笠原一輝のユビキタス情報局

Intelが新CPUを製品コードネームではなくマイクロアーキテクチャ名で説明したその背景

故ロバート・ノイス氏(右)とそのかつての私邸(左)

 米Intelは、ベイエリアにあるIntelの創業者である故ロバート・ノイス氏の私邸だった家屋で記者説明会「Intel Architecture Day」を12月11日に開催した。

そこで発表された内容に関しては別記事(Intel、次世代CPUアーキテクチャ「Sunny Cove」の概要を明らかにIntelの次期内蔵GPUは1TFLOPSの性能で3Dゲームにも対応Intel、CPUやGPUを3次元積層する業界初の3Dパッケージング技術「Foveros」を発表)でお伝えした通りだ。

 本記事では、現地で取材してわかった、こうした内容の背景にあるIntelの開発戦略の大変更について、筆者の考察を交えながらお伝えしていきたい。

 今回、Intelは別記事で紹介したように、次世代CPUのアーキテクチャを、従来のSkylake、Kaby Lakeのような製品コードネームではなく、CPUのマイクロアーキテクチャのコードネーム「Sunny Cove」で呼んで説明した。これはなぜなのだろうか?

会場となったのは故ロバート・ノイス氏がかつて住んでいた私邸

 Intelの創始者は、厳密に言えばロバート・ノイス氏(1927年~1990年)と「ムーアの法則」でその前が知られているゴードン・ムーア氏により創設されたが、ほぼ創設期からこの2人と一緒に会社を発展させたアンディ・グローブ氏(1936~2016年、79歳で死去)を加えて、3人がIntelの創業者という扱いをされることが多い。

会場となった故ロバート・ノイス氏の私邸だった家屋
説明会が行なわれた部屋は、かつてIntelが小さかった頃にはボールルーム(宴会場)として使われていた部屋だという。ここでボブ(ロバート)、ゴードン、アンディの3人が侃々諤々の議論をしていたのかもしれない……

 ロバート・ノイス氏はIntelが巨大企業になりきる前に亡くなったため、日本では3人の中でもっとも知名度が低いが、Intel創業者3人衆の中での筆頭はノイス氏だ。

 ノイス氏はマイクロプロセッサを発明したエンジニアの1人とされており、ムーア氏、グローブ氏とともに、いまのIntelの基礎を作ったと言っても過言ではない。

 このあたりの歴史にご興味あれば、「Intel Trinity(邦題: インテル 世界で最も重要な会社の産業史)」などの書籍が刊行されているので、お読み頂くといいだろう。

ロバート・ノイス氏の「Don't be encumbered by history. Go off and do something wonderful」という有名な台詞。同じ台詞はIntelの本社ビル(RNB=Robert Noyce Building)にも書かれている

 残念ながら、筆者がIntelを取材するようになった90年代の半ばにはノイス氏は亡くなっており、直接お会いしたことはないのだが、そうした各種の書籍を読む限り、ノイス氏はいつでも果てしなくポジティブだった様子がうかがえる。

 今回も、冒頭にノイス氏の有名な台詞である「Don't be encumbered by history. Go off and do something wonderful」が紹介された。

 素敵な英語なので、筆者ごときが日本語に意訳するのはすごくおこがましいのだが、その意味を解釈しながら日本語にすると、「時代に逆らっても意味ないよ、別のことでもっと楽しくやろうぜ!」とでもなるだろうか。この台詞を聞いただけでも、ノイス氏という人物が底抜けに前向きな人だったことがうかがえるだろう。

Intelにとっての強みが失われつつあるいま、Intelも大きく変わる時期に来ている

 今回Intelが、そうしたノイス氏のかつて住んでいた私邸があったところを会場にして(現在はノイス家の所有ではなくほかのオーナーの所有)記者会見を行なったのは、それ自体が隠されたメッセージになっている。

 というのも、いまIntelは、いろいろな意味で変わらないといけない状況になっているからだ。

Intel上席副社長 兼 Intelアーキテクチャ/グラフィックスソリューション事業本部長 兼 エッジコンピューティングソリューション主任アーキテクト ラジャ・コドリ氏。AMDではグラフィックス事業を率いていた

 その状況を説明できるうってつけの人材を、Intelは今年の3月に招き入れている。今回の記者説明会でIntelの新しい方針を説明した、Intel上席副社長兼Intelアーキテクチャ/グラフィックスソリューション事業本部長兼エッジコンピューティングソリューション主任アーキテクトのラジャ・コドリ氏だ。

