福田昭のセミコン業界最前線
高速/長寿命でオンチップSRAMキャッシュの置き換えを目指す第4世代MRAM技術
2018年10月1日 12:33
MRAM(磁気抵抗メモリ)の研究開発が再び、新たな段階に入ろうとしている。新しい記憶原理を導入した、次世代MRAM技術の研究が活発になってきた。
次世代MRAM技術が目指すのは、無限に近い書き換えサイクル寿命と、非常に低い動作時消費電力、高速の読み書き動作、高い記憶密度の「すべて」を兼ね備えた不揮発性メモリである。おもに狙う用途はオンチップキャッシュ、次に狙う用途はワークメモリである。いずれも現在は、SRAMが使われている用途だ。
MRAMの既存技術における最新の世代は、垂直磁気記録方式のSTT-MRAM(スピン注入メモリ)である。この技術は、MRAMの技術世代では「第3世代」と位置づけられている。このため新技術は「第4世代」とも呼ばれる。
MRAMのオンチップキャッシュという「期待」
かつてSTT-MRAMの研究開発では、無限に近い書き換えサイクル寿命と高速DRAM並みの読み書き速度、フラッシュメモリやSRAMよりも低い消費電力を備える「究極のメモリ」として期待された時期があった。そのなかから生まれたのが、プロセッサのオンチップキャッシュを現在のSRAMから、STT-MRAMに置き換えるという応用の研究である(プロセッサのキャッシュにMRAMを使う参照)。
プロセッサの高性能化によってキャッシュの記憶容量は拡大する傾向にあり、とくに記憶容量の大きなラストレベルキャッシュ(LLC)では消費電力が無視できない課題となっていた。
ここでラストレベルキャッシュを不揮発性メモリに変更すれば、待機時消費電力を原理的にゼロにできる。また不揮発性メモリ技術の多くは、SRAMよりも記憶密度(シリコン面積当たりの記憶容量)が高い。不揮発性メモリをオンチップキャッシュに応用することは、消費電力の削減と記憶容量の拡大を両立可能な手法として注目を浴びた(プロセッサのキャッシュに不揮発性メモリを使う参照)。
そして、いくつか存在する不揮発性メモリ技術のなかで、キャッシュ用途にもっとも有力な候補として考えられたのが、pSTT-MRAM(垂直磁気記録方式のSTT-MRAM)だった。これが約5年前のことだ。
MRAMのキャッシュ応用に訪れた厳しい「現実」
しかし現実は厳しかった。プロセッサ開発者やシステム開発者などの半導体メモリユーザーが望んだのは、「SRAMとしての性能(読み書き速度)はそのままで、記憶容量を拡大しながらも低い消費電力を得られる」メモリである。
ところが実際に試作したpSTT-MRAMを評価すると、いくつかの無視できない問題を抱えていることが明らかになった。確かにシリコン面積当たりの記憶容量(記憶密度)は、SRAMよりもpSTT-MRAMが大きかった。そしてメモリアクセスがないとき、すなわち待機時の消費電力はSRAMよりもpSTT-MRAMが圧倒的に低かった。想定どおりのメリットは確認できた。
しかしデメリットが厳しかった。メモリアクセスがあったとき、とくにデータ書き込みアクセスの消費電力が、pSTT-MRAMは大きかった。キャッシュのようにデータの書き換えが頻繁に起こるような使い方では、同じ記憶容量でpSTT-MRAMに置き換えても消費電力は下がるどころか、逆に上がってしまうことが判明した。
さらに問題が起きた。キャッシュのメモリ技術には高速のアクセスが要求される。pSTT-MRAMには、アクセスを高速にすると消費電力(アクセス当たりの消費電力)が著しく増大する性質がある。「遅いキャッシュであることが望ましい」というpSTT-MRAMの性質は明らかに適していない。
そしてSRAMユーザーがまったく想定しないことなのだが、pSTT-MRAMには書き換え回数の制限があった。SRAMは、無限に近い回数の書き換えが保証されている。不揮発性メモリでは10年の製品寿命を前提にすると、10の15乗回くらいの書き換え回数がSRAMと同じくらいの使い勝手となる。
