福田昭のセミコン業界最前線
IntelのNAND事業を買収するSK Hynixの野望
2020年11月10日 09:50
2020年10月20日にNANDフラッシュメモリの大手ベンダーであるIntelとSK Hynixは、IntelのNANDメモリ事業とNANDメモリ搭載SSD事業をSK Hynixが買収することで合意したと発表した。買収金額は90億ドルである。
買収手続きの完了は2025年3月を予定する。かなり長い期間をかけた買収だ。買収手続きは3つの段階に分かれる。始めは、関係各国政府による承認手続きである。2021年後半には承認手続きが完了すると見込んでいる。
関係各国の認可を得たら、買収の第1段階に入る。SK Hynixは70億ドルをIntelに支払う。代わりにIntelのNANDメモリ搭載SSD事業(SSD関連の知的財産権(IP)と従業員を含む)と3D NANDメモリ製造工場(ウェハ処理工場、所在地は中国の大連)をSK Hynixは獲得する。
それから買収の第2段階に入り、買収手続きを完了させる。SK Hynixは20億ドルをIntelに支払う。代わりにIntelが所有するNANDメモリの製造と設計に関するIP、Intelが雇用するNANDメモリの研究開発人員と大連工場の従業員をSK Hynixは獲得する。第2段階の完了は2025年3月を予定する。
買収手続きが2段階に分かれていること(SSD事業を始めに買収すること)と、2025年までと時間をかけていることは、NANDフラッシュのメモリセル技術がIntelとSK Hynixで異なっていることを反映している可能性が少なくない。この技術的な相違については後ほど説明する。まずはIntelとSK HynixのNANDフラッシュメモリ事業について述べていこう。
ほぼ同規模のIntelとSK HynixのNANDメモリ事業
IntelとSK HynixのNANDフラッシュメモリ事業は、事業の規模(売上高)がかなり近い。2019年(暦年)の売上高は、Intelが約44億ドル、SK Hynixが約44.5億ドルである。単純合計だと、SK HynixのNANDフラッシュメモリ事業による売上高は今回の買収によって約2倍の88.5億ドルに増加する。
なおIntelの売上高には2つの数字がある。1つはIntelが公式に発表している売上高だ。これは不揮発性メモリの事業グループである「NSGグループ」の売上高で、NANDメモリ事業のほか、SSD事業とOptaneメモリ事業を含む。といってもそのほとんどは、NANDメモリ事業とNANDメモリ搭載SSD事業だと見られる。2019年の売上高は約44億ドルである。
もう1つは市場調査会社TrendForceによる推定値で、こちらはNANDフラッシュメモリ事業だけの数字とみられる。2019年の売上高は43.6億ドルとなっている。TrendForceによる推定値は、NSGグループの売上高よりもわずかに少ない。
NANDフラッシュメモリ市場でのシェアはSamsungに次ぐ第2位に
NANDフラッシュメモリの大手ベンダーにはこの2社のほか、Samsung Electronics(以降はSamsungと表記)、キオクシア、Western Digital(以降はWDと表記)、Micron Technology(以降はMicronと表記)がある。NANDフラッシュメモリの市場全体(金額ベース)では、これら6社の合計で99%以上を占める。市場調査会社のTrendForceによる2019年の市場規模は約4,600億ドルである。
2019年の市場シェアトップはSamsungで33.54%を占める、次いでキオクシアが18.90%で2位につける。以下はWDが14.31%、Micronが13.45%、SK Hynixが9.74%、Intelが9.48%と続く。今回の買収合意は、シェア5位とシェア6位の事業統合であることがわかる。SK HynixとIntelの単純合計によるシェアは19.22%で、キオクシアをわずかに超え、Samsungに次ぐ2位に上昇する。
セル技術が異なるSK HynixとIntelのNANDメモリ