 コドリ氏は、今年(2018年)の3月に、Intelと直接の競合関係にあるAMDからIntelに移籍し、話題になっている。いまコドリ氏は、グラフィックスだけでなく、IA(Intel Architecture)も含めた全体の責任者となっている。

 じつは、Intelの幹部に就任しているAMD出身者はコドリ氏だけではなく、クライアント向けプロセッサの開発責任者と言って良いIntel上席副社長兼シリコンエンジニアリング事業本部 事業本部長のジム・ケラー氏も、Intelに移る前は、AMDでZenアーキテクチャの開発を主導していたことはよく知られている。

 ちなみにケラー氏は、AMDの前はAppleでチーフアーキテクトとしてiPhone4に採用されたA4プロセッサの開発を主導しており、現在のiPhoneの大成功の礎を作ったのは人物だ。

Intel 上席副社長兼シリコンエンジニアリング事業本部 事業本部長 ジム・ケラー氏。AMDではZenの主任アーキテクトだった

 そんなIntelの強みも、そして弱みも競合他社という第三者の目から見てきたコドリ氏は、これまでのIntelの強みは2つあったと説明する。

 x86アーキテクチャというCPUのアーキテクチャを、Intelとそのライセンスを与えたAMDだけで独占してきたことが1つ。

 そしてもう1つは、Intelがムーアの法則という経済原理の中で、x86アーキテクチャを独占してきたことによって得た利益を、新しい製造プロセスルールの開発費に回すことで、常に他社よりも1世代ないしは2世代新しいプロセスルールを使うことができ、性能面や消費電力の観点でメリットを得てきたことだ。

これまでのIntelの強み

 だが、すでにどちらの強みも薄れている。

 前者はモバイル市場でのシェア獲得に完全に失敗したこともあり、PC+モバイルを1つのクライアントデバイスという市場で見た場合、もはや10%程度でしかないというのが現状で、年によってばらつきはあるが、スマートフォンが約20億台の市場であるのに対して、PCは約2億台の市場だからだ。

 データセンター市場では未だに強みはあり、Armが参入を目指しているものの、なかなか参入には成功できていないが、それとて、いつまでモバイルと同じようなことが起こるかわからない、というのが現状だろう。

 製造プロセスルールも同様だ。これまでIntelは、ほかの半導体メーカーが利用しているファウンダリに対して、1~2年程度のリードを保ってきた。それが、Intelが他社と競争する上で、有利な状況を作ってきた。

 ところが、Intelは10nmの出荷で躓いてしまった。10nmの最初の製品となる予定だった「Cannon Lake」は、1年以上遅れて出荷されたが、GPUなし版を細々と出荷しているだけで、メインストリーム向けの製品やハイエンド製品は未だに出荷できていない。

 Intelは、「同社の14nmは、ほかのファウンダリの10nmに相当する」とやや強がりとも取れる説明をしてきたが、とうとうほかのファウンダリ(TSMC)が7nmを立ち上げ始め、実際に製品を出荷できている。

 Intelが主張するとおり、ほかのファウンダリの7nmがIntelの10nm相当だとしても、客観的に見て、Intelはすでに他社に遅れを取っている状況だ。

 だからこそ、Intelは変わらなければならない。まさにノイス氏の言葉の通り、「周りの環境が変わってきているのなら、どこか別のところへ行かないといけない」、Intel自身もそう考えているからこそ、今回ノイス邸で記者会見を行なったのだろう。

脱x86依存、脱プロセスルール依存がキーポイント

 Intelが今回の記者説明会で言いたかったことを、一言でまとめるとすれば、「脱x86/プロセスルール依存」、これに尽きるだろう。

 だが、誤解しないでほしい。それはx86アーキテクチャを捨ててArmをやるとか、自社の製造施設への投資をやめ、ファンダリに製造を委託するといったことではない。

これからIntelが力を入れていく6つの柱

 コドリ氏は、新しいIntelの柱は6つあると説明した。

 製造プロセスルール、アーキテクチャ、メモリ、インターコネクト、セキュリティ、そしてソフトウェアの6つだ。

 これらそれぞれに強みを出していくことで、トータルで他社を凌駕していく、それが新しいIntelの戦略だという。

 つまり、2つだけに注力していた以前の戦略から、4つの新しい柱を加えるという戦略になるので、「脱x86/プロセスルール依存」というのが正しい表現になる。

Foveros

 「脱x86/プロセスルール依存」を実現していく中で、今回Intelはいくつかの新しい発表を行なった。もっともも重要なもの1つは、ロジック回路の3Dスタッキングを実現した3Dパッケージング技術だろう。

