大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

PCはバナナと同じ。早くもシャープとのシナジー効果を生み成長を目指すDynabook

~石田佳久会長に戦略を聞く

石田佳久会長

 2018年10月に、シャープの傘下に入り、再スタートを切った東芝クライアントソリューションによる東芝PC事業は、2019年1月から、Dynabook株式会社へと社名を変更し、いよいよ本格的に事業拡大に乗り出す。

 日本で高いブランド認知度を誇るDynabookは、コンピュータ科学者であるアラン・ケイ氏が提唱したDynabookに由来。第1号製品を発売してから、ちょうど30年目の節目を迎えている。それにあわせて、30周年記念モデルである「dynabook G」を発表。今後は、国内メーカーがリードする軽量化競争への参戦も宣言してみせる。

 シャープの副社長であり、Dynabookの会長を務める石田佳久氏に、同社のPC事業の取り組みなどについて聞いた。

――最初からへんな質問からで恐縮ですが、シャープの副社長でもある石田さんは、Dynabook株式会社においては、非常勤での会長職となっていますが、外から見ると、非常勤とは思えないほど関与している感じがします。2018年12月の事業方針説明の会見でも、1月に行なったdynabook Gの新製品発表会見でも、冒頭の挨拶にはじまり、会見後の記者の質問にも最後まで1人で答えていました。

石田(敬称略、以下同) (Dynabookの本社がある)豊洲には、週に2回しか行っていませんから、非常勤ですよ(笑)。12月の会見までの期間は、中期経営計画を策定するということもあって、かなり詰めてやっていました。そのときには、仕事のほとんどがDynabookでしたね。それでも非常勤です。

 シャープでは、欧州代表と北米代表、そして、AIoT戦略推進室長を務めており、こちらが常勤での仕事になります。ただ、正直なところ、どれが常勤で、どれが非常勤というのはあまり関係がありませんね(笑)。

――2018年10月から、シャープの傘下でスタートしたわけですが、Dynabookの社員に対しては、どんなことを伝えていますか。

石田 基本的な方針や戦略については、社長兼CEOである覚道さん(=覚道清文氏)から話をしてもらっています。私が一番懸念しているのは、Dynabookの社員が、今後の方向性について、心配したり、不安を持ったりすることなんです。それに関しては、心配することはまったくないと言っています。

 いままでは、東芝グループのなかで、PC事業に対する投資が限定され、縮小均衡型のビジネスを行なわざるを得ず、厳しい環境にあったといえます。しかし、これからはビジネス拡大をしていくことになります。リソースを集中していたBtoBに加えて、BtoCにも積極的に乗り出しますし、ノートPCだけでなく、デスクトップPCやエッジコンピュータなどもやっていきます。

 さらに、シャープのAIoTとの連携も強化したり、シャープがラインナップしているディスプレイを、Dynabookに組み合わせて提案するといったことが可能になるなど、商材をおたがいに融通した展開も可能になります。

 また、BtoBをとってみても、シャープが海外でやっている複写機などのBtoBルートを活用できますから、これまでアプローチしてこなかった領域にも踏み出すことができます。シャープのBtoBビジネスは、中堅・中小企業が多く、こうしたところにdynabookを売っていくこともできますし、シャープが内製し、社内で活用しているITソリューションを、DynabookのPCや、今後投入することになるサーバーと組み合わせて提案することも可能です。オープンソースを活用したソリューションや、リモートで仕事ができる仕組みなども提供できるようになります。

――Dynabookという「book」の名前がついた会社が、book以外の製品も扱うことになりますね(笑)。

石田 それについては、私自身、違和感はありません。Dynabookは会社名であり、ブランドであり、bookという特定の領域を指すものではありませんから。

――シャープの戴正呉会長兼社長からは、Dynabook株式会社の経営に対して、どんな要望が出ていますか。

石田 製品やビジネスについてはなにも言いません。「あなたがやってください」と言われています(笑)。ただ、戴会長兼社長は、シャープを再生させたときと同じことを、Dynabookでもやろうとしています。リストラであったり、オペレーションの整流化であったりといったことにも踏み出します。たとえば、シャープの販売会社とのオフィスの統合による効率化や、信賞必罰の仕組みを導入することになります。

――中期経営計画では、2018年度下期(2018年10月~2019年3月)からの黒字化、2019年度では通期黒字化、そして、2020年度には2018年度比で売上高2倍という意欲的な目標を掲げています。達成できるのでしょうか。