MRAMはもともと、無限に近い回数のデータ書き換えを特長、あるいは売り込みの文句としていた。ただしこれが実現できたのは、外部磁界によってデータを書き換える「第1世代」のMRAMだけだった。スピン注入トルクによってデータを書き換える「第2世代」と「第3世代」のSTT-MRAMでは、データ書き換え回数に制限が生じた。多くても10の10乗回~10の12乗回くらいの寿命にとどまってしまった。
MRAMの記憶素子「磁気トンネル接合(MTJ)」の動作原理
MRAM技術では、磁気トンネル接合(MTJ : Magnetic Tunneling Junction)の磁化の向きの違いを利用してデータを記憶する。磁気トンネル接合は、磁化の向きを固定した層(固定層)と非常に薄い絶縁膜の層(トンネル層)、磁化の向きを動かせる層(自由層)の3層構造を基本とする。
データの書き込みと読み出しの原理は以下のようなものである。データの書き込みでは、固定層の磁化方向と自由層の磁化方向を同じにするか、あるいは逆向きにするかを決める。固定層と自由層の磁化方向が同じ状態を「平行状態(P状態)」と、逆向きの状態を「反平行状態(AP状態)」と呼ぶ。
データの読み出しでは、磁気トンネル接合を貫通するように電圧を加える。すると平行状態のときは電流が多く流れ(電気抵抗が低い)、反平行状態のときは電流が少なく流れる(電気抵抗が高い)。電流の大きさの違いによってデータを読み出す。
電子のスピンが磁化の正体
磁化の正体はなにか。ミクロに突き詰めていくと、電子のスピン状態の違いに行き着く。電子は「アップスピン」と呼ぶ「上向きの矢印」で表現される状態と、「ダウンスピン」と呼ぶ「下向きの矢印」で表現される状態の、どちらかの状態を取る。通常の材料では、アップスピンの電子の数とダウンスピンの電子の数は同じである。このためスピンによる磁気モーメントがたがいに打ち消し合い、材料全体としては磁化を持たない。これが非磁性体である。ほとんどの材料は非磁性体に属する。
ただしごく一部の材料では、アップスピンの数とダウンスピンの数に偏りがあり、その状態を維持する。つまり磁化がある、あるいは、磁気を帯びている。これが「強磁性体」である。強磁性体は単に「磁性体」と呼ばれることが多い。
MRAMの記憶素子である磁気トンネル接合の固定層と自由層の材料はいずれも、強磁性体である。そしてたとえば固定層の電子スピンの偏りが、アップスピンが多くてダウンスピンが少ない状態だと仮定しよう。磁気トンネル接合が平行状態(P状態)とは、自由層もアップスピンが多くてダウンスピンが少ない状態、すなわち固定層と同じスピンの偏りが生じていることを意味する。そして反平行状態(AP状態)では、自由層はダウンスピンが多くてアップスピンが少ない状態、すなわち固定層とは逆極性のスピンの偏りが生じている。
アップスピンとダウンスピンの間にあるエネルギーの壁
ここで、電子のスピン状態をエネルギーの高低によって表現しよう。アップスピンのエネルギー状態とダウンスピンのエネルギー状態はいずれも井戸の底のように低い状態(基底状態)にあり、両者の間はエネルギーの高い壁(磁化反転障壁)によって隔てられている。
電子をアップスピン状態からダウンスピン状態へと移行させる(あるいはその逆へと移行させる)ために必要なものはなにか。当然ながら、それはエネルギーである。低いエネルギー状態にいる電子にエネルギーを与えて磁化反転障壁を飛び越えさせる。
電子スピンをもっとも簡単かつ人工的に制御しやすいエネルギーは磁界である。強磁性体に外部磁界を加えると、たとえばアップスピンのエネルギー準位が下がり、ダウンスピンのエネルギー準位が上がる。この変化により、ダウンスピンからアップスピンへの移行が促される。「第1世代」のMRAMにおけるデータ書き換えの原理でもある。
そしてもっとも普遍的に存在しており、制御は可能だが実用的ではないエネルギーが「熱」である。絶対零度の環境以外の温度環境に置かれた材料は、ボルツマン定数と絶対温度の積に相当する熱エネルギーをつねに受け取っている。熱エネルギーは磁化にゆらぎをもたらす。
データ保存期間とデータ書き換えのトレードオフ
