大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
モットーは「楽しく仕事をしよう」。エプソン小川社長が語るコロナ禍での事業戦略
2020年9月9日 09:10
セイコーエプソンは、「インクジェット」、「ビジュアル」、「ウエアラブル」、「ロボティクス」という4つのイノベーションに取り組んでいる。新型コロナウイルスの感染が拡大するなかで、既存事業が影響を受ける一方、新たなチャンスが生まれ、それに向けた体制づくりにも余念がない。
エプソンのプリンタやプロジェクタ、ロボットなどの取り組みは今後どうなっていくのだろうか。2020年4月1日に社長に就任し、コロナ禍のなか、ピンチをチャンスに変える経営に挑んでいるセイコーエプソンの小川恭範社長に聞いた。
また、今回の取材では、小川社長が目指す「楽しく仕事をする」という言葉の意味や、社員に対する期待、そして小川社長ならではの経営に対する姿勢についても言及してもらった。
楽しんで仕事をする社員を増やしたい
――2020年4月1日の社長就任は、まさに、新型コロナウイルスの感染が拡大しはじめるなかでの登板となりました。難しい舵取りからスタートしましたが。
小川氏(以下、敬称略) 2020年1月31日に、社長就任の発表会見を行なって以降、社長の職務に向けた準備を進めてきたのですが、そのなかで、新型コロナウイルスの感染が拡大し、海外出張がなくなり、お客様にもしっかりとご挨拶ができないまま、4月1日を迎えたという状況でした。
ただ、見方を変えれば、さまざまなことをじっくりと考える時間が取れたと前向きに捉えることもできます。
また、環境が変化したことで、多くのことを見直すきっかけにもなりました。これまで日常的にやってきたことが、実は無駄だったというものが出てきたり、工夫をしたり、改良をしたりといったことをしなくてはならないため、それによって仕事や意識、力のレベルを引き上げることができたものもあります。
海外の生産拠点で、新製品の生産を立ち上げるときに、直接エンジニアが出向いて、最終の詰めを行なうのですが、いまの状況では直接出向くことが難しい。
そのため、オンライン会議や電話を活用して、カバーするのですが、そうなると、生産現場が自ら何とかしなくてはいけないという要素が大きくなります。その結果、私が期待しているのは、生産現場の力が上がるということです。
振り返ってみると、2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)の感染が広がったときも、それが終息した後の生産拠点は、一段レベルがあがったと感じました。新型コロナウイルスは、経営にとっては難局ですが、体質を強化するという点では、チャンスの側面もありました。
私は、社長就任以降、無駄なことを見つけて、それを改善してほしいと言おうと思っていたのですが、言わなくても、自然とそうした状況になっているのがいまの状況です。
――4月の入社式では、「守・破・離」という言葉を使っていたのが印象的でした。この言葉を使ったのはなぜでしょうか。
小川 「守・破・離」という言葉は、いまの時代だからこそ、重要であり、ぴったりとくる言葉だと言えるかもしれません。仕事というのは、まずは、基礎、基本を学び、それをしっかりと「守る」ことからはじまります。
その次のステップでは、もっと良い方法を考えトライする、すなわち基礎、基本を打ち「破る」ことに挑まなくては進歩がありません。先輩に言われたことだけをやっていては駄目です。
そして最後は、自分独自のやり方を進化、発展させ、先輩や上司から「離れる」、すなわち自立し、独立する段階です。これがまさに、人の成長、ということだと思います。
そのために、謙虚な姿勢で常に目的を意識しながら、一方で常識を疑う姿勢を忘れずにいてほしいと思います。これは、単に常識を疑うというのではなく、目的は何か、ということを常に考えて、常識を疑ってほしいという意味です。
いまは、正解がない世界に入ってきています。自分たちが考え方を変えないと、先に進めません。そんな世界で重要なのは、何のために活動をしているのか、なんのために仕事をしているのかという理由、すなわち目的です。
その目的と優先順位がはっきりしていれば、自ずと進む方向と進め方がわかってくると思います。難しい時代において、成長していくことは、楽しいことだと、私は思っているんです。
――これは、自らの経験がベースにあるのですか。
小川 若い頃に、イメージセンサーの部署で働いていました。大手電機メーカーに、イメージセンサーを供給する仕事だったのですが、これがあまりおもしろくなかった(笑)。自分で考えるネタというものもなくて、最終的に事業そのものも駄目になってしまいました。
その次に異動したのが、プロジェクタ事業でした。ここでは一転して、かなり勝手にやらせてもらいました(笑)。プロジェクタは草創期であり、技術も手探りで、正解がないわけですから、失敗しても何も言われない(笑)。
それでいて、自分たちが考えたものが業界のスタンダードになる。これまでの常識にとらわれず、正しいと思ったことをやるという経験をしたのです。言われたとおりにやるのではなく、自分が考えて、自分が成長できる。これも、イメージセンサーで仕事の基礎、基本を学び、それをベースにして、破壊し、離れて自立したかたちで、仕事ができたのです。
もともと学生時代から、常識が嫌いでした(笑)。常識を崩したい。だから、もっとも常識的な存在であるべき社長には、一番なりたくない、一番遠い存在でした(笑)。
私自身、築いてきた歴史や伝統を守りたいという気持ちはありません。どちらかというと壊したい。もちろん、すべてを壊すことは考えていませんが、そういう意識が強い。むしろ、そうした姿勢が、いまのエプソンに求められていると思っています。
「楽しく仕事をしよう」という意味とは?
