福田昭のセミコン業界最前線
「オールジャパン」で実用化を急ぐ「酸化ガリウム」の研究開発
2019年11月29日 11:00
次世代の半導体「酸化ガリウム(Ga2O3)」のパワーデバイス開発に携わる機関が、日本で急速に増えつつある。大学と企業、公的研究機関が、続々と酸化ガリウム(Ga2O3)の研究に参加しているのだ。さらには開発ベンチャーに対する出資が相次いでいる。研究開発態勢はさながら、産官学による「オールジャパン」の様相を呈しつつある。
本コラムの前々回(パワーデバイスで健闘する日本の半導体企業)で述べたように、パワーデバイスでは、日本企業が世界市場で健闘している。パワーデバイスの研究開発の主役はシリコン(Si)から、「ワイドギャップ半導体(エネルギーバンドギャップがシリコンよりも広い半導体)」に移行しつつある。ワイドギャップ半導体の代表は、炭化ケイ素(シリコンカーバイド:SiC)と窒化ガリウム(GaN)であり、前者は高耐圧領域、後者は高周波領域で製品化され、シリコンを超える性能を発揮している。
そして炭化ケイ素と窒化ガリウムに続く第3のワイドギャップ半導体として最近になって急激に注目を集めているのが、酸化ガリウムである。本コラムの前回(「酸化ガリウム」からはじまる日本の半導体産業“大復活”)でご説明したように、酸化ガリウムの理論的な性能はシリコンはもちろんのこと、炭化ケイ素と窒化ガリウムも超える。理論的な性能を定量的に評価する指数(バリガの性能指数)を比較すると、酸化ガリウムはシリコンの3,000倍、炭化ケイ素の6倍、窒化ガリウムの3倍と高い。「究極のパワーデバイス」になる可能性がある。
酸化ガリウムが注目を集めている点はほかにもある。デバイスや基板などの研究開発で日本が圧倒的に先行していること。また、製造コストをシリコンのパワーデバイスに近い水準まで、下げられる可能性があることだ。
東の「ノベルクリスタル」、西の「フロスフィア」
パワーデバイスを想定した酸化ガリウムの研究開発の歴史は、それほど長くない。元々は国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT:National Institute of Information and Communications Technology)とタムラ製作所、京都大学の3者で2010年~2011年に研究がはじまった。その後、NICTとタムラ製作所からはベンチャー企業「株式会社ノベルクリスタルテクノロジー」が、京都大学からはベンチャー企業「株式会社FLOSFIA(フロスフィア)」が誕生し、現在では両社が日本における酸化ガリウムパワーデバイス開発の中核企業となっている。
ノベルクリスタルテクノロジーの設立は2015年6月30日である。所在地は埼玉県狭山市広瀬台で、タムラ製作所の狭山事業所に隣接する。代表取締役社長の倉又朗人氏は、かつてタムラ製作所で酸化ガリウムバルク単結晶の開発リーダーをつとめていた(現在もタムラ製作所社員を兼務)。
FLOSFIA(フロスフィア)の設立は2011年3月30日である。所在地は京都府京都市西京区で、京都大学の桂キャンパスに位置する。当初の社名は「ROCA(ロカ)」で、ミストCVD法による濾過膜の開発ベンチャーだった。2012年に人羅俊実氏を代表取締役CEOに迎え、酸化ガリウムパワーデバイスの研究を手掛けるようになる。なお人羅氏は、2005年に紫外線センサーのベンチャー企業を立ち上げた経験を有する。2014年7月23日には、社名を現在のFLOSFIAに変更した。
FLOSFIAの陣容で注目すべきは、最高技術責任者(CTO)の四戸孝氏である。東芝で1981年~2016年(2017年?)まで一貫してパワー半導体デバイスの研究開発に携わってきた。パワーデバイス開発のベテラン研究者である。2017年7月にFLOSFIAのCTOに就任したと見られる。
バルク単結晶からのデバイス開発を目指す
ノベルクリスタルテクノロジーとFLOSFIAでは、開発している技術と開発の方向性がかなり違う。ノベルクリスタルテクノロジーは、酸化ガリウムのなかでも安定相と呼ばれるβ相で高品質なバルク単結晶ウェハを実現することに重点を置く。すでに長方形のエピタキシャル基板や直径2インチ(50mm)のエピタキシャルウェハなどを研究開発用に販売中である。世界中で酸化ガリウムの研究がブームとなりつつある現在、単結晶基板の需要は急激に増大していると見られる。
