イベントレポート
二股ソケットで成長したパナソニック。生成AIに全力を挙げて次の100年に
2025年1月14日 06:34
現在の形のCESが初めて開催されたのは、1967年にニューヨークで開催されたイベントになる。その後、開催地をシカゴに移し、ラスベガスとシカゴの年2回開催になり、近年は年頭にラスベガスで行なわれる形に定着して今にいたっている。
その第1回のCESから欠かさず参加している企業がある。日本のパナソニックだ。
スティーブ青木氏のパフォーマンスから始まった開幕セレモニー
今回パナソニックが1月7日に行なった基調講演は、CESの基調講演の中でも「開幕基調講演」と呼ばれる開幕セレモニーを兼ねたもので、CTA(Consumer Technology Association)幹部も登壇して、CESの開幕を宣言する重要なイベントだ。
基調講演の前には、日系アメリカ人でDJとして世界的に有名なスティーブ青木氏によるパフォーマンスが行なわれた。同氏は、有名な和食レストランチェーンを米国で立ち上げた日系移民のロッキー青木氏(故人)の子息で、日本とゆかりが深いアメリカ人だ。
その青木氏が、日本を代表する企業であるパナソニックのために、パフォーマンスを披露するというのは、日本人としてもグッと来るかもしれない。
そのパフォーマンスが終わると、CESの主催者であるCTA 副会長 兼 CEO ゲアリー・シャピーロ氏、CTA 会長 キンゼー・ファブリツィオ氏が登壇し、本年のCESの見どころなどを説明した。
この中で、本年のCESでは量子コンピュータが見どころの1つであると説明し、「Quantum World Congress」と呼ばれる量子コンピュータの技術をテーマとしたカンファレンスを、米国の首都ワシントン(ワシントンDC)で開催する計画であることなどを明らかにした。
セレモニーの最後に、CTAのシャピーロ氏は、「今のビジネス界は変わり続けていくことを受け入れるか、それとも終わりを迎えるかの二択になっている。パナソニックは創業100年以上が経過している企業だが、終わりを迎えずに存続しているのは、変わり続けることを選択してきたからだ」とコメント。
また、「パナソニックの創業者である松下幸之助氏は創業時の精神として貧困を克服して社会を豊かにするという目標を掲げた。彼はテクノロジにより製品を売るだけでなく、よりよい社会を作り生活を豊かにするという一貫した目標を掲げており、それこそがパナソニックが持つレガシーである。今パナソニックはAIやデータを活用していく企業に変わろうとしている。そのパナニックを率いる楠見雄規氏を紹介したい」と述べ、パナソニックグループ グループCEO 楠見雄規氏を紹介した。
CTAにとってパナソニックは非常に重要に重要な参加企業だ。というのも、パナソニックは1967年に開催された最初のCESから欠かさず参加しており、現在もメイン会場であるLVCC(ラスベガスコンベンションセンター)セントラルホールに巨大なブースを構えてさまざまなソリューションを紹介している。
今年のCESでも例年通りの巨大なブースがセントラルホールに構えられており、今回発表された製品や、パナソニックの歴史などがたどれるようになっていた。
テクノロジを活用し、安心して豊かに暮らせる社会を作っていく
今回のパナソニックの基調講演はパナソニックグループ グループCEO 楠見雄規氏と、米国の俳優アンソニー・マッキー氏の2人により行なわれた。
マッキー氏は基調講演の冒頭に、パナソニック(創業当初は松下電気)の創業時のヒット商品である二股ソケットを紹介し、「パナソニックの歴史はこのシンプルな製品がヒットしたことから始まった。創業者が策定した250年計画のうち100年がすでに経過しており、今次のフェーズへと進もうとしている」と述べ、創業者松下幸之助氏のビジョンが今なお、パナソニックが進化し続けることを規定していると紹介し、今パナソニックが大きな転換点を迎えていると説明した。
パナソニックグループ グループCEO 楠見雄規氏は最近初孫が生まれたことを紹介し、「こうした未来の世代が安心して豊かに暮らせる社会を、テクノロジを活用して作っていくことがパナソニックの使命だ」と述べ、パナソニックが「Panasonic GREEN IMPACT」と呼んでいる地球環境を改善する取り組みに関して説明した。
Panasonic GREEN IMPACTというスローガンの下で、パナソニックはさまざまな地球環境改善の取り組みを行なっている。今回の基調講演では、水素型燃料電池、太陽電池、蓄電池などを高度なエネルギー管理で連携制御する「Panasonic HX」を、日本の草津や英国などで行なっている実証実験を、ドイツのミュンヘンでも行なっていくこと、米国の住宅向けの全館空調システムの「OASYS」などに関しての説明が行なわれた。
パナソニックは米国のEVメーカーなどにEV用バッテリを供給しており、まもなく新たに建設したカンザス工場で量産が開始される計画で、米国のRedwood社と電池材料のリサイクルサプライチェーンの構築を行なっていくことなどが再度表明された。
生成AIに全社的に取り組む
