福田昭のセミコン業界最前線
Samsung/IBM/TSMC/GFがMRAM開発の最新成果を披露
2020年12月26日 06:55
SoC(System on a Chip)やマイクロプロセッサ、マイクロコントローラ(マイコン)などのCMOSロジックが内蔵するメモリを、MRAM(磁気抵抗メモリ)で置き換えようとする動きが活発だ。目標は2つ。1つは埋め込みフラッシュメモリ(eFlash)の代替、もう1つはオンチップSRAMの代替である。いずれも半導体加工技術の微細化に、メモリ技術が追随できなくなってきたことが背景にある。
eFlashは、メモリセルを1個~1.5個のトランジスタ(セルトランジスタ)で構成する。セルトランジスタはセルの選択とデータの記憶を兼ねており、その形状はロジックのプレーナ型トランジスタに近いものの、構造はかなり違う。そして高電圧を扱うので、微細化に向かない。技術ノードでは、40nm世代~28nm世代が限界とされる。さらに最近では、ロジックのトランジスタ形状が3次元に変化している。eFlashのセルトランジスタがこの変化に適応することは難しい。FinFETロジックと互換の埋め込みフラッシュ(eFlash)は、まだ商用化されていない。
オンチップSRAMは、6個あるいは8個のトランジスタでメモリセルを構成する。SRAMのトランジスタはロジックと同じトランジスタであり、微細化しても製造そのものは可能だ。ただし、SRAMはメモリセルのシリコン面積がほかのメモリ技術に比べると大きく、大容量化に適さない。
たとえば28nm世代のロジック製造プロセスで64MbitのオンチップSRAMを形成すると、シリコン面積は9平方mmを超える(Samsung Electronicsが国際学会IEDM 2020で発表した論文による(論文番号11.2))。シリコンダイを仮に7mm角とすると、SRAMマクロの占める割合は約2割に達する。これは無視しづらい大きさだ。またSRAMは、微細化によって待機時消費電流が増加するという弱点を抱える。このことも、SRAMの大容量化を難しくする。
これに対して埋め込みMRAMは、記憶素子(磁気トンネル接合(MTJ))を多層配線工程(BEOL)で作り込める。ロジックのトランジスタ技術には依存しない。FinFET、FD SOI、ナノシートFETなどに容易に対応するので、将来の微細化に準拠した開発ロードマップを描ける。またMRAMは不揮発性メモリなので、待機時の消費電流が極めて低い。
メモリセルは1個のトランジスタ(セル選択トランジスタ)と1個のMTJで構成する。メモリセルのシリコン面積はeFlashに比べると大きいものの、SRAMに比べると小さい。そこでシリコンファウンドリを中心に、埋め込みMRAMの研究開発が活発になっている。2020年12月に開催されたデバイス・プロセス技術の国際学会「IEDM 2020」では、その一端が披露された。
オンチップSRAMの代替を想定した開発成果が続出
国際学会「IEDM 2020」で埋め込みMRAM技術の開発成果を発表したのは、Samsung Electronics、IBM Research、GLOBALFOUNDRIES Singapore、TSMC、GLOBALFOUNDRIESなどである。おもな発表5件の内容を概観すると、2年前の「IEDM 2018」で発表されたおもな埋め込みMRAM技術と比べ、明らかな進展が見て取れる。
おもな進展は3つ。1つは、オンチップSRAMの置き換えを想定したMRAM技術の研究成果が出てきたこと。5件中の3件がSRAMの置き換えを狙う技術の発表となった。2年前のIEDM 2018ではおもな発表の4件すべてが、eFlashの置き換えを狙った開発成果だった。
もう1つは、eFlashの置き換えを想定した埋め込みMRAMの用途が拡大しつつあること。具体的には、使用温度範囲を高温側に拡大することで、用途を広げている。高温での動作が特に要求される、自動車用集積回路の信頼性水準(グレード3~グレード1)を達成しつつある。
