笠原一輝のユビキタス情報局

「沢下り」から「沢登り」へと他2社とは逆の製品展開を行なうIntelのGPU戦略

Intel GPUビジネスの始祖と言えるIntel 740を手に持つIntel 副社長 兼 クライアントグラフィックス製品事業部長 ロジャー・チャンドラー氏

 Intelが、開発コードネーム「Alchemist」(アルケミスト)で開発をしてきた、本格的な単体GPUを「Intel Arc Aシリーズ」(以下Arc Aシリーズ)の製品名で発表した。

 発表の概要や技術的な詳細などに関しては上記の発表時の記事をご覧いただくとして、ここではIntelのクライアント向けGPU事業の責任者となるIntel 副社長 兼 クライアントグラフィックス製品事業部長 ロジャー・チャンドラー氏にお話を伺った内容を中心にして、Arc Aシリーズがどのような製品なのかついて考えていきたい。

Intel GPUの歴史はここ数年ではなく、24年におよぶ歴史があるビジネス

近年のIntelのGPUの進化、内蔵GPUはGen 9、Gen 11、Xe-LP(Gen 12相当)と進化してきて、今回単体GPUとなるArc Aシリーズが発表された。

 Intelが単体GPUビジネスに参入したというと、大きなトピックのように聞こえるかもしれないが、実のところIntelのGPUビジネスの歴史は非常に長い。

 最初にIntelが今で言うところのGPU、当時の言い方にならえばグラフィックスアクセラレータを投入したのは、Intel 740をリリースした1998年に遡る。Intel 740はその前年に買収した「Chips and Technologies」という当時のグラフィックスアクセラレータチップメーカー由来の技術をベースに作られた製品で、出してはみたものの、当時のライバルはもっと高性能なチップをリリースしており、有り体に言えば性能で勝てない製品になってしまったのだ。

Intel 740を搭載したビデオカード、当時はPCI ExpressはまだなくAGPスロットを利用してマザーボードと接続していた

 このため翌年に予定されていたIntel 740の後継製品となるはずだったIntel 752は開発途中でお蔵入りとなり、一度目の単体GPUビジネス挑戦は短い期間で終わりを告げたのだった。

 しかし、そうしたIntelのグラフィックスアクセラレータの技術は意外な形で生き残ることになった。というのも、翌1999年に発表したチップセット「Intel 810」シリーズの一部製品にIntel 752相当のグラフィックスチップが統合され、チップセットに統合されるグラフィックス(今で言うところの内蔵GPU、iGPU、IGP)として生き残ることになったからだ。

 その後、このIntelの内蔵GPUは発展を続けており、2010年にリリースされた初代Coreプロセッサ(Arrandale/ Clarkdale)ではCPUにパッケージレベルで統合され、2011年にリリースされた第2世代Coreプロセッサ(Sandy Bridge)ではCPUにダイレベルで統合されて、今に至っている。

 現在の第11世代Core(Tiger Lake)、第12世代Core(Alder Lake)に内蔵されているXe-LPのコードネームを持つ内蔵GPUは、Intelの内蔵GPUとしては12世代目となるなど世代を重ねてきている。

 実のところ、PC向けのGPUを内蔵GPUも、単体GPUも1つのマーケットとして見ると、市場の6割近くを得てトップシェアはIntelになっている。実際、現在のPC市場の主力製品がノートPCで、そのほとんどが単体GPUを搭載していない薄型ノートPCだと考えれば、それも納得だろう。

 では、Intelは単体GPU市場を諦めてこれまで全く挑戦してこなかったのかと言えば、実はそうではない。二度目の単体GPUビジネスへのチャレンジは、グラフィックス向けではなく、HPC向けに投入された開発コードネーム「Larrabee」で知られる製品だ。その後MICというアーキテクチャ名になりXeon Phiの製品名でリリースされたが、こちらも最終的に成功したとは言えない状況で、いつのまにかフェードアウト状態に。Intelの二度目の単体GPUの挑戦はまたも不首尾に終わったのだ。

拡張カード型のXeon Phi
CPU形状のXeon Phi

 そして、Intelが2018年12月に開催した最初の「Intel Architecture Day」で発表した、新しい単体GPUも見据えた取り組みが、Xeアーキテクチャだ。

 XeはIntelの完全に新しいGPUアーキテクチャのコードネームで、当初から内蔵GPU、ゲーム向けの単体GPU、HPC向けの単体GPUといった複数のセグメントの市場をカバーできるような伸縮可能なアーキテクチャとして開発されたものだ。

 その最初の製品がXe-LPの開発コードネームで知られる内蔵GPU(一部はIris MAXとして単体GPUとしても販売された)で、第11世代Core、第12世代Coreという2世代のIntelのSoCに内蔵GPUとして採用された。

 そして、本格的な単体GPUとしてリリースされることになったのが、今回発表されたArc Aシリーズだ。つまり、今回のArc Aシリーズ、Intelにとっては三度目の単体GPUへの挑戦ということになるのだ。問題はそれが「三度目の正直」となるのか、それとも「二度あることは三度ある」になるのか、どちらの未来がやってくるのか、だ。

Arc Aシリーズの2つのダイ(左がACM-G11、右がACM-G10)

単体GPU市場に参入したのは、AMD/NVIDIAの2社しかいない市場に参入余地があると考えたから

Intel 副社長 兼 クライアントグラフィックス製品事業部長 ロジャー・チャンドラー氏

 そうしたIntelの内蔵GPU、単体GPUビジネスの歴史を踏まえた上で、Intelはなぜ単体GPUビジネスに再び乗り出そうとしているのだろうか?