――もう1つ印象的だったのが、社長就任のさいに、「楽しく仕事をしよう」と言っていたことです。これはどういう意味でしょうか。
小川 先ほどもお話したように、入社してからしばらくの間は、仕事は楽しくはありませんでした。プライベートは充実していたのですが、若い頃でしたから、仕事の本質というものを理解しておらず、仕事に楽しさを見い出すことができていなかったのだと思います。
仕事が楽しいと思ってきたのは、プロジェクタの技術者として、自由に、いろいろなことに挑戦していたときでした。また、リーダーや管理職になって、部下の人たちと仕事をするようになってくると、その人たちのモチベーションが高いかどうか、仕事を楽しくやっているかどうかで、パフォーマンスが違ってくることも実感しました。
私は、プロジェクタをやりだしてから、楽しく仕事をやりだした。これと同じことを社員にも感じてほしい。ただ、これは楽しい仕事を選んでやるということではありませんし、みんなで楽しい仕事だけをやろうということではありません。
そこにある仕事を、どうやって楽しむかという気持ちの持ちようや考え方が大切です。やらなくてはならない仕事はたくさんあります。それは、誰かがやらなくてはなりません。それをどうやれば楽しくできるのか。それを考えながら、「楽しく仕事をしよう」ということなんです。
――仕事を楽しくするためのコツはありますか。
小川 どんな仕事にも、楽しいところが絶対にあると思うことです。どんなつらい仕事であっても、どこかに楽しむ要素が必ずある。それを探さなくてはいけない。それを探すときには、いろいろなやり方があります。
たとえば、辛い仕事だけで、これが自分の成長のためになる、あるいは人の役に立つ、自分ができないと思っていたことが、普通にできるようになって成長につながる。そこに価値が見い出せると仕事が楽しくなります。
人に役立っているということや、社会に役立っているということを感じはじめると、より大きな仕事ができるようになります。そこに自分で気がついていくことが大切です。そして、努力をしないと楽しみを見つけられません。
イメージセンサーの仕事をしていたときには、正直なところ、パフォーマンスの20~30%ぐらいしか発揮していなかったかもしれません(笑)。仕事が楽しくないと、お金のために仕事をするという考え方になってしまうのです。
労働力を提供して、その対価をもらうということにしかなりません。入社したばかりのころは、仕事はそういうものだと考えていました。もちろん、社内には仕事をいきいきとやっている人たちがいて、その姿を見ていたのですが、私自身は、なかなかそれが感じられずにいましたし、自分はそれを求めていないとも感じていました。
しかし、だんだんとそうではないということが、頭で理解できるようになり、さらに、実感としてもわかるようになってきた。それがプロジェクタのときだったのです。お金はどうでもいいという感じになってくるんですよ(笑)。
「社会貢献」と聞くと、若いときには、正直、偽善的なイメージが先行して、そういうのが嫌だと思っていました。企業は、社会貢献のためではなく、お金儲けのためにやっていると考えていたからです。しかし、よくよく考えていくと、それは逆じゃないかと思うようになりました。
社会貢献をしていることが楽しいと思ったり、人の役に立っていることが楽しい。極端に言えば、社会貢献をして、それをやるために仕方なくお金をもらっているぐらいに考えていたほうが、実感として、あらゆることがうまくいく。そう思うようになったんです。
プロジェクタを使って、それによってオフィスのなかで会議がうまく進んだり、教室での授業が教育のレベルが上がれば、「このプロジェクタを作ってよかったな」と思うわけです。
プロジェクタで、資料や教材を画面に表示すると、みんなそっちを見る。顔が上がり、気分が上がる。そうした効果もある(笑)。現場を変えるという意味では社会貢献しているわけですね。
ただ、授業で利用するさいに、生徒は内容を理解しやすくなったが、考える力をつけることには役立っているのか、教育のレベルは上がっているのかという、別の疑問も生まれる。今度は、そこにチャレンジしていかなくてはならない。
このように、社会課題から考えたほうが、発想が膨らむのではないでしょうか。課題を解決したいという考えが先にあるほうが、自分たちが持っている技術を、どう活かすかという考え方になり、役立てるという方策を考えることができる。そして、モチベーションも上がる。ですから、いまは、社員に話すときも社会課題が最初だという話をしています。
