福田昭のセミコン業界最前線
「1TBで5,000円」のSSDを目指す将来世代のNANDフラッシュ
2020年3月30日 11:00
3D NANDフラッシュメモリは最近まで、従来のNANDフラッシュメモリ(プレーナNANDあるいは2D NAND)をはるかに超える、超大容量の不揮発性メモリを実現する技術として期待されていた。実際、シングルダイ当たりの容量が256Gbit以上のNANDフラッシュは、3D NAND技術によって実現されている。その後は512Gbit、768Gbit、1Tbit、1.33Tbitの大容量シリコンダイが試作され、量産されてきた。
しかしここに来て、大容量化の速度は鈍化しつつあるように見える。シングルダイ当たりの記憶容量は、1Tbit~1.33Tbitで停滞している。一方で記憶密度の向上は止まっていない。記憶密度を高めることで、同じ記憶容量を実現するシリコンの面積を減らそうとしているように見える。フラッシュストレージのコスト削減を進める動きである。
開発の方向性が変化したのは、フラッシュストレージ(SSDやUSBメモリ、UFSカードなど)がPCやタブレット、カメラなどの標準ストレージや外部ストレージなどとして普及してきたことが大きい。エンタープライズ(ニアライン)向けストレージに比べると、PCを含めたクライアント向けストレージは記憶容量が少ない。
たとえば市場調査会社テクノ・システム・リサーチが2020年1月24日に明らかにした市場予測によると、2020年におけるニアライン向けHDDの平均容量は10,700GB(約10TB)ときわめて大きい。これに対してPC向けHDDの平均容量は3.5インチ型が2,460GB(約2.4TB)、2.5インチ型が1,300GB(約1.3TB)と少なく、PC向けSSDの平均容量は440GBとさらに小さい。
PC向けSSDの平均容量が440GBとPC向けHDDに比べて小さい理由は、市場原理による。具体的には、HDDと市場で競争できる価格で製品化すると、440GBという平均容量になるのだ。平均販売価格を比べると、3.5インチ型HDDは50ドル、2.5インチ型HDDは39.5ドル、SSDは47ドルである。1ドルを100円と仮定すると、3者とも約4,000円~5,000円の範囲に収まる。量産品の価格は50ドルあるいは5,000円というのが、1つの区切りであることがわかる。
開発の重心が大容量化からシリコンの削減に変化
記憶密度の向上という技術開発の成果をシリコンダイの大容量化ではなく、シリコン面積の削減に使う。PC向けフラッシュストレージ(おもにSSD)で記憶容量当たりの価格を下げ、HDDの置き換えをさらに進める。これが現在の3D NANDフラッシュとクライアント向けSSDの開発方針だ。
3D NANDフラッシュの記憶密度を高める手段はおもに2つ。「高層化」と「多値化」である。ワード線(メモリセル)の積層数を増やす「高層化」は、3D NANDフラッシュの高密度化を支える根本原理だ。現在の最先端製品では、96層/92層の3D NAND技術が使われている。
「多値化」では最近になってブレークスルー(技術革新)があった。1個のメモリセルに4bitのデータを記憶する、「QLC(Quadruple Level Cell)」方式のNANDフラッシュメモリが一昨年(2018年)に商業化された。これまでの主流である「TLC(Triple Level Cell、3bit/セル)」方式に比べ、原理的には同じ製造コストで記憶容量を1.33倍にできる。言い換えると、記憶容量当たりのコストが4分の3に下がる。さらに言い直すと、同じ記憶容量を従来の75%のシリコン面積で実現できる。
QLC方式を採用した3D NANDフラッシュは、シングルダイで1Tbitの大容量メモリを実現した。それも64層という少なめのワード線積層数で。TLC方式と64層の組み合わせだとシングルダイで512Gbitが主流だったので、一気に記憶容量を2倍に拡大したことになる。
記憶容量が2倍のシリコンダイを実現したのだから、SSDの記憶容量も2倍になるだろうと当時は考えた。しかし実際にはそうならなかった。QLC方式と64層の3D NANDで1Tbitを実現したメモリは、SSDの価格低下に貢献した。従来のSSDと記憶容量は同じままで、同じベンダーの従来品に比べて価格をおよそ半分に下げてきた(Intel、初のQLC NAND採用により399ドルで容量2TBを実現する「Intel SSD 660P」参照)。SSDの記憶容量を2倍にしない代わりに、製造コストを半分に下げた、とも言える。
