福田昭のセミコン業界最前線
「Zen 2」や「Exynos 9825」、「IBM z15」などの回路技術を「ISSCC 2020」で発表へ
2019年12月9日 06:00
半導体集積回路の研究開発に関する世界最大の国際学会「ISSCC(International Solid-State Circuits Conference)」が、来年(2020年)の2月16日~20日に米国カリフォルニア州サンフランシスコで開催される。その開催概要が、このほど報道機関向けに発表された。また公式Webサイトでは、開催プログラムがPDF形式で公開された。
ISSCCは半導体回路技術の国際学会としてはもっとも格式が高い学会として知られている。半導体回路技術の研究者にとって、ISSCCで研究成果を発表することは、研究成果が一定水準以上の高い評価を得たことを意味する。毎年、ISSCCでの発表を目指した600件前後の研究論文が投稿される。そのなかで実際に口頭発表の機会を得るのは、3分の1、すなわち200件前後である。来年(2020年)2月のISSCC(「ISSCC 2020」)に向けては629件の研究論文が投稿され、202件の研究論文が発表の機会を得た。採択率は32.1%である。
「ISSCC 2020」は、以下のようなスケジュールで開催される。2月16日(日曜日)はプレイベント(セミナーなど)、2月17日(月曜日)~19日(水曜日)がメインイベント(採択論文の講演発表など)、2月20日(木曜日)がポストイベント(セミナーなど)である。
技術講演会初日の基調講演では機械学習や量子コンピューティングなどを展望
メインイベントである技術講演会(研究成果を発表する講演会)は、2月17日(月曜日)の朝からはじまる。と言っても同日の午前はオープニングセレモニー(開会式)と基調講演となっている。基調講演(プレナリー講演)は4件で、いずれも各分野を代表する研究者による招待講演である。基調講演のテーマは順番に、「深層学習(ディープラーニング)」(Google)、「IoTとAIの融合」(MediaTek)、「半導体スケーリングの未来」(imec)、「将来のコンピューティング(ビットとニューロと量子)」(IBM)を予定する。
2日と半日で33本と数多くの講演セッションを実施
2月17日の午後からは、複数の講演セッションに分かれてテーマ別に研究成果が発表される。この形式の技術講演会が、2月19日(水曜日)の午後まで続く。
2月17日の午後は、セッション2~セッション6の5本のセッションが同時に進む。セッションのテーマはプロセッサ(セッション2)やイメージセンサー(セッション5)、ミリ波無線(セッション4)などである。
翌日の2月18日(火曜日)午前も、5本のセッションが同時に進む。そのなかで2本は前半と後半で同じ会場を共有するハーフセッションなので、合計では7本の講演セッション(セッション7~セッション13)が実施される。セッションのテーマは、機械学習(セッション7)、注目の製品チップ(セッション8)、高性能トランシーバ(セッション10)、不揮発性メモリ(セッション13)などである。ここで興味深いのはセッション8で、ごく最近に発表された製品チップの技術内容が披露される。
同日の午後も、5本のセッションが同時に進む。そのなかで2本は前半と後半で同じ会場を共有するハーフセッションなので、合計では7本の講演セッション(セッション14~セッション20)が実施される。セッションのテーマは機械学習(セッション14)、SRAMとコンピューティングインメモリ(セッション15)、窒化ガリウム(GaN)パワーデバイス(セッション18)、量子コンピューティング(セッション19)などである。
18日(火曜日)の夜には、パネル討論会(パネルディスカッション)が開催される。ISSCC 2020では、2件のパネル討論会を用意した。1件はTVのクイズ番組のように、代表チームが質問に答えるもの。テーマは「The Smartest Designer in The Universe(宇宙でもっとも賢い設計者)」である。もう1件は「オープンソースのハードウェア」という試みの将来性を議論するもの。プログラムには明確に書かれていないが、「RISC-V」の動きを意識したと思われる。
