元麻布春男の週刊PCホットライン

IDFでも見えなかった光の道



●ゲルシンガーとUSB 3.0の不在
 先週Intelは当初の予定通り、IDFを開催した。直前にIDFの創始者であるパット・ゲルシンガー前副社長の辞職と、それに伴う組織変更という大きな変化があったにもかかわらず、むしろIDFは何事もなかったかのように行なわれた。

 キーノートに登壇した7人のエグゼクティブ、中でも当初予定されていたゲルシンガー前副社長の代役を務めたショーン・マローニ主席副社長のスピーチは、ゲルシンガー前副社長の担当であったデジタル・エンタープライズ事業部の範疇だけをカバーしたもので、マローニ主席副社長が今やIntel Architecture事業全体を統括することを反映してはいなかった。すべては古い枠組みのまま、行なわれたのである。

 もちろん、IDFというビッグイベントにおいて、直前の変更を直ちに反映することは難しい。しかし、直前に行なわれた大きな組織改革について、誰も何も語らないというのは、かえって奇妙だ。何か、今回のイベントだけしのげればいい、そんな雰囲気を感じてしまった。創始者が辞職したこと、米国企業では組織より人に予算と権力が与えられることを考えると、IDFはこれから変わっていくだろう。少なくとも、次回からはかなり異なった良くも悪くも新しいIntelを反映したものになるのではないかという気がしている。

 さて、今回のIDFで意外だったことの1つは、キーノートに「USB 3.0」が登場しなかったことだ(展示会場にはあった)。年内にもサードパーティ製品としてデビューする予定のUSB 3.0は、データレートを約10倍の5Gbpsに引き上げた新しい規格。現行のUSB 2.0に対して上位互換性を持つ。放っておいても、USB 2.0の後継として、広く普及しそうな規格だ。それが年内にも製品化されるというのに、誰も取り上げない。その理由は、Intelがチップセットに標準搭載するのが少し先になるからではないかと思われる。

Nehalem/Westmere世代のロードマップ。チップセットの更新はなく、USB 3.0のインプリメントをスケジュールに押し込むのは難しそうだ

 このIDFで発表されたノートPC向けのCore i7プロセッサ(Clarksfield)、その直前に発表されたデスクトップPC向けのCore i7/i5プロセッサ(Lynnfield)が利用するP55/PM55チップセット(Ibex Peak)は、当然のことながらUSB 3.0をサポートしていない。Clarksfield/Lynnfieldの次に登場するグラフィックス統合型CPUのClardkdale(デスクトップPC向け)/Arrandale(ノートPC向け)とも、チップセットはIbex Peakを流用する。つまり少なくとも来年の前半のプラットフォームに使われるチップセットに、USB 3.0の標準サポートはない。

 その次に登場する、現行Core i7-900番台(Bloomfield)の後継となるハイエンドデスクトップPC向けのGulftown(6コア/12レッドサポート)も、チップセットはX58チップセットをそのまま利用することが明らかにされている。当然、こちらもUSB 3.0をサポートしていない。Gulftownは来年の半ばから後半だろうから、この時点でもIntelのチップセットにUSB 3.0は含まれないことになる。

 常識的に考えれば、チップセットによるUSB 3.0の標準サポートは次の世代交代のタイミングだと思われるが、32nmプロセスによる2世代目のプロセッサ、Sandy Bridgeの世代までチップセットの更新は行なわれないだろう。Sandy Bridgeの登場は2011年だろうから、USB 3.0がチップセットに入るのも2011年以降ということになってしまう。

 記憶の良い人なら、USB 2.0が登場した際も、マザーボードに外付けのUSB 2.0ホストコントローラーチップが載っていったことを覚えているかもしれない。どうやらUSB 3.0でも同じパターンになりそうだ。2010年に登場するマザーボードは、チップセット内蔵ではなく、外付けチップでUSB 3.0をサポートすることになるだろう。

 この場合、デスクトップPCは若干コストが上がるだけで問題は少ないが、バッテリ駆動しなければならないノートPCでは少し辛そうだ。特に、持ち運び用のモバイルノートの場合、Sandy Bridgeの初期モデルも低電圧動作が厳しいであろうことを思うと、2012年あたりまでUSB 3.0は利用できないかもしれない。