QLC方式のNANDフラッシュがSSDの価格を押し下げる
PC向けSSDの価格は、QLC方式3D NANDフラッシュの搭載によって劇的に下がりつつある。試みにSSD価格を1TB(および960GB)品を中心に、4年~5年前に遡ってPC Watch誌の記事から抽出してみよう。2015年7月にOCZ Technologyが発表した960GB品の価格は53,000円ときわめて高い(OCZ、初の東芝製TLC NAND/コントローラ搭載の2.5インチSSD参照)。NANDフラッシュメモリは19nm技術によるプレーナ型TLC方式である。インターフェイスはSATA 6Gbps、フォームファクタは2.5インチ型であり、最新世代のSSDに比べると遅くて大きめだ。
2016年9月にSamsung Electronics(以降はSamsungと表記)が発売した1TB品の価格は629.99ドル、2TB品の価格は1,299.99ドルと、まだきわめて高い(Samsungの新SSD 960 PRO/EVOは10月発売。価格も明らかに参照)。ただしこちらはインターフェイスが高速のPCIe、フォームファクタが小型のM.2であり、現在とあまり変わらない。NANDフラッシュメモリは48層の3D NAND技術とMLC(2bit/セル)方式の組み合わせによる256Gbit/ダイ品である。
同じタイミングでSamsungは、TLC方式(3bit/セル)と48層 3D NAND技術の組合わせによる256Gbitダイを搭載したSSDを発表している。こちらは1TB品の価格が479.99ドルと少し安い。と言っても日本円で約5万円と、まだ高値の花に近い。インターフェイスはPCIe、フォームファクタはM.2で変わらない。
これが2018年になると、3D NANDフラッシュの高密度化によって価格がかなり下がってくる。2018年11月にKingston Technologyが発表した960GB品の価格は34,980円である(Kingston、RGB LEDライティングつきの2.5インチSSD参照)。TLC方式の3D NANDフラッシュ(積層数は不明)を搭載した。
同じ時期にはQLC方式の3D NANDフラッシュを搭載したSSDが登場し、価格を一段と押し下げた。2018年8月にIntelが発表したQLC方式のSSD「660P」である。512GB/1TB/2TB品の価格(公称希望価格)は、2020年3月の時点で114ドル/214ドル/424ドルとなっている。1TB品が214ドルというのは、公式価格としては現在でも最安だろう。NANDフラッシュは64層の3D NAND技術とQLC方式を組み合わせた1Tbit/ダイ品である。
まとめると、1TB(および960GB)品の価格は4年間でおよそ3分の1に低下した。2020年3月現在の公式価格は200ドルあるいは2万円前後、実売価格(「価格.com」による)は13,000円前後である。
クライアントSSDの主流は256GB品から512GB品へ
と言っても現時点でのクライアントSSDの主流は1TB品ではない。記憶容量が4分の1の256GB(240GBを含む)品である。大きな理由は、価格にある。2019年における256GB品の公称価格は7,000円前後、2020年3月における実売価格(「価格.com」による)は5,000円前後である。そして搭載するNANDフラッシュはTLC方式だ。筆者の調べたかぎり、QLC方式のNANDフラッシュを搭載した256GB品は見当たらない。
ついで多数を占めるのは512GB(480GBおよび500GBを含む)品である。2019年における512GB品の公称価格は11,000円前後、2020年3月における実売価格(「価格.com」による)は8,000円前後である。搭載するNANDフラッシュはTLC方式とQLC方式が混在する。QLC NANDフラッシュの高密度化と低コスト化が進展することにより、3年後には512GB品が256GB品に換わって主流となる。
第2世代のQLC方式NANDフラッシュでは性能を改善
第1世代のQLC方式NANDフラッシュは、64層の3D NANDフラッシュ製品で採用がはじまった。従来のTLC方式に比べると記憶密度は高くなったものの、読み書き速度や書き換え可能回数などの性能は劣化した。
第2世代のQLC方式NANDフラッシュでは、92層/96層の3D NAND技術と組み合わせることで記憶密度をさらに高めるとともに、読み書き速度や書き換え可能回数などの性能を第1世代に比べて改善してきた。