メインイベント最終日である2月19日(水曜日)の午前も、5本のセッションが同時に進む。そのなかで1本は前半と後半で同じ会場を共有するハーフセッションなので、合計では6本の講演セッション(セッション21~セッション26)が実施される。セッションのテーマは専用プロセッサ(セッション21)、DRAM(セッション22)、デジタルの電源とクロック(セッション25)などである。
同日の午後も5本のセッションが同時に進行する。そのなかで3本は前半と後半で同じ会場を共有するハーフセッションなので、合計では8本の講演セッション(セッション27~セッション34)が実施される。セッションのテーマはIoTとセキュリティ(セッション27)、次世代のテラヘルツ技術(セッション29)、高効率の無線接続(セッション30)、電力管理(セッション32)などである。
チップレット技術でマルチ/メニーコアCPUを構成
ここからは、注目の講演を説明していこう。はじめはプロセッサ分野である。ISSCC 2020は、プロセッサ関連で興味深い講演が多い。ここではプロセッサ(CPUとGPU)の発表を10件、専用プロセッサ/アクセラレータの発表を3件、ご紹介する。はじめはCPUとGPUの発表である。
AMDは、新CPUアーキテクチャ「Zen 2」の技術内容を2件に分けて発表する。1件はCPUコアに関する講演である(講演番号2.1)。CPUコアは7nmのFinFET技術で製造する。1個のコアスライスを4億7,500万個のトランジスタで構成した。プライベート2次キャッシュの容量は0.5MB、共有3次キャッシュの容量は4MBである。
もう1件は実装技術、具体的にはシリコンダイを複数に分割してインターポーザを介して接続するチップレット技術に関する講演である(講演番号2.2)。7nm技術のダイ(チップレット)や12nm技術のダイ(チップレット)などを組み合わせてサーバー向けプロセッサ(8個のCPUチップレットで64コア)とデスクトップ向けプロセッサを実現する。
CEA-LETI-MINATECなどの共同研究グループは、チップレット技術による大規模メニーコアプロセッサを発表する(講演番号2.3)。6個のチップレットによって96個のCPUコアを内蔵した。チップレットはアクティブインターポーザ(能動素子の回路を作り込んだインターポーザ)に搭載する。アクティブインターポーザには、ピーク効率82%のDC-DCコンバータを作り込んだ。
スマートフォンとメインフレームの最新プロセッサ技術
Samsung Electronicsは、スマートフォン向けのアプリケーションプロセッサ「Exynos 9825」の技術概要を公表する(講演番号2.4)。3クラスタの8コアCPU(デュアルカスタムコアと、デュアルCortex-A75コア、クアッドCortex-A55コア)とスパース認識NPU(Neural network Processing Unit)を内蔵した。製造技術は7nmのEUVリソグラフィである。
MediaTekは、5G(サブ6GHz帯)スマートフォン向けのアプリケーションプロセッサ「Dimensity 1000」の技術概要を発表する(講演番号2.5)。デュアルクラスタの8コアCPU(クアッドCortex-A77コアとクアッドCortex-A55コア)である。電源電圧の先進ドループ制御技術と新開発のCPUクロック技術を搭載した。製造技術は7nmのFinFETである。
IBM Systems and Technologyは、新型メインフレーム「IBM z15」用マイクロプロセッサを開発した(講演番号2.7)。プロセッサチップとシステム制御チップでCPUを構成する。製造技術はいずれも14nmのSOI FinFETである。プロセッサチップは12個のCPUコアを内蔵しており、最大5.2GHzで動作する。
7nm世代の製品CPUと製品GPUの技術概要
Intelは、モバイル向け大規模プロセッサ「Lakefield」の技術概要を説明する(講演番号8.1)。10nmプロセスのコンピュートダイ(CPUコアやGPUコアなどを内蔵)と22nmFFLプロセスのベースダイ(PCIe Gen3やUSB type-C、センサーハブなどを内蔵)を積層した。パッケージの外形寸法は12mm角、厚みは1mmである。