また、「幸せ」という言葉にも抵抗感があったのですが、いまは本気で、「幸せのためにこの会社がある」と思っています。ですから、エプソンとして、どんな社会貢献ができるのかということも明確に打ち出してみました。
たとえば、7月には、環境面の取り組み強化のためにグリーンボンドも発行しました。これも社会貢献の1つと言っていいでしょう。
社内をみると、私が若いときとは違って、社員や企業も成熟し、社会も変わっています。かつての私のように、お金を稼ぐために働くという社員よりも、社会貢献をしたいと思っている若い社員が多いように思います。社会貢献をモチベーションにしている社員も多く見かけます。
――エプソンのなかで、楽しく仕事をしている人はどれぐらいいますか。
小川 どれぐらいでしょうね。もしかしたら、半分いるかどうかかもしれません。私は、すべての社員に仕事を楽しんでもらいたいと思っています。エプソンを「ワクワクする会社」にしたい。そのためには、働くことが楽しいと思ってくれる社員を、どれだけ増やすかが大切です。これは、社長としての重要なテーマだと思っています。
オフィスでのプレゼン利用にプロジェクタを提案
――プロジェクタをオフィスの会議に使用するという提案をしたのは、小川社長だったと聞いていますが。
小川 いやいや、それは違うんですよ。新たな用途に気がついたのは、私がプロジェクタ事業に参加する前の話で、私は、このビジネスは行けるというタイミングで、それを成長させるための仕事をしました。
エプソンでは、もともとは、ビデオプロジェクタとして、家庭向けにTVを大画面で映し出すといった提案をしていたのですが、これが売れずに、大赤字となってしまいました。その結果、100人以上の組織を一気に縮小したのです。
当時は誰の目から見ても、切り離すのが当然だと言えました。しかし、「もっと明るくし、解像度が高まれば、価値が生まれる。これはまだ可能性がある」という経営判断によって、わずか6人ですが、小さいながらも事業を継続することにしたのです。
そのときに米国に出向いた社員が、米国の企業では、OHPに液晶パネルを載せて、パソコンで作ったプレゼン資料を投影していたのを見て、これをプロジェクタで行なえば可能性はあるのではないかと考えたのがはじまりです。明るく、解像度が高く、小さく、そして、パソコンに対応できれば売れる。そう考えたのです。
そこで目標に掲げたのが、明るさ3倍、サイズ3分の1、コスト3分の1。その目標にしたがって、私はモノづくりに携わることになりました。目標値を実現するために、研究開発本部の成果も積極的に活用しました。
ただ、少し目標が高すぎて(笑)、最終的には、明るさ2倍、サイズ2分の1に落ち着いた。価格は、価値が認められて下げる必要がなく、少し高く売れましたが(笑)。
これは自社ブランドよりも、OEMでの販売が好調でした。米国人のマーケティングと、日本人の開発体制が組み合わさり、成功したものだと言えます。
とは言え、作っているときは、半信半疑なところもありました。米国ではOHPやパソコンを使ってプレゼンをするのが普通でしたが、私たち自身は、パソコンを使ったプレゼンに慣れているわけではないですから(笑)、100%自信があったわけでもなかった。
しかし、世のなかにないものが生まれようとしているという実感はありましたね。いけるという手応えを感じたタイミングは、作っているときではなく、OEM先から「市場の反応がすごい」と結果を伝えられたときでした(笑)。
――歴代社長は、プリンティング事業やウオッチ事業など、いわば、それぞれの時期の基幹事業からの出身です。ビジュアル事業出身の社長ははじめてとなりますが。
小川 プリンティング、ウオッチ事業以外のところからの就任ということで、これまでの社長とは違ったやり方をするという期待感はあるかもしれませんね。私個人としては、プロジェクタを長くやってきたことで、ビジュアル事業の現場感というのはよく理解しています。
ただ、売上高の7割を占めるプリンティング事業は現場での経験がなく、その部分の実感が持てないという点では不安がありました。社長就任前の2年間で、さまざまな事業を見ることができ、それぞれの現場で、どんな思いで仕事をしているのかということを勉強してきました。
――社内からは、どんな期待感があると感じていますか。
小川 プロジェクタ事業に携わっているときは、組織風土を重視してきました。先ほどから触れているように、現場の人たちが、どれだけモチベートされて、楽しく働くかということを重視してきました。楽しく働くと、パフォーマンスが必ず上がります。エプソン全体をそうした組織にしたいですね。
プロジェクタは、一度、事業を失敗して、そこから新たな道を見つけて伸びてきました。また、プロジェクタのコア技術は液晶技術ですが、この技術はプロジェクタ本体とは別の部門が担当しており、コア事業を自ら持たないまま成長してきた、エプソンのなかではめずらしい事業です。
