福田昭のセミコン業界最前線

STT-MRAMの「夢」を捨てたMicronとSamsungが見据える未来

半導体メモリにおける開発ペースを「新幹線」と「馬」の競争に喩えた講演スライド(※2016年11月7日に開催された「20th Anniversary Spin-Torque MRAM Symposium」で、Micron Technologyが示したもの)

 「新幹線」と「馬」の競争。半導体メモリの大手ベンダー、Micron Technologyの講演者(シニアフェロー兼ディレクターを務めるGurtej Sandhu氏)は半導体メモリにおける開発ペースの現状をこのように喩えた。「新幹線」はDRAMとNANDフラッシュメモリである。半導体メモリの大手企業が大量の人員と予算を注ぎ込み、新製品を次々と開発してきた。対する「馬」は、スピン注入磁気メモリ(STT-MRAM)である。開発に投じられる人員と予算は、DRAMやNANDフラッシュメモリに比べるとはるかに少ない。

 馬が新幹線を追いかけても、追いつける見込みは皆無である。言い換えると、スピン注入磁気メモリ(STT-MRAM)が、DRAMあるいはNANDフラッシュメモリに追いつく可能性はゼロに等しい。

 Sandhu氏のこの発言は、STT-MRAMの発見から20周年を記念してIBMが今年(2016年)11月7日に開催した講演会「20th Anniversary Spin-Torque MRAM Symposium」で飛び出したもの。Micron Technologyは、IBMと共同開発チーム「IBM-Micron MRAM Alliance」を結成してSTT-MRAMの実用化を進めている企業である。20周年記念を「祝うイベント」とも言えるシンポジウムでの「率直な発言」は、ランチ休憩の後、お腹が膨れて睡魔に襲われつつある聴衆の眠気を吹き飛ばすには、十分だったようだ。

IBMがSTT-MRAMの共同開発で提携している主な企業。上記の提携先企業は全て、11月7日のシンポジウム「20th Anniversary Spin-Torque MRAM Symposium」で各企業の代表者が講演した

「理想のメモリ」はSTT-MRAMでは実現できない

 率直過ぎる発言はこれだけではない。STT-MRAMで「ユニバーサルメモリ」を実現することは不可能だと、結論付けたのだ。「ユニバーサルメモリ」とは、1種類のメモリで全てのメモリ(プログラムメモリとデータメモリ、さらには外部記憶)を賄う汎用のメモリで、「夢のメモリ」とも呼ばれている。この「夢のメモリ」を現実の存在に変えられそうなメモリ技術の候補が、STT-MRAMだった。

 STT-MRAMが「ユニバーサルメモリ」になれない理由は明快だ。製造コストで勝てないからである。NANDフラッシュメモリはもちろん、DRAMと比べても、記憶容量当たりのコストでSTT-MRAMは、はるかに及ばない。そして将来も、この状態が逆転する可能性が非常に低い。コストダウンのブレークスルーが起こらない限り、「ユニバーサルメモリ」は夢のままだ。

半導体メモリの最も魅力的な価値とは何かを論じた講演スライド(※同)。半導体メモリにとって最も重要な価値とは、「コストが低いこと」だと、MicronのSandhu氏は説明した

「ダブルパンチ」となったSamsungの講演

 こういった「夢を打ち砕く」講演がMicronだけだったら、聴衆のほとんどを占めるMRAM研究者に与える影響はまだマシだったろう。ところが、Micronに続いて登壇したSamsung Electronicsの講演者(バイスプレジデントを務めるGitae Jeong氏)も、Micronと同じ趣旨の内容を、より具体的に説明したのだ。聴衆にとっては「ダブルパンチ」を受けたようなものである。なおSamsung Electronicsも、STT-MRAMの共同開発でIBMと提携している。

2016年11月7日に開催された「20th Anniversary Spin-Torque MRAM Symposium」のプログラム(一部のみ)。Micron TechnologyのSandhu氏による講演は、昼食休憩の後になる午後のセッション(セッション3)で実施された。これに、Samsung ElectronicsのJeong氏による講演が続いた

 Jeong氏の講演内容も手厳しい。「ユニバーサルメモリ」は存在しないと断言する。Samsungは過去、次世代不揮発性メモリの有力候補である「相変化メモリ(PRAM)」の開発を手がけていた。2010年にはPRAMの商品化に成功する。しかし、ごく小さな市場しか築けていない。こういった経験を含め、コストとスピード、書き換え可能回数の全てに優れるメモリは存在しないとする。

15年前の期待と15年後の現実の大きな違い

 逆に考えると、なぜ、ユニバーサルメモリに期待がかけられたのだろうか。約15年前の西暦2000年頃に戻ろう。西暦2000年頃、半導体メモリの研究開発コミュニティでは、DRAMとフラッシュメモリの微細化が近く、限界に達すると考えられていた。いわゆる「電荷」を利用する記憶素子(DRAMキャパシタとNANDフラッシュメモリの電荷蓄積ゲート)の微細化は、2015年頃までには止まると予想されていた。

過去における次世代メモリの展望をまとめた講演スライド(※同)。西暦2000年頃は、DRAMとNANDフラッシュメモリの微細化が2015年頃までには限界に達すると予想されていた。微細化限界を突破するメモリ技術「次世代メモリ」に期待がかかった

 また、西暦2000年頃というわけではないが、過去には「ユニバーサルメモリ」を実現する次世代メモリ技術に期待する意見や、メモリ階層ピラミッドの構造を変革する次世代のメモリ技術(例えばDRAMとNANDフラッシュメモリの性能ギャップを埋めるメモリ技術)に期待する声が、かなりあった。