 詳しくは別記事を参照して欲しいが、現在Intelが実現しているのは、10nmのCPU+GPUという高性能ロジックと、22nnmのSoCを上下に搭載し、さらにその上にメモリを乗せるというものだ。

 Intelによれば、将来的にはこのように3D方向だけでなく、さらに2D方向にも複数のロジック回路を搭載し、それを3Dに搭載していくこともできるようになるという。

 そうなると、たとえばCPU、GPU、FPGA、さらにはAI用のNPUなどをそれぞれ搭載して、メモリや、果てはストレージまで搭載できてしまう可能性がある。

 Intelは、2015年にAlteraを買収してFPGAを、2016年にNervana Systemsを、そして2017年にはMobileyeを買収して、AIやコンピュータビジョン関連の半導体技術を得ている。つまり、Intelにはそうしたロジック回路の資産が沢山あるのだ。

 Alteraの製品はすでにIntelの半導体工場での生産に移行しているが、NervanaやMobileyeなどは、現状ファウンダリを使って生産しており、それを急いでIntelの半導体工場へ移行するのには、膨大な時間がかかる。

 しかし、こうしたダイスタッキング技術を使えば、膨大な投資も必要もなく、1つの製品に統合できる。

Kaby Lake-G(CES 2018で撮影)

 実際、Intelは2Dのダイスタッキングで大きな成功を収めてきた。

 直近の例では、「Kaby Lake-G(Core i7-8809G、Core i7-8709G、Core i7-8706G、Core i7-8705G、Core i5-8305G)」でCPU、dGPU、さらにHBMのメモリを1つのパッケージ上に統合している。

 さらに言うなら、ノートPC向けに提供しているU/YシリーズのCoreプロセッサは、CPUとPCHを1パッケージに実装しており、世界中のノートPCに採用されていることも考えれば、こうしたダイスタッキング技術が非常に有望であることは間違いなく、今後Intelの強みになっていく可能性はある。

新しいソフトウェアプログラミングモデルとしてOne APIを提案

 だが、そうしたヘテロジニアスなプロセッサを3Dパッケージで作ったとしても、ソフトウェアを作る側から見ると、x86プロセッサのソフトウェアを作り、それとは別のコードでGPUをサポートし、さらにこれからはFPGAやアクセラレータもサポートしないといけない……となりソフトウェアが複雑になりすぎてしまう。

 そこで、今後Intelが取り組んで行くことになるのが、「One API」という新しいソフトウェアのプログラミングモデルになる。

 One APIでは、IntelがAPI、ミドルウェアやフレームワークを提供し、そのミドルウェアが処理に適したCPU、GPU、FPGA、NPU、アクセラレータなどに割り当てながら実行していく。

 コドリ氏によれば、「新しいISA(命令セットアーキテクチャ)のようなもの」とのことで、プログラマーはOne APIに向けたアプリケーションを作るだけで、最適なハードウェアを実行することができる。

 こうなると、CPUのISAは何か、GPUはIntelのGPUなのか、NVIDIAのGPUなのかということなどはどうでも良くなり、One APIに対応したソフトウェアのコードを書けば、後はOSがブートしているCPUアーキテクチャ向けにコンパイルするだけでよい。

One APIの仕組み

 これが本当に実現すれば、CPUのアーキテクチャの重要性は、単なるOSのブート用ということだけになるので、今後それがArmかx86かということは重要ではなくなっていくはずだ。

 実際コドリ氏は、「One APIでは、IntelのISAだけでなく、他社のISAをサポートすることも可能だ」と述べており、実際にそうしてくる可能性は高いと言える。

 もちろん、それを実現するためには、OSベンダと協力したり、ソフトウェア開発者にOne APIを使ってもらわなければならない。

 それこそ「言うは易く、行なうは難し」の典型例だけに、今後Intelがどの程度本気で取り組むつもりがあるのか、そこも含めて、今後の動向を見守っていく必要はある。

脱プロセスルール依存を目指して、プロセスルールに最適化しないIP設計を急ぐ

Intel テクノロジー/システムアーキテクチャ事業本部プレジデント兼クライアント事業本部 最高エンジニアリング責任者 マーティー・レンダチンタラ氏。ちなみにレンダチンタラ氏自身もQualcomm Technologyからの移籍組

