笠原一輝のユビキタス情報局

「AIエージェント」と「エッジAI推論」がトレンドとなった2025年のCES

今年からCESのロゴが新しくなったため、例年使い回されてきたこうした看板も今年は新調されていた

 1年のデジタル業界の未来を占うイベントとしてすっかり定着したCESが、今年(2025年)も1月7日~1月10日(現地時間)に米国ネバダ州ラスベガス市にあるメイン会場のLVCC(ラスベガスコンベンションセンター)、第2会場のThe Venetian Expoなどの会場で開催された。

 詳細なレポートは、PC Watchのレポートページなどにもまとまっているため、そちらをご参照いただきたいが、本記事では、26年間(2021年のデジタルオンリー開催を含む)連続でCESに参加し続けてきた筆者が感じた、今年CESのトレンドについて紹介していきたい。

 今年は大きくいって2つのトレンドがあると感じた。1つは「AIエージェント」が大きなうねりとして一般消費者向けの市場にも押し寄せてきていることであり、もう1つはエッジAI推論に対応した各種デバイスが次の主戦場になるという実感だ。それぞれどういうことか説明していきたい。

AIエージェントに対応した新しいAIサービスが一般消費者向けサービスに実装されていく

NVIDIAのジェンスン・フアンCEO、手に持っているのはCESで発表したGeForce RTX 50シリーズ

 今回筆者はCESの基調講演のうち、3つの基調講演に参加した。それが前日基調講演になるNVIDIA CEO ジェンスン・フアン氏の基調講演、開幕日(1月7日)午前の開幕基調講演になるパナソニックグループ グループCEO 楠見雄規氏の基調講演、そして1月7日の夕方に行なわれたデルタ航空 CEO エド・バスティアン氏の基調講演だ。

 今年CESの基調講演のラインナップは実に多彩で、筆者が参加した3つのほかにも、1月7日午後にX(旧Twitter) CEOのリンダ・ヤッカリーノ氏、1月8日には自動車メーカーVolvo Groupの社長 兼 CEO マーティン・ルンドステッド氏、Accentureの会長 兼 CEO ジュリー・スイート氏などが講演を行なっている。

 半導体メーカーのNVIDIA、一般消費者やB2Bのソリューションを提供する事業会社であるパナソニックグループとデルタの基調講演を聴いて感じたことはいずれも「AIエージェント」が隠れテーマになっているなということだ。

 AIエージェントとは何かというと、簡単に言えば、LLMなどのファウンデーションモデル(基盤モデル)が複数連携し合って動作して、人間と同じ動作とまでは行かなくても、かなり人間に近い対応ができるようになるAIサービスのことだ。

ディープラーニングベースのAI(パーセクティブAI)から生成AIへ、そしてエージェンティックAI、フィジカルAIへとAIは進化していくとNVIDIAのフアン氏

 既に昨年(2024年)、多くのCSPやSaaS事業者が次世代のトレンドはAIエージェントだと強調している。今回NVIDIAのフアンCEOも、同氏の基調講演の中でマシンラーニング/ディープラーニングベースのAIの次が生成AI、そして生成AIの次がエージェンティックAI、その先にフィジカルAI(ロボットや自動運転自動車などのこと)と紹介しており、生成AIの次のトレンドとしてAIエージェントおよびエージェンティックAIがあると紹介していた。

パナソニックは基調講演で「Panasonic Go」の構想を発表し、2035年までにグループ全体の売り上げ30%を生成AI由来にすると明らかに
パナソニックのAIエージェント「Umi」

 今回パナソニックが基調講演で発表した「Umi」、そしてデルタ航空がFly Deltaアプリに追加することを決めたコンシェルジュ機能などは、両社ともそういう言い方はしていないが、AIエージェントそのものだ。

デルタの基調講演はCESの基調講演としては初めてラスベガスの新名所になっている球体劇場「Sphere」で開催された
デルタコンシェルジュ、人間と自然言語でやりとりし、渋滞状況を確認して空港までの時間をユーザーに伝えたり、空港までの交通手段を確保したりということを実現する

 非常に分かりやすいのはデルタ航空のコンシェルジュ機能だろう。CESという一般消費者向けのイベントであるため、技術的な背景は紹介されていないが、発表された機能から類推するに、人間とのやりとりはLLMが担当し、RAGの機能がベクター検索を行ない、そしてチケット発券のサービスAIなどと協調してチケットを発券する……そうしたことが複数のファウンデーションモデルにより実現されていると考えられる。

