福田昭のセミコン業界最前線
世界最小のメモリセルで最先端マイコンの低価格化を牽引する相変化メモリ
2021年1月25日 09:50
大容量のフラッシュメモリを内蔵するマイクロコントローラ(フラッシュマイコン)の微細化が、限界に達しつつある。CMOSロジックの微細化に、フラッシュメモリの微細化が追随できなくなっているからだ。CMOSロジックの量産世代は最先端が5nmノードであるのに対し、フラッシュマイコンの量産世代は最先端が40nmノードにとどまっている。加工寸法では8倍、技術世代では少なくとも4世代の開き(7nm世代、14nm世代、28nm世代が間にあると仮定)がある(微細化と高密度化の限界に挑むマイコン/SoCの埋め込みフラッシュ参照)。
マイコンやSoCなどが内蔵するフラッシュメモリは「埋め込みフラッシュメモリ」あるいは「組み込みフラッシュメモリ」などと呼ばれる。スタンドアロン(単体)のメモリとの大きな違いは、製造技術がCMOSロジックをプラットフォームとしていることだ。
埋め込みフラッシュ(eFlash)のメモリセルは専用構造のトランジスタであり、ロジックに比べると読み書きで高い電圧を必要とするので原理的に微細化しにくい。さらに、22nm世代以降はCMOSロジックのトランジスタが立体化してFinFETとなった。FinFETと互換性のある埋め込みフラッシュ用トランジスタ技術の開発は、極めて難しい。
そこで最近では、埋め込みフラッシュの置き換えを目指した不揮発性メモリ技術(埋め込み不揮発性メモリ技術、eNVM技術)の開発が盛んになっている。埋め込み不揮発性メモリ(eNVM)技術が有利な点はおもに2つ。まず、多層配線工程の途中で記憶素子を作り込むので、トランジスタ技術の制限がない。次に、フラッシュメモリに比べると読み書きの電圧が低い。このため28nm以降の技術世代では、eNVM技術がeFlash技術を置き換えると期待されている。
eNVM技術の最有力候補は、STT-MRAM(スピン注入型磁気抵抗メモリ)技術である(フラッシュマイコンの置き換えを狙うMRAMマイコン参照)。シリコンファウンドリ(半導体製造請負サービス企業)のTSMC、GLOBALFOUNDRIES、Samsung Electronicsはすでに、28nm世代~22nm世代のロジック半導体と互換の埋め込みSTT-MRAM技術を提供中だとされる。2021年(今年)の年末までには、マイコンベンダーから何らかの発表がありそうだ。
16MBの相変化メモリを内蔵する車載用32bitマイコンを製品化
意外なことに、28nm以下の製造技術世代で最初にマイコンベンダーが公式発表したeNVM技術はSTT-MRAMではなかった。大手マイコンベンダーのSTMicroelectronicsが2018年12月に、車載用マイコンへの埋め込みを前提とした28nmロジック互換の相変化メモリ(PCM : Phase Change Memory)技術を開発したと発表したのだ(最先端マイコン/SoC向けで復活する相変化メモリ参照)。
続く2019年2月に同社は、28nm世代の32bitマイコン「Stellar(ステラ)」ファミリーを製品化したと発表した。Stellarファミリーは埋め込みフラッシュの代わりに、最大で40MBとマイコンとしては極めて大きな容量の埋め込みPCM(ePCM)を内蔵可能とする。最初の製品は16MBの大容量PCMを内蔵した。プロセス技術は28nm世代のFD SOI CMOS技術である。
PCM技術は元来、車載用半導体には適していないとされていた。PCM技術は、「カルコゲナイド(Chalcogenaide)」と呼ばれる化合物(合金)が結晶状態(結晶相)とアモルファス状態(アモルファス相)のどちらかの状態で安定することをデータの記憶に利用する。
2つの相を行き来させる(相変化させる)ためには、加熱と冷却の制御が必要である。アモルファス相(データ「0」)への移行をリセット動作と呼ぶ。リセット動作ではカルコゲナイド合金を短時間で非常に高い温度に加熱し、短い時間で急速に冷却する。結晶相(データ「1」)への移行をセット動作と呼ぶ。セット動作では、リセット動作に比べるとやや長い時間でリセット動作よりも低い温度に加熱し、やや長い時間でゆっくりと冷却する。
PCMで標準的に使われるカルコゲナイド化合物は、ゲルマニウム(Ge)とアンチモン(Sb)、テルル(Te)を2対2対5の比率で合成した化合物(Ge2Sb2Te5)である。「GST-225」や「GST225」などと表記することが多い。GST-225の相変化に要する時間は数十nsと短く、相変化の回数は100万サイクルを超える。
Geの比率を増やすことでGeSbTe合金の耐熱性を向上
