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富岳は、主要なスパコンベンチのすべてで1位を獲得することが重要
2020年11月17日 17:50
理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」が、スーパーコンピュータに関する世界ランキングである「TOP500」、「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」、「HPL-AI」、「Graph500」の4部門において、2位に大差をつけて1位を獲得したことを受け、11月17日、理化学研究所計算科学研究センターの松岡聡センター長や、富士通の新庄直樹理事などの関係者がオンラインで会見を行なった。
理化学研究所計算科学研究センターの松岡センター長は、「富岳は、主要なスパコンベンチマークのすべてで1位を獲得することが重要である」と強調。「富岳は、Society 5.0の早期実現を含む、国民の関心事に応える幅広い分野のアプリケーションを、世界レベルで加速することが目的である。それぞれのベンチマークは、一部のアプリをモデル化したものであり、富岳がその目的通りに設計されていれば、どこで切りとっても、あらゆるベンチマークでトップ性能を示す。もし、一部のベンチマークでのみ、トップ性能がでるというのではあれば、設計目的をまったく満たしていないことになり、失敗したことになる。よって、主要な、スパコンベンチマークのすべてで1位になることが重要である。今回の結果からも、富岳は、開発目標を満たしたものであることが証明された」とした。
一方で、「富岳のこれからの性能向上は、まったく見込めないというわけではないが、研究が進み、よほど画期的なことがない限り、今回の4つのベンチマークについては、頭打ちの状況になってくるだろう。だが、実際のアプリケーションの速度という点では、まだ発展の余地があり、別のベンチマークなどで高い性能を得ることができる」などとした。
富士通の新庄直樹理事は、「そう遠くない時期に、ベンチマークで抜かれることは仕方がない。だが、富岳の実アプリケーションの性能や使いやすさには自信を持っている。米国のスパコンはアクセラレータで性能を稼ぐ傾向が強い。AIなどの得意分野には活用できるが、富岳のように、広い分野で高い性能は出にくい。富岳は広い分野で高い性能が出る。その点では負けない」とした。
今回の4部門における2期連続のトップは、現在、オンラインで開催中のHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)に関する国際会議「SC20」において発表されたものだ。同ランキングは、半年に1度のベースで発表されており、富岳は、2020年6月の発表でも、4部門で世界1位を獲得しており、2期連続の4冠となった。
今回の測定に使用した富岳のシステムは、432筐体、15万8,976ノードの構成で、フルスペックによるものとなっている。科学技術計算や産業アプリケーションで使用される倍精度浮動小数点数の演算能力を計測している「TOP500」では、LINPACK性能は442.01PFLOPS、実行効率は82.3%を達成。2位の米国Summitの148.6PFLOPSに約3倍の性能差をつけた。
富士通プロセッサシステム事業本部の三吉郁夫シニアプロフェッショナルエンジニアは、「今回のベンチマークは、京の42倍の性能を実現している。従来よりも精度の高いシミュレーション、より多くのシミュレーションが実行可能になり、基礎性能の高さやシステムの完成度を実証したといえる。16万CPUが6次元ネットワークで緻密に連携し、高い演算効率を損なわないように通信をしながら、連立一次方程式の解を求めた。『京の100倍のアプリ実効性能を目指す』という性能の実現に近づいた」と述べた。
航空機や自動車の構造解析といった産業利用などのアプリケーション実行で用いられる共役勾配法の処理速度をランキングした「HPCG」では、16.00PFLOPSを達成。2位のSummitの2.93PFLOPSに約5.5倍の性能差をつけた。
富士通プロセッサシステム事業本部の細井聡シニアマネージャーは、「京の26.5倍の性能を実現している」とし、「これは、連立1次方程式Ax=bを高速に解くことを競うものであり、TOP500の場合と異なり、Aに0が多く、その特徴に向いた反復法で解くことが求められる。富岳は、ノードあたりのメモリアクセス性能が高いこと、ノードの計算結果を、必要とする他ノードに高速に転送することに優れ、さらに、これらを活かすソフトウェアのチューニングを行なった成果が出た」とした。