石田 私は、手が届かない目標だとは思っていません。この数字は達成できるという確信がなければ発表しませんよ。黒字化についていえば、これまでにもかなりのリストラをやってきていますから、筋肉質な体質になっていますから、むやみに数を追い求めて、大量の商品を作ったり、コンシューマ市場に無理を承知で、いきなり出ていったりといったように、危ないことをしなければ、黒字化は可能です。それでも、まだやらなくてはならないことはあります。先にふれたシャープとの拠点統合などもその1つです。

 また、クロスセルの仕組みも作りたいですね。さらに、これまではリソースがかぎられていたため踏み出せていなかったラインナップの拡大にも取り組みます。ラインナップを見ると、「この製品があったら、顧客を獲得できるのに……」といった領域もありましたから、それをきちんと計画して埋めていきたいです。こうしたことを通じて、ビジネスを拡大していきます。

 とくに、成長が期待できるのは海外ビジネスです。私から見れば、ここは、ビジネスをやっていないのと同じような状況にありますから、そこをきちんとやれば拡大ができます。

――海外ビジネス比率を、現在の22%から、2020年には42%にまで拡大する計画を打ち出していますね。

石田 海外といっても、米国、欧州、そしてアジアとそれぞれに手の打ち方は異なります。米ラスベガスで開催されたCES 2019のシャープブースでは、dynabookのコーナーを設けて、30周年記念モデルである「dynabook G」も参考展示しました。これは、米国市場におけるdynabookのブランド認知度が低いですから、まずは、このブランドを知らせたいという狙いがありましたし、シャープのAIoT戦略の一部として、dynabookが重要なポジションを担うことを伝える意図もありました。

 米国市場においては、シャープが確立しているBtoBの体制を活用した一体的運営を進めていきます。シャープが持つ大手企業の顧客をターゲットに展開していくことになります。

 一方で、欧州は、ディストリビュータを介したビジネス体制を敷いていますので、その体制を活かしながら、重点国を中心に展開していきます。また、アジアでは、シャープグループの基盤を最大限活かしたいと考えています。いまは、シンガポールの拠点を中心に、アジアに向けて製品を流通する体制を敷いていますが、今後は、シャープが持つアジア各国の販売会社にDynabookの専任部隊を置き、しっかりと取り扱っていく体制を敷きます。これらの国では、シャープのブランドが定着していますから、BtoBに加えて、BtoCにも力を注いでいきます。

グローバル展開

――ノートPCでは欧米、アジアへの再展開を見越した「プレミアム機」や「アジア攻略機」を投入することを発表しました。これはどんな製品になりますか。

石田 アジア市場では、コストパフォーマンスを追求した製品が必要だと思っています。日本で販売している製品と、同じ製品を持って行っても、そう簡単には売れません。バリュー感を持った製品を、アジア市場に投入したいと考えています。もちろん、価格だけで戦う考えはありませんが、価格という要素を重視した製品が、アジア攻略機になります。

 プレミアム機は、8Kとどう絡めるかということになります。8Kのパネルを搭載するというのは1つの手ですが、単に、13型や14型の領域に8Kを持ってきてもあまり意味がありません。狙っているのは、8K動画の編集がスムーズに行なえる製品に仕上げるということです。これはデスクトップPCの領域でもやっていけますね。まだ具体的な製品企画がはじまっていませんが、シャープの8Kエコシステムのなかに組み込んだ製品として、なるべく早いタイミングでやりたいですね。

――dynabookの商標は、欧米でもそのまま使えるのですか。

石田 米国では、すでにdynabookの商標が利用できる状況になっていますし、欧州では、いくつかの国でdynabookの商標が取れていないところがありますから、そこはこれからクリアしていきます。ただ、米国では、商品名はすぐにdynabookになるわけではありません。当面、TECRA、PORTEGE、Satelliteといったこれまで使用していたブランドを一定期間は残します。まずは、東芝ブランドが入らないTECRA、PORTEGE、Satelliteといった新製品が出てきます。BtoCであれば、dynabookのブランドを最初から使ってもいいかもしれませんが、米国市場向けにBtoCを展開するのはもう少し先になります。

――日本やアジアでは、BtoC領域での成長も重要な鍵になりますね。競争が激しいBtoC市場に再参入して、勝算はありますか。

石田 日本やアジア、そして、欧米の量販店を見ても、低価格のPCが販売され、競争が激しいのは事実です。そこに入ったとしても、売上げは増えるかもしれませんが、赤字になるだけです。