Xilinxは、FPGAとヘテロジニアスマルチコアを搭載した大規模プロセッサ「ACAP(Adaptive Compute Acceleration Platform)」の内容を報告する(講演番号8.2)。アプリケーションCPUコア、リアルタイムCPUコア、入出力/送受信回路、DSPコア、AIエンジンなどを内蔵した。TSMCの7nmプロセスで製造する。
Armは、サーバー/インフラストラクチャ向けプロセッサファミリ「Neoverse」の第1世代品「Neoverse N1」の技術概要を発表する(講演番号8.3)。3GHzの動作周波数における演算性能を従来品に比べて60%高めた。製造技術は7nmのFinFETプロセスである。
AMDは、高性能グラフィックスプロセッサ(GPU)ファミリ「Radeon RX 5700シリーズ」の技術概要を報告する(講演番号8.4)。従来品に比べて性能が1.5倍に向上した。動作周波数は1.91GHz。製造技術は7nmのFinFETプロセスである。
データセンター向けのCNN推論アクセラレータ
続いて専用プロセッサ/アクセラレータの注目講演をご紹介しよう。Alibabaは、データセンター向けのCNN(畳み込みニューラルネットワーク)推論アクセラレータを開発した(講演番号7.2)。処理性能は825TOPS(動作周波数700MHz)と高い。画像の学習済セット「Resnet-50」を使った推論処理のスループットは7万8,563画像/秒、遅延時間は0.1秒である。既存のアクセラレータの2倍から5倍の性能を達成したとする。
Southeast Universityなどの共同研究グループは、キーワードスポッティング(音声から特定の単語を検出する処理)を150nW(電源電圧0.41V)ときわめて低い消費電力で実行するチップの開発成果を報告する(講演番号14.1)。長さ32msの音声フレームからMFCC(メル周波数ケプストラム係数)を低消費で抽出するFFT(フーリエ変換)回路やバイナリ形式のCNN回路などを搭載した。
National Taiwan Universityなどの共同研究グループは、次世代シーケンサを目指した突然変異発見用DNA解析SoC(System on a Chip)を報告する(講演番号21.1)。golden PrecisionFDAベンチマークを37分で実行したときの精度は99.6%。製造技術は28nmのCMOS、シリコンダイ面積は12平方mmである。
シリコンダイを縮小した1Tbitの3D NANDフラッシュ
次は、メモリ分野の注目講演である。不揮発性メモリ技術の講演を4件、SRAM技術の講演を1件、DRAM技術の講演を3件、それぞれご紹介する。
Samsung Electronicsは、92層の3D NAND技術(第5世代V-NAND技術)とQLC方式の多値記憶による1TbitのNANDフラッシュメモリを開発した(講演番号13.1)。入出力速度は1.2Gbit/秒と、QLC方式としてはきわめて高い。
SK hynixは、96層の3D NAND技術とQLC方式の多値記憶による1TbitのNANDフラッシュメモリを発表する(講演番号13.2)。周辺回路をメモリセルアレイの下にレイアウトしてシリコンダイ面積を削減した。書き込みのスループットは30MB/秒とQLC方式としては高い。
TSMCは、22nmのCMOSロジック互換プロセスで製造する埋め込み用32Mbit STT-MRAMマクロを開発した(講演番号13.3)。書き換え寿命は100万回、データ保存期間は150℃で10年である。外部磁界に対する耐性を確認した。
キオクシアとWestern Digitalの共同研究チームは、96層の3D NAND技術にSLC方式を組み合わせた高速大容量フラッシュ技術「XL-FLASH」の概要を報告する(講演番号13.5)。記憶容量が128Gbit のシリコンダイを試作した。ランダム読み出しのレイテンシは4μs、書き込み時間は75μsである。
世界最小のSRAMセルを5nmのEUVとFinFETで開発