前述のように技術的に見ると、SK HynixとIntel の3D NANDフラッシュメモリはメモリセル技術が大きく違う。NANDフラッシュのメモリセルは1個のトランジスタで構成する。すなわち1個のトランジスタが、セルの選択とデータの記憶を兼ねる。SK HynixとIntelで大きく違うのは、データの記憶技術である。SK Hynixは記憶技術に「チャージトラップ(電荷捕獲)技術」、Intelは記憶技術に「フローティングゲート(浮遊ゲート)技術」を採用している。
現在のNANDフラッシュメモリは、セルトランジスタ(メモリセルを構成するトランジスタ)をウェハ表面と垂直な方向に縦積みした3次元(3D)構造によって高い密度を得ている。このため「3D NANDフラッシュメモリ」と呼ばれる。それ以前には、セルトランジスタをウェハ表面と平行な方向に並べた2次元(2D)構造あるいはプレーナー構造によってNANDフラッシュメモリを構成していた。3次元構造のNANDフラッシュと区別するため、「2D(プレーナー) NANDフラッシュメモリ」と呼んでいる。
「2D NANDフラッシュメモリ」のメモリセル技術は、浮遊ゲート技術が主流だった。浮遊ゲート技術による微細化と高密度化が行き詰まったときの代替手段として、電荷捕獲技術が研究されていた。ただし「2D NANDフラッシュメモリ」の大容量化と高密度化の限界は浮遊ゲート技術のままで究められた。電荷捕獲技術の出番はなかった。
ところが3次元構造の「3D NANDフラッシュメモリ」では一転して、電荷捕獲技術(チャージトラップ技術)がメモリセル技術の主流となった。Samsung、キオクシア-WD連合、SK Hynixは電荷捕獲技術を導入して3D NANDメモリを開発し、商品化した。
一方、浮遊ゲート技術を採用したのは、Intel-Micron連合だけである。これら2つのメモリセル技術と、高層化(セルトランジスタの積層数を増やす)と多値化(セルトランジスタが記憶するビット数を多くする)を組み合わせることで、3D NANDフラッシュメモリは高密度化と大容量化を継続して進めてきた。
Intel-Micron連合のNANDメモリ提携解消で売却が容易に
Intel-Micron連合は浮遊ゲート技術による3D NANDメモリを第1世代から第3世代まで、共同で開発してきた。しかし2018年1月8日に両社は、当時開発中の第3世代をもって共同開発を完了し、第3世代を超える技術ノード(すなわち第4世代以降)では各社が独自に開発を手掛けると公式に発表した。
その後、Micronは第4世代の3D NANDメモリを電荷蓄積技術で、Intelは第4世代の3D NANDメモリを浮遊ゲート技術で開発することが明らかになっている。Intelの浮遊ゲート技術に対するこだわりは強い。
Intel-Micron連合、すなわちNANDメモリの提携が続いていれば、今回の買収は困難だっただろう。だからといってIntelがNANDメモリ事業の売却を念頭にMicronとの提携を解消したとは思えない。2018年1月に将来の提携解消を発表するまでの経緯を調べていくと、提携を解消する理由はIntelよりもMicronに多くあったように見えた。
ここにきてIntelがNANDメモリ事業とNANDメモリ搭載SSD事業の売却を決めたのは、NANDメモリ市場とSSD市場の基本的な性格が値下げ競争であり、将来も値下げ競争が継続すると考えたことがうかがえる。Intelは基本的に値下げ競争を嫌う。マイクロプロセッサ事業に代表されるように、利益を大きく確保できる製品でビジネスをする傾向が強い。
NANDメモリとSSDの事業グループであるNSGグループは過去5年、ほとんど利益を出していない。もう少し細かく述べると、2016年と2017年、2019年は営業赤字を計上してきた。とくに直近の2019年は、44億ドルの売り上げに対して営業損失が12億ドルという過去5年でもっとも大きな赤字を出した。これはかなり厳しい数字だ。
SSD製品はNANDフラッシュのセル技術を問わない