今回の基調講演の中で最も時間が割かれたのが、AIを活用したビジネスの変革を推進する成長戦略となる「Panasonic Go」に関する内容だ。
Panasonic Goは、同社の250年計画(創業時に松下幸之助氏が250年以上存続できる会社になるとして定めた戦略)の第5節(2032年~2056年)に向けて作られる成長戦略で、生成AIを活用したハードウェア、ソフトウェア、ソリューション事業を、2035年度までにグループの売り上げ全体の約30%にするという意欲的な戦略だ。
それだけを聞くと何のことだがよく分からないと思うが、パナソニックが目指しているところは、パナソニックの事業の3割を、生成AIを活用している製品にすると考えれば分かりやすいだろう。
現在多くの産業で、生成AIの活用が進みつつある。たとえば自動車、特に自動運転車にはLLM(大規模言語モデル)を利用したAIアシスタントが導入され、従来型のAIによる画像認識、さらにはAIを利用した自動運転などさまざまなAIの技術が導入されつつある。
そうしたことは自動車産業に限らず発生していて、アグリテックと呼ばれる農業、ビューティーテックと呼ばれる化粧品業界など、これまであまりITとは関係がなかったような産業でもITやAIが普通に使われるようになってきている。
今回パナソニックが「Panasonic Go」という一種のスローガンとともに明らかにしたのは、生成AIの自社製品への取り込みに、本気で取り組んでいく、という決意表明だろう。
パナソニックのような大企業が、そうした方針転換を組織の末端まで伝えるというのは簡単なことではない。しかし、CESという機会を捉えてこうした発表を行なうことで、組織の中にも、組織の外にも、生成AIで本気で取り組んでいく姿勢を表明したわけだ。
今回パナソニックはAIソリューションに関しては2つのサービスを紹介した。
1つは同社が買収したBlue YonderのCSO(最高戦略責任者) ウエイン・ウジー氏が説明した。Blue Yonderは、生成AIを活用して、SCM(サプライチェーンマネジメント)をより効率よくするソリューションを提供する企業で、2021年にパナソニックが買収し、パナソニックグループの事業会社であるパナソニックコネクトの傘下に加えている。
ウジー氏は「サプライチェーンは非常に複雑で、テクノロジの導入も遅く、すぐにサイロ(タコつぼ)化しやすいという宿命を抱えている。Blue Yonderは、サプライチェーンのモダン化を、AIを活用して実現していく」と説明した。
また、家庭の幸福度や健康度などを向上させるサービス「Panasonic Well」に関して、パナソニックグループ 執行役員 兼 Panasonic Well 本部長 松岡陽子氏が北米向けの新しいサービス「Umi」(ウミ)に関して説明を行なった。
Umiはいわゆる、AIエージェント機能で、LLMなどの複数のファウンデーションモデルを組み合わせて、新しいウェルネスサービスを提供する。
今回の基調講演では、松岡氏がUmiのAIエージェントと会話し、ほかの家族の予定などを参照しながら一緒に行く食事のレストランの予約をUmiが予約するといったデモを行なった。
ClaudeなどのAnthropicのファウンデーションモデル活用可能に
そうしたパナソニックの基調講演の終盤には、そうしたUmiのAIエージェントのLLMとして採用されている「Claude」の開発元であるAnthropicの共同創始者 ダニエラ・アモーデイ氏がゲストとして登壇した。
Anthropicは、ダリオ・アモデイ氏とダニエラ・アモーデイ氏という兄妹などのOpenAIの元メンバーを中心に創業されたスタートアップ企業 兼 公益法人で、OpenAIのアンチテーゼとして過度に商業主義に走らず、より信頼性の高い生成AIのファウンデーションモデルを提供することを目指している。
その代表的な製品が「Claude」で、OpenAIのGPTに対抗するLLMとして急速に注目を集めつつある存在だ。今回パナソニックはAnthropicと戦略的提携関係を結んだことを明らかにした。
アモーデイ氏は「Anthropicは誰もが安心して利用できる信頼性の高いAIの開発を目指している。それは100年の歴史を持つ企業である、パナソニックの方向性と同じだと我々は考えている。今回の提携で、パナソニックの従業員はClaudeにアクセスし、人々が安心して利用できるAIの提供が可能になる。両社の提携が始まることを我々は待ちきれない」と述べた。
ファウンデーションモデルの開発には大きなコストと膨大な時間がかかるため、そのベースとなるファウンデーションモデルを活用できることは、パナソニックのAI戦略である「Panasonic Go」の推進にとって大きな意味があると言える。
講演の最後にパナソニックグループの楠見CEOは「持続可能な社会を実現する我々のコミットメントは揺るぎがなく、今後もそうした取り組みを続けていく。また、100年前の単純なソケットから人類の幸福を推進する企業として、パナソニックは地球や社会が反映するためのソリューションを提供していきたい。ぜひ皆さまもご一緒いただきたい」と述べ、講演をまとめた。