3番目は、微細化が進んだこと。2018年のIEDMでは、22nm世代~40nm世代の技術ノードによる研究成果が発表されていた。今回は14nm世代と16nm世代の技術ノードを採用した埋め込みMRAM技術が登場した。
以下ははじめに、オンチップSRAMの代替を狙った埋め込みMRAMの研究成果を報告する。研究成果を発表したのはSamsung Electronics(以降はSamsungと表記)、IBM Research(以降はIBMと表記)、GLOBALFOUNDRIES Singaporeである。
Samsung:SRAMフレームバッファを置き換える
Samsungは、オンチップのSRAMフレームバッファを代替する埋め込みMRAM技術を開発した(講演番号11.2)。28nm世代のFD SOI CMOSロジックと同じプロセスで製造する。8MbitのSTT-MRAM(スピン注入磁気抵抗メモリ)マクロを試作してみせた。
SRAMフレームバッファに対する優位性は、記憶密度の高さにある。同じ製造プロセスによるSRAMの記憶密度が0.15平方mm/Mbitであるのに対し、開発した埋め込みMRAMでは0.08平方mm/Mbitとシリコン面積を半分近くに減らせる。
書き換え寿命は10の10乗サイクル(温度は-40℃)とかなり長く、製品としての目標仕様を満足する。一方、データ保持期間は数分間(温度は+85℃)と目標仕様の1時間(60分間)に比べてまだ短い。改良の余地が残る。
動作時の消費電力はスタンドアロン(単体)DRAMに比べると低いものの、オンチップSRAMに比べるとまだ高い。講演では、MTJのスイッチング効率を高めることで、消費電力をSRAMに近づけられるとした。
IBM:ラストレベルキャッシュ用MRAMを14nmロジックで試作
IBMは、ラストレベルキャッシュ(LLC)のSRAMを代替する埋め込みMRAM技術の開発状況を報告した(講演番号11.5)。大規模マイクロプロセッサの3次キャッシュあるいは4次キャッシュには、大容量のSRAMまたは埋め込みDRAM(eDRAM)が使われる。これらのメモリをMRAMで置き換えることで、シリコン面積の削減や待機時消費電力の低減などが見込める。
製造技術には、高性能プロセッサ「Power9」で導入された14nm世代のSOI FinFETロジックを採用した。メモリセルは1個のトランジスタと1個のMTJで構成する。MTJは第1金属配線(M1)と第2金属配線(M2)の間に作り込んだ。M1とM2の最小ピッチは64nmとかなり狭い。MTJの直径は35nm~60nm。記憶容量が2Mbit(512Kbit×4バンク)のSTT-MRAMマクロを試作してみせた。
メモリセル面積は0.0273平方μmである。Power9プロセッサが導入したeDRAMセルの0.0174平方μmに比べると大きいものの、SRAMセル(6トランジスタ)の0.102平方μmに比べると約4分の1(26%)と大幅に小さい。
書き込みパルス幅は4nsとかなり短い。ラストレベルキャッシュ用には十分に見える。データ保持期間は1分間(温度は+85℃、ビット不良率1ppm以下)とまだ短い。書き換え寿命は10の10乗サイクルである(温度条件は不明)。埋め込みMRAMとしては長いものの、ラストレベルキャッシュ(LLC)用としてはまだ足りない。なおIBMの講演スライドでは、LLCには10の18乗サイクルの書き換え寿命(ほぼ無限の書き換え寿命)が望ましいとしていた。
GF Singapore:10の12乗サイクルの寿命と1カ月のデータ保持を両立
GLOBALFOUNDRIES Singapore(GFS)は、オンチップSRAMの代替を狙った埋め込みMRAM技術を開発中である(講演番号11.6)。40MbitのSTT-MRAMマクロを試作し、特性を評価した。製造技術は明らかにしていない。メモリセルは1個のトランジスタと1個のMTJで構成する。MTJは多層配線工程に埋め込んでいる。
