笠原一輝のユビキタス情報局

来週のWindows 7サポート終了を見据え、モダンPCへの移行を急ぐPCメーカー

Dellが1月2日に発表した新XPS 13(9300)。XPS 13はノートPCとしては最初に狭額縁ディスプレイを採用した製品としてモダンPCの元祖の1つと言ってもいい製品。

 2019年は、日本のPC業界にとっては「特需」と言えるような年になった。最終的な市場の状況はまだ発表されていないが、JEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会)が発表している「パーソナルコンピュータ国内出荷実績」の2019年度4月~11月期は、ここ10年で見られなかった大きな成長を果たした。それもこれも、2020年1月14日に予定されているWindows 7のサポート終了を前に、企業PCの買い換え需要が非常に強かったからだ。

 だが、その「特需」はまもなく終わりを迎えることになる。その特需後に、PCメーカーはどのような戦略で臨むのかが次の課題となる。

 PCメーカー各社は、「デジタルトランスフォーメーション」(DX)を実現するための新しいハードウェアを搭載した「モダンPC」を次の柱としていく戦略だ。1月7日(米国時間)から開幕する予定のCES 2020に合わせて、PCメーカー各社はそうしたモダンPCを次々と発表している。

2019年のグローバルなPC市場はほぼフラットだが、大きく成長した日本市場

JEITAが公開している2019年度のパーソナルコンピュータ国内出荷実績(出典:JEITA)

 2019年のPC市場を振り返ると、グローバルではほぼフラット、日本市場に関しては大きく成長したということになる。

 調査会社などによる2019年第4四半期(10月~12月期)の結果は、原稿を執筆している段階ではまだ発表されていないため、グローバルPC市場での通年の結果はわからないが、調査会社Gartnerによる第1四半期(1月~3月期)、第2四半期(4月~6月期)、第3四半期(7月~9月期)の成長率は、それぞれ-4.6%、1.5%、1.1%と3四半期をまとめると2018年からほぼ変わらない状況だった。

 第1四半期~第3四半期までの合計が1億8,961万2,000台となっており、第4四半期が2018年同期同様の規模(約6,800万台)と仮定すれば、通年で約2億5,800万台強と2019年のGartnerの発表における約2億5,938万台とほぼ変わらない台数が販売されたことになる。

 正式な調査結果は追って調査会社から発表があると思うが、おそらく前年同様の市場というのが結論になるだろう。

 これに対して、日本市場はここ10年でかつてないほどの好景気に沸いた。こちらも第4四半期を含めた正式な結果は出ていないが、第1四半期~第3四半期の結果を見る限りはかつてない成長を遂げている。JEITAが発表しているパーソナルコンピュータ国内出荷実績を見れば一目瞭然だが、2019年度(暦年とは異なり4月~3月まで)の11月までの出荷実績見ると、2019年度の4月~11月までの出荷実績は656万台で、前年同期比151%の成長となっている。なお、JEITAの出荷実績はApple Japan、NEC PC、エプソンダイレクト、Dynabook、パナソニック、富士通クライアントコンピューティング、ユニットコム、レノボ・ジャパンの8社のみが集計対象で、HPやDellといったグローバル御三家の2社が含まれておらず、実際の台数はさらに多くなる。

 MM総研の発表によれば(別記事参照)、2018年度(2018年4月~2019年3月期)の日本のPC市場の出荷実績は1,183万5,000台となっており、今後も同じペースで成長していくと仮定すれば、単純に1.5倍すると1,700万台を超えるここ10年で見られなかった数字が実現するかもしれない。

アプリケーションのサブスクリプション・クラウド化がビジネスの効率化を後押し

MicrosoftのOffice 365はサブスクリプション化という側面と、Officeアプリケーションのクラウド化という2つの側面を持っている。このようにクラウドにデータが置かれていると、PCのデスクトップアプリケーション、Webブラウザ、モバイル(スマートフォン、タブレット)のモバイルアプリケーションなど様々な環境からアクセスすることができ、デバイスとアプリケーションが分離できる