 Intel 副社長 兼 クライアントグラフィックス製品事業部長 ロジャー・チャンドラー氏は「Intelは5年前にこの市場(単体GPU市場)に参入すると決断した。そこから随分と時間がかかったが、製品の設計を行ない、そのための人材を確保し……という5年間だった。

 Intelがこの市場に参入することを決めたのは、この市場には2社のプレイヤーしかおらず、健全な競争がされているとは思えなかったからだ。健全な競争にはあと1社か2社が必要であり、自分たちがその1社になると決断した。もちろんそれがIntelにとっての新しいビジネスチャンスになるという判断もあったが、一般消費者やOEMメーカーというお客さまにとって選択肢が増えるというのは良いことだと考えているし、お客さまにも支持いただけると考えている」と述べGPU市場の競争も激しくなることで、顧客にとってもメリットがあると考えたからだと説明した。

 チャンドラー氏の言うとおり、現在の単体GPU市場は、AMDとNVIDIAという2社しかプレーヤーがいない市場で、調査会社のJon Peddie Researchの調査によれば、2021年第4四半期のAMDとNVIDIAの単体GPUにおける市場シェアはAMDが19%、NVIDIAが81%と、NVIDIA一人勝ちの状況がここ数年ずっと続いている。そこにIntelが3社目として参入することで、この市場シェアがどう変わっていくのか、それが新規に参入するIntel自身にとっても、そしてPC産業全体にとっても大きな意味があると言える。

従来型の沢下りではなく、沢登りとなる新しいアプローチで市場に参入するIntel

 今回Intelが単体GPU市場に参入するに当たってユニークなのは、いわゆるウォーターフォール(水が高いところから低いところへ流れるという意味の英語)と呼ばれる手法を取っていないことだ。

 ウォーターフォールとは、まずハイエンドの製品を作り、そこからミッドレンジ、ローエンドと派生していくという手法のこと。GPU業界ではそれが常識で、例えばNVIDIAのAmpere世代なら、一番大きなダイとなるGA100をHPC用に投入し、その後ゲーミングには必要ない機能を取り除いたGA102をGeForce RTX 3090/3080として展開し、その後ミッドレンジのGA104をGeForce RTX 3070として、そしてローエンドのGA106をGeForce RTX 3060/3050などとして展開している。つまり、大きなものを最初に作り、そこから徐々に小さい方へと派生していく手法が一般的だ。

 だが、IntelのXeの展開手法はその逆だ。まずXe-LPという内蔵GPU版を作り、その第2段階としてノートPC向けのGPUとして今回発表したArc Aシリーズを展開する。その先には、HPC用となるPonte Vecchio(開発コードネーム)なども用意されており、小さく始めて、だんだんと大きくしていく、言ってみれば沢を登っていくような逆のアプローチと言える。

 チャンドラー氏によればこの手法は「我々の強みを活かすやり方だと思っているのでこうした手法をとっている。まずはSoCに内蔵される内蔵GPUを作り従来製品に比べて4倍の高性能を実現した。そして第2段階として8倍となる今回のArc Aシリーズをリリースした。そしてその先にはゲーマー向けの製品があり、ワークステーション向けの製品がある、そのようにステップ・バイ・ステップでやっていこうとロードマップを作ってきた」とのことで、Intelにとって非常に現実的な選択になっているのだ。

 既に述べたとおり、前出のJon Peddie Researchの調査によれば、PC向けGPU市場というくくりで見ると、Intelの市場シェアは2021年第4四半期で62%と高い市場シェアになっている。そのシェア60%の理由は内蔵GPUなのだから、まずは内蔵GPUを強化するというのは理にかなっている。

 その延長線上に、Intelの強みであるノートPC市場向けに単体GPUを投入し、現在AMDやNVIDIAが持っているノートPC向けの単体GPUの市場を奪いに行くというのが今回の製品のターゲットだと考えられる。

 IntelがノートPCではデスクトップPCよりも高い市場シェアを持っており、ノートPCのベンダーと設計も含めて密接にやりとりをしている現状を鑑みれば、OEMメーカーもIntelの単体GPUを採用してみるかという選択はしやすいと言える。そうしたことを考えれば、まずはノートPCの単体GPUをターゲットにしたのも現実的な選択と言えるだろう。