たとえばIntelが2019年9月に発表したクライアント向けSSD「650P」は、96層の3D NAND技術による1Tbitのフラッシュメモリを搭載している(IntelのNVMe SSD「665p 1TB」の取扱店が増加、96層QLC NANDを採用参照)。すなわち、第2世代のQLCフラッシュを内蔵した。記憶密度は明らかに向上しているものの、第1世代のQLCフラッシュを搭載した従来品「660P」に比べ、記憶容量は最大で2TBと変わっていない。
大きく違うのは書き換え可能回数である。1TB品の書き換え寿命は「660P」が200TBWであったのに対し、「650P」では書き換え寿命が300TBWと1.5倍に延びた。また読み書きの速度が、わずかに向上している。
2020年2月に開催された国際学会ISSCCでは、SamsungとSK Hynixがそれぞれ、第2世代のQLC NANDフラッシュ技術を発表した。シリコンダイの記憶容量はいずれも1Tbitで、過去にISSCCで発表されたQLC NANDフラッシュを超えない。言い換えると、記憶容量は拡大していない。
違うのは記憶密度で、たとえばSamsungが発表した第2世代のQLC NANDフラッシュ技術(講演番号13.1)は記憶密度が第1世代(2018年のISSCCで発表)に比べて1.34倍と高くなっている。記憶密度が1.34倍というのは、記憶容量当たりのコストが4分の3に下がることを意味する。
また読み書き性能の向上を狙った第2世代のQLC NANDフラッシュをSK Hynixが発表した(講演番号13.2)。それまでのQLC NANDフラッシュは記憶密度の向上を優先してメモリセルアレイを2枚と少なめに分割していた。これに対してSK Hynixが試作したQLC NANDフラッシュはメモリセルアレイを4枚のプレーンに分割することで、読み書きの性能(スループット)を向上させた。
第4世代のQLC NANDフラッシュで5,000円の1TB SSDが現実に
すでに述べたように、第2世代のQLC NANDフラッシュは第1世代に比べて記憶密度が1.3倍~1.4倍に向上した。記憶容量当たりのコストでは70%前後に下がる。第1世代QLC NANDフラッシュを搭載した1TBのSSDの公称価格は約2万円だったので、単純に計算すると第2世代のQLC NANDフラッシュを搭載した1TB SSDの公称価格は約14,000円になる。そして512GB SSDの公称価格は7,000円となり、PC用ストレージとしては価格をあまり上昇させずに標準搭載が可能なレンジに入る。
そしてすでに開発が発表されているのが、第3世代のQLC NANDフラッシュである。第3世代ではワード線の積層数が128層~144層に増える。144層に高層化すると、単純計算では記憶密度が第2世代(96層)の1.5倍に向上する。記憶容量当たりのコストは3分の2に下がる。この仮定をそのままSSDの価格に当てはめると、1TB SSDの公称価格はおよそ9,300円に下がる。実売価格はさらに低下し、7,000円前後になるだろう。
さらに次の第4世代では、192層の3D NANDフラッシュ技術とQLC方式を組み合わせるようになる。記憶密度は単純計算だと第3世代(144層)の1.33倍に向上する。記憶容量当たりのコストは4分の3に下がる。1TB SSDの公称価格はおよそ7,000円に低下する。実売価格では5,000円が見えてくる。
SSDの製造コストを下げるもう1枚の切り札
3D NANDフラッシュの多値記憶技術には、もう1枚の切り札がある。1個のメモリセルに5bitのデータを記憶する「PLC(Penta Level Cell)」方式だ。2019年8月にフラッシュメモリ応用技術のイベントFMSでキオクシア(当時の社名は東芝メモリ)がPLC方式による書き込みの実験結果を報告したのが、はじまりだろう。2019年9月にはIntelが不揮発性メモリとストレージに関するプライベートイベント「Intel Memory & Storage Day」でPLC方式の書き込み実験結果を披露した。ほかのNANDフラッシュ大手も、PLC方式の研究開発を手掛けていると見られる。
PLC方式の実用化時期はまだわからない。はっきりしてることは、PLC方式を導入すると原理的には記憶密度がQLC方式の1.25倍になることだ。記憶容量当たりのコストではQLC方式の80%に低下する。もちろん読み書きの速度は低下し、書き換え寿命は短くなる。それでも近い将来には、PLC方式は実用化されるだろう。そのときこそ、「1TBで5,000円以下」が確実なものとなるに違いない。