笠原一輝のユビキタス情報局

dynabook X83 Changer、セルフ交換バッテリ/2mm深キーボードの実現は「日本のユーザー目線を貫いたから」

Dynabook株式会社 国内PC事業本部 事業本部長附 中村憲政氏、手に持つのがdynabook X83 Changer

 Dynabook株式会社(以下Dynabook)は、7月18日に東京都内で記者会見を開催し、同社の新製品となる「dynabook X83 Changer」を発表した。重量が800~950gと比較的軽量を維持しているのに、内蔵バッテリをCRU(Customer Replaceable Unit、顧客交換可能部品)として、PCライフサイクルの後半などで内蔵バッテリだけを保守部品として購入してユーザー自身が交換することが可能になる。これにより、ほかの部品は動くのにバッテリだけが利用できずに使いモノにならないという事態を避けられる。

 また、キーストロークが2mmと1.5mmという2つの選択肢が用意されていることも大きな特徴で、キーストロークの違いで2つのバージョンが用意されている。既存の薄型ノートPCに慣れているユーザーは1.5mm版を、デスクトップPC用キーボードのような深いストロークに慣れているユーザーは2mm版を選べる。

 そうした製品の特徴を、製品開発の責任者となるDynabook株式会社 国内PC事業本部 事業本部長附 中村憲政氏に伺ってきた。

日本のユーザーの声に真摯に耳を傾けて設計を行なったdynabook X83 Changer

記者会見の中でバッテリ交換の仕組みを説明するDynabook株式会社 国内PC事業本部 事業本部長附 中村憲政氏

 中村氏は「この製品はUltrabook以来と言ってよいほどの完全な新設計だ。設計するにあたり、これまでのG83シリーズなどのモバイル製品のユーザーの声に真摯に耳を傾け、日本のビジネスユーザーに必要な仕様やデザインは何であるかということを社内で徹底的に検討してきた」と述べ、dynabook X83 Changerが、2012年以来と言っていいような完全にゼロから設計した新型シャシーであり、かつ国内のPCユーザーをメインターゲットにした製品だと強調した。

 一般的にノートPCの設計は、基本的に2年に1度新設計のシャシーが投入されるが、その場合でも従来モデルの基本設計をベースにして設計されることがほとんどだ。従来モデルには多くの顧客がついており、その顧客は従来の製品と同じ使い勝手を求めるので、新規のシャシーといっても、実際には従来モデルの改良というのが一般的だ。

 たとえばDynabookで言えば、13.3型のクラムシェル型ノートPCであれば「G83」シリーズ(コンシューマ向けモデルはGZシリーズ)というのがあり、東芝時代の2012年頃に投入されたUltrabookの13.3型のモデルを源流として、年々バージョンアップされて今に至っている。それに対して、今回のdynabook X83 Changerは従来製品が存在しない完全な新設計シャシーであり、日本国内の市場にフォーカスした製品であるという。

dynabook X83 Changer

 そうした製品を設計して発表した背景には、同社のビジネスモデルの変更も大きく影響しているという。よく知られているように、Dynabookは元々東芝の一事業部としてPCを製造して販売していた。しかし、2016年に東芝の子会社の「東芝クライアントソリューション」として独立し、2018年に台湾の鴻海傘下になっていたシャープに株式の大部分が譲渡され、2019年に現在の社名となる「Dynabook」に社名が変更された後、2020年にシャープの100%子会社になって今に至っている。

 こうした動きの中で、東芝時代にはグローバルのPC市場の数の方が大きかったDynabookだが、今は国内市場を中心としたPCメーカーとして再定義されており、市場規模で言うと国内が8、国外が2という割合になっているという。つまり、従来は同社製品を設計するときにはどうしてもグローバル市場を見据えた設計をしていく必要があったが、今は国内市場の方がメインになっているため、どちらかと言えば日本独自のニーズなどを重視した設計を行なえるように、ビジネス環境も変わったのだ。

 中村氏が言う「dynabook X83 Changerが国内のPCユーザーをメインターゲットにして設計した」というのはまさにそういうことで、まず日本市場のPCユーザーのニーズを最優先して設計して、グローバル向けに出す場合にはそこをベースに改良を加えていく、そうした開発方針に大きく変わった中での新設計ということだ。

レッツノートの交換バッテリとは考え方の方向性が違う

内蔵されているバッテリをCRUとして取り外せるdynabook X83 Changer

 そうした「日本のユーザー目線」で設計が行なわれたdynabook X83 Changerの最大の特徴は、同社が「セルフ交換バッテリ」と呼んでいる、ユーザーが交換可能にしたバッテリを搭載していることだ。

