福田昭のセミコン業界最前線

悲願の上場が遠のいたキオクシアの哀しみ

キオクシアホールディングスの株式上場に向けた歩み。同社の公表資料からまとめた

 NANDフラッシュメモリ大手のキオクシアにとって独立の象徴とも言える「株式公開(株式の上場)」が、直前になって延期された。2020年8月27日にキオクシアの持ち株会社であるキオクシアホールディングスは、東京証券取引所(東証)から新規上場の承認を受けたことと、10月6日に株式を上場することを正式に公表した。

 ところがその1カ月後、2020年9月28日に、キオクシアホールディングスは、株式上場を延期すると発表した。上場予定日のわずか8日前のことだ。新たな上場予定日は提示されていない。突然の上場延期は、さまざまな憶測を呼んだ。

 上場延期を発表したキオクシアホールディングスの9月28日づけリリースは「最近の株式市場の動向や新型コロナウイルス感染の再拡大への懸念など諸般の事情を総合的に勘案し、」と理由を説明している。しかし、この説明だけで納得する投資家は、あまりいないだろう。

土壇場になっての上場延期を引き起こしたもの

 理由の1つとして取り沙汰されているのは、キオクシアの顧客である中国の大手携帯電話メーカー華為技術(Huawei Technologies Co. Ltd.)に対する米国商務省の輸出規制が9月15日に発効したこと。キオクシアはNANDフラッシュメモリを華為技術に供給できなくなった。とはいうものの、この輸出規制は上場予定を発表した8月27日の時点で予測されていた。また華為技術と携帯電話端末市場で競合するAppleや小米科技(Xiaomi)、OPPOモバイルなどはスマートフォンの増産を決めており、華為技術を顧客として失うことの影響はあまり大きくないとみられる。

 別の理由として取り沙汰されているのは、当初(8月27日の上場予定発表時点)の想定発行価格3,960円では割高感がきわめて強く、大株主であるBCPE(Bain Capital Private Equity) Pangea Caymanグループ(実際には投資ファンドのベインキャピタルが主導するコンソーシアム)にとって利益の出る水準での株式売却が難しくなったこと。2020年9月17日に発表されたブックビルディング(需要申告)の仮条件ではすでに、価格が2,800円~3,500円と想定発行価格から下がっていた。この条件でもまだ割高感があり、9月18日~25日の申告期間における投資家の需要申告が芳しくなかったことが考えられる。

キオクシアホールディングスの株主構成。2020年8月27日現在の議決権ベースによる比率。同社の公表資料から作成

資金調達よりも株主利益を優先した上場の枠組み

 8月27日に発表された株式上場の枠組みは、キオクシアの資金調達という性格よりも、大株主の売却益確保という性格が強い。株式の新規発行によってキオクシアホールディングスは835億円を調達するのに対し、大株主であるBCPE Pangea Cayman L. P.は1,323億円、東芝は1,192億円、HOYAは100億円を保有株式の一部売却によって手にする(売却価格が3,960円の場合)。大株主が取得する現金は合計すると約2,615億円で、キオクシアホールディングスが取得する現金の3倍強に達する。

 なお東芝は2020年6月22日に、キオクシアホールディングスの株式を売却した場合に得る手取り金額の半分以上を東芝の株主に還元すると公式に発表している。

キオクシアホールディングスの株式上場の枠組み。同社が2020年8月27日に公表したリリースをまとめたもの

 キオクシアホールディングスが手にする835億円という金額は、NANDフラッシュメモリ事業に対する投資を充当するには、少なすぎる。本来の目的に沿う株式公開であれば、新規の株式発行数はもっと多くても良いはずだ。少なくとも1,000億円を超える資金を株式市場からは調達して欲しい。それができないところに、大株主(とくにBCPE Pangea Caymanグループ)に対するキオクシアの弱さを感じる。

 一方、キオクシアを買収したコンソーシアム「Pangea」を主導したベインキャピタルには、買収のために投じた資金(投資)を、株式の売却によって利益を付けて回収しなければならない、という事情がある。当然のことだが、安売りは避けたい。さらに言ってしまうと、なるべく早期に投資を回収したい。株式の上場は、持ち株の価値を最大化できる機会でもある。新規の株式発行数があまりに多いと、1株当たりの価値を減じかねない。

芳しくないキオクシアの業績

 株式を保有するメリットを単純化すると、2つにまとめられる。1つは値上がり益だ。短期保有者はこちらを狙う。もう1つは配当金である。長期保有者はこちらを考える。原則論だが、どちらも好業績がベースとなる。

 キオクシアの業績は、あまり芳しくない。会計年度(4月~3月期)ベースでみると、売上高では2019年3月期(2018会計年度)が最高額、営業利益では2018年3月期(2017会計年度)が最高額だった。直近の2020年3月期(2019会計年度)は売上高が前年度比で22%減少し、営業損益は赤字に転落した。営業赤字は1,731億円とかなり大きい。

