笠原一輝のユビキタス情報局
オミクロン株の影響を受け「対面」と「リモート」をミックスして行なわれるCES、ハイブリッド時代のグローバルなイベントのあり方を投影
2022年1月4日 13:52
1月3日(現地時間、以下同)から、世界最大のデジタル家電展示会のCES(シーイーエスと発音)が、開幕した。1月3日には報道関係者向けのプレイベントとなる「CES Unveiled」(シーイーエス・アンベイルド)が夕方から行なわれた。1月4日はプレスデーと呼ばれる出展企業の記者会見などが行なわれ、1月5日から本番となる展示会が行なわれる。
例年1月の上旬に行なわれているCESは、その年のデジタル業界の動向を示すイベントとして例年注目されており、例年は20万人を超える参加者でにぎわう巨大コンベンションだ。そのCESだが、昨年(2021年)は2020年の2月頃から世界的な流行が始まった新型コロナウイルスの影響を受け、1967年に最初に行なわれた初回から50年以上に及ぶ歴史の中で初めてデジタル開催となり、いつものラスベガスではなく、バーチャル・イベントとして開催された。
しかし、今年は徐々にコロナ禍も落ち着き始めたという昨年の11月頃までのトレンドを反映して、対面(英語でいうとin-person)のイベントとして計画され、実際に対面イベントとして開催されている。しかし、11月頃からコロナウイルスの変異株とされるオミクロン株の急速な感染拡大が世界的に発生したことで、12月に入り大手企業を中心に現地での展示を取りやめる動きが相次いだ。
そんな中でも主催者のCTAは対面のイベントを続けながら、一部をバーチャルに移行するなど「ハイブリッド」の形で開催にこぎ着けた形になる。実際現地で取材している筆者から、その決断がどう見えたのか、そのあたりをレポートしていきたい。
オミクロン株の流行で米国では過去最高の感染者数などを記録したことで、大企業を中心に対面参加の取りやめも
筆者が改めて説明するまでもなく、2020年の2月頃から世界中を襲った新型コロナウイルス(COVID-19)が引き起こした混乱はいまだに収まっていない。日本では昨年の8月頃から感染者、重症者ともに減り始め、東京などに出ていた緊急事態宣言も解除され11月には落ち着きを見せたのは既に皆さんもご存じだろう。世界的にもその傾向だったのだが、11月の半ば頃からアフリカ大陸で発見されたオミクロン株と呼ばれる新型の変異株により、再び世界は混乱に向かいつつあるというのが現状だ。
1月3日から米国ラスベガスで開催されている世界最大のデジタル家電展示会「CES」もその影響を完全に受けた形だ。というのも、CDC(Centers for Disease Control and Prevention、アメリカ疾病予防管理センター)の発表によれば、2021年12月29日には全米で48万6,426人もの新規感染者が確認されており、これまでで1日あたりでは過去最高の新規感染者が出たとして話題になった。これがオミクロン株の影響なのかどうかはまだ確定した情報はないが、その影響を受けていると考えるのが妥当なところだろう。
そうした状況を受け、2年ぶりに対面(英語でin-person)で開催される予定だったCESにも大きな影響がでている。特に大企業を中心に、対面からリモートでの参加に切り替えたところが多く、PC業界でもLenovo、HP、Intelといった企業が12月に入り、対面参加からリモート参加に切り替えている。また、AMD、NVIDIA、Dellといった所は元々対面参加の予定はなく、リモートで参加の計画だった。そうした企業も含めてPC産業の大企業のほとんどはリモート参加に切り替えている。
このあたりの対応は企業により分かれている。Samsung ElectronicsやLG Electronicsといった韓国メーカーは依然として対面参加の姿勢を示しており、1月4日の夕方にはSamsung Electronics副会長 兼 CEOのジョン・ヒー・ハン氏によるキックオフ基調講演(複数ある基調講演の中で最も格式が高いとされている開幕前日の基調講演)に登壇する予定だ。この他にもQualcommやソニーなどは依然として対面の記者会見の予定をしているなど、企業によって対応に違いが出ている。それが今回のCESでの大企業の動向の特徴と言える。
