常は技術講演の前々日と前日に開催されていたセッションである。また例年は「金曜フォーラム」の名称で金曜日に開催されていた招待講演のイベントは、今年は「フォーラム」の名称で「オンデマンド」および「ライブ」で実施する。
恒例のプレナリーセッションは「ライブ」プログラムとして、6月15日(米国時間)と17日(米国時間)に開催される。15日のセッション名は「PL1」、17日のセッション名は「PL2」である。各セッションで技術シンポジウムから1名、回路シンポジウムから1名がそれぞれ講演(招待講演)する。すなわち全体では4件のプレナリー講演がある。
またパネル討論会は、オンデマンドで3件が実施される。1件はジョイントプログラム、1件は技術シンポジウム、1件は回路シンポジウムのパネル討論である。
リアルイベントで必須のレセプションやバンケットなどの飲食は、当然ながらバーチャルでは存在しない。昼食会(ランチヨン)も予定しないものの、「ランチヨントーク」(昼食講演会)は「オンデマンド」で実施する。
ワークショップは機械学習、半導体製造の計量、量子コンピュータがテーマ
ここからは技術講座と技術講演(注目の講演)の概要を説明していこう。まずは技術講座の「ワークショップ」である。ここでは3つのテーマを予定する。「Analog Computing Technologies and Circuits for Efficient Machine Learning Hardware(効率的な機械学習ハードウェアに向けたアナログコンピューティングの製造と回路)」、「Know Where You Are Going; Metrology In the New Age of Semiconductor Manufacturing(貴方はどこへ行くのか:半導体製造メトロロジーの新たな時代)」、「Quantum Computers for Electrical Engineers(電気技術者のための量子コンピュータ)」である。
ショートコースでは微細化と異種材料集積化、回路設計を学ぶ
次に「ショートコース」である。ここでも3つのテーマを予定する。「Future of Scaling for Logic and Memory(ロジックとメモリに関する将来のスケーリング)」、「System, Technology, and Design Solutions for Heterogeneous Integration(異種材料の集積化に向けたシステムと製造、設計)」、「Trends and Advancements in Circuit Design(回路設計のトレンドと進化)」である。
また「フォーラム」では、「Technologies and Circuits for Edge Intelligence(エッジを知的にする製造技術と回路)」を共通テーマに、9件の招待講演を実施する。
5G移動体向けモバイルプロセッサ「Snapdragon 765」の要素技術
それでは、VLSI技術シンポジウムとVLSI回路シンポジウムの注目すべき技術講演を紹介しよう。はじめはVLSI技術シンポジウムから、CMOSロジックのデバイス・プロセス技術に関する注目講演である。
Qualcomm Technologiesは、5G移動体端末向けのモバイルプロセッサ「Snapdragon 765」を開発した(講演番号THL.1)。製造技術はEUVの7nm FinFETである。8nm FinFETで製造した従来品「Snapdragon 730」に比べ、性能が20%向上し、消費電力は35%減少する。
TSMCは、7nm未満の技術ノードを想定したCMOSの要素技術を発表する(同TC1.1)。しきい電圧(Vt)を250mV以上と広い範囲で選択するマルチVtトランジスタによって様々な要求に応じる。Applied Materialsは、3nm以下のCMOS技術ノードに向けた自己整合ゲートコンタクト(SAGC)技術と材料技術について述べる(同TC3.1)。
ソニーが64Kbitの強誘電体不揮発性メモリを試作
次はVLSI技術シンポジウムのメモリ技術に関する注目講演である。不揮発性メモリに関する最新の研究成果が続出する。
ソニーセミコンダクタソリューションズは、メモリセルを酸化ハフニウムジルコニウム(HfZrO)の強誘電体キャパシタと1個のトランジスタで構成した64Kbitの強誘電体不揮発性メモリ(FeRAM)を試作した(講演番号TF2.1)。セルの書き換え回数は10の11乗回、データ保持期間は85℃で10年と良好な特性を示した。64Kの全ビットが書き込みと読み出しで動作(電源電圧2.5V、動作時間14ns)した。埋め込みメモリやラストレベルキャッシュなどへの応用が可能だとする。
Macronix Internationalは、半円筒形のメモリホールによってセル面積を従来の3分の1に縮小した3D NANDフラッシュ技術(HC 3NAND技術)を開発してセルアレイを試作した(同TM1.1)。メモリウインドウは10V以上と広く、書き換え回数は10万回とかなり多い。
TSMCは、16nmノードによるFinFET CMOSロジックのウェハと40nmノードによる埋め込みフラッシュのウェハを張り合わせて埋め込みフラッシュのSoC/マイコンを構成する技術を開発した(同TM1.2)。ロジックのFET技術を変更しても、フラッシュメモリを埋め込める。
2bit/セルのクロスポイント相変化メモリ
IBM T. J. Watson Research Centerは、クロスポイント構造の相変化メモリ(PCM)と2bit/セルの多値記憶技術を組み合わせた1Mbitのメモリを試作した(講演番号TM1.5)。セレクタはOTS(オボニック・スレッショルド・スイッチ)である。100個のセルで10の8乗回の書き換え寿命を確認した。
Macronix Internationalは、相変化メモリとOTSセレクタを組み合わせた1k✕1kのクロスポイントメモリを試作した(同TM1.6)。OTSセレクタ(AsSeGeカルコゲナイド合金)の材料を改良することによって10の11乗回と長い書き換え寿命を実現している。