 私が考えているのは、PCであるdynabookをプラットフォームに位置づけて、これをシャープのAIoTを海外に広げるために礎にしたいということです。シャープの白物家電はAIoT対応が進んでいますが、それらは個々に対応しており、しかも、自分たちで手を打っているものになります。しかし、PCはオープンなプラットフォームであり、多くのデベロッパもいます。そうした人たちを巻き込んで、家電の広がりにもつなげていきたい。それによって、海外で遅れていたAIoT化が加速できるようになります。

 米国では、AmazonやGoogleが家庭のなかに浸透しており、シャープの音声認識は不要ではないかという言い方もありますが、私は、それならばそれで、AmazonやGoogleを利用すればいいと思っていますし、対話をする入口のところは、別になんでもかまわないと思っています。ただ、ポイントとなるのは、データをどこに持ってくるかという部分であり、シャープは、データを活用することでサービスを増やしたり、家電全体が使いやすくなるといったことを目指します。

――そのさいに、Dynabookが出すPCとはどんなかたちになりますか。

石田 それはノートPCのかたちにはとどまりません。エッジコンピュータというかたちかもしれません。サービスが動けばいいわけですから、そのかたちは問いません。タブレットは、薄く、軽く、バッテリが長持ちし、ネットワークにもつねにつながっています。これと同じような使い方ができるPCがなぜできないのか。もっと使いやすいPCが作れないのか。そうしたことにも挑戦をしていきたいですね。

――その点では、Windowsにはこだわらないと。

石田 さまざまな用途を考えると、Windowsでなくてもいい領域があると思っています。AndroidのタブレットやChromebookは、シャープも持っていませんし、これをDynabookで出していくことを検討してもいいと思っています。

――これは、BtoBでも同じですか。

石田 BtoB向けにも、さまざまな形態のコンピュータが出て行くことになるでしょう。しかし、BtoBのお客様が求めるかたちというものがありますから、奇をてらったようなデザインのものにはなりません。求められる基本は、「うす、かる、スタミナ」であり、これを追求し続けます。

――CES 2019のシャープブースでは、dynabookブランドのノートPCとともに、dynaedgeブランドのスマートグラスやエッジコンピュータも展示していました。こうした用途別のブランド展開もありますか。

石田 ビジネスとして利益が出るものであれば、そうしたブランド展開も考えられると思います。

――レッツノートやVAIOなどは、特化した領域を攻めていますが、Dynabookが目指すのは全方位展開になりますね。

石田 そういうことになります。

――先頃発表したdynabook30周年記念モデルであるdynabook Gシリーズはどんな狙いを持った製品になりますか。

石田 これは、BtoB向けのモビリティ用途に、一直線に向かった製品になります。量販店向けモデルでは、13.3型で、779gの軽さを実現しています。

dynabook G

――13.3型の領域では、富士通クライアントコンピューティングと、NECパーソナルコンピュータが、世界最軽量の座を争っていますが、Dynabookもそこに入っていくことになりますか。

石田 それはやっていきますよ。それと、デザインも見直したいと思っています。これまでデザインは、東芝本社のデザイン部門が担当していたのですが、今後のデザインはシャープで担当することになります。

――デザインはどんな風に変わりますか。

石田 これまでは、BtoBが中心できましたから、どうしてもコンサバティブなデザインが多かったといえます。ビジネスマシン的なデザインを変えたいですね。

――Dynabookの強みはなにになりますか。

石田 商品の信頼性や、BtoB向けライフサイクルマネジメントサービスが強みだと考えています。さらに、シャープとの連携による新たな製品やサービスの創出、鴻海グループのリソースを活用した効率的な製品づくりなども、これからは強みになってくるでしょう。

 鴻海グループでは、デスクトップやサーバーのラインナップも持っていますから、これも売ろうと思えばいつでも売れます。たとえば、シャープの堺のデータセンターでは、ホワイトレーベルのサーバーを導入していますが、これは鴻海グループで生産したものです。課題は、むしろ、サーバーなどの製品群を売る体制やノウハウが、残っていないということです。シャープにもそうした体制がありませんから、これをもう一度構築しなおす必要があります。

――今後のDynabookで目指すブランドイメージはどう考えていますか。

石田 BtoB向けには、さらにサービス領域を強化して、より信頼性の高い製品およびサービスを提供するブランドにしたいと考えてていますし、コンシューマユーザーからは、いつもワクワクするPCを出すメーカーであると言われたいですね。そして、かつてのDynabookがそうであったように、尖ったPCを出しているというイメージも踏襲していきたいですね。

