福田昭のセミコン業界最前線

3D NAND技術の開発競争で東芝-WD連合とSamsungが激突

技術の東芝、事業のSamsungという浅からぬ因縁

 NANDフラッシュメモリの発明企業が東芝であることは、良く知られている。DRAMを超える記憶密度と記憶容量を実現しながら、データを電気的に書き換え可能にしたメモリだ。およそ30年前の1987年12月に、国際学会IEDMで、NANDフラッシュメモリのメモリセルがはじめて発表された(IEDM1987、講演番号25.6)。

 NANDフラッシュメモリの高密度化技術である多値記憶技術(複数のビットを1個のメモリセルに記憶する技術)をはじめて商品化したのも東芝である。およそ16年前の2001年11月12日に東芝は、2bit/セル技術(MLC技術)による1GbitのNANDフラッシュメモリを商品化したと発表した。

 さらには、メモリセルストリング(メモリセルの連なり)を垂直に立てることでNANDフラッシュメモリの記憶密度を著しく向上させる3D NAND技術をはじめてシリコンダイにして国際学会で発表したのも東芝だ。11年近く前の2007年6月に国際学会VLSI技術シンポジウムで、3D NAND技術によるメモリセルをはじめて発表した(VLSI 2007、講演番号2-2)。

 そして多値記憶技術の究極と言える、4bit/セル技術(QLC技術)を開発して大容量シリコンダイをはじめて国際学会で発表したのも東芝なのだ。約9年前の2009年2月に国際学会ISSCCで、QLC技術による64GbitのNANDフラッシュメモリをSanDiskと共同で発表した(米SanDiskと東芝が世界最大容量のNANDフラッシュを共同開発参照)。NANDフラッシュメモリの技術開発は、ほぼつねに東芝が牽引してきた。技術開発における東芝の存在は、かぎりなく大きい。

 ところが、NANDフラッシュメモリの事業(ビジネス)となると、事情が違ってくる。半導体メモリの雄、Samsung Electronicsがずっと、トップシェアを握り続けてきた。そもそものはじまりは1990年代に、東芝がセカンドソースを確保するためにSamsungにNANDフラッシュメモリ技術をライセンス供与したことだ(ライセンス供与で東芝とSamsungが提携したのは1992年)。

 1990年代後半から2000年代前半にNANDフラッシュメモリの市場が立ち上がると、トップシェアを奪ったのは東芝ではなく、Samsungだった。このため現在でも、東芝からSamsungへの技術ライセンス供与は失敗だったとする声が、半導体メモリのコミュニティには存在する。

 3D NANDフラッシュメモリの事業立ち上げでも、Samsungが先行し、東芝は遅れた。Samsungが3D NANDフラッシュの量産開始を発表したのは2013年8月6日のことだ(3D NANDフラッシュ、華々しくデビュー参照)。東芝とSanDisk(後にWestern Digitalが買収)の連合が3D NANDフラッシュの製品化を発表したのは、2015年3月26日である(東芝とSanDisk、世界初の48層積層プロセス採用3次元フラッシュメモリ参照)。

 市場調査会社のDRAMeXchangeによると、2017年第3四半期(7月~9月期)におけるNANDフラッシュメモリ市場の金額シェアは、Samsungがトップで37.2%を占める。東芝は18.1%、Western Digital(以降はWDと表記)は16.7%である。東芝とWDを合計すると34.8%となり、東芝-WD連合全体でようやく、Samsungのシェアに近づく。

最大密度を更新した東芝-WD連合、最大容量を更新したSamsung

 最近は技術開発でも、東芝-WD連合とSamsungの競争は激化している。

 半導体チップの開発成果を披露する国際学会ISSCCは、両陣営が開発成果を競う舞台でもある。昨年(2017年)2月のISSCC(ISSCC 2017)では、両陣営がほとんど同じ水準の大容量3D NANDフラッシュ技術を発表した(64層の3D NAND技術で512Gbitの大容量データをシングルダイに収容参照)。すなわち、記憶容量が512Gbit、ワード線の積層数が64層、多値記憶方式が3bit/セル(TLC)方式のシリコンダイである。シリコンダイ面積はいずれも130平方mm前後。記憶密度は東芝-WD連合が3.88Gbit/平方mm、Samsungが3.98Gbit/平方mmでこれも似たような水準だった。

