笠原一輝のユビキタス情報局

再生由来素材のPCの動きが加速するが、日本でまだ注目度が低いのはなぜ?

DellのConcept Lunaは持続成長可能なPCのPoC。Dellによればそのマザーボードはシミュレーションを活用することで、設計、製造時のCO2排出を75%削減している。今後はそうした設計が不可避になる可能性を示唆している

 筆者の仕事は、日本やグローバルな現場を取材して回ってPC業界の今をお伝えすることだ。このため、日本だけでなく世界各国のPCメーカーの記者会見や記者説明会などに出席する機会は少なくない。そうした筆者にとって、最近PCメーカーの発表会にいくと、必ず出てくるキーワードが「サステナビリティ」(持続的成長性)や「カーボンニュートラル」(CO2の排出正味ゼロ)などの用語だ。

 PCメーカーがそうした取り組みを行なっているのは、もちろん世の中の風潮ということもあるが、PCメーカー自身が持続的に成長していく上でそうした取り組みが必要だと経営的に判断しているという側面もある。実際、多くのメーカーはそうしたサステナビリティを実現するために再生可能由来素材の採用を推進しており、特にハイエンド製品ではもはや当たり前になりつつある。

 ただ、日本の市場ではそうした動きはまだあまり注目されていない。欧米の市場では非常に注目されているそれらの動きが、日本ではそれほど注目されていないのはなぜなのだろうか?

サステナブルとカーボンニュートラルの実現がPCメーカーにとっても大きな企業目標に

ASUSのサムソン・フー共同CEOは、COMPUTEXの同社の会見でカーボンニュートラルの実現を目指した製品作りを強調した

 今や多くの企業が、企業目標の1つとして「サステナブル(持続成長可能)」な経営、そしてCO2の排出と吸収がイコールになりCO2排出が正味ゼロになる「カーボンニュートラル」の実現を掲げている。そうした、いかにして地球環境に負荷をかけることなく企業活動を行なうかが経営上の大きな焦点になっている。IT業界も例外ではなく、多くの企業が2050年でのカーボンニュートラル実現を企業目標として掲げており、既に取り組みを始めている。

Acerのジェーソン・チャンCEOはサステナブルを実現するPCシリーズ「Vero」シリーズをアピール
ASUSのCESのブースでも環境問題への取り組みをアピール

 このため、多くのPCメーカーが機会を見つけて、自社のカーボンニュートラルを実現するための取り組みをアピールすることが最近増えている。たとえば、5月末~6月上旬に台湾で行なわれたCOMPUTEX 2023では、台湾の2大PCメーカーであるASUS、そしてAcer、いずれのCEOも、自社の記者会見ないしはCOMPUTEXの基調講演において、カーボンニュートラルを実現する取り組みに関して多くの時間を割いていた。

 取り組みを行なっているのは台湾のPCメーカーだけではない。Lenovo、HP、Dellといったグローバルのトップ3メーカーも多くの取り組みを行なっている。

 その取り組みの代表例は、再生可能、ないしは再生由来の素材をPCの素材として利用することだ。再生由来の素材とは、廃棄されたPCなどから採集された素材を、再び加工可能な状態に戻し、それを利用して新しいPCの製造に利用するという形になる。

 たとえば、多くのノートPCで利用されている筐体の素材となるアルミニウムは、地球から掘り出されたボーキサイトなどの鉱石を多大な電力を利用して加工された素材となる。それを捨てるはずのノートPCからアルミニウムを取り出して再生できれば、そうした鉱石の消費を少なくできるし、アルミニウムの再生は鉱石をアルミニウムに加工する場合に比べて圧倒的に少ない電力で可能になるため、消費電力の削減という観点でも効果があるのだ。

2030年までの再生由来材料の利用率を50%に引き上げるDell

Dell Technologies Dell CSG CTO部門 シニア ディスティングイッシュト エンジニア ニック・アバティエロ氏(写真提供:Dell)