 パナソニックが発表したUmiもそうしたAIエージェントだと考えられ、やはりクラウド側で複数のファウンデーションモデルが複雑に協調しながら動いていると考えられる。

 重要なことは、そうしたAIエージェントをいち早く導入することが、事業会社にとっては競合他社との差別化が進み、競争に打ち勝つだろうと予想されることだ。思い返してほしいが、1990年代の終わりにIT/デジタルの技術が本格的に普及していったとき、それをいち早く取り込んだ企業とそうでなかった企業の差は今となっては大きい。デジタル技術を目の敵にしていた音楽レーベルやTV局が、今やAppleやGoogle(YouTube)、Amazonなどプラットフォーマーの下請けでしかないという事実を鑑みれば、答えは明らかだと筆者は思うのだがいかがだろうか……。

NVIDIAもPCにおけるエッジAI推論競争に参戦、GeForce RTXの性能はTOPSで語られる

今回のCESで発表されたGeForce RTX 50シリーズのチップ(GB202)

 もう1つ大きなトレンドして見えてきたのは、エッジAI推論(クライアントデバイス上で行なわれるAI推論処理のこと)の普及だ。たとえば前日夜の基調講演でNVIDIAのフアンCEOは、GeForce RTX 50シリーズやProject DIGITSのようなハードウエアだけでなく、AI推論をエッジデバイス上(今回は主にPC)で実行するソフトウェアソリューションに関して多くの時間を割いた。

 今回NVIDIAが発表したのは「NVIDIA NIM Microservices」(以下NIM)およびNIMを利用して推論アプリケーションを構築する「NVIDIA NIM Blueprint」(NIM Blueprint)をWindows PC向けに提供開始するということだ。

NVIDIAが発表したNIMとBlueprint

 NIMは、今のNVIDIAにとって最も売り込みたい戦略的に重要な製品だ。なぜかと言えば、既にNVIDIAはAI学習向けの半導体市場で90%以上(2023年にNVIDIAのフアンCEOが言及した数字)と言われる市場シェアをとっており、かつ同時にAI学習向けの市場全体が成長しているため毎回決算があるたびに皆が驚くような数字が明らかにされているという好循環にある。しかし、90%という数字は、これ以上市場シェアを伸ばすのが難しい数字であるのは明らかだ。

 では、NVIDIAにとって自社努力でさらに市場におけるシェアを伸ばせるAI半導体市場があるのかと言えば、ある。それが推論向けの半導体市場だ。従来、特にデータセンターにおけるAI推論に利用されている半導体は、これまで主にCPUだった。というのも、マシンラーニング/ディープラーニングベースのAIモデルは、学習にこそ多大な処理能力が必要だったが、推論はそうでもなかった。せいぜい数TOPSの性能があれば十分な例が多く、その場合はほぼCPUで処理が行なわれていた。つまり、そこに大きな成長の余地があるということだ。

 そうしたトレンドを大きく変えたのが生成AIのAIモデルの急速な普及だ。生成AIのファウンデーションモデル(LLMや画像生成など)は、学習と同じようにGPUが提供する高いAI処理性能を必要とするようになりつつあるからだ。

 そこでデータセンターの推論市場向けにNVIDIAがリリースしたのがNIMだ。NVIDIAは学習市場で、領域に特化(英語で言うとドメインスペシフィック)した開発キットを提供し、それをCUDA経由でGPUと利用してもらうことで、ユーザーの支持を得てきた(それが今のNVIDIAの強みだ)。NIMはその推論版と言える存在で、CUDAを経由してGPUで演算するAI推論アプリケーションを容易に構築できる。そしてNIM Blueprintは、NIMを利用して前出のAIエージェントなどを構築するツールになる。

NVIDIAのGeForce RTX 5090

 今回はそのWindows版を提供するとNVIDIAは発表し、従来NIMがターゲットにしていたデータセンターでのAI推論だけでなく、NVIDIAが「RTX AI PC」と呼んで訴求している「AI PC」とPC業界が呼んでいるエッジデバイス上で、AI推論を行なうAIアプリケーションやAIエージェントを開発し、実行する環境を整備したとアピールした。

NVIDIAが価格表にいれたGeForce RTX 50シリーズの性能はシェーダーの性能ではなくて、AIの性能だった……

 NVIDIAはPC上でエッジAI推論に本気で取り組んでいる何よりの証拠は、NVIDIAがGeForce RTX 50シリーズの性能を紹介するときに、シェーダーの性能には触れず、AI性能つまりはTOPSで性能を表現したことだ。つまりこれは「シェーダーの性能よりも、AI推論の性能こそ重要です」とNVIDIAは言いたいということと同義であり、NVIDIAが今そこをアピールしたいのだということの裏返しだ。

 この10年、フアンCEOがアピールしてきたことが、次の新しいトレンドになってきたことを目撃してきた筆者としては、次はエッジAI推論が大きなトレンドになる、そう確信したCESだったと言ってよい。