次世代メモリの開発動機と現状をまとめた講演スライド(※2016年11月7日に開催された「20th Anniversary Spin-Torque MRAM Symposium」で、Samsung Electronicsが示したもの)

 しかし約15年後の現実は、期待に沿うものではなかった。DRAMの微細化はいずれ止まるだろうが、現在も続いている。NANDフラッシュメモリは微細化限界に達したが、3D NAND技術の導入によって高密度化と大容量化を進めている。記憶容量当たりの製造コストでは、次世代メモリはDRAMよりもはるかに高いままである。

ロジックへの埋め込みメモリに活路を見出す

 Samsung ElectronicsのJeong氏は、「過去15年から学んだこと」と題する講演スライドを使い、過去に次世代メモリ技術として持てはやされた強誘電体メモリ(FeRAM)、磁界書き込み型磁気抵抗メモリ(Field MRAM)、相変化メモリ(PRAM)はいずれも、ごく小規模な市場開拓(いわゆる「ニッチな市場」)に止まったこと、大きな市場を築けなかったのは、製品価格(記憶容量当たりの価格)が高価であると共に、微細化を積極的には進められなかったことが原因であると、まとめた。

「過去15年から学んだこと」と題する講演スライド(※同)

 また、単体のメモリ製品で次世代メモリがDRAMとNANDフラッシュメモリに記憶容量当たりの価格で勝つことは困難であること。その理由は、DRAMとNANDフラッシュメモリの開発ペースがあまりにも速いこと(Micronが示した「新幹線」と「馬」の喩えと全く同じだ)だと述べた。

 そしてSamsungのJeong氏はSTT-MRAMの新たな希望を示した。それは、ロジックに埋め込むメモリ(embedded memory)への応用である。

埋め込みメモリと単体メモリの基本的な違い

 マイクロプロセッサやSoC(System on a Chip)などが内蔵する埋め込みメモリには、単体のメモリ(あるいは外付けのメモリ)とは基本的に異なる点がある。埋め込みメモリの製造技術には、CMOSロジックとの互換性が求められる。一方、単体のメモリはCMOSロジックとは異なる独自の製造技術で量産できる。

 一般的な半導体メモリでCMOSロジックと製造技術に互換性があるのは、SRAMだけだ。DRAMとフラッシュメモリはそれぞれ、独自の製造技術を採用することによってコストを極限にまで下げている。CMOSロジックとの互換性はない。

 それでは埋め込みメモリにSRAMを採用すれば、全てが上手くいくかというと、そうとは限らない。SRAMは記憶容量当たりのシリコン面積が大きい。従って大容量化すると、製造コストが無視できないケースが増える。またSRAMは揮発性のメモリなので、プログラムを外付けの不揮発性メモリ(例えばNANDフラッシュメモリ)に格納しておく必要がある。

 半導体メモリの製造コストは、メモリセルのシリコン面積が設計ルールの2乗(F2)の何倍になるかで評価することが多い。SRAMセルは150F2~200F2になるとされる。設計ルールの2乗の150倍から200倍のシリコン面積という意味だ。これに対して単体DRAMのメモリセルは6F2しかない。メモリセル面積でみると、SRAMとDRAMには30倍もの開きがある。

 そこで、大容量の埋め込みメモリにはSRAMではなく、DRAMを使うという考えが出て来る。ただし単体DRAMの製造プロセスは極端に背の高いキャパシタを使っているので、そのままでは埋め込みメモリにはできない。製造プロセスをCMOSロジック向けに調整している。この結果、埋め込みDRAM(e-DRAM)のメモリセル面積は30F2~50F2と大きくなる。これでも埋め込みSRAMに比べると記憶容量当たりのシリコン面積は減るので、実際の製品に採用されている。

 フラッシュメモリでも、製造プロセスをCMOSロジック向けに調整した、埋め込みフラッシュメモリ(e-Flash)が使われている。フラッシュメモリを内蔵したマイクロコントローラ、いわゆる「フラッシュマイコン」はその代表である。ただしe-Flashも、メモリセル面積は30F2~50F2とあまり小さくはない。さらにe-Flashには、書き換え可能回数が1,000回程度しかないという弱点がある。

 そこでSTT-MRAMが、埋め込みメモリに食い込める余地が出てくる。メモリセル面積は30F2~50F2でe-DRAMやe-Flashとあまり変わらないものの、CMOSロジックとの互換性は高い。トンネル接合素子(MTJ)を第2層金属配線と第3層金属配線の間に設けてトランジスタと接続することで、埋め込みメモリ(e-MRAM)を構成できるからだ。さらに、STT-MRAMは不揮発性メモリであり、その書き換え可能回数は原理的には無限に近い。

28nm技術でSTT-MRAMを埋め込んだロジックを試作

 SamsungのJeong氏は上記のシナリオに基づいて埋め込みSTT-MRAMの開発を進めており、実際に28nm技術で8MbitのSTT-MRAMを埋め込んだディスプレイコントローラを試作したと述べた。STT-MRAMの磁気記録方式は垂直磁気記録で、MTJの大きさは35nm~45nmである。試作したシリコンダイでは、完全動作品が採れているとする。

28nm技術で8MbitのSTT-MRAMを埋め込んだディスプレイコントローラの概要(※同)

 ただし現時点では、課題が少なくない。書き換えに必要な電流が大きい、オン状態とオフ状態の抵抗比率が温度上昇によって急激に減少する、といった弱点を抱えるとする。実用化までには、まだまだ時間がかかりそうだ。