 Dellも、そうしたサステナブルなPCへの取り組みを加速している。現在Dellは2030年までに製品の再生由来材料の利用率を50%に引き上げることを目標に製品群全体の再生由来材料の利用率を上げていっている。

 言葉にすれば「再生由来材料を採用します」と言って終わりに聞こえるかもしれないが、PCメーカーにとっては決して簡単な話ではない。というのも、「再生由来の素材を採用したので値段を上げさせてください」といってそれをユーザーに認めてもらえるかと言えば、現状はそうではないからだ。

 たとえば、法人向けのノートPCでは、釣書書といって顧客が求めるスペックが書かれた仕様書がPCメーカーに提示され、そのスペックにそったノートPCをPCメーカーやその代理店などが提示し複数のメーカーや代理店が参加して入札……という形で選定が行なわれる。現状ではそこに「再生由来素材の採用」という条件が入ることはまれで、再生由来素材をPCメーカーはその分のコストアップを何らかの形で吸収して、再生由来素材を採用していないPCメーカーの製品と競争していく必要がある。

廃棄になったPC製品からパーツが素材ごとに分類されてリサイクルされていく(写真提供:Dell)

 Dell Technologies Dell CSG CTO部門 シニア ディスティングイッシュト エンジニア ニック・アバティエロ氏は「そうしたコストとのバランスは難しいのはご指摘の通りだ。そのためDellでは再生由来素材を一気に導入するのではなく、段階を踏んで導入している。確かに最初はコストアップになっているが、徐々に規模を拡大していくことでスケールメリットを出すことが可能になりコストアップを吸収している」と述べ、短期的にはコストアップになっても、製品価格に反映することがなく採用できていると説明した。

 「最終的には持続成長可能な製品作りは競争になってはならない。業界の誰もが協力して取り組み、それにより業界全体でスケールアップしていくことが重要だと思う」と述べ、重要なことはエンドユーザーにそうした取り組みが重要だということを認識してもらい、PCの標準仕様としてどのメーカーも再生由来素材を低コストで採用できるような仕組みを作っていくことが大事だと指摘した。

 そのためには、エンドユーザー自身が、購入するPCが「再生由来素材」を採用していることなどを認識することが大事だし、より大規模な取り組みでは前出の「釣書書」などに再生可能由来素材の採用を必須条件にするなどの取り組みが広がっていくことが大事になる。

Dell XPS 13 PlusなどのXPSシリーズには低排出アルミニウムと呼ばれる製造時のCO2排出を削減したアルミニウムが利用されている

 アバティエロ氏は、Dellではそうした再生由来材料を採用するだけでなく、製造時にCO2の排出量が多い素材であるアルミニウムを「低排出アルミニウム」と呼ばれる製造時に水力発電のようなCO2オフセットな電力を活用することでCO2排出量を70~75%削減したアルミニウムを、同社のハイエンドPCになる「XPSシリーズ」に採用しているという。それにより、そもそも製造時にCO2排出を削減し、さらにそれをリサイクルすることで、PC製造のライフサイクル全体でCO2削減に取り組んでいると説明した。

マザーボード製造時に発生するCO2排出はノートPC製造時の大部分を占め、その削減が次の目標に

Dellが開発した持続成長が可能なコンセプトPCのConcept Luna

 さらにDellでは、昨年(2022年)の12月に「Concept Luna」というコンセプトPCを発表している。

 このConcept LunaはDellがIntelと協業して設計したPoC(Proof of Concept、ピーオーシーないしはポック、概念実証)で、製品化を前提にせずにただ技術的にどこまでできるのかを検証するために作られた試作機となる。

Concept Lunaのマザーボード

 アバティエロ氏によれば、Concept LunaのPoCをやってみて最も大きな成果は、マザーボードの設計を見直すことで、CO2の大きな削減が実現できることを確認できたことだという。

 マザーボードは製造時のCO2排出において、最も改善すべきポイントの1つになっている。実際、製造段階の排出量の方が、利用段階の排出量よりも多いという調査もあるほどだ。そこで、Concept LunaではCO2削減を実現するマザーボード設計に取り組んでいる」という通りで、マザーボード製造時に工夫を加えることが、PCのCO2排出を削減するという観点では重要になってくるのだ。

