笠原一輝のユビキタス情報局

一大変革期にあるIntelの「スローガン」を読み解く。半導体の巨人は今、何を考えているのか?

インテル株式会社マーケティング本部長の上野晶子氏

 インテル株式会社は、米Intelの100%子会社となる日本法人だ。日本には昨年(2022年)買収したタワーセミコンダクターが所有していた工場を除けば製造施設はなく、NEC PC、FCCL、Dynabook、パナソニックやVAIOなど日本のOEMメーカーへの技術サポートや、パートナーや家電量販店などとの共同キャンペーン、Intel自身が展開するマーケティング活動が日本法人の主な機能となっている。

 今回、インテル株式会社マーケティング本部長の上野晶子氏に2023年のマーケティング活動についてインタビューを行なってきた。その中で上野氏は、6月に東京ミッドタウン・ホールを会場にして「Intel Connection」というプライベートイベントを開催する計画があることを明らかにした。これはIDF Japanの後継という位置付けのイベントになる。

Intel共同創業者ロバート・ノイス氏の「素敵なことを始めよう」が今のスローガン

Intelのコーポレート・スローガン「Do something wonderful」(素敵なことを始めよう)

 Intelの現在のコーポレート・スローガンは「Do something wonderful」だ。公式の日本語訳は「素敵なことを始めよう」となる。これはIntel創業者の1人であるロバート・ノイス氏(故人)の言葉から抜き出したものだ。

Intelの米国カリフォルニア州サンタクララの本社に掲示されていた、ロバート・ノイス氏の言葉Don't be encumbered by history. Go off and do something wonderful」(2018年に撮影)

 原文は「Don't be encumbered by history. Go off and do something wonderful」。日本語にすると「歴史に縛られるな。そこから飛び出して、楽しいことをしよう」だが、筆者なりに訳すと、「歴史がどう評価を下すなんて気にするな。そんなことに悩むよりどんどん前に進んで、自分一人でも楽しいことを始めて、みんなを引っ張っていこうぜ!」という意味になるだろうか。これをさらにコンパクトにし「素敵なことを始めよう」としたのが、公式の日本語スローガンだ。

2018年にIntelが開催したイベント「Intel Architecture Day 2018」はロバート・ノイス氏がかつて住んでいた邸宅を利用して行なわれた。

 なぜ、筆者がそのような意訳をしたのかと言えば、ノイス氏がそうしたことを言いそうなキャラだからだ。ノイス氏は、「ムーアの法則」で有名なゴードン・ムーア氏と2人でIntel共同を創業し、アンディ・グローブ氏(故人)と3人でIntelを現在の巨大な会社に育て上げた。

 そのあたりの詳しい事情は、マイケル・マローン氏の名著「The Intel Trinity」(邦題:インテル 世界で最も重要な会社の産業史、文藝春秋刊)に詳しいので、興味がある方はぜひそちらをお読みいただきたいのだが、その中でノイス氏は、常識を打ち破って新しいことに積極的に取り組むキャラクターとして描かれている。それだけにノイス氏が「どんどん前に進んで、自分一人でも楽しいことを始めてみんな引っ張っていこうぜ!」ということを言ったとしても不思議ではないと考えている。

ロバート・ノイス氏がかつて住んでいた邸宅
ロバート・ノイス氏がゴードン・ムーア氏やアンディ・グローブ氏などとミーティングをしていたというボールルーム

 Intelが、ノイス氏の名言の一部をコーポレート・スローガンに採用することには、2つの意味があると考える。1つはノイス氏の創業時の精神を思い出し、チャレンジャー精神を忘れるなということだろう。もう1つは世の中に対して「一緒に新しいことを始めよう」という呼びかけだ。

Intel本社の博物館「Intel Museum」に展示されていたノイス氏の社員バッジと日本語の名刺

 今のIntelは2021年にパット・ゲルシンガーCEOが戻ってきて以来、変革期の真っただ中にある。ゲルシンガー氏が打ち出したIDM 2.0戦略は、これまでほぼ100%自社のためだけに生産してきた創業以来のビジネスモデルを大転換し、自社工場をIntelの競合を含む外部の半導体メーカーにも開放し、ファウンドリとして機能を併せ持つことになる。

