福田昭のセミコン業界最前線
10nm世代の半導体技術が6月のVLSIシンポジウムで姿を現わす
~続々登場する技術の概要を紹介
(2016/4/12 12:22)
半導体の最先端世代がついに10nm世代に突入する。6月に開催予定の国際学会「VLSIシンポジウム」で、10nm以降の微細化を想定したCMOSロジック技術が披露されることが明らかになった。
10nm以降の最先端CMOSロジック技術を発表するのは、次の3社だ。IBMとGLOBALFOUNDRIESの共同開発チーム、Samsung Electronics、TSMCである。同じく10nm以降の半導体製造技術を開発していると見られる、Intelからは発表がない。今年(2016年)12月に開催を予定している国際会議「IEDM」以降での発表となるのだろう。
「VLSIシンポジウム」は、半導体のデバイス技術に関する研究成果を発表する国際会議「Symposium on VLSI Technology」(VLSI Technology、あるいはTechnologyシンポジウム)と、半導体の回路技術に関する最新の研究成果を発表する国際会議「Symposium on VLSI Circuits」(VLSI Circuits、あるいはCircuitsシンポジウム)で構成される。両者は同じ会場で、会期を1日ずらして開催されてきた。今年のVLSI Technologyは6月13日~16日に、VLSI Circuitsは6月4日~17日に米国ハワイ州ホノルルで開催される。
以下は公表されたプログラムや過去の資料などから、VLSIシンポジウムの開催概要と注目講演をご紹介する。なお以降は読みやすくするため、「Symposium on VLSI Technology」を「Technologyシンポジウム」と表記し、「Symposium on VLSI Circuits」を「Circuitsシンポジウム」と表記する。
日産自動車とソニーセミコンが基調講演を担う
「Technologyシンポジウム」と「Circuitsシンポジウム」は1日違いで予定が組まれていると既に述べた。スケジュールの枠組みは、ほぼ等しい。本会議の前日に有償(シンポジウム参加費とは別料金)の講習会(「ショートコース」)が組まれており、来場者が事前に予備知識を得られるようになっている。
講習会の次の日から、3日間の本会議(「カンファレンス」)を実施する。カンファレンスは朝から夕方まで開催する。そして夜間には、特定のトピックスについて議論する「パネル討論会」を設けている。
カンファレンス初日の朝には、基調講演(プレナリー講演)のセッションが組まれている。基調講演の講演者には、VLSIシンポジウムの実行委員会が候補者をあらかじめ選定して講演を要請する。いわゆる招待講演である。今年は「Technologyシンポジウム」と「Circuitsシンポジウム」で2件ずつのプレナリー講演を予定している。
合計4件の講演の中で、日本人による講演は2件ある。「Technologyシンポジウム」では、日産自動車の浅見孝雄氏が「VLSIが実現する、自律した移動体」をテーマに講演する。「Circuitsシンポジウム」では、ソニーセミコンダクタソリューションズの野本哲夫氏が、「イメージセンサーの爆発的な普及がもたらす新しい世界」を展望する。
プレナリーセッションの後は、一般論文の講演セッションがテーマ別に始まる。2つあるいは3つの講演セッションが同時に進行する。Technologyシンポジウムでは21本、Circuitsシンポジウムでは23本の一般講演セッションを予定している。
バルクのFinFET技術で10nm世代に移行
ここからはVLSIシンポジウムの注目講演をご紹介しよう。始めはTechnologyシンポジウムのプログラムからピックアップする。
10nm以降の最先端CMOSロジック技術を3社が発表する予定であることは、既に述べた。もう少し具体的に説明しよう。TSMCは、10nm以下の微細加工技術によるモバイルSoC(System on a Chip)を想定した高密度SRAM技術を報告する(講演番号9.1)。トランジスタはSiバルクFinFET、SRAMセルは6トランジスタセルで、従来技術の延長を維持する。SRAMセルのシリコン面積は0.03平方μm以下と非常に小さい。
Samsung Electronicsは、SiバルクFinFETをベースとする10nm技術を発表する(講演番号2.1)。しきい電圧の異なる複数のトランジスタを用意することで、高速の動作と消費電力の低減を両立させる。
IBMとGLOBALFOUNDRIESの共同開発チームによるアプローチは、TSMCやSamsungなどとは異なる。動作速度の向上を重視した。シリコンゲルマニウム(SiGe)化合物半導体をトランジスタのチャンネルに採用し、キャリアの移動度を高めた(講演番号2.2)。トランジスタはFinFETである。