 そこで、Concept Lunaのマザーボード設計では自社で開発したシミュレーションツールを活用してPCBの層数、底面積とCO2排出量のバランスを計算し、CO2排出量が最も少なくなるような設計が行なわれたという。その結果として、「Latitude 7300 Anniversary Edition」というDellのハイエンドモバイルノートPCと比較して総面積を75%削減し、部品数を20%削減すると、CO2排出量は50%削減できるという結果を得ているという。

 比較対象となるLatitude 7300 Anniversary Edition自体が、Intelのレファレンス設計に比較して17%小型化しているので、そこから75%削減というから、かなり削減が実現されていることが分かる。

 これまでノートPCでは小型化のためにマザーボード基板を小さくするという取り組みが行なわれてきた。12層などの多層基板とHDI(High-Density Interconnect、高密度インターコネクト)のような配線技術を組み合わせて実現される高密度基板は、小型化に活用されてきたが、今後はCO2削減も新しいパラメータに入っていくことになる可能性をConcept Lunaは示唆しているということだ。

CO2オフセットを提供する企業も

レノボ・ジャパンの「CO2 オフセット・サービス」を説明するWebサイト

 別の側面からCO2削減に取り組んでいるPCメーカーもある。Lenovoの日本法人であるレノボ・ジャパンは、同社WebサイトでCTOモデルを購入する時に「CO2 オフセット・サービス」と呼ばれるオプションを購入できるようにしている。

 同社Webサイトでの説明によれば「Lenovo のデバイス製品の平均的なライフサイクルにおいて発生するCO2の総排出量を算出し、相当分のCO2削減活動を通じてカーボンオフセットに貢献するソリューションです」とのことで、要するにユーザーがPCを購入して最初に電源を入れてから、リサイクルに出して利用を終了するまでに発生するCO2の平均排出量を、別の形で削減することで企業がPCを利用する上でのCO2削減を実現する実現するという仕組みになる。価格も「ThinkPad X13 Gen 4」の場合で880円(税別)と決して高いオプションではないので、購入しやすいだろう。

 企業によってはそもそもPCを利用する電力を、水力発電や太陽光発電のようなCO2を発生しない自然由来の電力に切り替えてカーボンニュートラルを実現することも増えてきているが、ノートPCの場合には必ずしも企業のオフィスだけで使われるわけではなくなってきており、リモートワークなどで従業員が外で使っても(ある程度)カバーできるようなこのオプションは優れた選択肢だと言える。

カーボンニュートラルを実現するまでの道は遠い

 ただ、PCメーカーのこうしたカーボンニュートラル実現の取り組みにはまだまだ改善すべき課題もある。たとえば再生由来素材の採用に関して、現状ではスペック表に書いてあるメーカーもあれば、そうでもないメーカーもあって、対応はバラバラだ。企業が釣書書に再生由来素材の採用を必須にするためには、そうしたスペック表のような公開情報に何が再生由来素材であって、何がそうでないのか、書いておくなど、PCメーカー側も情報公開を改善していく必要がある。

 また、これは筆者の個人的な経験で恐縮だが、先日業務に利用しているビジネスPCのDカバー(底面)についているゴム足が取れてしまい、ガタガタするのでPCメーカーに修理をお願いしたことがあった。このPCはPCメーカーがオプションとして提供しているオンサイト修理とアクシデント発生時の保険を追加オプションとして申し込んであったPCで、本来ゴム足は通常の保証対象外らしいのだが、この場合アクシデント発生による故障が対象になる保険に入っていたため修理対象となった。

 それでオンサイト修理に技術者の人が来てくれて修理してもらえたのだが、その時に最初はゴム足をつけてくれるだけなのかと思ったら、なんとDカバー全体の交換になるという。Dカバーの機能そのものには何の問題もないため、ただゴム足だけをつけてほしかったのだが、サービスの規定上そうするしかないと技術者の方に説明された。