エッジAI推論が行なわれるAI PCでは、廉価版とビジネス向けのCopilot+ PCがトレンド

Intelの記者会見に登壇した、Microsoft Windows・デバイス担当 執行役員 パヴァン・ダブルリ氏(右)

 エッジAI推論では、AI PCへの急速なシフトも引き続き続いている。昨年MicrosoftはこのCESに合わせてCopilotキーの導入を発表した。Microsoftが本気でCopilotのPCへの実装に取り組むという決意表明として重要な発表であり、今年はほぼ全てのノートPCにCopilotキーが搭載されるようになっている。

 そして昨年の5月に発表されたCopilot+ PCに関しては、今回のCESでは大きなアップデートはなく、Microsoftが登場したのもIntelなどのシリコンパートナーの会見などぐらいだったが、Qualcommから「Snapdragon X」、AMDから「Ryzen AI 300シリーズ」の追加SKUなどが登場するなど、廉価版のSoCが登場したことで、600ドル(日本円にして約10万円)以下の製品にもCopilot+ PCが広がっていくことが明らかになった。

QualcommのSnapdragon X

 Copilot+ PCは、当初QualcommのSnapdragon X Eliteだけが選択肢で、価格帯も10万円台後半から20万円台とノートPCとしてはやや高めな価格帯にとどまっていた。今回Snapdragon Xなどが登場したことで、10万円以下などの低価格な製品にも採用されることが明らかになり、市場が広がっていく。Qualcommにとってはより低価格なPCに入れることで、採用数が増えることになり課題だった市場シェアも広がっていくことが期待できるだけに、大きな変化だと言える。

AMD Ryzen AI Maxシリーズ
IntelはPanther Lakeを公開し、搭載PCをライブデモした

 また、同時にAMDがRyzen AI Maxシリーズ、IntelはCore Ultra 200Vの一般法人向け版(vPro版)のリリースを明らかにするなど、Copilot+ PCがワークステーションやビジネスPCにも拡大するという意味では、Copilot+ PCのラインアップが大きく広がったのが今回のCESだということができるだろう。さらに、IntelはCore Ultraシリーズ2の後継となるPanther LakeのデモをCESで行なっている。

 特に今年は、10月にWindows 10のEOS(サポート終了)が予定されており、特に日本国内では今後第2四半期から第3四半期にかけてWindows 11への買い換え需要が急速に高まると予想されている。そうした中で、Copilot+ PCに対応したAI PCも価格が普及価格帯に降りてくることで買い換え対象になっていく可能性が高い。

ソニーホンダモビリティとホンダがそれぞれSDVに関して発表を行なう

ソニーホンダモビリティのアフィーラ 1

 エッジAI推論という意味では、SDV(Software Defined Vehicle)がいよいよ現実的になってきたというCESとして今年のCESは記憶される年になると思う。

 CESの開幕前日(1月6日)に行なわれたソニーの記者会見では、ソニーとホンダの合弁会社であるソニーホンダモビリティからSDVとなる「アフィーラ 1」が発表され、アフィーラ 1 オリジンが8万9,900ドルから、アフィーラ 1シグネイチャーが10万2,900ドルから販売されることが明らかにされた。米国では今年に予約が開始され、来年(2026年)の半ばに納車が開始される(日本でも2026年内に納車開始予定)。

 AFEELA 1のようなSDVの特徴は、自動車の制御系(ハンドル制御や、アクセル、ブレーキの制御など)も含めて、汎用プロセッサとソフトウェアの組み合わせで実現されていることだ。つまり、本質的にはPCやスマートフォンと構造は全く同じで、最大の違いは、自動車の基本機能(走る、曲がる、止まるなど)が追加されていることだ(だから自動車なのだが……)。

 このため、ソフトウェアのアップグレードが可能で、PCやスマートフォンのOSをアップグレードした時と同じように、バージョンがあがるたびに機能が増え、追加料金を払うとソフトウェア的なロックが外れて追加の機能が利用できるようになる。

 ソニーホンダモビリティのAFEELAでは、そうした汎用プロセッサとしてQualcommの汎用プロセッサが採用されており(ただし、現時点ではそのチップが使われているかは明らかにされておらず、Snapdragon Digital Chassisが利用されているとだけ発表されている)、AI推論の性能は800TOPSになると明らかにされている。

Snapdragon Cockpit/Ride Elite、Oryon CPUを搭載したSoCの車載向けバージョン

 そのQualcommは自社ブースで昨年10月のSnapdragon Summitで発表したOryon CPUを採用した車載向け製品「Snapdragon Cockpit/Ride Elite」のデモを行なった。昨年の時点では公開されていなかった実チップも公開され、そのサンプル基板なども公開されていた。