SK Hynixは3D NANDメモリ技術の開発で当初こそ出遅れたものの、最近では急速にキャッチアップを進めてきた。発表ベースでは、2019年には競合他社と比べて遜色ない技術水準に達している。
ただし前述のように、NANDメモリ市場でSK Hynixの存在感はあまり高くない。市場シェアの順位では、大手6社の中では下から2番目の5位に位置することが多い。またSK HynixはDRAM事業とNANDフラッシュメモリ事業のバランスがあまり良くない。全社売り上げの7割~8割がDRAM事業であり、NANDメモリ事業の割合は2割~3割にとどまる。事業戦略としてはNANDメモリ事業とSSD事業(NANDメモリ大手はすべてSSD事業のベンダーでもある)を拡大することが重要であり、IntelのNANDメモリ事業とSSD事業を買収することは、理に適ったものだ。
そしてはじめにSSD事業を買収し、NANDメモリ事業の買収を後に回したのは、NANDメモリ製造技術の違いを意識したものと考えられる。SSD製品は、NANDメモリの製造技術とはあまり関係がない。重要なのはNANDメモリチップの記憶容量や製造コスト、入出力インタフェースなどだ。当面は中国の大連工場は現在のメモリセル技術でNANDメモリを製造していける。
Intelの浮遊ゲート技術と中国大連工場の扱い
ただし2025年の買収完了後を想定すると、Intelの3D NANDメモリ製造ラインに関する扱いは微妙だ。メモリセル技術はSK Hynixが電荷捕獲技術を採用しているのに対し、Intelは浮遊ゲート技術を採用している。Intelは第4世代の144層3D NAND技術の開発をほぼ完了済みだ。量産もこのまま浮遊ゲート技術を採用する可能性が高い。第5世代のメモリセル技術は、まだ分からない。
2025年の完全買収に向けて、SK HynixはIntelの3D NANDメモリセル技術をどのように扱っていくのだろうか。少なくとも2つのシナリオが考えられる。1つは、SK Hynixと同じ電荷蓄積技術を大連工場の旧Intel生産ラインでも採用していく、という方向である。この場合は生産ラインの手直しが必要になるものの、技術を1本化した後は品質管理や生産管理、研究開発などを共通化できるという利点が生じる。
もう1つは、旧Intelの浮遊ゲート技術を採用したままで、中国の大連では高層化した次世代の3D NANDメモリを開発し、量産していくというもの。生産ラインの手直しは不要だが、品質管理や生産管理などは二度手間になる。また研究開発のリソースが電荷蓄積技術と浮遊ゲート技術の両方で必要になる。
2025年までの期間にSK Hynixは、Intelの浮遊ゲート技術を精査しながら、中国の大連工場をどのように扱うかを決断していく、ということになりそうだ。
2020年代半ば以降に浮遊ゲートがNANDの主役になる可能性
さらに将来を見通したときに見逃せないのが、浮遊ゲート技術のセルトランジスタが3D NANDメモリの主役になる可能性だ。キオクシアとWDは3D NANDメモリのメモリスルーホールを2つに分割してセルトランジスタを2倍に増やすメモリセル技術(「3D Semicircular Flash Memory Cell」)を共同で2019年12月に国際学会IEDMで発表している。現在は基礎研究の段階だが、将来は3D NANDメモリの高密度化に不可欠な技術となる可能性がある。
2019年12月の国際学会IEDMでキオクシアとWDは「3D Semicircular Flash Memory Cell」技術によるメモリセルを電荷蓄積技術と浮遊ゲート技術の両方で試作してみせた。その結果、浮遊ゲート技術と「3D Semicircular Flash Memory Cell」の組み合わせが良好な書き込み特性と消去特性を示した。
まだ決めつけるのは早計だが、浮遊ゲート技術の高密度セルが有望な結果を出しているというのは注目に値する。Intelは浮遊ゲート技術のトランジスタに関する豊富な研究開発実績を有する。この実績と研究開発エンジニアをそっくりそのまま、SK Hynixは入手することになる。90億ドルという買収金額は、SK Hynixにとってそれほど高い買い物ではない。そのように感じる。