MRAMやHDD装置などの磁気メモリに対する共通の要求仕様に、「使用温度範囲でデータの値が変化してはならない」というものがある。熱エネルギーによるデータ値の変化(いわゆるビット化け)を意識した仕様だ。ビット化け(不良率)は単位時間当たり確率で表現されるので、時間が長くなるほど、ビット化けの確率(累積不良率)は増加する。半導体の不揮発性メモリに要求される保証期間(ビット化けが起こるまでの期間)は、一般的には10年間である。
磁気メモリにおける材料設計の考え方からは、熱エネルギーによるビット化けを防ぐには、磁化反転障壁(磁化反転に要するエネルギーの障壁)を高くすることが望ましい。これはボルツマン定数と絶対温度(使用温度)の積の倍数(磁気工学では「Δ(デルタ)」の記号で表記することが多い)で表現されており、およそ50倍程度(Δ~50)の磁化反転障壁を確保すれば、10年のデータ保存期間を確保できるとされている。
ここで問題となるのが、エネルギー障壁を高くすると、データの書き換えが難しくなることだ。メモリとしては書き換えが遅くなってしまう。書き換えを高速化するためには、より多くのエネルギーを外部から与える必要がある。これは消費電力の増加を意味する。また場合によっては、書き換え回数の低下を招く。
これを嫌って材料の組成を調整して磁化反転に必要なエネルギー障壁を低くするとしよう。書き換えに必要なエネルギーが減るので、高速な書き換えを実現しやすい。そして書き換えに必要な消費電力が減る。
ただし、熱エネルギーによる磁化反転の確率が上昇し、10年間のデータ保存期間を保証することが難しくなる。こういったトレードオフのバランスを考えて、磁気トンネル接合を含めたメモリセルを設計しなければならない。ここに磁気メモリ設計の難しさがある。
STT-MRAMに特有の問題「書き換え寿命」と「誤書き込み」
そしてスピン注入メモリ(STT-MRAM)に特有の問題が、ここに来て浮上してきた。1つは「書き換え寿命」が低く、SRAMやDRAMなどと同等には延ばせそうにはないこと。もう1つは、読み出し動作によって「誤ってデータを書き込む」不良の存在である。いずれも、STT-MRAMでは磁気トンネル接合に一定以上の電流を注入することで、データの書き込み動作を実施していることに起因する問題だ。
磁気トンネル接合では、自由層と固定層の間にきわめて薄い絶縁膜のトンネル層が存在する。トンネル層が存在しないと、どうなるか。自由層と固定層が接するので境界面付近で交換相互作用が発生し、磁化の方向が乱れる。とくに反平行状態の場合は磁化の方向が逆向きなので、自由層の磁化が短時間に乱れてデータが正常に読めなくなってしまう。
トンネル層はきわめて重要な絶縁層であり、データ保持の観点からは、厚いことが望ましい。しかしトンネル層を厚くするとトンネル電流の効率が低下するとともに、書き込みが難しくなる。データ書き換えの観点からは、トンネル層は薄いことが望ましい。
STT-MRAMではデータの書き換えに必要な電流は、データの読み出しに必要な電流よりも高い。データの書き換えによる電流注入の繰り返しは、トンネル層の絶縁膜の劣化をもたらす。このため、データ書き換えの寿命が短くなる。またデータ読み出しの電流を注入する動作で、誤ってデータが書き換えられてしまう確率が高まる。
そこで、2つの解決策が考えられている。1つは、2つのメモリセルによるペア(対)によって1ビットのデータを記憶することである。このような構成は「2T2R方式(Tはトランジスタ、Rは抵抗記憶素子の略)」とも呼ばれている。書き換えが高速化する、書き換え寿命が伸びるといった利点がある。しかし、メモリセルを構成する素子数が2倍に増えるので、シリコン面積と消費電力が約2倍に増加するという弱点を生じる。
キャッシュ応用を想定するとシリコン面積は2倍に増えても、SRAMのメモリセルよりはまだ小さいので許容できる。しかし消費電力が2倍に増えるというのは、1T1Rでも消費電力がSRAMセルよりも大きかっただけに、受け入れにくい。