 ソニーと合弁でソニーホンダモビリティを運営しているホンダ本体も、1月7日にホンダが行なった記者会見で本格的SDVとなる「ホンダ ゼロシリーズ」を発表し、サルーンとSUVという2種類の車種のコンセプトモデルを展示した。

ホンダ ゼロシリーズ サルーン
ホンダ ゼロシリーズ SUV

 今回ホンダはこのゼロシリーズの将来製品向けにルネサス エレクトロニクスのR-Car X5シリーズというArmベースのSoCと、ホンダが独自開発するAIアクセラレータという組み合わせを採用し、性能は2,000TOPS(スパース性利用時)で、20TOPS/Wの電力効率(つまり2,000TOPSを実現すると消費電力が100W)を実現すると明らかにしている。そこにホンダが開発する「アシモOS」と呼ばれるOSを実装し、SDVを実現する。ゼロシリーズは2020年代の後半に試乗に登場するとホンダから明らかにされている。

 今後こうした「走るコンピュータ」が市場や社会に受け入れられていくのか、そこも大きな注目点になっていくだろう。

南館が復活し、北館と中央館の間にある新建築物の工事でメインエントランスは閉鎖に

今年はLVCC北館とLVCC中央館の間にあるメインエントランスの直上に新しい建築物が工事中で、メインエントランスは縮小されていた

 まとめに入る前に、今年のCESの展示会場のトレンドについて紹介しておきたい。会場関連で今年の最大の話題は、LVCC南館(サウスホール)が復活したことだろう。LVCC南館は、2022年にコロナ禍後に初めて対面で開催されたCESでは閉鎖され、昨年のCESまで閉鎖され使われてこなかった。

 今回のCESではその南館が復旧し、1階も2階も使われ、周辺機器やスマートフォンのケースといったベンダーが配置されていた。ただ、2階は途中までと完全復旧とまでは行かなかったようだが、南館の復旧で展示スペースがさらに広くなったことは明らかだ。

LVCC南館
LVCC南館の内部

 そしてもう1つ会場関連での大きなトピックは、北館(ノースホール)と中央館(セントラルホール)の中間にあるメインエントランスが、閉鎖されていたことだ。この北館と中央館の間には新しい建築物が作られており、その工事の関係でメインエントランスが閉鎖されていたのだ。

 本来であれば北館の前にあるタクシー乗り場、中央館の前にあるバス乗り場なども閉鎖されており、バス乗り場は南館方面に移動していた。このため、「Tech Express」という名称で呼ばれているLVCCと第2会場になる「The Venetian Expo」を結ぶシャトルバスの乗り場も移動しており、今年に初めてTech Expressに乗るときにはやや戸惑った(こういうのは慣れなので、そのうち慣れたが……)。

LVCC西館からLVCC北館、そしてLVCC中央館との間のメインエントランスまで一つの屋根でつながりつつある。モノレールの線路をくぐるように低くなっているのが特徴的
昨年までタクシープールや車道などがあったところが現在は工事中でこの様子、このため、シャトルバスの停留所は南館方面に移動していた
第2会場とのシャトルバスの乗り場も移動

 なお、そのメインエントランス上の新しい建築物だが、デザイン的に西館から北館、中央館まで同じデザインで結ぶようになっていて、デザイン的にそうした4つのホールをまるで1つのホールのように見せるデザインになっていた。それが南館まで続くようになるのかは現時点ではわからないが、完成するとLVCC全体が一つのホールのように見えるようになるのかもしれない。

会場では既に来年の出展場所を調整するCTAのブースも用意されていた、既に来年のCESの準備は今年のCES会期中から始まっている

 まとめると、今年のCESを見ていて感じたことは、とにかくITではない企業が増えたなという実感だ。たとえばここ数年存在感を増しているジョン・ディアー、クボタといったアグリテック、日本の化粧品メーカーであるコーセーなどに代表されるようなビューティーテック、そして基調講演に登場したデルタ航空のようなエアライン……など、いずれもこれまでテックとは無縁だったような企業もCESに当たり前のように参加して、AIを活用した製品を発表し、展示している。それがここ数年のCESのトレンドで、それは今年も変わっていないと感じた。

 そうした中でも今年はAIエージェントとエッジAI推論の2つが大きなトレンドになっており、今年それが多くの企業のサービスなどに実装され一般消費者にサービスとして提供される、そうしたことを強く感じられたCESだったと言えるだろう。

LVCC北館と中央館の間の通路は例年と同じCESアーチとパナソニックのロゴで構成されていた