 そして、脱プロセスルールに関してもIntelは本気で取り組んでいく。

 この記者説明会の最後に登場した、Intel テクノロジー/システムアーキテクチャ事業本部プレジデント兼クライアント事業本部 最高エンジニアリング責任者のマーティー・レンダチンタラ氏は、10nmの立ち上がりの遅れについて質問されると、

 「10nmで我々が学習したことは、ロードマップを着実に実行していくにはIP(知的財産権、ここではCPUのマイクロアーキテクチャなどプロセッサのデザインのこと)がSoCから独立していることが大事だということだ。

 今後のIntel製品では、あるプロセスルール、そしてそれより1世代先では製品がオーバラップしていくことになるだろう。

 14nmと10nmを比べた場合は、14nmの方がまだまだよいところがたくさんあり、移行することができなかった。製品のロードマップ、約束した機能や性能などを、着実に提供していくことが最も重要なコトだ」

 と述べ、Intelが今後はプロセスルールの進化と製品の実装を切り離したロードマップにしていくという方向性を明らかにした。

 これは、Intelにとっては戦略の大転換と言える。

 Intelは「TICK-TOCK」と呼ばれる製品戦略を基本としてきた。TICK-TOCKとは、前のプロセスルール世代のマイクロアーキテクチャを微細化した製品を、まず新プロセスルールでリリースし(これをTICKと呼ぶ)、その後、新しいプロセスルールに合わせて作られた新マイクロアーキテクチャの製品(こちらをTOCKと呼ぶ)をリリースし、新しいプロセスルール世代でそれを微細化し……というのをチクタクと繰り返していくことから名付けられた戦略だった。

 このメリットは、新しいマイクロアーキテクチャをより先進的なプロセスルールに最適化することで、性能向上や電力効率を得ることができることだった。

 このTICK-TOCK自体は、Kaby Lakeという“Skylake Refresh”を出さざるを得なくなった段階で、すでに破綻していたのだが、それでも10nm世代では、まずSkylake(およびそのリフレッシュ版であるKaby Lake)の微細化版であるCannon Lakeをリリースし、その後新しいマイクロアーキテクチャになるIce Lakeをリリースする計画だった。

 しかし、Cannon Lakeはキャンセルこそされなかったものの、大きく遅れて内蔵GPUなし版を限定されたOEMに出荷できたに過ぎない。つまり、実質的にはキャンセルされたのと同じような状況にある。

 そのあおりを受けて、10nmの新アーキテクチャであるIce Lakeは、本来であれば2017年の末にリリースされているはずが、1年以上経ってもまだリリースできていない状況だ。

 ところが、Ice Lakeは10nmを前提に設計しており、10nmがより安定するまで、出荷を待たなければならない状況に陥ってしまったのだ。

Sunny Coveのデモ。今回Intelは、Sunny Coveマイクロアーキテクチャを搭載したSoCのコードネームを言わなかったが、Ice Lakeだと推測される

 そこで、今後Intelはプロセスルールとデザインを切り離して、どんなプロセスルールでも作れるようにCPUやGPUを設計する、ということだ。

 極端な話、それはIntelのプロセスルールだけでなく、他社ファウンダリでも作れるようにするかもしれない(なお念のため言っておくが、Intelはそれについて何も言及していない)。

 そうすれば、今回のように10nmの歩留まりが上がらないという状況がやってきたとしても、すぐに14nm用に設計を修正して14nmで製造すれば、今回のようにIce Lakeの出荷が遅れるということを避けられる(もちろん、プロセスルールに最適化するメリットが失われるのとトレードオフだが)。

Intelが公開したCPUマイクロアーキテクチャのロードマップ。製品とは切り離して、IPごとに設計していくというIntelの意志が示されている

 このため、今回Intelが説明した次世代アーキテクチャは、Ice Lakeという製品のコードネームではなく、あくまでCPUのマイクロアーキテクチャのコードネームであるSunny Coveとして説明された、そういうことだ。

 AMDがCPUのマイクロアーキテクチャのコードネームを「Zen」や「Bulldozer」と呼んでおり、CPUの製品を「Raven Ridge」(APU)、「Summit Ridge」(デスクトップ)とコードネームを分けているように、今後はIntelも、CPUのマイクロアーキテクチャを「Sunny Cove」、CPUを搭載した製品を「Ice Lake」と、別々に呼んでいくようになるだろう。