笠原一輝のユビキタス情報局

貼り替え不要のデジタルプライバシーフィルム「ThinkPad Privacy Guard」は今後トレンドのセキュリティ機能だ

ThinkPad Privacy Guardを有効にした状態、横から見えないことがよくわかる

 レノボのThinkPadシリーズと言えば、横浜市にある「大和研究所」で開発されている“準国産”のビジネス向けPCだ。そして今回取り上げるのは、ThinkPadシリーズの2019年モデルから搭載されている新機能「ThinkPad Privacy Guard」である。

 最近カフェや新幹線などで、ノートPCの画面に「プライバシーフィルム」を貼っている人をよく見かけるようになった。プライバシーフィルムは画面の視野角を制限して、横から内容を盗み見できないようにするためのものだ。

 プライバシーフィルムはセキュリティ上は好ましいのだが、フィルムによって画面がやや暗くなってしまう不便さもある。会社や自宅といった安全な場所で使う場合に、剥がして使うという手はあるが、何度も貼ったり剥がしたりするうちに汚れたり傷がついたりしてしまうし、そもそも最近の狭額縁ディスプレイのノートPCにはつけられないという問題もある。

 そうした物理的なプライバシーフィルムの課題を解決すべく、PCメーカー各社が取り組みを強めているのが「デジタルプライバシーフィルム」と呼ぶべき機能である。方式はさまざまあるが、プライバシーフィルムを、ディスプレイの機能の1つとして再現しようというものだ。

 今回はレノボのThinkPadシリーズに搭載されているデジタルプライバシーフィルム機能「ThinkPad Privacy Guard」について、大和研究所のエンジニアの方にお話をうかがってきた。

プライバシーフィルムにはさまざまな問題が

市販のプライバシーフィルムが抱える課題

 ビジネスユーザーにとって、外でノートPCを使うときにセキュリティをどのように確保するかは重要だ。ストレージを暗号化し、パスワードだけでなくPINコードを利用したロックを施し、指紋認証/顔認証の設定も行なうなど、現代のノートPCにはそういった機能が提供されている。

 ただし、これらのセキュリティ機能では、直接画面を盗み見するような行為を防げない。もちろん作業内容が年賀状の作成のような他愛のないものであれば、盗み見されたとしても「隣の人がすっごい年賀状編集してたよ」とSNSでシェアされるぐらいで済むかもしれない。ただ、もしそれが企業の機密情報だったり、未発表の製品をプレゼンするときの資料だったりすると、こうした「ソーシャルハッキング」は情報漏洩につながる危険性がある。

 そこで、冒頭で述べたようにプライバシーフィルムが使われるわけだ。プライバシーフィルムはディスプレイに直接貼るか、フックでディスプレイに装着して利用する。ただし、最近のノートPCはディスプレイが狭額縁になっているものが多く、フィルムを貼りつけたり、フックを取りつけたりする余裕がないといった問題が発生している。

 そのため、この機能を重要視するメーカー各社は「デジタルプライバシーフィルム」の開発に取り組んでおり、レノボもそのうちの1つだ。レノボのデジタルプライバシーフィルムは、今年(2019年モデル)のThinkPadに「ThinkPad Privacy Guard」として搭載された。

レノボ・ジャパン 株式会社 コマーシャル事業部 企画本部 製品企画部 マネージャ 元嶋亮太氏

 レノボ・ジャパン 株式会社 コマーシャル事業部 企画本部 製品企画部 マネージャ 元嶋亮太氏は、「プライバシーフィルムはオン/オフできないなどの課題を抱えているが、総務省のテレワークのセキュリティガイドラインでもふれられるなど注目度が上がっている」とし、企業だけでなく国も関心を寄せていることから、その必要性を説く。

