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東大、次世代パワーエレクトロニクス用材料「AlGaN」の安価/高品質な製造手法を開発

 東京大学生産技術研究所の藤岡洋教授らは、次世代パワーエレクトロニクス用半導体材料として期待されている「AlGaN(窒化アルミニウムガリウム)」の高品質な半導体結晶を安価に合成する新手法を開発したと発表し、2022年7月5日に記者会見を行なった。

 AlGaNはGaNの一部をアルミニウムに置き換えた材料。薄膜を生産性良く製造する手法である「スパッタリング法」を用いることで、従来手法よりも安価に合成することに成功した。また「縮退GaN」と呼ばれる結晶を電極に用いてAlGaNトランジスタを試作。オン抵抗(トランジスタが導通した時の抵抗)の低減に成功した。

 既に普及している技術を活用した安価な手法で良好な特性を持つ高性能トランジスタを作成できたことから、電力変換素子や6Gなど次世代無線通信用素子としての利用が期待できるという。論文は「Applied Physics Express」に掲載された。

縮退GaNを使ったAlGaNトランジスタ

次世代材料「AlGaN」への期待と課題

東京大学 生産技術研究所 教授 藤岡洋氏

 電力の輸送・変換・制御・供給に関係するエレクトロニクス技術は「パワーエレクトロニクス」と呼ばれている。パワーエレクトロニクスのトランジスタ用半導体材料として主に「Si(ケイ素)」が用いられてきた。最近は「SiC(炭化ケイ素)」や「GaN(窒化ガリウム)」に関する研究開発が進み、既に実用化されている。それぞれ特性や製造コストが異なるため、鉄道などではSiC、GaNは通信や放送、電力変換用のACアダプタなどに用いられている。

 パワーエレクトロニクス材料では、半導体素子にどこまで高い電圧をかけられるかを示す「絶縁破壊耐性」と呼ばれる指標が重視されている。一般に、原子半径の小さい軽元素を用いると結晶の結合力が強くなり、半導体の絶縁破壊電界が大きくなる。Siを軽くするためには一部を炭素に変えた「SiC」が使われているし、将来は全て炭素のダイヤモンドが半導体として使われるのではないかと研究が進められている。

次世代材料「AlGaN(窒化アルミニウムガリウム)」への期待

 「GaN」の場合も、Gaの一部を、より軽いアルミニウムで置き換えて「AlGaN」とすると、さらに絶縁破壊耐性に優れた結晶となることが理論的に予測されている。従って、より絶縁破壊耐性の高い「AlGaN」には次世代パワーエレクトロニクス材料として大きな期待が集まっている。

 しかしながら、実現には難しい課題があり、開発が進んでいなかった。AlGaN半導体中の電子はエネルギー状態が高く、外部からの電子の注入が非常に困難だった。無理に入れようとすると大きな抵抗が生じ、素子の性能が低下してしまう。これを改良するためには、抵抗が低く電子のエネルギーが高い電子注入用結晶の開発が必要だということがわかっていた。

Siを高濃度に導入した「縮退GaN」で課題を解決

高濃度Siを注入した「縮退GaN」を電子注入用結晶とすることで課題を解決した

 今回、東京大学 生産技術研究所 教授の藤岡洋氏らの研究グループは「縮退GaN」と呼ばれる新しい結晶を合成し、これをトランジスタの電子注入層であるソースとドレインとして用いることで接触抵抗を下げて高性能トランジスタを実現することに成功した。

 「縮退GaN」とは、GaN結晶に不純物としてSi原子を1×10^20cm^-3以上の高濃度で導入したもの。この「縮退GaN」結晶の中には「Moss-Burstein(モス・バーシュタイン)効果」によって高エネルギー状態の電子が存在できるようになる。今回、これを実証した。

 この「縮退GaN」をトランジスタのソースとドレインの電極結晶とした。実際に作ったトランジスタは、AlN/AlGaNヘテロ接合高電子移動度トランジスタ(HEMT)で、AlNとAlGaNが接合した界面にできる二次元電子ガスを利用する。「縮退GaN」を使うことで、この界面に、非常に高いエネルギーを持った電子を低抵抗で容易に注入できるようになった。

「スパッタリング法」で低コストも実現

スパッタリング法で低温・低コストで素子を作成できた

 もう1点、製造コストの問題があった。「GaN」や「AlGaN」といった窒化物半導体の成長には 、1,000℃くらいの温度を用いる必要があり、安全装置やさまざまなプロセスを必要とするためにコストも高い「MOCVD法(Metalorganic Chemical Vapor Deposition、有機金属気相成長法)」が使われるため、素子の製造コストが高かった。