GST-225の結晶化温度は、150℃とかなり低い。余裕を見込むと、GST-225を使ったPCMの使用温度範囲は上限が+100℃前後にとどまってしまう。上限が+70℃あるいは85℃といった民生用では商品化できるものの、上限が+105℃の工業用は使いづらい。+125℃さらには+150℃といった車載用では商品化は無理、というのがPCMに関する常識だった。
この常識を覆したのが、高耐熱PCM材料の発明である。STMicroelectronicsはGST-225よりもGe(ゲルマニウム)の組成を多くして結晶化温度を高めたGST(「GeリッチGST」あるいは「T合金」と同社は呼称する)材料を開発し、埋め込み用のPCMに導入した(「相変化メモリは熱に弱い」という常識を覆す高耐熱PCM技術参照)。GeリッチGSTの結晶化温度は+370℃と極めて高い。この材料を開発したことで、車載半導体の信頼性グレード「0」(Auto Grade 0)に対応するPCM内蔵マイコンを製品化できるようになった。
メモリセル面積を半分に縮小した埋め込みPCM技術を開発
そしてSTMicroelectronicsは、メモリセル面積を半分近くに縮小した埋め込みPCM(ePCM)技術を昨年(2020年)12月に開催された国際学会IEDM 2020で発表した(講演番号24.2)。当初のePCM技術(仮に「第1世代」と呼ぶ)を同社は、2018年12月に開催された同じ国際学会IEDM 2018(講演番号18.4)で発表している。第1世代のメモリセル面積は0.037平方μmである。
2020年12月のIEDM 2020で発表されたePCM技術(仮に「第2世代」と呼ぶ)のメモリセル面積は、0.019平方μmと極めて小さい。過去に国際学会や学会論文などで発表された埋め込み不揮発性メモリ(埋め込みフラッシュメモリを含む)のなかでは、最小のメモリセル面積だとみられる。第1世代に比べるとメモリセル面積は53%に過ぎない。CMOSロジックの製造技術は同じ(28nm世代のFD SOI CMOSプロセス)であるにも関わらず、メモリセル面積は半分近くに縮んでいる。
第1世代と第2世代の大きな違いは、セル選択素子と素子分離にある。第1世代ではnチャンネルMOS FETをセル選択素子としていた。FD SOIなのでバックボディバイアスをかけているものの、セル選択素子としては標準的である。
第2世代ではセル選択素子を小さくするため、縦型のpnpバイポーラトランジスタをセル選択素子に採用した。FD SOI構造のp型ウエルをコレクタ、n型ウエルをベース、p型拡散層をエミッタとする。CMOSロジックと製造工程の互換性を確保するため、nチャンネルMOSと同様のダミーゲートが残されている。
そしてビット線間の素子分離にSSTI(Super-Shallow Trench Isolation)と呼ぶ非常に浅い溝を採用することで、ビット線間(記憶素子間)の距離を短くした。4本のビット線をひとまとめにし、SSTIで分離している。ワード線の素子分離には、従来と同様にSTI(Shallow Trench Isolation)を使う。これらの工夫によってメモリセル面積を大幅に縮小した。
IEDM 2020では、16MBマクロの製造歩留まりが時間的に変化する様子を論文および講演スライドで示していた。すでに100%近い製造歩留まりを得ている。なおePCMの製造でCMOSロジックに追加するマスクは、わずかに2枚だとする。
ePCM技術が優れている点に、記憶素子の構造が簡素だということがある。上下の電極を含めて層数は5層以下で済む。これに対してSTT-MRAM技術は記憶素子の構造が複雑で、層数は少なくとも10層前後になる。この違いは製造のスループットに影響する。
さらに、モーター制御用途で磁界が外部から印加される場合、ePCMは磁気シールドの必要がない。STT-MRAMはシリコンダイだけでは磁気耐性があまり強くない。モーター制御用途では、場合によっては磁気シールド層入りのパッケージを使用する必要がある。このことはパッケージコストの増加につながる。
ただし、半導体市場への普及という点ではePCM技術には懸念材料がある。STMicroelectronicsは28nm世代のFD SOI CMOSロジックを製造する請負サービス(ファウンドリ事業)を手掛けているものの、ePCM技術を提供するかどうかは不明だ。
一方、埋め込みSTT-MRAM技術は複数の実績豊富なファウンドリ企業が28nm世代および22nm世代のロジックとともに提供しており、マイコンベンダーやコントローラ半導体ベンダーなどから見ると、採用しやすい。今後の展開を待ちたい。