 日本市場でこうした好況を迎えた要因は、大きく言うと2つあると考えられる。

 1つはWindows 7のサポート終了が2020年1月14日にやってくることであり、もう1つが「働き方改革」という言葉に代表されるDXの推進だ。

 Windows 7が安定したOSとして受け入れられていた日本では、そのリプレースの台数が非常に多く、それが2019年の好況につながっていると分析されている。OSが1月14日にサポート終了を迎えたあとも、しばらくは買い換え需要が続くと考えられ、第2四半期前後までは余波があると多くの業界関係者が口を揃えている。

 なお、こうしたOSのサポート終了にともなう買い換えブームも、今回で最後の可能性が高い。Windows 10では「Windows as a Service(WaaS)」の考え方の元、OSの大きなバージョン・アップグレードは存在せず、半年ないしは1年に1度の大規模アップデートだけが提供される仕組みになったためだ。

 もちろん、今後もWindows 8、Windows 8.1のサポート終了にともなう買い替え需要は発生すると思われるが、Windows 7の買い換え需要ほどの大規模ではない可能性が高い。

 このためPCメーカー各社は、もう1つの理由である「働き方改革」という言葉に代表されるようなDX(デジタルトランスフォーメーション)に対応するPCを訴求することに余念がない。

 DXとは言ってみれば、これまでデジタルに無縁だったようなエンタープライズ(企業)やパブリックセクター(中央政府や地方公共団体など)が、デジタルのソリューションを導入して、業務の効率化を図る取り組みだ。

 こうしたDXの取り組みは、すでにある程度ITが導入されている、いわゆるIT系の企業よりも、従来あまりIT化が重視されてこなかった伝統的な企業や地方公共団体で取り組みが進んでいる。ITが活用されてこなかった企業などでは、ITを導入することで得られる効果が大きいためだ。

 そうしたDXの取り組みを後押ししているのは、アプリケーションベンダー各社が提供している、生産性向上のために利用しているアプリケーションのサブスクリプション・クラウド化だ。

 Microsoftが提供してきたOffice製品は、従来の売り切り/ローカルのアプリケーションから、サブスクリプション/クラウドベースのアプリケーションであるOffice 365へと進化している。同じように、Adobeも同社のクリエイターツールをサブスクリプション・クラウド型のCreative Cloudへと移行させている。

AdobeのCreative Cloudに含まれるLightroom CCのデスクトップアプリケーション。データはキャッシュとしてローカルに保存することもできる
Lightroom CCのWebブラウザ版。データがクラウドにあることで、このようにWebブラウザから編集することも可能になる
iPad版のLightroom CC。モバイルからも同じように見え、編集もできる

 Office 365と従来型Officeの最大の違いは、データの置き場所にある。従来型Officeは、データはローカルのストレージに置かれることが前提になっていた。しかし、クラウド型のOffice 365では、データはクラウドに起き、それをPCやスマートフォンからインターネットを介してアクセスする仕組みが前提となっている(「前提となっている」というのはそうでない使い方もできるためだ)。

 PCでは、そうしたクラウド型のアプリケーションを使う場合に、直接クラウドへアクセスするのではなく、同期ツールを利用してあらかじめキャッシュとしてローカルストレージにダウンロードしておいたデータにアクセスして使うこともできる。

 Office 365では、OneDriveやOneDrive for Businessなどのクラウドストレージが標準で提供されており、ユーザーは同期ツールを利用してデータをキャッシュとしてローカルにダウンロードしておき、オフラインの間に更新されたデータはオンラインになったときにクラウドに同期される仕組みがある。そうした、クラウドとローカル両方の良さ兼ね備えたようなハイブリッドな使い方ができることが、PCを利用するメリットの1つになっている。

 クラウド化の最大のメリットは、デバイスへの依存度を減らせることだ。これまではPCが故障したらデータを救出して、それを新しいPCへとコピーして……と決してスマートとは言えないプロセスを経る必要があった。

 しかし、OSやアプリケーションがクラウドネイティブになることで、そうしたことは必要なく、1つのデバイスが故障しても、新しいPCを買ってきてアカウントの設定を行なえば、OneDrive for Businessの同期が行なわれ、データはクラウドからキャッシュがコピーされて利用可能になる。

働き方改革やDXを促進するためのハードウェアが「モダンPC」

筆者がビジネス用のメインマシンとして使っているモダンPCの1つとなるLenovo「ThinkPad X1 Yoga Gen 4」

 そうしたWindows 7からの買い替え需要、DX需要という2つの柱に支えられている日本のPC市場の好景気だが、言うまでもなく前者の柱は1月14日をピークにして、1~2四半期程度で終わりを告げる。