 Intelが自社事業部の需要に関係なく、巨大な半導体メーカーとして生き残る上で、この大転換は避けて通れない道だけに、この決断を将来振り返ると、大きな分岐点だったということになると筆者は予想している。

 そのIDM 2.0戦略が本格化するのは、2024年~2025年になるとされており、いまはそこに転換していく過程にある。「Do something wonderful(素敵なことを始めよう)」は、そうしたIntelを象徴する言葉となる。

日本独自の取り組みとして行なわれているクリエイター施策「Blue Carpet Project」

Intelの日本におけるマーケティング注力ポイントの3つの柱

 実は、Intelの日本でのマーケティング活動は革新の歴史と言い換えても過言ではない。最も有名なところでは、「Intel Inside Program」の原形は日本法人が作ったのだ。

 現在、PCにCPUなどのチップやテクノロジーのロゴステッカーが貼られるのは当たり前になっているが、これは1990年代前半にIntelが「Intel Inside Program」という形で始めたことが起源になっている。後にいろいろ派生し、その定義は1つではないのだが、PCメーカーがPCに「Intel Inside」と書かれてロゴを貼ることで、共同キャンペーンなどを行なうというのが概要だ。

 そのIntel Inside Programを最初に始めたのは日本法人で、当初は「Intel In it」を書かれたロゴシールを日本独自で貼付していた。その成功を見た米本社がそれをより洗練させて「Intel Inside Program」へと昇華させ、現在まで継続されて行なわれているロゴプログラムとなっているのだ。

 そうした歴史を持つIntel日本法人のマーケティング本部だが、上野氏は2023年における日本でのマーケティング戦略として「未来は作り出すもの、単価アップと市場拡大、コミュニティの拡大」という3つの柱を掲げている。

 上野氏は「未来を作るというと大げさに聞こえるかもしれないが、ユーザー1人1人がそれぞれに作り出したい未来があると考えている。それを一緒に作っていきましょうというメッセージを打ち出したいと考えている」と述べており、エンドユーザーとの「共創」を打ち出していく構えだ。

一般消費者向けの施策

 その具体例としては、インテルは昨年から「Blue Carpet Project」と呼ばれる、クリエイター向けプログラムを実施している。「PCの使い方として最先端にあるのが、ゲーミングとコンテンツクリエーションであり、そうジャンルでさまざまなインフルエンサーの方にPCの選び方などに関して発信していただいている。

 PCは数多くの選択肢があり、それが長所なのだが、選択に迷ってしまうという短所にもなり得る。そこで、自分に適したPCを選ぶための情報をインフルエンサーの方々に発信していただいている」(上野氏)。

Blue Carpet Projectに参加しているクリエイターの使用機材を公開する計画

 こうした取り組みは、特にコロナ禍によりPCの位置付けを見直している若い世代にアプローチするという文脈の中で行なわれている。コロナ禍になったことで、ビジネスパーソンだけでなく、大学生や高校生などの若い世代でも自宅でのPC利用が当たり前になりつつある。ただ、これまでPCを自分で買ったことがない若いユーザーにとって、星の数ほどあると言っていいWindows PCの中から自分にあった1台を選ぶのは、なかなか難しい作業なのだ。そこで、PCを選ぶ経験にたけているインフルエンサーにそれを発信してもらうというのは地道だが重要な取り組みだと言える。

 今PCメーカーにとっては、若い世代にPCを買ってもらうことが重要なテーマになっている。PCメーカー関係者と話していると、PCを買う若いユーザー層は完全に二分されているという。1つは、とにかく性能が高いハイエンドPCを購入する層。そうしたユーザーはPCメーカーがきちんと情報を発信しておけば、自分で調べて買ってくれるので、よい製品さえ作れば買ってくれるのでPCメーカーとしてアプローチは容易だ。