 藤岡氏らは、集積回路や液晶TV等の製造に広く使われている材料合成手法である「スパッタリング法」という低温エピタキシャル成長法を使って、品質の高い窒化物半導体結晶を合成する手法を開発した。スパッタリング法は低コストで一般の工場でも広く使われているため、新材料/新素子の実装も容易となることが期待されるという。社会環境にも優しくなる。

 この手法を用いた製造には欧米やアジア各国の研究グループも取り組んでいたが、藤岡氏らは今回、独自に改良を進めたスパッタリング装置を使った。ポイントは窒素のコントロールにあるという。窒素はガスの状態の方が安定なので、固体に閉じ込めることが難しい。藤岡氏は「我々は窒化ガリウムを成長させるのに最適な装置のノウハウを持っている。非常に安く低温で結晶成長ができる方法で高品質な材料を作ることができるようになった。製造コストが大幅に低下した」と語った。

 もともとスパッタリング法を試している中で「縮退GaN」を作ることができたという。藤岡氏は「運が良かったのはスパッタリングをたまたま使っていたこと」だったと語った。当初の目的は別で、ディスプレイ用にLEDを大面積で作るための研究をずっと行なっており、その中で、低抵抗で電子のエネルギーが高い材料ができるのであればALGaNの電極として使えるのではないかと気がついたという経緯だったと語った。

従来よりも低抵抗で品質の高い縮退GaNを作ることができた

 実際に作られた材料データも示された。縮退GaNの抵抗率を見ると、スパッタリング装置で作ったものが、従来法よりも低抵抗のものを実現できており、エネルギー準位も0.63eV、通常のGaNよりも高いことがわかる。つまり、低抵抗で品質の高い縮退GaNを低コストで作ることができたことを示している。

 繰り返すと、トランジスタには電子を入れるソース、引き抜くドレイン、制御するゲートの3つの電極がある。制御する電子はAINとAIGaNの界面にできる2次元電子層を利用する。今まではソースやドレインから電子を注入することがなかなかできなかったが、今回の縮退GaNの利用によって容易に電子を注入できるようになり、非常に高性能のトランジスタを実現できるようになった。

AFMで観察した結晶構造

 AFM(原子間力顕微鏡)で結晶構造を観察すると、原子の表面も非常に平坦で良い結晶ができていることが分かる。実際のHEMTのコンタクト抵抗を調べると、ほかのグループが発表しているものに比べると、コンタクト抵抗がはるかに低い。これは縮退GaNを利用したからだと考えられる。このようなことから、初めて正常に動作するトランジスタが実現することができたという。

縮退GaNとAlN/AlGaN 2次元ガスのコンタクト抵抗

 トランジスタの特性を見ると、小さなサイズにもかかわらず1,635Vまで耐えることができた。非常にオン抵抗の小さい、電流の流せる素子が、今までにない低コスト手法で作れるという利点がある。

縮退GaN結晶を用いたHEMTの特性

ゲームチェンジャーな技術

 つまり、スパッタリングを用いることで安価に、縮退GaNという新電極結晶を合成し、AlGaNへの電子への低抵抗コンタクトの作成に成功した。次世代のパワーエレクトロニクス用高耐圧半導体材料AlGaNを用いた高性能なトランジスタの試作に世界で初めて成功した。これは高性能なパワーエレクトロニクス装置を非常に安価に作ることができることを意味する。6G通信など次世代無線通信用素子や低コスト電力変換素子としての利用が将来に渡って期待できるという。

 スパッタリング自体は産業界で既に使われている技術であり、既存の装置を改良することで速やかな実用化が可能になるという。藤岡氏は「MOCVDは製造コストが高く、素子の値段に大きな影響を与えている。今回の技術は極めて製造コストが安い。層構造を作りこむこともできる。GaNの性能限界を伸ばしていき、シリコンのほうに食い込んでいく展望が拓けたと思っている。1つの材料が全てをということはないが、GaNにとってはドラスティックな価格低下が起こる可能性がある。新しいゲームチェンジャーな技術だ」と語った。

 素子のほうも今後はさらにアルミニウムの組成を増やしていく。増やせば増やすほど性能が良くなることが理論的に予測されているからだ。現在は50%だがどんどん増やしていき、最終的にはAlN(窒化アルミニウム)まで到達したいと考えているという。

 また、大面積基板上に1回の結晶成長プロセスでLEDのアレイを一気に作り込む技術の社会的ニーズは高く、XRアプリケーション向けのスマートグラスなどを安価に作ることでもきるようになるのではないかとコメントした。