 これだけを聞くと、パナソニックが発売しているレッツノートシリーズの特徴である交換バッテリの真似に聞こえるかもしれないが、レッツノートの交換バッテリとdynabook X83 Changerのセルフ交換バッテリはまったく意味合いが異なる。レッツノートの交換バッテリは「純正オプション」である一方で、dynabook X83 Changerのセルフ交換バッテリは「CRU」(Customer Replaceable Unit、顧客交換可能部品)という「保守部品」だからだ(ただし、dynabook X83 Changerに関してはCRU相当のバッテリが純正オプションの形でも提供される)。

 PC業界的に、部品というのは大きく言って3つの定義がある。それが純正オプション、CRU、FRU(Field-Replaceable Unit、現場交換可能ユニット)の3つだ。具体的には以下のような違いがある。

【表1】純正オプション、CRU、FRUの違い
純正オプションCRUFRU
バッテリの例レッツノートのバッテリdynabook X83 Changerのバッテリ一般的な薄型ノートPCのバッテリ
カタログ掲載ありなしなし
流通経路通常の流通保守サービス経由(※)保守サービス経由
ユーザー自身による作業可能一定の条件下で可能不可能

※一般的にはCRUは保守経由でのみ提供されるが、dynabook X83 ChangerではLサイズのみ通常の流通でも提供

【お詫びと訂正】初出時に交換バッテリの純正オプション扱いはないという記述をしておりましたが、正しくはLバッテリに関しては純正オプションが存在します。お詫びして訂正させていただきます。また、それに伴い一部表記を変更しております。

 簡単に言えば、型番が付いていて、量販店などで普通に販売されているのがレッツノートのバッテリ、保守部品の扱いとなるのがdynabook X83 Changerのバッテリということだ。

 一般的な薄型ノートPCでは内蔵バッテリは保守部品(サービス経由でだけ提供されるパーツのこと)だが、ユーザーが交換できないFRUの扱いだった。FRUというのは保守部品のうちユーザーが交換できないパーツ、オンサイト保守の契約をしている場合には派遣されてきた技術者が、オンサイト契約していない場合には保守拠点(修理拠点)に送ってバッテリ交換をしてもらうことになる。

 今回のdynabook X83 Changerの内蔵バッテリは保守部品であってもCRUとなり、マニュアルなどを見ながらユーザーが自分自身で交換作業ができるようになっている(もちろん電源を落としてから作業するなどの基本的な知識があることが前提だ)。具体的には、裏蓋のネジを外してからバッテリを外して交換するだけとなっており、ドライバが使えれば交換可能になっている。

 このため、dynabook X83 ChangerのCRUバッテリが目指しているところは、「バッテリがなくなったら交換して使う」というレッツノートのような使い方ではなく、PCのライフサイクルの後半あたりにバッテリがヘタって使いモノにならなくなった場合、いちいち保守拠点に送ったりしなくても、バッテリだけを入手してユーザーが簡単に交換できる、そこにあると言える。レッツノートの交換バッテリとは考え方が違うのだ。

レッツノート SR4Sのバッテリ。レッツノートの交換バッテリはバッテリセル自体を保護するケースの中に入っているので、交換バッテリを日々交換して使うという使い方が可能。dynabook X83 Changerとは考え方の方向性が違う

 レッツノートの交換バッテリは、頑丈なケースに入っているので、日々スペアを持ち歩き、1つ目のバッテリがなくなったら2つ目のバッテリに交換して使うという使い方が可能なことがメリットだ。その反面、バッテリ自体にも頑丈なケースが必要で、重量や薄さの点ではデメリットになる。

 dynabook X83 Changerの方は、スペアのバッテリを持ち歩くという使い方はできないが、薄さ、軽さの点では一般的な薄型ノートPCと同じように実現しながらバッテリ交換を可能にできることがメリットになる。

Sバッテリの容量は28Wh、JEITA 2.0測定法で12時間が目標値とされている
Lバッテリの容量は56Wh、JEITA 2.0測定法で24時間が目標値とされている

 なお、このバッテリパックはSとLという2つの容量が用意されており、Sは2セルで28Wh(公称値)、Lは4セルで56Wh(公称値)となっている。Sバッテリが標準搭載モデルでは供給できる電力量の問題などからUSB Type-Cが3ポートから2ポートに減らされる形となる。このため、SバッテリのモデルにLバッテリを入れて使うことは可能だが、LバッテリのモデルにSバッテリを入れて使うことはできない。