もう1つの解決策は、磁気トンネル接合に電流を注入せずに、自由層のデータを書き換える新方式(「第4世代」)のMRAMである。この方式では磁気トンネル接合への電流注入は読み出し動作だけとなり、外部磁界方式の「第1世代」と同様に、無限に近い書き換え寿命を得られる。書き換え電流によるトンネル層の劣化がなくなるとともに、書き換えを考慮しないのでトンネル層の絶縁膜をかなり厚くできるからだ。
そしてここが重要なのだが、「第4世代」のMRAMは原理的には、消費電力がSTT-MRAMよりもはるかに低いことがわかっている。ビット当たりの書き換えエネルギーはSTT-MRAM(1T1R方式)の20分の1以下だとされる。しかも書き換えの速度は、原理的にはSTT-MRAMよりも高い。非常に魅力的な存在だと言える。
高速の書き換え、無限の書き換え寿命、低消費を並立させる
「第4世代」のMRAMには、おもに2つの技術がある。1つは「SOT(Spin Orbit Torque)-MRAM(スピン軌道トルク磁気メモリ)」、もう1つは「VoCSM(Voltage-Controlled Spintronics Memory : 電圧制御スピントロニクスメモリ)」と呼ばれている。いずれも「第3世代」のSTT-MRAMに比べ、データ書き換えが高速であり、データの書き換え寿命が無限大と長く、データ書き換えの消費電力が大幅に現象することが期待されている。
はじめは「SOT-MRAM」を説明しよう。SOT-MRAMの記憶素子は、磁気トンネル接合(MTJ)の自由層に接するように、重金属の薄膜を貼りつけた構造をしている。重金属薄膜は、セル選択用トランジスタと接続されている。ここで重金属薄膜の材料には、「スピンホール効果(SHE : Spin Hall Effect)」と呼ぶ物理現象を起こせるものが選ばれる。具体的には、白金(Pt)、タングステン(W)、タンタル(Ta)などである。
スピンホール効果とは、電流を流すと電子スピンの状態によって反対向きの力が電子に働き、アップスピンの電子とダウンスピンの電子が反対方向に移動する現象のことである。電流を流すと、電子スピンの偏り、すなわち磁気モーメントが生じる。この効果を利用して、データを書き換える。まず、重金属層に電流を流して磁化を発生させる。重金属層の磁化は、自由層の磁化と相互作用し、自由層の磁化が反転する。
電圧を加えて磁化反転障壁の高さを制御
一方で、「VoCSM(Voltage-Controlled Spintronics Memory : 電圧制御スピントロニクスメモリ)」の原理は、2つの物理現象、すなわち「電圧制御磁気異方性(VCMA : Voltage-Controlled Magnetic Anisotoropy)効果」と「スピンホール効果」を利用してデータを書き換えている。
「VCMA効果」とは、磁性体材料における磁化反転障壁の高さが、電圧の印加(実際には電界の印加)によって変化する現象を指す。電圧印加によって磁化反転障壁を低くすれば、非常に小さなエネルギーによって磁化反転(スピン状態の移行)をきわめて短い時間内に起こせる。言い換えると、非常に低い消費電力と高速の書き換えを両立させた磁気メモリを作れる。
ここで問題となるのが、VCMA効果は磁化反転障壁の高さを変化させるだけで、スピンの極性に偏りを生じさせるわけではないことだ。アップスピン、あるいはダウンスピンへの偏極を意図的に起こす必要がある。そこでもっとも単純な方法として、電圧パルス波形を調整することによって磁化反転を制御することが試みられている。
一方、スピンの極性に偏りを生じさせる方法にスピンホール効果を利用したのが、VoCSM(電圧制御スピントロニクスメモリ)である。記憶素子の構造はSOT-MRAMとほぼ同じで、磁気トンネル接合とスピン軌道トルク層で構成される。ただし磁気トンネル接合の自由層は、VCMA効果を備える。固定層に電圧を印加して自由層の磁化反転障壁を低くするとともに、スピン軌道トルク層に電流を流して自由層の磁化の方向を決める。
第4世代のMRAM技術であるSOT-MRAMやVoCSMなどはいずれもまだ、基礎研究の段階にある。今後の研究開発の進展を期待したい。