元麻布春男の週刊PCホットライン

近くて遠い光I/O「Light Peak」



●「Research@Intel Day」でLight Peakをデモ

 「Research@Intel Day」は、毎年6月に開催されるIntelのR&D関連イベント。Intelの本社があるSanta Claraからほど近い、Mountain ViewにあるComputer History Museumで開催される。現在IntelでどのようなR&Dが行なわれているのか、その概要を示すもので、午前~午後の早い時間はメディア向け、それ以降夕方までIntel関係者向けとなっている。

 Intelで研究開発の中心となるのはIntel Labsだが、米国内だけでも東海岸から西海岸まで複数の拠点に分散しており、Intelの社員だからといって、必ずしもR&D活動の全貌に精通しているわけではないのだろう。説明するのも、説明を聞くのもIntel社員という、ちょっと微笑ましそうな光景が繰り広げられるわけだ。とはいえ、昨年など「今年はポール(・オッテリーニCEO)が来る」ということで会場に緊張感があったから、そう笑ってばかりもいられないらしい。会場も展示パネルの前に説明員が立つというショウケーススタイルだが、何となく学園祭における文化部の活動発表を連想してしまう。

 毎年、会場はいくつかの展示テーマに分かれて展示スタンドが設けられるが、今年はUser Experience Zone、Cloud and Internet Zone、Transportation Zone、Platform Innovation Zone、Energy Zoneの5つに分かれて、計37のスタンドが設けられていた。取り上げられている研究テーマは、今後1~5年での実用化を目指すものが中心。もっと時間のかかりそうなものもないではないが、そちらの方が例外的な存在だ。このショウケースに並行して、いくつかのプレス向けセッションも別室で行なわれるから、すべての説明を聞くのは不可能。興味にしたがって、あるいは空いているスタンドを優先して説明を聞くことになる。

Research@Intel Day 2010におけるLight Peakスタンド。ほかのスタンドも、おおむねこのような構成で、1~2名の説明員がつく。正面のノートPCのマザーボードにLight Peakが搭載され、右側のデスクトップPCの拡張スロットにLight Peakのスイッチが搭載されているデスクトップPCに内蔵されたLight Peakスイッチ(ビデオカードの下)Light PeakからDisplayPortに変換するドングル。USBのBコネクタ(上の黒いケーブルが接続された側)はドングルへの給電に使われている

 今回の展示の中で、最も実用化が近そうな技術の1つがLight Peakだ。会場では、Light Peakを内蔵したノートPCの試作機、デスクトップPCのPCI Expressスロットにインストールされた4ポートのLight Peakスイッチ拡張カード、そしてLight PeakをDisplayPortに変換するドングルを接続してのデモが行なわれていた。ノートPCのHDビデオをドングル経由でDisplayPortに出力しつつ、同じLigth Peak接続を使ってノートPCとデスクトップPC間でファイル転送を行なうことで、Light Peakの10Gbpsという広帯域のメリットを訴えるというものである。

 ただしこのデモ、具体的な使い道、ユーセージモデルがあまりピンとこない。なぜわざわざLight Peak経由でディスプレイ出力を取り出すのか、ということを尋ねたが、HDMI等の銅線を使った技術に比べ、ケーブルが細いこと、よりケーブル長を延長できること、という答えが返ってきた。実際、30mのケーブルを使うこともできるということであったが、日本の一般的な家庭で30m先のディスプレイにPCを接続するというのはそうそう考えられるシチュエーションではない。

 この例でも分かるように、I/Oに光を使うメリットは、ケーブル長を長くできることと、広帯域を確保できることであり、一定以上の距離と帯域を両立したければ、おそらくは唯一の解であり、銅線より消費電力の点でも有利になる。が、その両方を必要とする、一般向けの用途というのが結構難しい。

 逆に、これまで光I/Oの最大のデメリットは、コストが高いことであった。なかなか一般向けの用途が見つからなかったこともあり、光I/Oは一部のエンタープライズ用途あるいはキャリア等で使われるニッチ技術であった。ケーブル、コネクタ、スイッチ、光源、デテクタ、モジュレータなど、必要な要素部品1つ1つが数千ドルすることも珍しくない、極めて高価な技術である。Light Peakは、光I/Oに必要な技術を、Silicon Photonics技術の力を用いて、一般用途にも利用可能な価格帯で実現しようというものだ。