現在、富岳で行なっている新型コロナウイルスの飛沫感染のシミュレーションでは、HPCGで評価された高い性能が生かされているという。
AIのディープラーニング(深層学習)に用いられる単精度や、半精度演算処理に関する性能ベンチマークである「HPL-AI」では、2.004EFLOPS(エクサフロップス)を達成。2位のSummitの0.55EFLOPSに比べて、約3.6倍の性能差となった。
理化学研究所計算科学研究センターフラッグシップ2020プロジェクトの今村俊幸氏は、「2020年6月時点の1.421EFLOPSを大きく上回った。プログラムには大きな変更は加えておらず、使用筐体数が約1.2倍に増加したこと、ブーストモードを2GHzであったものを、2.2GHzで動作させたことなどが、性能向上の主な要因である。富岳の高い性能を証明するとともに、AIの計算やビッグデータ解析の研究基盤として、Society 5.0社会の推進に大いに貢献し得ることを示した」と述べた。この性能を活用して、新型コロナウイルスの治療薬候補の同定シミュレーションなどを行なっているという。
ビッグデータ解析などにおいて、重要な指標となる大規模グラフ解析性能を測る「Graph500」では、102,955GTEPSとなり、2位の中国Sunway TaihuLightの23,756GTEPSに比べて、4倍以上の性能差をつけている。
理化学研究所計算科学研究センターフラッグシップ2020プロジェクトの中尾昌広氏は、「Graph500は、約2兆2,000億個の頂点と、約35兆2,000億本の枝を持つ超大規模グラフを利用して処理速度を計測した。これまでにない最大規模の計測である。1TTEPSは、1秒間にグラフの枝を1兆本処理する速度であり、富岳は1秒間に103兆本を処理できる」と語った。
今回の4冠について、理化学研究所の松岡センター長は、「富岳は、実アプリで京に比較して数10倍、最大100倍以上を目標に開発したものであり、今回のランキングでは、2位に対して3倍から5.5倍近い性能差を実現した。だが、富岳は、社会的課題、科学的課題の解決に向けて、アプリケーション性能の向上を狙って開発したものであり、ベンチマークで1位を取ることが開発目標ではない。2020年6月時点に比べると、シミュレーションによる性能向上を果たしながらも、AIやビッグデータについては、より高い性能向上を果たした。
しかも、それが汎用CPUによって達成されている。近年のスパコンは、特殊性能を持ったプロセッサによって計算を行ない、ランキングの上位入賞を達成したものであった。スーパーカーは性能が高いが、日常の買い物の用途などには使いにくい。通常のCPUをファミリーカーとすれば、富岳は、スーバーカーと同等か、それ以上の性能を持つファミリーカーを実現したともいえる。富岳は、特定のシミュレーションに計算能力が発揮されるのではなく、性能と汎用性を両立していることから、さまざまな社会課題の解決に活用できる」と総括した。
さらに、「日本のスパコン政策は正しかったといえる。汎用性が高く、高い性能を実現しただけでなく、アプリケーションも同時に研究開発を行う取り組みを行なってきたことが大きい。新型コロナウイルスの飛沫感染シミュレーションは、自動車の内燃機関の燃料噴射のシミュレーションを生かしたものであり、アプリケーションの研究開発を同時に行なっていたからこそ、今回の危機に迅速に対応できた。アプリの開発まで2~3年待つというような状況にはならなかった」と語った。
また、「富岳の本格稼働時期は、2021年度中を予定している。諸般の事情によって、それ以上の時期については言えないが、今後は実アプリの稼働段階に入っていくことになる」と述べた。
富士通の新庄直樹理事は、「富士通が40年に渡って培った、ハードウェアからソフトウェアにいたるスパコン技術をすべて結集することで、巨大システムである富岳の実現に貢献してきた。シミュレーションとデータ解析の両輪で、社会課題の解決や、DXを支えるインフラへの利用が拡大しており、富岳の世界最高速の性能は、高いシミュレーションと、AI処理能力が必要となるSociety 5.0の実現に貢献できると期待できる。富士通はスパコンが生み出す成果を通じて、豊かで夢のある未来を世界中の人々に提供することを目指す。デジタル時代を迎え、高いシミュレーション能力、AI処理能力を有するスパコンは、より一層、さまざまな分野での活用が拡がると考えている」とした。
富士通では、商用アプリケーションの拡大にも取り組んでおり、2020年10月からは、Poyntingを提供。2020年第4四半期からはLS-DYNAを提供する予定であり、継続的に、構造解析や流体解析、エレクトロニクスといったエンジニアリング分野での商用アプリケーションの研究開発を進めていることも示した。