 また昨年8月に開催されたフラッシュメモリ関連のイベント「Flash Memory Summit(FMS)」では、両陣営が最新の3D NANDフラッシュ技術を講演した(3D NANDが128TBの超大容量SSDを実現へ)。東芝-WD連合はワード線の積層数を96層と高めたTLC方式の3D NAND技術と、多値記憶にQLC方式を導入した64層の3D NAND技術をそれぞれ、発表した。SamsungはQLC方式を導入した3D NAND技術を発表した。ただしFMSは学会ではないので、技術に関する情報はごくわずかしか、開示されない。技術情報の公開は、国際学会のIEDMあるいはISSCC、VLSIシンポジウムなどを待つ必要がある。

 残念ながら、2017年12月に開催された国際学会IEDM 2017では、FMSで発表された技術に関する論文発表がなかった。そしてこの2月に開催された国際学会ISSCC 2018で、東芝-WD連合とSamsungがそれぞれ、最新の大容量3D NANDフラッシュ技術によるシリコンダイを披露した。

 両者が開発した技術の特徴をまとめると、東芝-WD連合は記憶密度が5.95Gbit/平方mmと過去最大密度を更新し、Samsungは記憶容量が1Tbit(1,024Gbit)と過去最大容量を更新した。

 東芝-WD連合が発表した3D NANDフラッシュのシリコンダイは、ワード線の積層数を96層に高めることで、記憶密度を前年のISSCCで発表した3D NANDフラッシュに比べ、53%向上させた(講演番号20.1)。2015年のISSCCでSamsungが発表した3D NANDフラッシュの記憶密度は1.86Gbt/平方mmである。その後、年率50%というきわめて高いペースでNANDフラッシュベンダーは記憶密度を向上させてきた。

 今年(2018年)のISSCCで東芝-WD連合が発表したシリコンダイの記憶密度5.95Gbit/平方mmは、2015年2月にISSCCでSamsungが発表したシリコンダイの3.2倍に達している。

3D NAND技術によるTLC方式フラッシュメモリの比較。国際学会ISSCCで2015年から2018年にかけて発表されたシリコンダイ。右から3列目が2017年、右端が2018年に東芝-WD連合が発表したもの。東芝-WD連合がISSCC 2018で発表した3D NANDフラッシュ技術の講演スライドから
3D NAND技術によるTLC方式フラッシュメモリの記憶密度の推移。国際学会ISSCCで2015年から2018年にかけて発表されたもの。2015年を基準にすると、1年に1.5倍のペースで記憶密度が向上してきたことがわかる。東芝-WD連合がISSCC 2018で発表した3D NANDフラッシュ技術の講演スライドから

 東芝-WD連合が発表した3D NANDフラッシュの記憶容量は512Gbitで、前年のISSCCで発表した64層の3D NANDフラッシュと変わらない。多値記憶方式もTLC方式で同じである。このため、シリコンダイ面積は前年の132平方mmから今年は86.1平方mmと、およそ3分の2に小さくなっている。仮に製造歩留まりが100%近くあるとしたら、じゅうぶんに価格競争力を備えたチップとなるだろう。

東芝-WD連合が開発した96層512Gbit 3D NANDフラッシュのシリコンダイ写真(左)とシリコンダイの概要(右)。東芝-WD連合がISSCC 2018で発表した3D NANDフラッシュ技術の講演スライドから
東芝-Western Digital(WD)連合の3D NANDフラッシュ技術世代。同連合は3D NAND技術を「BiCS(ビックス)」と呼んでいる。東芝およびWestern Digitalの公表資料を元に筆者がまとめたもの