外の技術を活用しながら、差別化できる製品に組み上げていくという事業であり、それをじょじょに自分たちで作る垂直統合型にしていったわけです。その点では、チームワークによって成長をしていった事業だと言えます。
ご存じのように、エプソンのプリンタは、最初から最後まで自分たちで技術を作り上げ、生産技術まで開発した。優れたヘッドの構造は理論的には理解できるが、本当にそれを作れるのかといった壁にぶつかったときに、自分たちで考えて、作りようがないものを、強引に作り上げるという力技で道を切り開いてきた(笑)。だからこそ、誰も真似ができないものが出来上がったのです。
プロジェクタは、生い立ちとして、コミュニケーションをうまくやらないとすすんでいかない事業だった。言い換えれば、コミュニケーションによっていいものができた。そして、プリンタ事業は力技で道を切り開いていった。この両方の良さを持ち合わせていることが、これからのエプソンの強みになると思っています。
責任を任されるようになると、自分一人では解決できないということが増えます。私の場合、困ったときには、先輩や同僚、部下の人たちとのコミュニケーションがきっかけになって、ヒントを掴むことが多かった。
「なるほど、そうした発想をすれば乗り切れるもしれない」という経験を何度もしました。自分のなかからは出てこないものが突破口になることがある。コミュニケーションを活かして、チームで難関を突破するという風土を浸透させたいですね。
インクジェットのポテンシャルを活かす
――セイコーエプソンは、2025年までの長期ビジョン「Epson 25」に取り組んでおり、そのなかで、「インクジェットイノベーション」、「ビジュアルイノベーション」、「ウエアラブルイノベーション」、「ロボティクスイノベーション」という4つのイノベーション領域にフォーカスしています。それぞれの取り組みについて教えて下さい。
小川 エプソンの方向感は、決まっていると言えます。そのなかで4つのイノベーションに取り組んでいるところです。
インクジェットイノベーションでは、オフィスのレーザープリンタを、インクジェットを置き換えていくことを主軸に据えます。性能面だけでなく、コスト競争力、省エネなどの環境配慮といった面でも優位性があり、置き換えられるだけのポテンシャルはあります。
ただ、現時点では、ラインナップがまだ少ない。最上位となる高速ラインインクジェット複合機は用意しましたが、もっと手軽に使いたいというニーズにも応えたい。そうしたラインナップの強化が必要です。2021年度までのEpson 25第2期中期経営計画のなかで、これを充実させていきます。
これからの時代はインクジェットであるという機運を盛り上げたいですね。たとえば、照明の分野では、環境配慮の観点から、蛍光灯からLEDにすべきだという機運が生まれましたが、こうした流れを、オフィス向けプリンタの領域でも作りたいですね。
また、大容量インクタンクプリンタは、新興国を中心に広がっており、すでにプリンタの出荷台数全体の6割を占めています。今後は、日本や北米、欧州などの先進国で、どう立ち上げていくかが課題ですが、今年(2020年)前半には、北米でのプロモーションが成功したり、オランダでは、大容量インクタンクプリンタによるサブスクリプションを2月から開始したりといったことにも取り組んでいます。
サプスクリプションモデルは、先進国に広げていく考えで、時期を見て、日本にも大容量インクタンクモデルのサブスクリプションモデルの導入することを検討したいと思っています。
大容量インクタンクプリンタは、中長期的にみれば、売上は確実に伸びると思っていますし、コンシューマ分野にも広がっていくものと予測しています。
コンシューマユーザーにも、プリンタを本体価格で選択するのではなく、生涯の印刷コストを比較して選択することが当たり前になるように、TCOを訴求する一方、熱を使わないインク吐出技術である「Heat-Free Technology」など、環境性能の訴求も強化したいですね。こうしたいくつかの観点から、大容量インクタンクプリンタのメリットを訴求したいと考えています。
――インクジェットイノベーションにおいては、プリントヘッドの外販を開始しましたね。しかも、この分野では、現在、18%のシェアを、70%にまで拡大するという、かなり意欲的な目標を掲げています。
小川 碓井(=碓井稔会長)からは、シェア100%を狙えと言われていますよ(笑)。PrecisionCoreという強い技術がありますから、これを日本だけでなく、中国、欧州にも広げ、利用分野としては、おもに、商業印刷や産業印刷分野を想定しています。