上がSバッテリのモデルで、USB Type-Cが1つないことが分かる。下のLバッテリのモデルには2つのUSB Type-Cがある

ライフサイクルの後半に自分でバッテリを交換したいというユーザーの声に応えるCRU化

dynabook X83 Changerの交換バッテリの構造、交換可能にするために通常の内蔵バッテリパックでは必要のないステンレス材での補強がバッテリパックに行なわれている

 Dynabookの中村氏は「これまでもソフトウェアによりバッテリを劣化しないような充電方法に設定するなど、バッテリを長持ちする仕組みを提供してきたが、特にビジネス向けのモデルでは最初からそうした設定ツールを削除して使われるお客さまも少なくなく、どうしてもバッテリの劣化は避けられない課題だった。そうしたバッテリの劣化は、ライフサイクルの後半、たとえば購入していただいてから4、5年の時に発生したりする。

 場合によってはバッテリが膨らむなどの劣化が避けられず、本体の機能としては問題がないのにバッテリの理由により使い続けられないということが発生していた。そのため、バッテリを自分で交換したいという声は根強かった」との通りで、ユーザーの声としては日々スペアのバッテリを持ち歩きたいというよりは、ライフサイクルの交換にバッテリを自分で交換したいという声が強く、それを実現したのが今回のdynabook X83 Changerだという。

 なお、交換用バッテリはLバッテリに関しては純正オプション(PS0169NA1BRS、オープンプライス)の形でも提供される予定で、実売予想価格は1万5,000円前後の見込み。保守パーツとしてはLバッテリも、Sバッテリも提供される予定だが、その価格は未定だ。

 ただ、一言でバッテリをCRUにするといっても、その実現は簡単なことではなかったそうだ。「バッテリをCRUにすると言った時に、製品の品質保証の担当者から言われたのは、バッテリをはめる本体側とバッテリの間、バッテリと裏蓋の間にネジなどの異物が入り込んだままユーザーが無理矢理押し込めようとした時にある程度の安全性は確保されるのか? という指摘があった。

 もちろん、保証の観点ではユーザーの過失扱いにはなるが、それでも安全性の確保は大事だと判断し、バッテリの上下にステンレスの板を入れており、FRUであった時よりもパック自体の強度を確保するようにしている」(中村氏)と説明した。

 バッテリパックがFRUである場合、本体のフレーム側も含めて強度を確保するため、バッテリパックはプラスチックのフレームなどにセルがそのまま入っているのが一般的だ。しかし、今回はCRUであるので、セルをほぼ剥き出しのまま提供するというのは顧客の安全といったことも考慮に入れ、上下にステンレスの板を貼り付けることで、強度を出しているという(繰り返しになるが、あくまでCRUという顧客が交換可能というだけなので、日々バッテリを交換して使うという使い方は保証されないし、発火の可能性があるリチウムイオン電池の安全上の観点からもできない)。

 中村氏によればそのステンレスの板は上下2枚で25gということで、最軽量の構成で800gとなるdynabook X83 Changerとしてはかなり大きな重量増だと言える。つまりそれがなければ775gというさらに軽量さを実現できていたのだから、責任者の中村氏としては、「安全性にはかえられない」と断腸の思いでそれを受け入れたということだったそうだ。

2種類のキーボードを用意

2種類のストロークのキーボード

 そしてdynabook X83 Changerのもう1つユニークなところは、キーボードが2種類あることだ。2つの違いは簡単に言えば、キーストローク(キーの沈み込む深さ)の違いで、1.5mm版と2mm版の2つが用意されている。

 中村氏によれば「こうした2つのストロークを用意したのは、より深いストロークがほしいというユーザーの声があったからだ。既に薄型ノートPCのキーボードに慣れているユーザーであれば1.5mmストロークを選んでいただき、逆にデスクトップPCのキーボードに慣れているユーザーには2mmストロークを選んでいただくことが可能になる」と、どちらに慣れているユーザーにも選択肢を用意することが狙いだという。

 筆者がよく本連載で使っている「慣れこそ最上のユーザー体験」という言葉が示すように、結局人間にとって最も使いやすい(と感じる)のは自分が使い慣れたモノなのだ。従って、ストロークが浅い方がユーザーにとって使い勝手が良いとか、その逆に深い方がいい……とかいう議論は基本的には無意味だ。ある人にとっては浅い方がいいし、別の人には深い方がいい、それが実態だと言える。従って、両方を用意するというのは確かに最適解だと言える。

 しかし、実際問題としてそうした2つのストロークを用意した結果、設計上はいくつかの課題がでてきたという。具体的にはキーストロークの違いで、本体の厚みが変わってくるのだ。Cカバー(キーボード面のカバー)が、2mmストロークのキーボードの場合に0.2mmほど厚くなるという。それにより本体サイズも変わり、1.5mmストロークのモデルでは最大18.7mm厚になるが、2mmストロークのモデルでは最大18.9mm厚となる。