 このため、PCメーカーはDXをよりよく実現するPCの提供を訴求している。これはグローバルでも同様で、PCメーカー各社はOffice 365なり、Adobe Creative Cloudといったクラウドネイティブなアプリケーションをより良く使えるPCを「モダンPC」と呼んで盛んにアピールしている。

 IntelがOEMメーカーと共同で推進している「Project Athena」は、その代表的なプログラムと言えるが、そのターゲット仕様がモダンPCとは何かということをよく示していると思うので、ここにまとめておきたい。

Project Athenaのターゲットスペック(出典: Intel Corporation, Blueprint/Project Athena)
Project Athenaのターゲット仕様(上記資料より筆者まとめ)
SoCCore i7/i5
メモリ8GB(デュアルチャネル)
ストレージ256GB以上のNVMe SSD(Optaneはオプション)
バッテリービデオ再生で16時間以上/Webブラウジングで9時間以上
充電30分で4時間使用できる量を充電
ネットワークThunderbolt 3/Wi-Fi 6 Gig+(LTEはオプション)
スタンバイモダンスタンバイ対応(1秒以下で復帰)
生体認証指紋認証/顔認証
AI機能遠方界マイク/WinMLおよびOpenVINOによるエッジAI
ディスプレイ12~15型1080p解像度以上、3面狭額縁、タッチ/ペン
入力バックライトキーボード/高精度タッチパッド
フォームファクター薄型2in1/クラムシェル

 要するに、ハイスペックなCPU、メモリ、ストレージという構成に、スマートフォンなどのスマートデバイスで当たり前に使われているユーザー体験を実現するためのハードウェアを用意したものだ。

 たとえば、モダンスタンバイはその代表的な機能だ。モダンスタンバイとは、ネットワークに接続された状態のままスタンバイを実現する仕組みで、スマートフォンなどでは一般的なスタンバイ機能だ。

ThinkPad X1 Yoga Gen4はモダンスタンバイをサポートしており、LTEモデム(Fibocom L850-GL)を選択することもできるので、常時接続を実現し、スマートフォン的な使い方が可能になる。カフェでも新幹線でも、海外で遅いWi-Fiに四苦八苦という苦行からも解放される

 Intelはこのモダンスタンバイに必要な機能を、第4世代Coreプロセッサ(Haswell)以降で実装しているほか、AMDも第3世代Ryzen Mobileでサポートを開始している。

 なお、Project Athenaではオプションとなっているが、LTEモデムをPCに内蔵してこのモダンスタンバイと組み合わせると、まさにスマートフォンと同じように常時接続(Always Connected)が実現されることになる。

 生体認証のハードウェアもそうした機能の1つだ。生体認証を利用するには、センサーというハードウェアが必要になる。指紋認証には指紋認証センサーが必要になるし、顔認証ならRGBのカメラ以外に赤外線センサーが必要になる。

ThinkPad X1 Yoga Gen 4は指紋認証に対応している。かつ指紋認証はストレージには一切データを保存しないよりセキュアなデバイスになっている
ThinkPad X1 Yoga Gen 4は指紋認証と顔認証の両対応になっており、両方を搭載することが可能。筆者は購入時に両方を選択し、通常は顔認証、日差しが強いところなど赤外線を利用する顔認証が苦手な場所では指紋を使うようにしている

 意外と見落とされがちだが、遠方界(Far Field)マイクというハードウェアもモダンPCに欠かせないハードウェアになりつつある。

 以前のノートPCのマイクといえば、液晶ディスプレイの上に装着されているWebカムのおまけとして用意されているマイクで、録音品質もイマイチだった。しかし、現在のハイエンドPCでは、4アレイのマイクを液晶ディスプレイの上部に搭載し、360度の音声を拾うマイクがトレンドになっている。

 これにより、CortanaやAlexaのような音声認識の認識率も向上するし、ビジネスパーソンがOneNoteのようなメモアプリを使って会議を録音するなどの用途での録音品質が大きく向上されている。

