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エプソン、プリントヘッドの外販を拡大。プリンタだけでなくOLEDや医療向け開発も視野に

長野県塩尻市の広丘事業所内にあるPrecisionCoreプリントヘッド生産工場

 セイコーエプソンは、プリントヘッドの外販事業を本格化させる。3月31日、オンラインで会見を行ない、その内容を発表した。

 同社では、従来からの「MACH」によるプリントヘッドの外販に加えて、独自技術の「PrecisionCore」の外販を強化。プリントヘッドの外販だけで、2021年度には300億円、2025年度には900億円の事業規模を目指す。現在、プリントヘッド外販市場におけるシェアは18%だが、2025年度には70%にまで拡大する考えを示した。

 セイコーエプソンの碓井稔社長は、「エプソンは、2018年度実績で、約1,600万台のプリンタの完成品を販売しているが、そのうち、約4分の1となる約400万台がPrecisionCore。これに対して、ヘッド外販は70万台の規模である。使用するプリントチップの数では、完成品と外販では、2桁以上の規模の差があり、いわば、マス市場で極めたプリントヘッドを、外販していくことになる。

 諏訪南事業所に加えて、広丘事業所にもPrecisionCoreの生産拠点を作り、外販の準備が万端となった。いまの生産量の3倍まで拡大でき、生産キャパシティにはまったく問題がない。これにより、オフィス向け、商業/産業領域をはじめ、すべての印刷領域を、PrecisionCoreによって変えていきたい。同じ志を持った企業とともに、新たな印刷の世界、あらたなモノづくりの世界を作り上げていく」と述べた。

 一方、2020年4月1日付で、セイコーエプソンの社長に就任する取締役常務執⾏役員の⼩川恭範氏は、「プリントヘッドの外販市場全体は、現在、1,000億円弱の規模であるが、2025年度までは年平均6%で成長する。また、半分弱が中国市場向けであり、グラフィック、サイン、コーポレート市場向けでの利用が中心になっている」と市場動向を分析。

 「エプソンは、⽇本を中⼼とした限定的な企業に対して、外販ビジネスを行なってきた。これを、中国、欧⽶にも広げていく。PrecisionCoreのプリントチップの新⼯場が完成し、エプソンブランドの完成品の競争⼒が向上したことで、自社製品とカニバリゼーションすることもなく、外販ビジネスを拡大する準備できた。エプソンの利益成長に大きく貢献すると予測している」と述べた。

 具体的な市場ターゲットとして、商業印刷や産業印刷分野を挙げ、「商業・産業印刷は22兆円の市場規模があるが、そのうちデジタル化しているのは、2兆円にとどまる。デジタル化の余地は大きく、生産プロセスの革新によって、新たな成⻑機会があり、想像しなかった新たな産業が生まれる可能性がある。この分野に対して、強みを発揮できるエプソンブランドのインクジェットプリンタの投入が担保できたからこそ、プリントヘッドの外販に踏み出すことできるようになった」という。

 「とくに、捺染分野では、作業工程が煩雑であり、廃棄物が多いという課題があるが、これをインクジェットに置き換えることで、省資源で、高効率な生産プロセスを実現でき、短納期で、廃棄物削減、クリーンで安全な作業環境が実現できる」などとした。

セイコーエプソン 代表取締役社⻑の碓井稔氏
セイコーエプソン 取締役常務執⾏役員の⼩川恭範氏

 これまでは特定メーカー向けに、1インチプリントヘッドを提供していたが、商業印刷や産業印刷向けに2インチのS1600、4インチのS3200というプリントヘッドを新たにラインナップする。

 また、プリントチップの拡張性を活⽤したラインナップ拡充とともに、中国で進展している分業化にあわせて、ボードメーカーやインクメーカーとの協業を推進。さらに、中国や欧米では、技術営業スタッフを配置するなど、販売、サポート体制の強化に乗り出す考えも示した。

 「中国では、外販開始の認知活動を強化。広丘事業所の新工場のクリーンルームを公開しており、すでに見学した参加者からは、他社では防塵着を着用して見学した例はなく、品質管理体制やエプソンの技術力、生産能力に対して、高い評価を得ている。2020年度に向けて期待が持てる状況にある」(小川取締役常務執⾏役員)と述べた。

 さらに、中国市場では、エプソンのオフィス向けプリンタが分解されて、そこから取り出された1インチヘッドが⾮正規品として流通していることにも着目。エプソンからの直販体制により、ヘッドを安心て利用してもらえる環境を作るという。

