福田昭のセミコン業界最前線

「相変化メモリは熱に弱い」という常識を覆す高耐熱PCM技術

~国際メモリワークショップ 2019レポート

相変化メモリ(PCM)の耐熱性向上に関するおもな発表。IMW 2019の講演内容と論文集から筆者がまとめた

 次世代不揮発性メモリ技術の有力候補である相変化メモリ(PCM)は、「熱に弱い」とされてきた。PCMは電気ヒーターによって記憶素子を加熱することで、データ(抵抗値)を書き換える。低抵抗状態(LRS)から高抵抗状態(HRS)に書き換えるとき(リセット動作)には非常に高い温度に短い時間で加熱し、急冷する。逆にHRSからLRSに書き換えるとき(セット動作)にはやや低めの高温に短い時間で加熱し、ゆっくりと冷やす。

 PCMの記憶素子に標準的に使われてきた材料は、ゲルマニウム(Ge)とアンチモン(Sb)、テルル(Te)の比率が2:2:5のカルコゲナイド合金(Ge2Sb2Te5)である。「GST-225」あるいは単に「GST」と表記することが多い。もっとも単に「GST」と表記してある場合はGeSbTe合金を意味することがあり、比率が2:2:5とは限らないので注意が必要だ。

 GST-225の結晶化温度は150℃とかなり低い。カルコゲナイド合金には結晶状態とアモルファス状態があり、結晶状態がLRS、アモルファス状態がHRSとなる。結晶化温度が150℃ということは、HRS(アモルファス状態)にあるPCMを150℃で放置すると、時間の経過によって記憶素子(カルコゲナイド合金)がアモルファス状態(HRS)から結晶状態(LRS)へと移行することを意味する。すなわち、データ不良が起きる。

 このため、PCMの使用温度は100℃前後が上限だと考えられてきた。使用環境が100℃を超える自動車用マイコンやパワーICなどには適用は難しいというのが、PCMに関する常識である。

 ところが、この常識を破壊した、耐熱性の高いPCM技術(高耐熱PCM技術)が登場してきた。

 その一端が、2019年5月12日~15日(現地時間)に米国で開催された半導体メモリ技術の研究開発に関する国際学会「国際メモリワークショップ(2019 IEEE 11th International Memory Workshop: IMW 2019)」で披露された。

 高耐熱PCM技術を発表したのは、STMicroelectronicsとCEA Letiである。STMicroelectronics(論文番号1-4)はメモリセルのデータ書き換え寿命や書き換え特性などを、CEA Leti(論文番号2-2)は熱効率を向上させる記憶素子構造を考案して4Kbitのメモリセルアレイを試作した結果を、それぞれ発表した。

GST-225(標準組成)をベースにGeの比率を増やす

 ここからは、個々の発表をご報告していこう。最初はSTMicroelectronicsの研究成果である。

 耐熱性を上げる基本的な考え方はシンプルだ。GST-225をベースに、Geの比率を上げていく。すると結晶化温度が上昇する。GST-225では150℃だった結晶化温度を、Geの比率を増やしたGeSbTe(GeリッチGST)では370℃にまで高める。

Geの比率と結晶化温度(Tc)の関係。GST-225(Ge2Sb2Te5)を基準とし、Geの比率を増やして測定したもの。IMW 2019の論文集から

 この「GeリッチGST」を採用した記憶素子をSTMicroelectronicsは試作し、特性をGST-225と比較した。なお採用した「GeリッチGST」を、STMicroelectronicsは「T-alloy(T合金)」と呼称している。

試作した記憶素子の断面を電子顕微鏡で観察した像。ヒーター(下部の黒い柱)の真上が半球状のアモルファス層で覆われている。IMW 2019の論文集から

 はじめはデータ書き換え特性である。セット動作とリセット動作の抵抗値は、T合金とGST-225でほとんど変わらなかった。ただしセット動作とリセット動作の条件は、GST-225とT合金で異なる。T合金の書き換え動作では、より高い温度に加熱している。