●光インターフェイス「Light Peak」の位置づけ
 このUSB 3.0不在の問題をさらにややこしくするのが「Light Peak」と呼ばれる光インターフェイスのデモが、モバイル担当のダディ・パールムッター主席副社長のキーノートと、ジャスティン・ラトナーCTOのキーノートで披露されたことだ。Light Peakの帯域は10Gbpsとされ、USB 3.0のちょうど2倍にあたる。帯域だけを考えれば、Light PeakはUSB 4.0のプロトタイプと見ることも可能だ。少なくとも、Light Peakを担ぎ出すことで、USB 3.0をなかったことにする、というわけではないと思う。
パールムッター主席副社長のキーノートで突然披露されたLight PeakLight Peakの実験リグ
Light Peakに用いられていたコネクタ2007年秋のIDFで紹介された、光対応のUSBコネクタ。今回のLight Peakに使われていたものによく似ている

 光技術を用いるメリットは、高速性に加え、コネクタが小さいこと、消費電力が小さいこと、ケーブル長を長くとれること、ケーブルを細くできること、といったあたり。逆にデメリットは、ケーブルの加工が難しいこと、それに伴いケーブルが高価なこと、そしてデータインターフェイスで給電できないことだ。

 今、USBが広く普及している理由の1つは、1本のケーブルでデータのやりとりと電源供給の両方をこなせる点にある。光ケーブル単独では、このメリットが失われてしまうし、それをUSBとは言わないだろう。インターフェイスとしてはUSBを上回る高速性を実現していながら、eSATAがUSBほど利用されていないのは、この給電の問題からだと思われる。

 ちなみに、SATA-IOでは2008年1月に、eSATAケーブルで給電を行なうPower Over eSATA規格の策定に乗り出したことを表明したが、3.5インチHDDをサポートしようとしたことが障害になっているのか、いまだに規格が定まったという話を聞かない。

 さて、今回のIDFでは、Light Peakを用いて、数m離れたディスプレイにHD信号を伝送するデモが行なわれたが、いかにも実験室から持ち出してきたようなシステムで、すぐに実用化できるような感じではなかった。興味深いのは使っていたコネクタで、USB風の四角いコネクタの中に、光信号を2芯通せるようになっていると見える。どこかで見たことがあると思ったら、2007年秋のIDFで、突然USB 3.0が登場した時にプレゼンテーションに使われていたものに酷似している。ひょっとすると、この時に想定されていたUSB 3.0がUSB 4.0にスライドし、USB 3.0は銅線オンリーで行なくことにしたのかもしれない。いずれにせよ、これなら光の部分でデータ、銅線部分で給電というハイブリッド利用が可能だろう。

 この例に限らず、光インターフェイスが高速であることは誰もが認めながら、これが主流になることはなかなかない。最初は光が使われても、半導体技術の改善等により、銅線を用いた技術で再び置き換えられる、というのがこれまでの流れだった。エンタープライズ向けストレージに用いられるファイバ・チャネルにしても、今後も伸びるとはされているものの、それをはるかに上回るペースでiSCSIが普及すると言われている。エンタープライズの分野において、数Gbps~10Gbpsが銅線でカバーされるとしたら、クライアントPCが同様の帯域に光を用いる可能性はどれくらいあるのだろう。

エンタープライズ向けのストレージ分野(SAN)でも、より高い伸びが期待されているのは銅線を用いるiSCSIだ(出典:IDC Japan)QPIを光技術で置き換える実験に用いられているCoalbrookプラットフォーム。すでに4.8Gbpsが達成されている

 とはいえ、Intelが光技術に本気で、多大な先行投資を行なっているのは間違いのない事実だ。Nehalemマイクロアーキテクチャで採用されたQPIを光技術で置き換える実験や、CPUから離れた位置に大量のメモリを配置し、光インターフェイスで接続する実験などをすでに行なっている。光技術の応用は、できるできないではなく、いつ、どの分野から始めるか、ということにウエイトが移っているようだ。