 確かにサービス上はそうするしかないのは分かるのだが、普段からPCメーカーには「サステナビリティが大事だ」ということをすり込まれている筆者としては釈然としない対応で、そうしたところも今後はサステナブルにしていく必要があるなと感じた。

日本ではエネルギー問題は対岸の火事だったが、電気代の上昇など「自分ゴト」になりつつある

欧米のサステナビリティの実現を担当するIT管理者の86%が技術的にエネルギー消費量を減らすなどの取り組みが必要だと回答したが、日本では43%だった(出典:Pure Storage)

 このように、まだまだ改善する余地はあるが、グローバルにビジネスを展開しているPCメーカーを中心に持続成長可能なPC産業を目指していこうという取り組みがあり、既に製品やサービスとしての提供が始まっている。

 では日本市場ではそこが注目されているのかと言えば、まだまだそうではないのが現実だし、多くの読者にとってもそれが実感ではないだろうか。欧米では、非常に注目度が高くなっているだけに、日本と欧米との乖離が認められる。

 PCに関する調査ではないが、先週Pure Storageというエンタープライズ向けストレージを提供するベンダーが発表した調査結果「日本のDX推進におけるサステナビリティの現状およびITの課題に関する調査レポート」では、IT担当者の意識の違いを非常に明快に示している。

 これによれば、同社の調査で欧米ではIT管理者の86%がエネルギー削減などの持続成長可能性を実現する取り組みが必要だと答えているが、日本ではその割合は43%に過ぎないという。

 この差はなぜあるのかを考えていくと、2つのことが考えられる。1つは欧米、特に米国の企業では、環境問題に感度の高い株主を抱えており、サステナブルな取り組みをしていない企業は株式市場から閉め出されかねないという危機感を経営者が持っていることだ。それに対して、最近日本でも「物言う株主」は話題だが、環境問題に取り組んでいないから経営者をクビにするという株主というのはまだまだ現われていないのが現実だし、そもそも物言う株主の影響力も、欧米の株式市場に比べるとかなり低いのが現状だ。

 そして、こちらの方が大きな理由だと思うが、エネルギー問題に対しての危機感の違いが挙げられるだろう。というのも、欧米、特に欧州では昨年の2月末にロシアがウクライナに侵攻したいわゆる「ウクライナ危機」が発生して以来、エネルギーの安定供給とコスト上昇が大きな社会不安の要因になっている。このため、欧州でのエネルギー問題への関心は、日本に住んでいる我々には想像できないほど上がっている。

 たとえば、昨年9月にドイツ・ベルリンで行なわれたIFAでは、非常用電源やモバイルバッテリなどが大きな注目を集めていた(停電に備えるソリューションに注目が集まっていたということだ)。また、本年の2月にスペイン・バルセロナで行なわれたMWC 2023では、データセンターの消費電力に大きな注目が集まっており、サーバー用プロセッサの消費電力が大きな話題になっていた。それまでは一部の人しか注目していなかったことが、1年たったら産業全体のテーマになっていたのだから正直驚いた。

 そのように、欧州ではエネルギー問題が起きたことにより、持続成長性への注目が高まり、それに合わせてデータセンターやPCの持続成長性への取り組みに注目が集まるというスパイラル現象が起きているのだ。

 それに対して、日本からは正直に言ってエネルギー問題、安定供給やコストの問題は対岸の火事だ。だから欧州のようなさまざまな産業で持続成長性への注目度が加速度的に上がっているというところまでは来ていないというのが現状だっただろう。

 しかし、本年に入って、日本でも電気代の値上げなどが発生しており、日本の企業にとってもエネルギー問題は徐々に「自分ゴト」になりつつあるのが現状だ。従って、今後そうしたスパイラルが日本でも起き、企業がそうしたら取り組みを加速していく可能性は十分にあると言える。企業でのITの担当者の皆さんにはその時に備えて何ができるのか、今から詳細に検討しておくのも悪くないだろうと筆者は考えているとしてこの記事のまとめとしたい。