特別な導光板システムとプライバシー液晶セルで実現

ThinkPad Privacy Guardの仕組み

 ThinkPad Privacy Guardの仕組みだが、特許などとの絡みもあるため詳しいことは説明できないということだった。しかし、原理としては液晶ディスプレイの内部に「プライバシー液晶セル」を加えて、それと新規開発した導光板システムを組み合わせることで、セル内の液晶の配光角を制御することで視野角を広げたり、せばめたりしている。

 液晶ディスプレイは、通常バックライトの上に液晶のセルが載っており、セルのRGB3つの素子をバックライトで照らすことで色を表現している。ThinkPad Privacy Guardでは、その中間に「プライバシー液晶セル」を組み込み、バックライトからの光の当て方を調整する導光板システムを改良することで実現している。

 ThinkPad Privacy Guardがオフの時には配光角が通常になっており、プライバシー液晶セルはすべての光を通すので、通常の液晶ディスプレイと同じ視野角を確保する。これに対して、オンのときには配光角を特定の角度にして光を遮断する。ただ、プライバシー液晶セルを1層追加しているため、ディスプレイ部分の厚みは若干だが増えている。

 一例として、ThinkPad Privacy Guardが導入されている「ThinkPad X1 Yoga(第4世代目、2019年モデル)」では、以下の4つの液晶がラインナップされ、CTO時などに選択できるようになっている。

【表】ThinkPad X1 Yoga(2019年モデル)のディスプレイの種類
ディスプレイパネル輝度コントラスト比
(1)フルHD Low PowerIPS方式400cd/平方m800:1
(2)フルHD Privacy GuardIPS方式400cd/平方m1,000:1
(3)WQHDIPS方式300cd/平方m800:1
(4)4KIPS方式500cd/平方m1,400:1

 このうちThinkPad Privacy Guardが搭載されているのは(2)のパネルのみとなる。(1)のLow Powerとは、Intelなどが主導権を取ってパネルメーカーと導入を進めている低消費電力モードを備えた液晶ディスプレイのことで、現在はフルHDパネルでだけ選択できる。

 逆に、ThinkPad Privacy Guardは低消費電力のパネルではない。それはプライバシー液晶セルを使うには品質の良いバックライトが必要であり、そこで電力を食ってしまうからだ。ThinkPad Privacy Guardなしのパネルよりもコントラスト比を下げないためには、バックライトの強化は避けて通れないのだ。ただ、高品質なバックライトの利用によって、コントラスト比はLow Powerの液晶パネルよりも改善されているという副産物もある。

 なお、4KのパネルにPrivacy Guardの用意されていないのは、同じように消費電力の問題からだ。4Kの表示を維持できるだけのもっと明るいバックライトが必要であり、そうなると商品として成り立たないぐらい電力が増えてしまう。そのため、いまのところは用意されていないということだった。

ThinkPad Privacy Alertの機能
レノボ・ジャパン株式会社 アドバンスドイノベーションセンター 副社長テクニカルアシスタント シニアエンジニア 川北幸司氏

 また、Lenovoはこうしたハードウェアの実装だけでなく、ソフトウェアの拡張も行なっており、「ThinkPad Privacy Alert」という機能では、前面カメラを常時動作させておき、肩越しの情報をのぞき見している人がいたりすれば、PCの画面にアラートを表示できる。

 レノボ・ジャパン株式会社 アドバンスドイノベーションセンター 副社長テクニカルアシスタント シニアエンジニア 川北幸司氏によれば、この機能をレノボはエッジAIの機能としてソフトウェアで実装しており、Windows Helloの赤外線カメラがついているThinkPadで利用可能にしているとのこと。

 これにより、ただ単に後ろを通っている人を検知するだけでなく、人が画面を見ているかどうかをAIが判断でき、それによってPCのディスプレイにアラートを出しているということだった。