諏訪南事業所に加えて、広丘事業所にもPrecisionCoreの生産拠点を作り、多くのヘッドを生産できる体制が整いましたから、高性能の実現と、大量生産によるコスト対応力という2つの強みが発揮できます。やりようによっては、70%のシェアに到達できる。
そのための手段の1つが、大手駆動用ボードメーカーやインクメーカーとの協業です。こうした企業と協業することで、エプソンのプリントヘッドが、この分野でのデファクトスタンダードとなり、その結果、「エプソンを使ったほうが得だね」という環境ができ上がる。いい技術や製品というだけでは、単純にシェアは伸ばせませんが、こうしたパートナーとの協業で市場を創出できると考えています。
ロボティクス事業の拡大に挑む
――「ビジュアルイノベーション」や「ウエアラブルイノベーション」、「ロボティクスイノベーション」ではどんな取り組みを行ないますか。
小川 ビジュアルイノベーションは、既存市場の競争環境が厳しくなっています。また、世界各地での新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、企業の休業や学校の休校、イベントの中止などにより、市場全体が大きく落ち込んでいます。
さらに、70~80型の大型フラットディスプレイパネルのコストが下がり、プロジェクタの領域を、想定以上のスピードで侵食しはじめています。ここにおいては、直接対抗するつもりはありません。むしろ、大型フラットディプレイパネルができない領域に力を入れていきたいと思っています。
その1つが、エプソンのプロジェクタが持つ高輝度を活かせる市場です。大規模会議室での利用やサイネージとしての利用、店舗などの空間演出といった用途提案も視野に入れています。
また、中国では、小型で、手軽に設置でき、インターネットにつなげることができるプロジェクタが若い人たちに人気です。OSが入っており、そのまま家でインターネットにつなげば、プロジェクタでネット動画などを見られる商品です。
あまりTVを見ない中国の若者には、大型ディスプレイが邪魔だという声もあります。同様の傾向はグローバルに見られますから、中国以外にも展開していきたいですね。
ただ、新たな需要に応えるための商材が用意できていないという反省もあります。店舗演出の用途では、利便性を高めるためのコンテンツを用意したり、プロジェクタを設置するための体制づくりも必要です。これらを整備することで、導入や運用のハードルを下げなくてはいけません。
今後は、プロジェクタ本体だけでなく、コンテンツやサービスとどうセットにして提案するかというところに取り組んでいきます。2021年以降には、プロジェクタ市場全体がさらに縮小することを想定した上で、事業戦略の再検討を行なうと同時に、採算改善施策を強力に進めていきます。
ウエアラブルイノベーションでは、ウオッチ事業に特化しており、セイコー向けの高級モデルの生産に力を入れています。また、今年は、オリエント時計が70周年の節目であり、それに向けた手も打っています。
自社ブランドの高級ウオッチである「TRUME」は、ようやく方向感が出てきたものの、ビジネスを拡大するにはもう少し時間がかかります。認知度は着実に上がってきていますが、まだまだ努力が必要だと捉えています。
そして、ロボティクスイノベーションは、これから力を入れていく分野です。メカトロニクスはわれわれの力を活かせるところであり、中期的視点でリソースを投下していきます。
エプソンの強みはスカラロボットで、実際、小型スカラロボットの分野では、7年連続でシェア1位となっています。工場で使用されるロボットは、多関節ロボットのイメージが強いのですが、スカラで事足りるという場合も多いのです。コストが低く、導入しやすい。
さらにエプソンのスカラロボットは、スピードが速く、高精度。高速で動いて、揺れずにピタっと止まる。また、スカラは上下の動きに、もうひと軸を加えれば、多関節に近い動きができます。こうした提案もしていきたいですね。
ただ、ロボット単体の成長では限界があります。そこに、自分たちが、自前でやってきた工場や生産装置の強みを活かしたい。そして、工場に必要なセンシングの技術も活かすことができます。いわば、工場をまるごと売っていくといったビジネスに、ロボティクスイノベーションを膨らませたいですね。
ロボットを中心に工場を変え、生産を変えていくようなことをしたい。生産そのもの、工場そのものを提案できる会社になりたいと思っています。
アフターコロナ時代にエプソンが貢献できる領域は?