東芝のフラッシュメモリ事業(SSD事業を含む)およびキオクシアの会計年度別業績推移。2012会計年度~2017会計年度までは東芝のフラッシュメモリ事業および旧東芝メモリ(東芝の完全子会社)の業績(2014年度までは営業利益が公表されていない)。2018会計年度は旧東芝メモリ(東芝の完全子会社)および新東芝メモリ(Pangeaの子会社およびPangeaとの合併会社)の業績(注:厳密には2017年度との連続性がない)。各社の公表資料を筆者がまとめたもの

 四半期ベースの損益では、2017会計年度第4四半期(2018年1月~3月期)に過去最高の営業利益を記録した。その後に営業利益は下がり続け、1年後の2018会計年度第4四半期(2019年1月~3月期)には営業損益が赤字に転落する。そこから4四半期連続で営業赤字を計上してしまう。営業損益が黒字に転換するのは、1年後の2019会計年度第4四半期(2020年1月~3月期)のことだ。続く2020会計年度第1四半期(2020年4月~6月期)もわずかながら、営業黒字を維持している。

東芝のフラッシュメモリ事業(SSD事業を含む)およびキオクシアの四半期業績推移。2017会計年度第4四半期(2018年1月~3月期)までは東芝メモリ事業および旧東芝メモリ(東芝の完全子会社)の業績。2018会計年度第1四半期(2018年4月~6月期)は旧東芝メモリ(東芝の完全子会社)(4月~5月)および新東芝メモリ(Pangeaの子会社およびPangeaとの合併会社)の業績(6月)を筆者が推定したもの(注)。同じく2018会計年度第2四半期(2018年7月~9月期)の売上高(新東芝メモリ)は筆者が推定したもの。そのほかは各社の公表資料を筆者がまとめたもの

 まとめると、大赤字を記録した2019年(昨年)から、弱いながらも回復しつつあるのが2020年の前半という状況だ。しかも2020年後半にはNANDフラッシュメモリの需給が緩むと業界では予測されている。株式上場のタイミングとしては、あまり良好とは言いづらい。

中長期の事業目標で株式上場を支援

 キオクシアホールディングスは2020年8月27日に新規上場の概要と予定を発表した。同じ2020年8月27日に同社は、「中長期の事業目標」を公表した。この目標からは直近の業績は芳しくないものの、「中長期では好業績を期待してよい」との主張がうかがえる。すなわち営業利益率(Non-GAAPベース)で25%~30%を中長期の事業目標とした。2018年3月期~2020年3月期までの3年間の平均では、営業利益率は22%だった。過去の実績を超える、高い営業利益率を目指す。

 もっとも、NANDフラッシュメモリの市況は変動がかなり激しいので、営業利益率は30%を超えることもあれば、赤字(マイナス)になることもある。3年~5年の平均で25%~30%ということだ。それでも、相当に積極的な目標値であるように見える。

キオクシアの中長期事業目標。2020年8月27日にキオクシアホールディングスが発表したリリースから

 しかし積極的な中長期事業目標も空しく、上場は延期となった。キオクシアホールディングスは2020年の年末、あるいは2021年の前半へと、上場のタイミングを探ることになる。

「キオクシア」ブランドのフラッシュ応用事業を強化

 キオクシアホールディングスとキオクシアが社名変更によって誕生したのは2019年10月1日のことだ。前身である東芝メモリ(Pangeaが買収後の東芝メモリ(新東芝メモリ))が発足したのは2018年6月1日だから、2年半近くが経過したことになる。現在のキオクシアホールディングスとキオクシアの状況を概観しておこう。

 はじめは、キオクシアグループが2019年10月1日に誕生してから現在までのおもな出来事を拾った。北上工場(NANDフラッシュメモリの新製造棟)の竣工、代表取締役社長の交代、「キオクシア」ブランドのフラッシュ応用製品の販売、台湾のSSD事業会社の買収、などがあった。とくに目立つのは、「キオクシア」ブランドのUSBメモリやSDカード、SSDなどのフラッシュメモリ応用製品を消費者向けに相次いで発売したことだ。

キオクシアの発足から現在まで(略史その1)。キオクシアグループの公表資料からまとめた
キオクシアの発足から現在まで(略史その2)。キオクシアグループの公表資料からまとめた

 そして現在のキオクシアホールディングスとキオクシアの会社概要、取締役一覧、執行役員一覧を以下にまとめた。

キオクシアホールディングス株式会社の概要。同社の公表資料から
キオクシア株式会社の概要。同社の公表資料から
キオクシアとキオクシアホールディングスの取締役一覧(敬称略)。両社の公表資料から
キオクシアホールディングスの執行役員一覧(敬称略)。同社の公表資料から
キオクシアの執行役員一覧(敬称略)。同社の公表資料から

 株式上場の延期という判断により、キオクシアホールディングスの株式公開は非常に難しい段階に入った。上場のタイミングを測る重要な指標の1つは、2020年第2四半期(4月~6月期)以降の四半期業績だろう。業績次第で、タイミングは大きく変化しかねない。行方を注意深く見守って行きたい。