後発だからこそ先行を上回るモノを作りたい

ThinkPad Privacy Guardの動作

 じつはデジタルプライバシーフィルムの機能をノートPCに搭載させたのはレノボがはじめてではない。最初に導入したのはHPであり、「Sure View」というブランドで2017年の製品から実装。ついで、レノボがThinkPad Privacy Guardを、そしてデルが「Safe Screen」を展開している。

 後追いとなったレノボだが、先行するメーカーを上回るような機能の実現を目指して開発してきたと、レノボ・ジャパン株式会社 メカニカル・エンジニアリング&クオリティー・バイ・デザイン 部長 滝田貢氏は説明する。

ThinkPad Privacy Guardの開発で苦労した点
レノボ・ジャパン株式会社 メカニカル・エンジニアリング&クオリティー・バイ・デザイン 部長 滝田貢氏

 滝田氏は、「開発段階ではおもにターゲットを3つに絞った。(1)のぞき見を防止するために視野角をせばめる基本的な機能の実装、(2)ThinkPad製品としての品質や信頼性を確保すること、(3)消費電力への影響を最小限にすることだ」とする。

 要するに、のぞき見を防止するために視野角をせばめる機能を実装するが、それによるバッテリ駆動時間への影響を最小限にし、何よりThinkPadのブランド名に値する品質を目指すということだ。というのも、競合他社の製品では実際にそうした不満を持つユーザーが少なくなかったからだ。

 滝田氏はできあがった製品に関して、現時点では世界最高レベルと言えるだけの自信があるという。その根拠は、「斜めの見えない角度を規定し、それを実現した上で中心輝度を測ったときに、他社製品よりも明るい」からとする。つまり、ただ見えなくするのではなく、正面から見ている人には明るく見え、斜めから見たときには中心輝度が低くなるように設計されているわけだ。

ThinkPad Privacy Guardを有効にした状態、横からだと画面は見えない
ThinkPad Privacy Guardを無効にした状態、横からも画面が見えている

 また、ThinkPad Privacy Guardはユーザーの使い勝手を考えて、[Fn]+[D]キーでオン/オフできるようになっており、社内と社外で容易に使い分け可能。Lenovo Vantageという設定ツールを利用すると、切り替え機能をF12キーに割り当てることもできる。

顧客の反応は上々。今後は多くのビジネスPCで採用される

 こうしたデジタルプライバシーフィルムの機能だが、元嶋氏によればユーザーの反応は非常に良いという。とはいえ、今年の半ば発売のモデルで採用されたばかりということもあり、認知度の向上はこれからという段階だ。

 現時点でPrivacy Guardが採用されているのは、「ThinkPad X1 Carbon(第7世代)」、「ThinkPad X1 Yoga(第4世代)」、「ThinkPad X390」、「ThinkPad T490s」、「ThinkPad T490」で、基本的には持ち運びを前提とした13~14型クラスのモバイル向けのノートが対象だ。

 値段はモデルによって異なるが、おおむね通常のフルHDディスプレイに比べて約1.5万円アップという価格設定がされているようだ。数千円で買えるプライバシーフィルムよりはやや高いが、電気的にオン/オフできることを考えれば妥当な価格設定だろう。

 最近ではテレワークやリモートワークの認知が浸透しつつあるが、セキュリティへの懸念からなかなか導入に踏み切れない企業も少なくないと聞く。レノボのThinkPad Privacy Guardは簡単に導入できて使い勝手が高いため、セキュリティ性を高めたい企業や多くのユーザーに受け入れられそうだ。今後は他社も含めて、ビジネス向けPCの人気機能になっていき、採用例が増えていくのは間違いないだろう。

左からレノボ・ジャパン 株式会社 コマーシャル事業部 企画本部 製品企画部 マネージャ 元嶋亮太氏、レノボ・ジャパン株式会社 メカニカル・エンジニアリング&クオリティー・バイ・デザイン 部長 滝田貢氏、レノボ・ジャパン株式会社 アドバンスドイノベーションセンター 副社長テクニカルアシスタント シニアエンジニア 川北幸司氏