――新型コロナウイルスはどんな影響がありますか。
小川 世界各地での経済活動が大きく後退したことに加え、プリンタやプロジェクタ、水晶デバイスなどの工場で稼働が停止したこともあり、業績には大きな影響があります。
ただ、プリンタ事業では、在宅学習や在宅勤務時の印刷需要が拡大したことに伴い、中国や北米、欧州、日本といった先進国では、インクの売上収益が増加するなどのプラス影響が継続しています。
また、大容量インクタンクモデルも先進国では大幅に増加しました。中国や先進国などの例をみると、教育は書くということが必要であり、そのためにペーパーの需要が生まれ、印刷も増えている。
ペーパーレス化は中期的なトレンドとしては捉えていますが、急激に落ち込むことはないと見ています。そのなかで、今後のプリンティングビジネスを描いていきます。
新型コロナウイルスの影響は、下期にかけて収束に向かうと予測していますが、それは一律ではなく、回復が遅れる地域もあります。第1四半期に生産が滞ったプリンタやプロジェクタ、水晶デバイス、ウオッチなどは、移動制限の緩和に伴い生産が回復し、6月末には平常化しています。
しかし、輸送期間が必要になりますから、第2四半期以降も一部の商品では、供給不足が継続すると見ています。2020年度は、新型コロナウイルスの影響によって、売上収益では1,400億円程度のマイナス影響を受けると見込んでおり、厳しい環境を認識した上で事業運営を進めていきます。
しかし、その一方で、新型コロナウイルスの沈静化を見きわめ、一気に製品を投入できるような準備も進め、コロナ収束後に向けた準備を進めることも必要です。
――アフターコロナの時代をどう予想していますか。
小川 これからは、人が同じ場所に集まることが前提とはならなくなり、情報のやりとりにおいては、デジタル化の進展がさらに加速するでしょう。
また、新型コロナウイルスが収束した後の社会生活では、デジタル化の加速がキーワードとなり、変化が生まれると予想しています。そこにエプソンが貢献できる部分があると考えています。
増加するサテライトオフィスや在宅における印刷への対応、セキュリティ強化やサービスの提供のほか、商業/産業印刷における、分散印刷ニーズの増加に応えるソリューションなどの開発、プロジェクタを活用した遠隔授業による教育の地域格差の解消、ロボットが可能な作業領域の拡大による工場の無人化への対応、そして、在宅勤務や遠隔授業に必要な高速で、高安定なネットワークインフラの構築に貢献するデバイスの提供といったように、プリンティングソリューションズ、ビジュアルコミュニケーション、ウエアラブル・産業プロダクツという事業領域のすべてで、アフターコロナの世界における新たなビジネスチャンスが生まれると想定しています。
こうした人々の生活様式の変化や、企業活動の変化を予測し、新たな価値創出に向けた検討を進めていきたいですね。
5つめのイノベーションの柱をつくる
――2025年度を最終年度とする長期ビジョン「Epson 25」では、どんなエプソンの姿を描いていますか。
小川 基本的には、Epson 25や第2期中計など、エプソンが目指すべき方向性に変更はありませんが、新型コロナウイルスの影響を踏まえた新たな社会を見据え、戦略の再確認を進めています。
中長期の時間軸で予想していた社会の変化が、そのスピードを増し、一気に現実のものとなっています。それにあわせて、イノベーションの実現に向けては、さらなる加速が必要だと認識しています。いまは、「インクジェット」、「ビジュアル」、「ウエアラブル」、「ロボティクス」という4つのイノベーションに取り組んでいますが、4つのイベーションに加えて、プラスαのイノベーションをやりたいですね。
まだなにをやるということは言えませんが、どこかが膨らんで、それがもう1つの柱になるといったことがあるかもしれません。5つめの柱をなんとしてでも作りたいと思っています。