TSMCは、28nmのCMOSロジック技術によって0.5Mbitの埋め込み抵抗変化メモリを試作した結果を報告する(同TM2.3)。メモリセルは1T1R方式である。10万回の書き換え寿命を確認した。
1Xnm世代に微細化したSTT-MRAM技術
東北大学は、四重界面の磁気トンネル接合(MTJ)を記憶素子とする1Xnm世代のSTT-MRAM技術を開発した(講演番号TM3.1)。MTJの直径は33nmと小さい。300mmウェハで試作したMRAMセルの書き換え寿命は10の11乗回、データ保持期間は10年、書き込みパルス幅は10nsである。
TSMCは、22nmのCMOSロジックに埋め込むSTT-MRAM技術を報告する(同TM3.2)。マイナス40℃/プラス25℃/プラス125℃で書き換え回数は10の5乗回。データ保持期間は200℃で10年。260℃のリフローハンダ付けを3回繰り返したときのデータ誤り率は1ppm未満(AP/P遷移の場合)である。
GLOBALFOUNDRIESは、書き込み時間と読み出し時間がともに10ns未満の40Mbit STT-MRAMマクロを試作した(同TM3.3)。埋め込みSRAMの代替用である。125℃のデータ保持期間は10秒と短いが、書き換え寿命は10の12乗回と長く、読み出し時間は5nsと短い。
人体の皮膚に貼り付ける柔らかなシリコン集積回路
VLSI技術シンポジウムでは、3次元集積化技術の進展にも注目したい。TSMCは、12枚/16枚のシリコンダイを低温で3次元TSV積層するHBM技術を開発した(講演番号TH1.1)。10万を超えるTSV接続をテストし、接続を確認した。マイクロバンプ接続に比べて伝送帯域が18%/20%向上し、消費電力効率が8%/15%向上する。
imecは、pMOS FETの上にnMOS FETをモノリシックに積層するCMOS回路(CFET回路)を300mmウェハで試作した(同TH3.1)。製造技術はimecの14nmプロセス(N14)。pMOSはFinFET、nMOSはナノシートFETである。
TSMCは、人体の皮膚に貼れる柔らかで透明な集積回路技術を報告する(同TH3.5)。ポリイミド基板(直径150mmのウェハ)にSi MOS FET回路と6トランジスタセルのSRAMを試作した。
機械学習を高速に実行するアクセラレータ回路
続いてVLSI回路シンポジウムの注目講演をご紹介していこう。はじめは機械学習に関する講演である。
IBM T. J. Watson Research Centerは、人工知能の学習と推論に向けたスケーラブルなプロセッサコアを開発した(講演番号CA1.1)。メニーコアのニューラルネットワークアクセラレータを構成できる。プロセッサコアは16bit浮動小数点演算を扱う。消費電力当たりの性能は電源電圧が0.62Vのときに3.0TFLOPS/W、0.54Vのときに1.4TFLOPS/Wである。
Intelは、10nm世代のFinFET CMOS技術でバイナリニューラルネットワーク(BNN)のアクセラレータ回路を試作した(同CA1.2)。シリコン面積当たりの性能は418TOPS/平方mm、シリコン面積当たりのメモリ容量は414kB/平方mm。消費電力当たりの性能は617TOPS/Wである。
画像処理に特化した高速低消費電力プロセッサ
次は画像処理を高速実行するプロセッサに関する発表である。University of Michiganは、エッジ向けの画像認識用低消費電力プロセッサを開発した(講演番号CA2.1)。オンザフライで画像を認識する。ニューラルネットワークベースの侵入者検知および画像記録用192倍データ圧縮を実行したときの消費電力は170μW(認識速度5fps)と少ない。
Intelは、エッジロボットや人工現実感で3次元風景を効率的に作成するレイ(光線)キャスティング・アクセラレータを試作した(同CA2.4)。320×240の深さ生成におけるレイテンシは23.2ms/フレーム。消費電力当たりの性能は115.3Gレイステップ/Wである。
Intelはまた、1Mイベント/sのイベント駆動型画像データ処理ユニット(EPU)を開発した(同CA2.2)。フルHD画像を70fpsで処理したときの消費エネルギーは0.05pJ/画素(電源電圧0.65V)である。
次世代MRAM技術「スピン軌道トルク」で4Kbitメモリを試作
メモリ技術にも注目すべき研究開発成果が少なくない。はじめは高密度SRAMに関する発表である。
ルネサス エレクトロニクスは、7nmのFinFET技術によって29.2Mbit/平方mmと高密度のSRAMマクロを試作した(講演番号CM1.2)。新開発の回路によって最小電源電圧を170mV低減している。
Intelも21Mbit/平方mmと高密度のSRAMマクロを試作した(同CM1.1)。製造技術は10nmのFinFET CMOS技術。メモリセルはHCC(High Current bitCell)タイプである。書き込みアシスト回路によって最小電源電圧を175mV低減した。
次はMRAMに関する発表である。Armは、28nmのFD SOIロジック技術をベースにした14.7Mbit/平方mmと高密度の埋め込みSTT-MRAM技術を開発した(同CM2.1)。
東北大学は、55nmのCMOS技術で4Kbitのスピン軌道トルク(SOT)MRAMを試作した(同CM2.2)。電源電圧が1.2Vのときに60MHzおよび90MHzの読み出しを外部磁界なしで実行できた。メモリはデュアルポート型。製造には直径300mmのウェハを使用した。
最後は埋め込みフラッシュを微細化した開発成果を報告する。Samsung Electronicsは、28nmのCMOSロジック技術で10Mbitの埋め込みフラッシュメモリを試作してみせた(同CM3.1)。読み出し速度は3.2Gbit/秒と高い。マクロのシリコン面積は1.27平方mm。最高動作温度は150℃と高い。
このほかにも、興味深い発表が少なくない。とくに興味深かった講演はレポートなどで改めてご報告したいので、ご期待されたい。