12月の上旬から12月の半ばまでリスク評価が難しかったオミクロン株の拡大、現在はそのリスクが計算できるように
そうした状況の中で、CESは1月3日の夕方に行なわれたCES Unveiledで公式なイベントが開始され、対面のイベントとして開幕した。筆者も、例年通りそれを取材するために参加している。今回の渡米は、2年前(2020年1月)のCESに参加して以来の渡米になったが、実際に米国に来てみて驚いたのは、日本での米国は大変なことになっているという報道とは相反して、とても落ち着いていたことだ。空港も特別に警戒するという訳でもなく、通常通りの営業といった雰囲気だし、ラスベガスの市内も通常営業という感じで観光客がカジノで遊んでいるという姿は、2年前と大きな違いは見いだせなかった。
いや、2つだけ大きな違いはあった。それは人々が例外なくマスクをしていることだ。米国では、ホテルや公共交通機関などではマスクをするようにという指示が出されており、本音ではマスクは好きではないはずのアメリカ人がみんなマスクをしているということだ。その意味でも感染対策という意識は多くの人たちが持っていると言うことだろう。
もう1つの大きな違いは、CESの期間には多数の東アジア人(主に日中韓と台湾)の姿を見ることができたのだが、今回のCESではそうした姿が見当たらないということだ。日本を含む東アジアの各国は入国に対して厳しい条件を課しており、事実上の鎖国状態にあるだけに、そうした東アジアの国々から今回のCESに参加するのは難しかったということだろう(筆者も帰国したら数日の強制隔離とそれを含めて最大14日間の自主隔離が待っている)。
1日に46万人という非常に多くの新規感染者が出ても米国が思ったよりは落ち着いている背景には、CDCが同時に発表している死者数などが思ったよりも増えていないということも影響していると考えられる。同じ2021年の12月29日の10万人あたりの死者数は1,539人で、一週間前の12月22日の1,489人と比較してほぼ横ばいになっており、重症者も著しく増えたりしてはいない。これをどう判断するかは専門家の領域なので、筆者がコメントするところではないが、アメリカで多くの人がオミクロン株の登場にパニックになっておらず冷静でいるのはそうしたデータも影響していると考えることができるだろう。
つまり、多くの人がオミクロン株の影響は、引き続き注視していく必要があるが、当初考えていたほど大きくはない、そう考え始めているということではないだろうか(繰り返しになるが、筆者は感染症の専門家ではないでオミクロン株がどういうウイルスで、どういう感染力を持っていて、どういう人が危険なのかなどについて専門的な知見はなく、あくまで多くの人々がそう考えていると思うという話だ。オミクロン株のリスクについてきちんとした情報を得たい場合には専門の媒体や記事などをご参照いただきたい)。
「対面」による「体験」を売り物にしてきたグローバル規模の展示会は大きな影響を受けている
多くの大企業がCESの対面参加を取りやめ、リモート参加に切り替えたのは、12月初め~半ばの時点ではオミクロン株の情報が流れてきたばかりで、そのリスク評価を行なうには必要な情報が足りなかったからだろう。実際、日本も12月上旬から外国から日本に入国する際に検疫を厳格化し、PCR検査の結果次第で10日に短縮するなどしていた自主隔離の期間を14日に戻すなどの措置が行なわれた。結局の所オミクロン株のリスクがどの程度かその時点ではわからなかったので、そうするしかなかったそういうことだろう。
多くの大企業がCESに対面参加を取りやめたのは、それと同じ文脈だ。必要な情報がなくリスクの評価がしようがないので、コンサバに対面中止を決断したそういうことだと思う。仮にオミクロン株が当初の予想よりも強力で死者が増えていくというような状況になれば、大企業としては「なぜ従業員を守らなかったのか」という批判にさらされるだけに、そこはコンサバになるのが当然だろうと筆者は思う。