サブナノ秒スイッチングの高速MRAM技術
次世代のメモリ技術では、TDKの子会社であるTDK-Headway Technologiesが発表するSTT-MRAM(スピントルク磁気メモリ)技術が興味深い(講演番号2.4)。ラストレベルのオンチップキャッシュを想定して開発した。サブナノ秒と極めて短いスイッチング時間を実現している。
STT-MRAM技術ではまた、TSMCの発表が目を引く(講演番号14.1)。260℃の高温ハンダ付けに耐えられるSTT-MRAM技術を開発した。STT-MRAMの記憶素子である磁気トンネル接合(MTJ)は、高温環境に弱いことが知られている。ハンダ付けの高温処理に耐えられるかどうかは、STT-MRAMの将来を左右する重要な要件と言える。
このほか、Institute of Microelectronics of the Chinese Academy of Scienceを中心とする共同研究グループが、5nm以下に微細化が可能なReRAM(抵抗変化メモリ)技術を発表する(講演番号8.4)。縦型の3次元構造によるメモリセルは、CMOS互換のプロセスで製造可能だとする。
x86アーキテクチャのIoT端末用回路技術をIntelが発表
続いてCircuitsシンポジウムの注目講演をご紹介しよう。既に実現しつつあるIoT(Internet of Things)社会を、さらに発展させる半導体回路技術の研究開発成果が続出する。研究開発の方向性は、消費電力の低減とエネルギー利用効率の向上、無線通信技術とセンサー技術の高度化などだ。
IoT社会を支える端末の代表例は、制御機能や無線通信機能、センサー機能、インターネット接続機能などを備えたウェアラブル機器だろう。制御機能を支えるのは低消費電力マイコン(マイクロコントローラ)、無線通信機能を支えるのは低消費電力の高周波送受信回路である。
低電力マイコン技術では、NXP Semiconductorsを中心とする研究開発グループが、電力変換効率が96%と高い電圧変換回路を載せたマルチ電圧ドメインのマイクロコントローラ技術を発表する(講演番号6.4)。それからIntelが、IoT端末向けの無線センサー回路を報告する(講演番号8.1)。ニアスレッショルド技術の低消費電力マイクロコントローラとエネルギーハーベスティング回路を備える。マイクロコントローラのCPUアーキテクチャはx86(IA-32)である。
電力効率をさらに高めた電源技術と無線通信技術
電源回路と無線通信回路では、電力効率をさらに高める、あるいは消費電力をさらに下げることが常に求められている。この要求に応える回路技術もCircuitsシンポジウムでは披露される。
Realtek Semiconductorを中心とする共同開発グループは、軽負荷での変換効率が95%と高いDC-DCコンバータ技術を報告する(講演番号6.2)。USB Type-Cインターフェイスへの応用を想定した。またTSMCを中心とする共同開発グループは、低消費電力のBluetooth Low-Energy(BLE)トランシーバを発表する(講演番号7.1)。受信回路の消費電力は2.75mW、送信回路の消費電力は3.6mWと低い。
最小電圧0.4Vで2.8GHz動作の64Kbit SRAM
消費電力を下げるもっとも単純な方法は、電源電圧を下げることだ。CMOS回路の動作時消費電力は、同じ動作周波数の時に電源電圧の2乗に比例して変化する。例えば電源電圧を2Vから1.4Vに減らす(約0.7倍にする)と、動作時の消費電力は約半分に減る。ただし現実には、電源電圧を下げると、動作周波数の最大値も下がることが多い。特に電源電圧が1V以下の領域では、電源電圧のわずかな低下が最大動作周波数の少なくない低下をもたらす。
その意味では、ARM Researchが開発した64Kbit SRAM技術は非常に優れていると言える(講演番号14.3)。動作可能な電源電圧が400mVと極めて低いにも関わらず、2.8GHzと高い周波数で動作する。データの維持に必要な電源電圧はさらに低く、200mVで済む。
このほか、センサー技術で注目の発表が予定されている。ソニーが480fpsと高速のグローバルシャッター機能を備えた830万画素のCMOSイメージセンサーを報告する(講演番号21.1)。カラム用アナログデジタル変換回路のシリコンとセンサーのシリコンを積層することで、高密度かつ高速のデジタル出力を可能にした。
またデンマークのAahus Universityを中心とする共同研究チームが、耳の穴にセンサーを挿入することで脳波を計測する技術を発表する(講演番号24.3)。「Ear-EEG」と呼ぶこの技術は、簡便に脳波を計測可能なことから、急速に注目を集めつつある。
このほかにも、興味深い発表が少なくない。詳しくは6月の現地レポートなどで改めてご報告したいので、ご期待されたい。