東芝への対抗意識を顕にしたSamsungの講演

 Samsungが発表した3D NANDフラッシュのシリコンダイは、多値記憶方式に4bit/セル(QLC)方式を導入することで、記憶容量を前年のISSCCで同社が発表した3D NANDフラッシュに比べ、2倍に拡大した(講演番号20.3)。ワード線の積層数は64層で、前年のTLC方式NANDフラッシュと変わらない。

 TLC方式をQLC方式に変更すると、単純計算ではメモリセルアレイの記憶密度は1.33倍に増加する。記憶容量を2倍に拡大するには、シリコンダイ面積の拡大やデバイス技術の工夫などが欠かせない。

 Samsungが発表した1Tbitの超大容量3D NANDシリコンダイは、シリコン面積が512Gbitダイの1.415倍に増加した。1.33倍と1.415倍の積は1.88倍で、記憶容量を2倍に増やすには、まだ足りない。

 そして実際に開発したシリコンダイの記憶密度は1.33倍ではなく、前年の1.415倍に増加していた。1.415倍の2乗でちょうど、2.00倍となっている。記憶密度をなんらの方法によって高めていると考えられるのだが、具体的な方法については発表では明らかにされなかった。

 Samsungの発表講演で興味深かったのは、東芝への対抗意識だ。2009年2月のISSCCで東芝-SanDisk連合が発表したQLC方式のNANDフラッシュ技術(プレーナ型)を比較の対象に持ち出し、2009年と2018年では記憶密度が21倍に向上しているとアピールした。

 さらに、シリコンダイの概要を比較する表組みにも、東芝-SanDisk連合が2009年に発表したQLC方式のNANDフラッシュを載せてきた。かなりの対抗意識がうかがえる。

SamsungがNANDフラッシュメモリの記憶密度の推移と、2009年に東芝-SanDisk連合が開発を発表したQLC方式NANDフラッシュ技術との比較。同じQLC方式でも、記憶密度が21倍に向上したとする。SamsungがISSCC 2018で発表した3D NANDフラッシュ技術の講演スライドから
NANDフラッシュメモリ技術の比較表。中央はSamsungが昨年のISSCCで発表した512Gbitの3D NAND技術の概要。右端は同社が今年のISSCCで発表した1Tbitの3D NAND技術の概要。そして左端は、東芝-SanDisk連合が2009年のISSCCで発表したQLC方式のNANDフラッシュ技術(プレーナ型NAND技術)の概要。SamsungがISSCC 2018で発表した3D NANDフラッシュ技術の講演スライドから
Samsungが開発した1Tbit 3D NANDフラッシュのシリコンダイ写真(左)と概要(右)。左はSmsungの講演スライド、右はSamsungの発表論文から
Samsungの3D NANDフラッシュ技術世代。同社は3D NAND技術を「V-NAND」と呼んでおり、技術世代を「V」と「数字」の組み合わせで表現している。Samsungの公表資料を元に筆者がまとめたもの

 東芝-WD連合は昨年8月のFMS(フラッシュメモリサミット)で、QLC方式で64層の3D NAND技術によって768Gbitのシリコンダイを開発したと述べていた。またSamsungは同じFMSで、96層とQLC方式の組み合わせについて言及していた。

 実際に96層とQLC方式を組み合わせたら、どのような3D NANDフラッシュとなるのだろうか。Samsungの発表をベースに計算すると、ワード線の積層数が64層から96層に増えることで、記憶容量が1.5倍に増加する。つまり、ほぼ同じ面積のシリコンダイに1.5Tbit(1,536Gbit)を収容可能になる。

 近い将来に、QLC方式の96層3D NANDフラッシュ技術によって1.5Tbitのフラッシュメモリが開発される。シングルダイで192GBの超大容量を記憶する。ここまでは見えてきた。あとはいつ、登場するかだろう。もっとも有力な機会は8月のFMS(フラッシュメモリサミット)である。今年のFMSで発表があるのか、それとも来年(2019年)になるのか。期待しつつ、そのときを待ちたい。