ThinkPad X1 Yoga Gen 4のマイクアレイ。ディスプレイの左右それぞれに2つの4つのマイクが用意されており、360度をカバーする。従来のWebカムのおまけマイクに比べて格段に録音品質が上がっている。また、場所がディスプレイ上部になったことで、ディスプレイ前面上部にあるマイクに比べてキーボードの音を拾いにくくなっているというメリットもある。キーボードで会議のメモを取りながら録音もするという使い方をしているユーザーには大きな使い勝手向上だ
こうしたディスプレイ上部のマイクはThinkPad X1シリーズだけのトレンドではなく、他社も同様。写真はDell XPS 13 2-in-1だが、同じように上部にマイクが用意されており、録音品質が大きく上がっている

 このほかにも、前回の記事で紹介したプライバシーフィルターのデジタル版、大型の高精度タッチパッド、タッチ機能やペンの実装などの新しいユーザー体験を実現するハードウェアの搭載は、PCの使い方を変え、より現代的にするという意味で、業界はそうしたノートPCを「モダンPC」と呼んでいるわけだ。

 つまりユーザーの生産性を上げるPCこそが「モダンPC」だと言い換えても良いだろう。

ThinkPad X1 Yoga Gen 4はその名の通り、Yoga型の2in1デバイスになっており、ディスプレイはタッチ対応、本体の中で充電式のペン(AES 2.0)に対応している

CESでもモダンPCは続々発表されているが、日本市場ではクラウドシフトが思ったように進んでいないという課題も

Dellのビジネス向け2in1型となるLatitude 9510、狭額縁の15型ディスプレイを備えて、14型の底面積に15型ディスプレイを収めている(別記事参照)

 PCメーカー各社は、まさにそうしたモダンPCへのシフトを強めている。

 現在米国ラスベガスで行なわれているCES 2020で、グローバルなPCメーカー御三家であるDell 、HP、Lenovoは新しいノートPCを発表している。

 いずれも、高性能なスペック、狭額縁ディスプレイを備え、生体認証のハードウェアを備え、製品によってはLTEモデムどころか5Gモデムを搭載している製品もラインナップされている。Microsoftが10月に発表した新しいSurfaceシリーズの製品(Surface Pro 7、Surface Laptop 3、Surface Pro X)なども含めて、こうしたモダンPCが今後のノートPCのトレンドになる。

新XPS 13(9300)、COMPUTEXで発表されたXPS 13 2-in-1と同じように16:10の4面狭額縁のディスプレイを採用(別記事参照)
HPのDragonflyはTile(Bluetoothで紛失物を発見するソリューション)の機能を内蔵したバージョンおよび5G対応版が追加された
HP Spectre x360 15(2020モデル)は狭額縁となり、15型だが14型の底面積を実現、STBR(スクリーン:本体比)は90%を越えている
LenovoのThinkPad X1 Carbon Gen 8はCPUはComet Lakeの第10世代Core据え置きだが、ThinkPad Privacy Guard(電子プライバシーフィルター)対応のFHDパネルの輝度が400nitから500nitに引き上げられ、明るさとプライバシーのバランスが取れるようになっている(別記事参照)
LenovoのThinkPad X1 Yoga Gen 5。CPUはComet Lakeの第10世代Core、同じようにThinkPad Privacy Guard対応パネルの輝度が引き上げられている(別記事参照)

 グローバルではそうしたモダンPCへのシフトが進んでいるが、日本では依然としてトラディショナルなノートPCも売れている。日本だけWindows 7リプレースの特需が起きていることと裏返しだが、米国などほかの市場ほどはクラウドへのシフトが進んでいないという現実も見据えないといけない。

 そのことをよく示しているのが、日本の小売店でのPC売り場だろう。PC売り場へ行くと、今でもポータブルHDD/SSDの製品がずらっと並べられ、PCと一緒に買っていかれるという状況を目にする。つまり、日本のPCユーザーの多くはまだまだデータをローカルに保存し、バックアップや元データを置くためにそうした外付けストレージを使っているのが現実だということだ。

 従って、MicrosoftにせよAdobeにせよ、もっとクラウドを使ってもらうようなアプローチが必要だ。もっとクラウドとローカルのハイブリッドで使えることがPCのメリットであることをアピールしたり、企業がクラウドストレージのセキュリティに懸念を持っているなら、それを解消するような施策が必要になるだろう。

 それが日本のPC業界にとっての2020年の大きなテーマになると言えるのではないだろうか。