●不透明な次世代高速I/Oの方向性

 このResearch@Intel Day 2010の前日、Intelは海外からこのイベントに参加するプレス向けにMountain Viewにほど近い同社のSanta Clara本社において、Silicon Photonics Labツアーを行なった。筆者がこのLabツアーに参加するのはこれが3回目だが、最初に参加した2008年はモジュレータの話が中心で、チャンネルあたり最大40Gbpsの素子や8チャンネルで200Gbpsの素子が紹介された。翌2009年は2008年末に発表したばかりの、アバランチェフォトデテクタを始めとするデテクタ(受光素子)の話が中心だった。通常の受光素子は、1つの光子につき1つの電子を出力するが、アバランチェフォトデテクタは、アバランチェ(雪崩)の名前の通り、雪だるま式に出力される電子が増える、つまり高い増幅効果を持つというものだ。

40Gbpsのモジュレーターを手にするMario J. Paniccia博士。今回のLabツアーでもホストを務めたSilicon PhotonicsはLight Peakのような外部I/Oに使われるだけではない。これはXeonのQPIを光に変換する基板。プロセッサの冷却ファンだけで、レーザー光源を安定動作させる点に苦労があったようだ。ほかにもメモリインターフェイスを光化し、プロセッサとメモリを離して設置可能にすることも考えられている。このようなチップ間接続はもちろん、将来的にはチップ内接続への応用も期待されている

 今回のLabツアーの特徴は、個々の要素技術に関するアップデートが中心ではなく(もちろんそれもあったが)、要素技術のインテグレーションに重点が置かれていたことだ。前回までと異なり、新しい技術により実現された数字の紹介がなかったことも、軸足が要素技術開発からインテグレーションに移ったことを示していた。上述したLight PeakをDisplayPortに変換するドングルについても、海外から訪れたプレスは、このLabツアーで1日早く動作デモを見ていたのであった。

 Labツアーのガイド役を務めたIntelフェローのMario J. Paniccia博士が今回強調したことが2つあった。

1. 2010年内にLight Peak向けコンポーネントは完成し、2011年にOEMからこれを用いた製品が発売される
2. Silicon Photonicsは、未知の技術を実用化しようというものではなく、極めて高価なためにニッチ技術に止まっている光I/Oを、シリコンに落とし込むことで誰もが利用可能なコスト構造を実現するものである

 もちろん、実用化までにはまだクリアしなければならない問題も残されている。その1つがコネクタの標準化だ。今回も含め、これまでデモで使われてきたのは、USB 2.0上位互換となるものである。USB 2.0のコネクタに光のコネクタを追加したこのコネクタの利点は、USB 2.0とLight Peakをシームレスに利用できること、光I/Oの弱点であるデバイスへの給電を、USB端子を使って行なえること、といった点にある。

 その一方で、せっかくケーブルが細く、潜在的にコネクタを小さくできるという光I/Oの利点が生かせない。USB 2.0のmini-Bコネクタ級のサイズに、この構造のまま落とし込んでいけるのか、という点も不明だ。これが実現しないと、モバイル機器への採用が難しくなってしまう。

 また、市場にはすでにUSB 3.0の関連製品が登場しており、USB 3.0との相互運用性に関する配慮がない、という欠点もある。将来的にUSBとLight Peakを統合する方向に向かうのか、USBとLight Peakを併用する方向に向かうのか、標準コネクタがどう決まるのかによって見えてくるのかもしれない。

 もう1つ不明なのは、Intel以外の会社の動向だ。今回のツアーでPaniccia博士は、Light Peakの普及をWi-Fiになぞらえた。しかし、当初から複数の会社が製品化を行なったWi-Fi製品に対し、Light PeakについてはIntelが独走しているようにも見える。実際、Light Peakに関しては、標準化を行なう業界団体等も見あたらない。

 サードパーティは、10GbpsのLight Peakではなく、その半分に過ぎない5GbpsのUSB 3.0のインプリメントを行なっているところだ。将来的にI/Oが光技術を用いたものになることにはみんなが同意するとしても、それがいつなのかということに関しては、まだコンセンサスが固まっていないように思える。IntelがUSB 3.0を内蔵したチップセットのロードマップを語ろうとしないことと合わせ、PCプラットフォームに標準搭載される将来の高速I/Oに関しては、まだ見えない部分が多く残されているのだ。