 データ書き換えサイクル寿命の特性も、T合金とGST-225でほぼ同じである。10の7乗回の書き換えサイクルを経ても、十分な読み出しマージンを得ている。

データ書き換えにおける抵抗値の累積分布。グラフ中の「T-Alloy」が高耐熱材料、「225」が標準的な材料。IMW 2019の論文集から
データ書き換えサイクル寿命の特性。グラフ中の「T-Alloy」が高耐熱材料、「225」が標準的な材料。IMW 2019の論文集から

 続いて「T-alloy(T合金)」を使った記憶素子の高温放置試験結果である。リセット動作後(アモルファス状態)の読み出し電流は、150℃の温度条件で1,000時間を超えても変化しなかった。さらに温度を上げた190℃の温条件では、300時間を超えたところから読み出し電流が急激に増加した。結晶化が始まったことで、電気抵抗が下がったとみられる。

 一方、セット動作後(結晶状態)の読み出し電流は、150℃で1,000時間を超えてもあまり変化しなかった。190℃に温度を上げて500時間を経過しても、読み出し電流はわずかな変化にとどまっている。

高温放置時間と読み出し電流の関係。リセット動作後(アモルファス状態:高抵抗状態(HRS))での測定値。IMW 2019の論文集から

記憶素子全体を断熱材で囲んで熱効率を高める

 次に、CEA Letiの研究成果をご紹介しよう。こちらもSTMicroelectronicsと同様に、「GeリッチGST」をPCMの記憶素子に使う。さらに、ヒーターによる加熱効率の向上や、隣接する記憶素子間の熱的なクロストークの抑制などをねらい、記憶素子全体を絶縁膜で囲むことを考えた。

 半導体プロセスで一般的な絶縁膜材料は、SiNである。ただしSiNは熱抵抗がそれほど高くない。そこでSiNではなく、熱抵抗がSiNに比べて3倍ほど高いSiCを絶縁膜に採用した。そして記憶素子を囲む絶縁膜がSiN膜とSiC膜の両方で4Kbitのメモリセルアレイを試作し、データ書き換え特性を比較した。

記憶素子の構造図(上)と、SiC膜で全体を囲んだ記憶素子の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)とエネルギー分散型X線分光(EDX)の組み合わせによって元素分析した画像(下)。IMW 2019の論文集から

 室温で4Kbitのセルアレイに対してデータ書き換え動作(リセット動作とセット動作)を実行したときの抵抗値とそのバラつきは、SiN膜とSiC膜で大きな違いは見られなかった。

 続いて1時間の高温処理によって抵抗値がどのように変化するかを調べた。温度範囲は150℃~250℃である。150℃~230℃までは、リセット動作後とセット動作後の抵抗値とその変動に、SiN膜とSiC膜で目立った違いはなかった。しかし240℃~250℃の高温処理では、SiN膜でリセット動作後の抵抗値が大きく低下するセルが生じたのに対し、SiC膜ではリセット動作後の抵抗値の変動は230℃以下と同じ程度にとどまった。

 このテストでは、4Kbitのセルアレイの中で2Kbitをリセット状態、2Kbitをセット状態にしてから1時間の高温処理を加えた。SiN膜で250℃の高温処理を加えたケースでは、リセット状態のセルアレイの中で25%が抵抗変化によって不良ビットになった。これに対してSiC膜でリセット状態のセルアレイでは、250℃の高温処理(1時間)を加えても不良ビットの発生はゼロに抑えられた。

1時間の高温処理による抵抗値の変動。上がSiN膜、下がSiC膜で記憶素子全体を囲んだメモリセル。IMW 2019の論文集から

 「GeリッチGST」のメモリセルは、標準的な「GST-225」のメモリセルに比べると高い温度でデータの書き換えを実行する。したがってメモリセルアレイの書き換え消費電流は、「GST-225」に比べると高くなる。また書き換えに要する時間は、「GST-225」に比べると長くなる。これらの課題については留意しておくべきだろう。