XeSSやIntel Deep Linkなどの新しい特徴を持つArc Aシリーズ

XeSS

 しかし、それもこれもArc Aシリーズが最終的にノートPCを購入するエンドユーザーにとって魅力的である必要があるのは言うまでもないだろう。チャンドラー氏は「Arc Aシリーズのアドバンテージはいくつかあるが、Direct X12 Ultimateの機能セットをサポートし、下位グレードとなるArc 3でさえ1080pで十分快適にプレイできる性能を実現し、さらにAV1のハードウエアエンコードに業界で初めて対応したことで、ゲームの配信やコンテンツ作成を高速かつ高品質で行なうことを可能にするメディアエンジン、さらに新しいXMXによりAIエンジンを高速化するほか、Intel Deep Linkに対応して内蔵GPUと単体GPUを強調して動かすことができる」と、そのメリットを説明する。

 それぞれの技術的な詳細はIntel Arcの発表概要の記事に詳しく書いてあるのでここでは繰り返さないが、一般消費者にとってもわかりやすいメリットがあると感じられる機能は、XeSS(Xe Super Sampling)とIntel Deep Linkの2つだと筆者は考えている。

 XeSSは、Arc Aシリーズに内蔵されているAI演算用の演算器(XMX)を活用したレンダリング後のアップスケーリング機能で、レンダリング時には1080pの解像度で描画し、それを4Kなどへアップスケーリングして表示する。このため、GPUのレンダリング周りにかかる負荷は1080p描画時と同じ程度で、4Kの表示品質を得ることができるという機能だ。もっともこうした機能はAMDも、NVIDIAも既に取り組んでおり、IntelのGPUだけの特徴という訳ではないのも事実だが。

Intel Deep Link
内蔵GPUと単体GPUの2つのメディアエンジンに分散してエンコードするHyper Encode
Hyper Compute

 もう1つはIntel Deep Linkだ。Intel Deep Linkでは内蔵GPU(第12世代CoreのIris Xe)と単体GPU(Arc Sシリーズ)が強調して動作し、SoCと単体GPUが熱設計の枠をシェアし、ビデオ処理(Hyper Encode)やAI処理(Hyper Compute)を、内蔵、単体、両方のGPUを利用して演算することができる。

 このIntel Deep Linkの最大のアドバンテージは、この機能をIntelのSoC(第12世代Core)と組み合わせて実現できるのは、Arc Aシリーズだけだからだ。AMDの単体GPUはAMDのSoCと同様の機能を実現することができるが、IntelのSoCとはできない。NVIDIAの単体GPUは、組み合わせる内蔵GPUがないため、同じような機能は実現することができないという状況だ。

 そう考えれば、市場シェアが最も高い、Intelの内蔵GPUと組み合わせることができることは、Arc Aシリーズの最大のアドバンテージということができるだろう。

来年投入される計画のBattlemageでは「より多くの市場」をカバーという表現でハイエンド市場参入を示唆

Intelが未明に行なわれたオンライン会見で公開したArcのアドオンカード版。今夏にLimited Editionとして投入されると公表された

 今後の、Intelの単体GPUの展開に関してチャンドラー氏は「今後はご想像の通りデスクトップPC向け版やワークステーションPC版を投入する。それもものすごく先という話ではなく数カ月後のレベルの話だ」とした。

Arcのアドオンカード版

 チャンドラー氏はオンラインで行なった記者会見の最後で、デスクトップPC版のアドオンカードの外形を公開した。詳細などは現時点では不明だが、2つ用意されているArc Aシリーズのダイのうち、大きいダイの方(ACM-G10)を利用して、TDP(熱設計消費電力)の枠を、熱設計に余裕があるアドオンカード向けに引き上げるのだと予想できる。

 ACM-G10を利用しているArc A770MはTDPの枠が120~150Wとなっているが、例えばアドオンカードでは250W程度にTDPを引き上げれば、それだけ性能も引き上げることができる。それらをミッドレンジ(例えばGeForce RTX 3070やGeForce RTX 3060など)への対抗製品として投入するのは十分ありだろう。

 ではGeForce RTX 3090やGeForce RTX 3080などのハイエンドカードに対抗できる製品はいつになるのだろうか。Intelがゲーマー向けのハイエンド製品として計画しているのが、開発コードネーム「Battlemage」(バトルメイジ)で呼ばれる次世代アーキテクチャベースの製品となる可能性が高い。

Investor Meeting 2022で公開されたIntel GPUのロードマップ。Alchemistの次はBattlemageが計画されている

 Intelは3月に行なわれたInvestor Meeting 2022の中で、Battlemageを2023年~2024年にかけて投入すると明らかにしており、チャンドラー氏は「現時点ではBattlemageに関して多くは語れないが、より多くの市場をカバーする性能を持ち、新しい機能を追加する」と説明しており、ハイエンドなゲーマーもターゲットにしている可能性を示唆している。

 その意味で、デスクトップPC向けのGPUにおいて本当の性能競争が起こるのは来年(2023年)以降ということになるが、まずは今年ノートPCとメインストリーム市場で3社による競争が起きることになる。言うまでもなく競争は、一般消費者にとってメリットであり、競争が激しくなれば各社ともに技術の投入を前倒しせざるを得なくなるし、価格競争も発生する。その意味で一般消費者にとってはメリットしかないので、歓迎して良いと言えるのではないだろうか。