 碓井社長は、「知財でプロテクトしたこと、分解されるプリンタの価格と同じ価格でヘッドを販売することで、非正規品を排除する」とした。

 加えて、さまざまなものを吐出できるPrecisionCoreの特徴を活かして、協業やオープンイノベーションを積極的に活用する考えも示した。回路印刷や3D印刷、細胞など、新規領域にも展開。2025年度には、これらの新規領域だけで、300億円の事業規模を目指す。

 すでに、OLED製造技術で東京エレクトロンと共同開発を進めたり、資本業務提携を行なっているエレファンテックとのパートナーシップなどの例があり、「再生医療の促進や、産業構造の変革にもつなげたい。PrecisionCoreによって、モノづくりの⾰新を実現することにより、社会課題を解決したい」(小川取締役常務執⾏役員)と述べた。

 碓井社長は、この日が社長としては最終日となったが、自らが、マイクロピエゾ技術を開発した経緯もあり、その技術進化などについて、約15分にわたって説明した。

 碓井社長は、「エプソンはプリンタの会社であり、このヘッドを開発するのにあたり、印刷とはなにかを徹底的に考えた。印刷とは、対象物となるメディアに対して、適切なインクを、適切な場所に定着させる技術である。シンプルなものであるが、これを実現するために複雑なプロセスを必要としてきた。プリントヘッドは、プリント技術の50%を左右する。究極の印刷技術を目指した結果、エプソンが行きついたのがピエゾ方式のインクジェットであり、その集大成として、開発したのがPrecisionCoreである」と位置づけた。

 同社では、1984年に第1世代となるプリントヘッドを開発。0.01mmのピエゾ素子を利用し、120dpiのノズル解像度を実現した。1993年に開発した第2世代プリントヘッドは、「MACH」と呼ばれ、小型化とインク吐出量の適切化を図るために、一部にMEMS技術を採用するとともに、積層ピエゾを採用。ビエゾ変位量は1.5倍に拡大し、高精細化を実現した。

 そして、第3世代となるのがPrecisionCoreであり、MEMSによる製造とともに、ピエゾ素材にも独自開発のものを採用。0.08mmのノズル密度のプリントヘッドを開発した。

 「PrecisionCoreは、インクをいかに正確に飛ばすかという高精度の追求とともに、ノズルの密度を上げ、インク室を小さくすることでコンパクトなヘッドの実現を目指してきた。幅広いインクへの対応性、耐久性もある。すべての製造にMEMSを採用したことで、インク室はシンプルで、正確である。ピエゾの位置も、薄さも正確であり、振動もインク室ごとに独立した制御を行ない、ピエゾ変位量は2.5倍に高めている。

 一般的にノズルは機械加工するが、PrecisionCoreのノズル穴はMEMS加工であり、真円にストレートなノズル形状を実現しているために、まっすぐに正確に飛ばすことができる。これはピストルよりも、ライフル銃のほうが、長く、正確に飛ばすことができるのと同じ原理である」と説明。

 さらに、PrecisionCoreには、メニスカスコントロールと呼ばれる技術を採用していることにも言及。「ピエゾに加える駆動波形を精密に制御することで、インク滴を⾃在に制御することが可能になった。一定の位置で止める制御を行なうことで、インクを安定して吐出することができ、インク粘度が低い場合や高い場合にも、精度が高い吐出が可能になる。真っ直ぐ飛ばし、一定のスピートで飛ばすことで、インクの着弾に偏りがなく、スジ、ムラが発生せず、均一な画像を、ワンパスで印刷でき、高速性も実現できる」とする。

 加えて、プリントヘッドを小型化することで、プリントチップを横方向、縦方向に柔軟に拡張でき、プリントヘッドの組み合わせによって、大型のラインヘッドを構成。さまざまな顧客ニーズに対応できるようになるという。「同一のチップの組み合わせだけで、さまざまなプリントヘッドを実現できる」と述べた。

 また、ヘッド構造を中⼼に、駆動⽅法、材料、インク、製造プロセスなど広範囲に知財を取得していることも強調した。

 碓井社長は、「同じノズルの数であれば、PrecisionCoreのほうがはるかに高い画質を実現し、半分のパス数で済み、スピードを速くできる。2倍の性能を同じ価格で販売できる。他社が安売りしてきても、しっかりと対応ができる。性能も、品質も優れ、ほかのピエゾ方式で使えるアプリケーションのすべてが使える。

 競合となるのは、国内で複写機を作っているすべてのメーカーと、ヘッドの専業メーカーである英国XAARとなるが、エプソンには、マス市場で極め、コストで極め、性能で極めて、その上で外販市場に打って出るという強い地盤がある。プリントヘッドの外販の利益率は高く、生産キャパシティにはまったく問題がない」と、外販ビジネスの拡大に自信をみせた。