TSMCは、5nmのEUVリソグラフィ技術とFinFET技術で製造した高密度なSRAMマクロを発表する(講演番号15.1)。SRAMセルのシリコン面積は0.0214平方μmと小さい。135Mbitのマクロを試作してみせた。シリコン面積で平方mm当たりの記憶容量は30Mbitを超える。
Samsung Electronicsは、入出力のデータ転送速度が640GB/sときわめて高いHBM2E準拠のDRAMモジュールを開発した(講演番号22.1)。モジュールの記憶容量は16GB。電源電圧は1.1V。製造技術は第2世代の10nmクラスである。SK hynixもHBM2E準拠のDRAMモジュールを発表する(講演番号22.3)。入出力速度は512GB/s。モジュールの記憶容量は16GB(16GbitのDRAMシリコンダイを8枚積層)である。製造技術は1ynmプロセス。
Samsung Electronicsは、ピン当たりの入出力速度が8.5Gbit/秒ときわめて高いLPDDR5準拠の12Gbit SDRAMの技術概要を報告する(講演番号22.2)。製造技術は第2世代の10nmクラス。シリコンダイ面積は54.8平方mmとかなり小さい。
プレイベントでは「深層学習プロセッサ」などの技術講座を開催
ここからはメインイベント以外のイベント(サブイベント)、すなわちメインイベント前日(2月16日)のプレイベントと、メインイベント翌日(2月20日)のポストイベントを紹介していこう。
2月16日(日曜日)はプレイベントとして、テーマ別の技術講座(「チュートリアル」と呼ぶ)と、共通のテーマに基づく複数の招待講演で構成される1日間の講演会(「フォーラム」と呼ぶ)が予定されている。「チュートリアル」では午前に6本、午後に4本の技術講座を予定する。午前のテーマは「集積化変圧器」、「DC-DCコンバータのアナログ回路」、「装着型/埋め込み型センシング回路」、「不揮発性メモリ」、「時間インタリーブ型A-D変換器」、「デジタルフラクショナルN型PLL回路」である。午後のテーマは「デジタルLDO集積化電圧レギュレータ」、「静電容量型センサーのインターフェイス」、「無線トランシーバ」、「深層学習プロセッサの理解と評価」を予定する。
「フォーラム」は2つのテーマを用意した。1つは「Millimeter-Wave 5G: From Soup to Nuts and Bolts(ミリ波5Gの作り方)」、もう1つは「ML at the Extreme Edge: Machine Learning as the Killer IoT App(エクストリームエッジの機械学習 : IoTのキラーアプリとしての機械学習)」である。いずれも9件の講演を予定する。
ポストイベントで最先端CMOS回路設計の勘所を学ぶ
2月20日(木曜日)は1日間の技術講座(「ショートコース」と呼ぶ)と、プレイベントと同様のフォーラムが開催される。「ショートコース」のテーマは、「Circuit Design in Advanced CMOS Technologies -Considerations and Solutions(最先端CMOSの回路設計-注意点と解決策)」である。FinFETを基本素子とする回路のデバイス設計、物理設計、モデリング、RF設計、インターフェイス設計、埋め込みメモリ設計について学べる。
「フォーラム」では4つのテーマを準備した。「Machine Learning Processors: From High Performance Applications to Architectures and Benchmarking(機械学習プロセッサ:高性能応用からアーキテクチャとベンチマーキングまで)」、「Cutting Edge Advances in Electrical and Optical Transceiver Technologies(電気と光のトランシーバ技術の進化)」、「Power Management as an Enabler of Future SoC’s(将来のSoCを実現する電力管理)」、「Sensors for Health(ヘルスケア向けセンサー)」である。いずれも8件の講演を予定する。
メインイベントの技術講演会では上記のほかにも、興味深い発表が少なくない。詳しくは来年2月の現地レポートで改めてご報告したいので、ご期待されたい。