 中村氏は「Cカバーを2つ用意する必要があったのは、キーストロークに合わせて、カバーとの面合わせを行なっているためだ。キーボードが押されていない状態で、キートップの下部が0.1mmほどカバーより下に来て、キーが押されている時にはキートップが0.1mmほどカバーより上に来ているというルールをどちらのキーストロークでも実現するためにCカバーを2つ用意している必要があった」と説明し、キートップとC面カバーの間にツメが入ることを防ぐためにそうしたルールを設定しており、それが理由で2つのカバーを用意しているのだと説明した。

 なお、中村氏によれば、現時点の予定では9月に1.5mmストロークのモデルが提供開始する予定で、2mmストロークのモデルは12月に提供開始予定とのことだった。

本体のポート

 また、ポート類も今回の製品では日本のユーザーのニーズを最大限取り込んでいるという。「日本のお客さまのお話を伺うと、とにかく本体にさまざまなポートを用意してほしいというニーズがあることが分かった。そのため、USB Type-Cを左に2つ、右に1つの3ポート、USBを左右に1つずつの2ポート、HDMI、有線LAN、microSDカードスロットなど考えられるだけのポートを用意した」(中村氏)とのことで、確かにこうした薄型ノートPCでは異例の充実したポートになっている。

 中村氏によれば、Thunderbolt 4に対応したUSB Type-Cのうち、右側のポートはCPUから距離があるため、標準の設計では対応できず、基板上にバッファを入れて対応しているなど、コストもかけて実現しているという(ハイスピードの信号となるThunderboltのポートは基板上の信号線に距離の制限がある)。

有線LANケーブルのラッチが上に来るようになっている

 また、有線LANのポートもよく見ると、ケーブル側コネクタのラッチが上に来る設計になっている。「ラッチが下に来るデザインにすると、冬にセーターに引っかかってしまうなどのトラブルがあったため」(中村氏)と言い、ポートの向きまで、まさに至れり尽くせりの設計になっているのだ。

進化したエンパワーテクノロジーを採用しているdynabook X83 Changer

熱設計は非対称のデュアルファンになっている

 最後にdynabook X83 Changerの熱設計に関して紹介して、この記事のまとめとしたい。

 Dynabookは近年のモバイル向け製品に「エンパワーテクノロジーと呼んでいる熱設計技術を採用して、CPUの処理能力を最大限引き出す設計にしている。特に近年のCPUは、特にターボモードと呼ばれるCPUの規定クロックよりも上のクロックで動作している時間が長く、そこできちんと長く動作するような設計にしてあるノートPCほど性能が発揮できるようになっている。このため、各社ともに熱設計には力を入れているのが現状だ。

 今回のdynabook X83 Changerでも熱設計には力が入れられており、従来のG83などで採用されていたエンパワーテクノロジーとブランド名は同じながら、熱設計は強化されている。

 具体的には大小2つのファンという変則的なデュアルファン構造になっており、フィンのブレードの数も増やされ、フィンの角度もより最適化されてより低い回転数でも発生する風量が増えるように工夫されている。

 また、2つのファンの回転数なども調整することで、共振を防ぎながらできるだけ低い騒音で最大の放熱が可能なように工夫されている。なお、このデュアルファン構成はCPUに第13世代CoreのうちPシリーズ(TDP 28W)を選んだ場合となり、Uシリーズ(TDP 15W)を選んだ場合にはシングルファン構成になるという。

吸気口はネジで外せるようになっており、掃除が容易になっている

 もう1つ指摘しておきたいのは、今回のdynabook X83 ChangerではCore i7-1370Pを選択することが可能になっていることだ。

 Dynabookの第12世代/第13世代Coreというパフォーマンス・ハイブリッド・アーキテクチャのCPUを採用したモバイルノートPCでは、第12世代ならCore i7-1270P、第13世代ならCore i7-1360Pと、4コア(Pコア)+8コア(Eコア)の合計12コアが最上位構成で、Core i7-1280PやCore i7-1370Pのような6コア(Pコア)+8コア(Eコア)の合計14コアの製品はラインナップされてこなかった(カタログモデルの場合)。

 しかし、今回のdynabook X83 Changerでは最上位のモデルでCore i7-1370Pを選べるようになっている。

 より熱設計的には厳しい14コアのモデルを追加することができたのも、熱設計が進化したからと考えることが可能で、Pシリーズの最上位モデルがほしいと思っていたユーザーにとってうれしい進化だと言えるのではないだろうか。