 それに対して、もう1つのユーザー層は、PCには基本的には興味がないけど、仕事や学業で必要だと言うことをコロナ禍で認識し、PCを買う/買い換えるというユーザー層だ。そのユーザー層が上野氏のいう「PC購入時の選択に迷うユーザー層」であり、そこをPC業界がきちっとカバーしていく必要があるということだ。

 準備が整えば3月にも、Blue Carpet Projectに参加しているクリエイターの使用機材を公開する計画で、各クリエイターが使うアプリ向けにはどういうPCがいいのかを選ぶ参考になるだろう。

iPhoneも使えるPCリンクツール「Unison」を搭載する第13世代Core搭載EvoノートブックPCを訴求

EvoとUnisonで一般消費者への訴求を目指す

 Intel製品の認知度を上げる取り組みは、今年も製品カテゴリごとに行なっていく計画だ。一般消費者向けのPCであれば、それは第13世代Coreベースに進化する「Intel Evo platform」であり、それと組み合わせて提供される「Intel Unison」の提供となる。

 上野氏は「Unisonは第13世代CoreベースのEvoを語る上で重要なポイントになると考えている。というのも、PCとスマートフォンの連携を実現するUnisonは日本で大きなシェアを持つiPhoneをサポートしているからだ」と述べる。

 Unisonは、MicrosoftがWindows 10/11向けに提供している「スマートフォン連携」に似たツール。PCとスマートフォンの間でファイルのやりとりをしたり、PCからSMSを送ったり、電話に応答したりという機能を備えたリンクツールとなる。

 Microsoft純正のスマートフォン連携との最大の違いは、スマートフォン連携がAndroidのみに対応しているのに対して、UnisonはiPhoneにも対応しているということだ。筆者が繰り返すまでもなく、わが国ではiPhoneのシェアが他の市場と比べても高く、iPhoneとWindows PCを連携させることができるUnisonは、iPhoneユーザーに魅力的に映るだろう。

 そうした製品群を持って、本年はユーザーがPCに出合う「面」を増やしていきたいと上野氏。「現在家電量販店でPCは、PCコーナーでだけ販売されている。しかし、今後はたとえばカメラ売り場で販売してもらう、あるいはゲーミングPCをゲーム売り場で販売してもらう、そうした面を増やしていく取り組みが重要だと考えている。販売員のPCに対する知識などの課題もあるが、ぜひ実現していきたい」(上野氏)。

6月にかつてのIDF Japanに相当するIntel Connectionを開催

vProの訴求
Intel vPro プラットフォーム Limited Showcaseを開催

 ビジネス向けのPCでは、引き続きvProの訴求を続けて行く。「今年は特にコロナ禍の中で高い負荷がかかって大活躍だった企業内情シス担当者に光を当てていきたい。そしてコミュニティを形成し、情シスの担当者を後押しするような取り組みを本年も行なっていきたい」と上野氏。

 また、Intel vPro プラットフォーム Limited ShowcaseというvProソリューションを紹介するイベントを2月22日に行なう計画も明らかにしている。

データセンター向けには第4世代Xeon SPの訴求やIntel Connectionを開催

 データセンター向けには、先日発表された第4世代Xeonスケーラブル・プロセッサー(Xeon SP)の、アクセラレータによる電力効率の改善などの訴求を引き続き行なっていく。

 その計画の1つとして「Intel Connection」というイベントを6月に開催する計画だと上野氏は明らかにした。Intelは昨年5月にVision、9月にInnovationという2つの「on」シリーズカンファレンスを米国で行なった。

 上野氏によれば日本法人が計画している「Connection」はそのonシリーズを現地法人が行なうものと位置付けられており、6月に東京ミッドタウン・ホールで行なわれる予定だという。今のonシリーズは、かつて「IDF」(Intel Developer Forum」として行なわれてきたカンファレンスの現代版であり、6月に行なわれるConnectionは、かつての「IDF Japan」の復活と言うことができるだろう。

 上野氏は、ConnectionではIntelだけでなくパートナーのソリューションも展示していくことで、日本のさまざまな社会課題解決に貢献できるイベントにしていきたいとした。