動作温度範囲は-40℃~+125℃と広い。書き込み時間は10nsとかなり短い。書き換え寿命は10の12乗サイクル(温度条件は不明)、データ保持期間は1カ月(温度条件+125℃)といずれも長い。SoCやマイコン、イメージセンサーなどでかなり広い用途が見込める。
TSMC:16nmのFinFETロジックと互換のフラッシュ代替MRAM
ここからは、eFlashの代替を狙った埋め込みMRAM技術の発表内容を紹介していこう。研究成果を発表したのは、TSMCとGLOBALFOUNDRIESである。
TSMCは、16nm世代のバルクFinFET CMOSロジックと同じ製造プロセスで埋め込みMRAMを試作した(講演番号11.4)。試作したのは記憶容量が8Mbit(パリティビットを含めると10Mbit)のSTT-MRAMマクロである。
メモリセルは1個のFinFETと1個のMTJで構成する。MTJは多層配線の第4層金属配線(M4)と第5層金属配線(M5)の間に作り込んだ。メモリセル面積は0.033平方μmと小さい。
試作したMRAMマクロの動作温度範囲は-40℃~+125℃とかなり広い。工業用および車載用のロジック(マイコンなど)に埋め込める。読み出しアクセス時間は9ns(電源電圧0.8V±10%、温度範囲-40℃~+125℃)と短い。書き込みパルス幅は50ns(温度は-40℃)。
書き換え寿命は100万サイクル(温度-40℃、ビット不良率0.67ppm)、データ保存期間は10年間(温度+234℃、ビット不良率1ppm)とマイコン用フラッシュメモリの置き換えには十分な長期信頼性を備える。リフローはんだ付け工程によるビット不良率は10ppm未満で、2bit誤りの訂正(ECC)回路によって修正できる。
試験生産によると150℃の温度条件で76%の8Mbit MRAMマクロはビット不良率がゼロだった。自動車用集積回路の信頼性グレード1(Auto-G1)に対応するマイコンに採用可能だとする。
GLOBALFOUNDRIES:製品化した22nm SOIロジック互換MRAMの技術概要
GLOBALFOUNDRIES(以降はGFと表記)は、22nm世代のFD SOIロジック製造プロセスと互換の高信頼性埋め込みMRAM技術を開発した(講演番号11.3)。工業用マイコンや自動車用マイコンなどの埋め込みフラッシュメモリ(eFlash)を製品水準で置き換えられる完成度を得ている。
GFは2020年(今年)の2月27日に、22nm世代のFD SOIロジック製造技術による埋め込みMRAM(eMRAM)の生産を開始し、2020年内に製品のテープアウトを複数の顧客と完了させると公式に発表した。このeMRAMは-40℃~+125℃の動作温度範囲において10万サイクルの書き換え寿命と10年間のデータ保持期間を有する。自動車用集積回路(IC)の信頼性グレード2(Auto-G2)にしており、2021年(来年)にはグレード1(Auto-G1)に対応する予定である。このeMRAM技術の内容を、GFはIEDM 2020で発表したとみられる。
開発に当たっては、記憶容量が40MbitのSTT-MRAMマクロを試作し、特性を評価した。5回のリフローはんだ付け工程による熱処理を経ても、10ppm未満という低いビット不良率(BER)を得ている。さらにパッケージに封止した40MbitのMRAMマクロは、書き換え寿命や高温動作寿命、低温動作寿命などのJEDEC標準の信頼性試験をパスした。
マクロの書き換え寿命は10万サイクル(温度-40℃、ビット不良率0.23ppm未満)と、コード格納用メモリとしては十分に長い。データ保持期間は20年間(温度+150℃、ビット不良率0.1ppm未満)と、工業用や自動車用などの長期使用に耐えられる。
かねてから最先端ロジックの微細化に追随できる埋め込み不揮発性メモリ技術は、MRAM技術だと言われていた。14nm世代と16nm世代のFinFETロジックに埋め込めるMRAM技術が開発されたことは、かねてからの評価を裏付けたと言えよう。将来のロードマップが描けたことは、埋め込みMRAMの採用を後押しする。2021年がMRAMマイコンの「元年」になることを期待したい。