パワーデバイスの開発は、2015年にノベルクリスタルテクノロジーが設立されるまではNICTやタムラ製作所などが担っていた。2015年以降は、ノベルクリスタルテクノロジーもタムラ製作所などと共同でデバイス開発をてがけるようになる。製品の発表はまだないようだ。
独自技術で代替基板による薄膜デバイスを製造
ノベルクリスタルテクノロジーがデバイス開発では「単結晶からのデバイス開発」という伝統的な技術を採用しているのに対し、FLOSFIAは独自開発の成膜技術で基板レスのパワーデバイスを実現する。
材料も厳密には両者で異なる。ノベルクリスタルテクノロジー陣営はオーソドックスなβ-Ga2O3結晶であるのに対し、FLOSFIAはα-Ga2O3結晶を採用する。
ここで少し、酸化ガリウムの結晶相について簡単に触れておく。酸化ガリウムの結晶には構造の違いによって、α(アルファ)からε(イプシロン)までの5つの結晶相が存在する。β(ベータ)相はもっとも安定な相(安定相)、ほかの4つは準安定相である。
通常は、酸化ガリウムの薄膜を作ろうとすると、安定相であるβ-Ga2O3薄膜ができる。ところが、京都大学の藤田静雄教授らはサファイア基板でミストCVD法(原料溶液を霧状にして基板に輸送し、化学反応によって基板表面に結晶を成長させる手法)によって酸化ガリウム薄膜を作製したところ、比較的高い品質のアルファ相酸化ガリウム(α-Ga2O3)薄膜が成長することを2008年に発見した。なお、ミストCVD法は京都大学の藤田教授らが開発した独自の低温CVD法である。
サファイア基板はアルミナの単結晶(α-Al2O3)であり、結晶の格子定数はアルファ相酸化ガリウムと4.5%も違う(a軸方向)。普通ではサファイア基板にアルファ相酸化ガリウムが成長するとは想像しないし、成長したとしても欠陥だらけになるはずだ。ところが、2つの偶然がサファイア基板への高品質アルファ相酸化ガリウム薄膜の成長を可能にした。
1つは、サファイア基板と酸化ガリウムの界面で、格子定数の不整合を緩和する仕組みがあったことである。サファイア基板の格子定数はアルファ相酸化ガリウムの格子定数よりも短い。ここで偶然にも、特定方向の結晶格子数で21個分のサファイアの長さと、20個分の酸化ガリウムの長さが一致していた。このことが、格子定数のずれを緩和していると見られる。またサファイヤ(α-Al2O3)の結晶構造は「コランダム構造」と呼ばれる、アルファ相酸化ガリウムと類似の構想であり、このことがβ相ではなく、α相の成長に結びついているらしい。
こういった特徴を活かし、FLOSFIAではサファイア基板を代替基板としてアルファ相酸化ガリウムの結晶をエピタキシャル成長させ、サファイア基板を外して電極を形成することでパワーデバイスを作製する。サファイア基板は再利用できるので、デバイスの製造コストは原理的には非常に低くなる。なお使用しているサファイア基板(ウェハ)の寸法は直径4インチ(100mm)である。
FLOSFIAはこのように、独自技術によるデバイス開発に注力している。2019年には、最初の製品であるショットキーバリアダイオード(SBD)のサンプル出荷を開始した。2019年10月15日には、電子デバイス商社の伯東および協栄産業と酸化ガリウムパワーデバイスの国内販売に関する代理店契約を結んだと発表した。
パワーデバイス向け酸化ガリウム研究の歩み
ここからは、日本における酸化ガリウムパワーデバイスの研究開発が、どのように進んでいったかを簡単に振り返ろう。本コラムの前回で述べたように、パワーデバイス向け酸化ガリウムの研究開発は、2010年~2011年にはじまった。
2012年1月には、NICTとタムラ製作所などが、はじめてのトランジスタ動作を確認する。翌2013年の6月には、同じくNICTとタムラ製作所などがはじめてのMOS FETを試作する。これらはいずれも、半絶縁性のβ-Ga2O3基板を使った横型のトランジスタである。ただしn型層は存在するが、p型層が作れていない。p型層が作製困難なのは酸化ガリウムの弱点であり、厳密な意味ではシリコンのトランジスタとは違う。
2015年になると、研究開発は新しい段階に入る。同年10月26日に、FLOSFIAがオン抵抗が炭化ケイ素よりも低いショットキーバリアダイオード(SBD)を試作したと発表する。そして同年11月には、酸化ガリウムを専門とする国際学会(IWGO)がはじめて開催される。しかも記念すべき第1回の開催地は、酸化ガリウム研究の重要拠点である京都大学だった。酸化ガリウムの研究開発コミュニティにおける日本の地位の高さがうかがえる。