また、富士通では、富岳で採用した技術をグローバルにビジネスに展開しており、富岳の技術を活用したスーパーコンピュータ「PRIMEHPCFXシリーズ」を投入。仏GENCI、独レーゲンスブルク大学、米サンディア国立研究所などに導入した実績も紹介した。さらに、米HPでは、富岳に搭載したCPU「A64FX」を採用した商用スーパーコンピュータ「HPE Apollo80」を製品化。独ライプニッツスーパーコンピュータセンターや、英ブリストル大学、米ロスアラモス国立研究所などに導入した実績があるという。
また、富士通は、スペインのBarcelona Supercomputing Centerとの共同研究の実施、独Jülich Supercomputing Centreや、英EPCCへの評価環境の提供などを行なっており、「A64FX のArmSVEを活かしたアプリ評価とエコシステム開発を進めている」と述べた。
富士通では、富岳の成果創出加速プログラムとして、東京医科歯科大と富士通研究所が共同で、「大規模データ解析と人工知能技術によるがんの起源と多様性の解明」に取り組んでいることを発表している。
会見で、理化学研究所計算科学研究センターフラッグシップ2020プロジェクトの石川裕プロジェクトリーダーは、富岳の整備状況について説明。「2020年6月時点と比較して、安定稼働している。今回のベンチマークのための測定作業もスムーズに終了した。だが、富岳は、正式運用に向けて引き続き調整中であり、ハードウェアの安定化と、システムソフトウェアの安定化およびチューニングに取り組んでいる。
ソフトウェアの安定化は、ハードウェアの安定化の次に行なうものになる。9分野におけるターゲットアプリケーションも、7分野において評価結果が出ており、目標にしていた性能以上の結果となっている。残りの2分野においても協調設計を進め、評価を行なっている段階である。富岳は、まだ調整中ではあるが、システムの一部を使って、COVID-19課題、成果創出加速プログラム、試行的利用課題での利用が始まっている」と報告した。
次期スパコンは、新マシンも念頭に、より汎用性を
今回の会見では、記者の質問に答えるかたちで、次期スパコンの考え方についても言及した。
松岡センター長は、「ベンチマークに向けたチューニングをすることで、富岳および富岳に利用したテクノロジーの限界が理解できる。乾いた雑巾を絞るように、これ以上、効率的にはならないというところまでやっている。これは、今後、次世代のスーパーコンピュータ、次世代のアーテキクチャーを作るときに、どこに限界があるのか、どこを改善していくのかといったことの指標になる。次のマシンがあるとすれば、今回のベンチマークは、フィードバックにつながり、世界を驚かせるような成果につなげることができるだろう」とした。
また、「次のマシンをどうすべきかというかたちが少しずつ見えてきた。今回の4つのベンチマークのなかで、次のマシンで一番大切なのは、HPCGであると考えている。ムーアの法則で示された演算速度の進化が厳しくなっている。一方で、多くのアプリでデータを動かすということが重視され、評価されるようになっている。また、AIでも演算能力が重視されているが、汎用性を持った富岳が、アクセラレータを搭載したス―パーコンピュータよりも、HPL-AIで高い性能を打ち出している。いまは、研究を進めながら、白書の執筆をはじめており、それらによって、次の姿を定めていくことになる」と述べた。
また、「次世代スーパーコンピュータを、富岳の拡張によって実現するのは物理的に難しく、コストとしても見合わない。次のマシンはかなり先になるが、富岳を活用しながら、まったく新たなマシンとして作るということも考えられる。富岳での学びは、汎用的な利用に寄ったマシンを作り、多くアプリが動くことが大切であるということ。次のマシンは、富岳よりも汎用性を持ち、一般的な用途にも対応できるようなものであるべきで、そこに高い性能を両立させなくてはいけない。その観点からも富岳を拡張するという考え方ではなく、新たなアイデアで作るべきだと考えている」とした。
なお、神戸新交通は、11月17日に、ポートライナーの理化学研究所の最寄り駅を、「京コンピュータ前」から「計算科学センター」に変更することを発表した。2021年6月に変更する予定だ。
松岡センター長は、「前後の駅が医療センター、神戸空港という継続性のある駅名である。京や富岳は、スーパーコンピュータとしては一時代を築くものであるが、駅名としてはライフタイムが短い。本当は計算科学研究センターとしてほしかったが、この駅の周りには、理化学研究所のほかに、神戸大学や兵庫県立大学などの計算科学の機関や出先がある。持続性という点でも望ましい駅名である」と語った。