――Dynabookは、コンピュータ科学者であリ、パソコンの父と呼ばれるアラン・ケイ氏が提唱したものですが、Dynabook株式会社が目指すのは、それを超えるものになるという表現をしていましたが。

石田 アラン・ケイ氏が提唱した時代は、ハードウェアを中心に考えていましたが、いまは、ハードウェアだけでは限界があります。これは時代とともに変わってきたものだといえます。

 ハードウェアとしての差異化も重要ですが、それにプラスアルファするところを強化したいと考えています。それを、私たちは、「Dynabook as a service」、あるいは「Dynabook as a Computing」と呼んでいます。クラウドの活用が広がるなかで、デバイスの性能を高めることはあまり重要ではなくなっています。パワフルなCPUを搭載したり、ストレージ容量が大きなPCが良いというわけではなくなってくる。そうしたことを考えると、クラウドとの親和性を高めた製品も視野に入れたいと考えています。

 すでに、シンクライアントとか、ゼロクライアントと呼ばれる製品があり、用途によっては、ネットにつながっていないとできないために敬遠される場合もあります。しかし、クラウドとつないで利用するのではあれば、i7やi9といった高性能CPUは不要ですし、ストレージ容量は最低限ですみます。ただ、メモリは多い方がいいですね。クラウド接続に最適化し、不自由を感じず、薄くて、軽いデバイスは、市場性があるのではないかと考えています。

――石田会長は、ソニー時代にVAIOを統括してきた経緯があります。この経験は、Dynabookでどう活きますか。

石田 私は、PC事業の経験があるといっても、BtoC領域の事業であり、BtoBを中心に再スタートを切るDynabookにどれだけ経験が活かせるかはわかりません。もちろん、BtoCの領域に本格的に乗り出せば、これまでの経験がいくらか活きるかもしれませんが(笑)。2018年12月に、アジアパシフィック地域において、Dynabookのキックオフ会議を行なったのですが、そのときに私が言ったのは、「PCはバナナと同じだ」ということでした。

――「バナナ」ですか?

石田 バナナは、少し置いておくだけで、すぐに茶色くなってしまう。それぐらい、すぐに鮮度が落ちてしまうモノを売っているという気持ちでないと、PCビジネスは失敗します。部品の調達の仕方や、在庫の持ち方など、そうしたPCビジネスの根幹になるところは、私自身、いろいろと経験していますから、そのノウハウは活かせると考えています。

 いま、私が考えているのは、シャープとDynabookのシナジー効果を早く出したいということ、また、オペレーション面での無駄が多いので、それを整流化していくこと、そして、商品ラインナップの見直しも行ないたいですね。

――2019年において、Dynabook株式会社がもっとも重視することはなんですか。

石田 それは、「成長」ですね。シャープの戴会長兼社長は、「借力使力(しゃくりきしりき)」という言葉をよく使っています。自分でなんでもやろうとしても限界がありますし、もし、外の力を使えるのであればそれを使った方がいいとい意味です。

 東芝時代には、中国の自社工場で生産をしてきましたが、これからは、鴻海グループであるフォックスコンが持つ製造や設計のリソースも使えるようになります。ただ、これも鴻海グループにはこだわらず、最適だと考えれば、他社のODMを使ってもいいと思っています。得意とする技術やソフトウェア、サービスなどのコアとなる部分は、自分たちで大切にしなくてはなりませんが、そうではないところは、外から持ってくるといった姿勢です。

――Dynabook株式会社は、1年後にはどんな会社になっているのでしょうか。

石田 日本はBtoBを中心にして、きちっとしたビジネスができていると思っています。いまは、そのボリュームには満足していないので、これをしっかりと伸ばしたいです。また、日本でのBtoCビジネスは、いまは利益が出ていませんが、ここでも利益を出せるようにしたいですね。それをやるためには、製品の魅力を高め、サービスによる価値を提供できなくてはなりません。外から見ても、こうした魅力や価値をきちんと見えるようにしたいですね。

 一方で、海外は縮小均衡に陥っていたものを、もう一度、成長軌道に乗せることが、最初の取り組みになります。とくに、ライフサイクルマネジメントサービスなど、国内で提供しているサービスと同じレベルのものを海外でも提供したいと考えています。1年目は、最低限でもここまではやりたいと考えています。

――PC Watchの読者に対して、ひとことお願いします。

石田 持っていることに対する喜びや誇りを刺激するような製品を投入したいですね。ぜひ、そうした製品の投入に期待していてください。