2016年9月28日には、p型層の研究成果が出てきた。FLOSFIAと京都大学が、酸化ガリウムと格子定数の近い酸化イリジウム(α-Ir2O3)のp型層をサファイア基板にミストCVD法で作製した。
続く同年10月4日にはFLOSFIAが前年に開発したα-Ga2O3 SBDダイをTO-220パッケージに封止し、高速のスイッチング特性を確認した。具体的には逆回復時間が市販の炭化ケイ素 SBDよりも短いこと、熱抵抗が市販の炭化ケイ素 SBDに近いことを確かめた。
2017年9月12日には、ノベルクリスタルテクノロジーが直径2インチ(50mm)のβ-Ga2O3エピタキシャルウェハの量産をはじめたと発表した。エピタキシャルウェハが供給されたことで日本はもちろんのこと、世界中で酸化ガリウムのデバイス開発が加速された。
同じ9月12日には、イタリアのパルマ大学で第2回の酸化ガリウム専門国際会議「IWGO 2017」がはじまった。2015年の第1回に続き、隔年で世界中の酸化ガリウム研究者が一堂に会した。公式と非公式の両方で研究者同士の情報交換が進んだ。
2017年11月にはノベルクリスタルテクノロジーとタムラ製作所が共同で縦型MOS FETを試作、2018年7月にはFLOSIAと京都大学が共同でノーマリオフ横型MOS FETを試作したと発表した。さらに2018年11月には、米コーネル大学とノベルクリスタルテクノロジーが共同で、ノーマリオフ縦型MIS FETで耐圧1kVを達成した。トランジスタの研究は、パワーエレクトロニクスに必須である、ノーマリオフの縦型トランジスタが試作される段階へと進んだ。
2018年5月にはNEDOの研究委託事業「平成30年度戦略的省エネルギー技術革新プログラム/アンペア級酸化ガリウムパワーデバイスの開発」をノベルクリスタルテクノロジーと不二越機械工業が受託した。共同研究機関には佐賀大学とTDK、AGC(旭硝子)、信州大学が参画した。
2018年11月には、内閣府の研究委託事業「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)/脱炭素社会実現のためのエネルギーシステム(後に「IoE(Internet of Energy)社会のエネルギーシステム」に改称)/コランダム構造酸化ガリウムを用いたパワーMOSFETの開発」をFLOSFIAと京都大学、熊本大学、デンソーが受託した。耐圧が600V/1,200V、電流容量が10Aの縦型パワーMOS FETを5年間で開発する。
世界中で酸化ガリウムの研究事例が増加中
2019年8月には、第3回の酸化ガリウム専門国際会議「IWGO 2019」が米国のオハイオ州立大学で開催された。第1回~第3回のプログラムから発表件数(口頭講演とポスター発表の合計)を調べると第1回(2015年、京都大学)が99件(講演37件、ポスター54件)、第2回(2017年、イタリアのパルマ大学)が144件(講演43件、ポスター101件)、第3回が123件(講演51件、ポスター72件)となっている。
IWGOは口頭講演セッションを1つに制限しているので、3日間開催だと講演による発表数は50件前後が限界になる。それでも第1回に比べると、全体の発表件数は増加傾向にある。またパワーデバイスに関連する口頭講演にしぼると、第1回が5件、第2回が6件、第3回が8件となり、じょじょに増加していることがわかる。
上記のスライドにまとめた第1回から第3回までのパワーデバイス関連の発表を地域別に見ていくと、米国が12.5件、日本が11.5件、欧州が3件、日本を除くアジア地域が2件となっている。発表件数では米国がトップ、わずかな差で日本が続く。米国では窒化ガリウム(窒化ガリウム)のデバイスを研究していた機関が、相次いで研究テーマを酸化ガリウムのデバイスに変更しているという風聞がある。この風聞を裏付けるようなデータだ。
世界的に見ても、酸化ガリウムに関する研究論文の数は指数関数的に増加してきた。とくに2010年代後半は、過去のトレンドを上回る勢いで研究論文が急増しつつある。
酸化ガリウムのパワーデバイス開発で米国は強力な競争相手となりつつある。米国に対して優位に立つためにも、「オールジャパン」態勢は必須に見える。新材料によるデバイスの開発は、原料や基板、成膜、加工、モデリング、シミュレーション、パッケージングなどの基盤となる要素技術を構築しながら、技術の精度を向上していかなければならない。15年~20年といった長期戦を覚悟で、研究開発を支援していくことが必要だろう。