結果的にCESの主催であるCTAが決断したCESを対面で続けるという決断は、オミクロン株のリスクが当初考えられていたよりも低いのではないかということがわかってきたため、正解だったという可能性が高い。もっとも、何が正解かは、完全に事後になってみないとわからない。これは、各国の対コロナ政策を含めて、歴史が判断することになるだろう。
1つだけ言えることは、今回のCESの動向は、今後予定されている多くのグローバルなコンベンションの主催者にとっては注目の的だということだ。2月末にはスペインでMWC、6月には台湾でComputex Taipei、9月にはドイツでIFAなどの開催が予定されている。MWCとIFAに関しては既に対面で行なう方針を明らかにしており、Computex Taipeiもブース展示の参加企業の募集を開始するなど、こちらも対面での開催を目指していると考えられる。その意味で、CESが今回直面した「オミクロン株流行」騒動に対する対応は注目の事例ということだ。
そうしたイベントの主催者が「対面」でイベントを行ないたいと考えるのは、無理はないと思う。例えば企業のテクノロジーコンベンションのようなタイプでは、スピーカーが一方的にプレゼンテーションするというセッションがメインになっており、それをバーチャル・イベントにするというのはさほど難しくないと考えられる。
しかし、CESのような展示会の長所は「人と会って話せる」、「実際に体験できる」という点にある。実際に製品に触ったり、車に乗ってみたりというそういう「体験」こそがこうしたイベントの長所だ。その意味で、これらのイベントをバーチャルにしたものが成功を収めたかと言えば、そうではないというのが正直なところだろう。だからこそ、各イベントの主催者は対面のイベントにこだわるし、それはそこに参加する企業もそうだろう。
今回のオミクロン株発見以降の騒動を見る限り、単純に従来のようなフル対面のイベントの体制では開催できなくなる「リスクがある」ということを示していると言える。
「対面」の展示会を成功させるために必要なのは「ハイブリッド」にしておくこと
今後こうしたイベントを対面でも行ない成功させるためのヒントは「ハイブリッド」にあると筆者は思う。今回筆者は現地で参加しているが、多くのPC産業の企業がリモート参加になったこともあり、予定されていたインタビューなどの多くはリモート会議、予定されていた現地での記者会見の多くはビデオ配信へと変更された。現地にいるのに、CESに参加するはずだったスポークスパーソンとビデオ会議でインタビューする、筆者にとっても新しい体験だが、企業が従業員の安全のためにそうした決断をすることはリスペクトすべきだと筆者は考えているので、喜んでそうした状況に対応している。
そして同時に、対面で行なわれるCES Unveiledに参加し、製品を試すことができている。また、体験の最たるものだと思うが、EVや自動運転車などのITの技術を採用した自動車を試乗することができている。そうした体験ができることで、読者の皆さまにお届けできる情報に厚みを増すことが可能になり、現地に行かないよりもよりよい記事を皆さまにお届けできる、そう感じている。
CESでは今回、ビデオ配信だけの会見もあるし、現地で対面会見を行ない、その模様をビデオ配信も行なうというものもある。さらに展示会に参加できない企業には、CESが用意するデジタルプラットホームを利用して参加者がデジタル的に参加できる仕組みを無償で提供している。そのように、ハイブリッド形式で行なうことで、イベントとして成り立たせようという工夫を加えてきているのだ。
そうした対面と、リモート、両方をミックスした働き方などをIT業界では「ハイブリッド」と呼んでいるが、今回のCESでの筆者の取材もまさにその「ハイブリッド」になっている。その意味で、今回CESの主催者はオミクロン株の急速な拡大という最悪の状況の中で、最善の選択をした、そう言うことができるだろう。
そうした状況に適応して対面とリモートのバランスを取りながら、「ハイブリッド」なイベントを造っていくことが、今後もグローバルの展示会を行なう主催者には求められることになるのではないだろうか。