福田昭のセミコン業界最前線
光半導体から撤退するルネサス、増産で攻める専業メーカー
~京セミと浜ホトは新工場を建設
2020年7月7日 10:48
光半導体事業に対する姿勢が国内の総合メーカーと専業メーカーで大きく分かれてきた。総合半導体メーカーのルネサス エレクトロニクスは2020年5月15日に、光半導体事業(半導体レーザーとフォトダイオード)から撤退し、製造拠点である滋賀工場の生産ラインを停止すると発表した。
一方で専業メーカーの浜松ホトニクス(浜ホト)は昨年(2019年)6月20日に、光半導体事業の生産能力工場のため、浜松市南区にある新貝工場に新棟を建設すると発表した。2020年8月に竣工する予定である。
さらに専業メーカーの京都セミコンダクター(京セミ)は、2020年6月9日に札幌で記者説明会を開催し、同社の主力開発製造拠点である北海道の恵庭事業所に光半導体の開発製造拠点「光デバイス製造開発センター」を建設すると発表した。
これらの光半導体専業メーカーに共通しているのは、青色発光ダイオード(青色LED)に代表される照明用LEDではなく、光通信や光センシングなどの分野に向けた光デバイスをおもな事業分野としていることだ。高速の受光素子(化合物フォトダイオード)や高感度の受光素子(アバランシェフォトダイオード)などの受光用半導体が重要な製品となる。
受光用半導体の市場規模は今後、かなりの成長が見込まれている。たとえば市場調査会社の富士キメラ総研は2019年11月に、受光用半導体素子(おもにフォトダイオード)の世界市場規模は2018年の1,108億円から、2025年には1.6倍の1,769億円に拡大するとの予測を発表している。同じく市場調査会社のQYResearchは2019年1月に、代表的な赤外線受光デバイスであるInGaAs(インジウムガリウムヒ素)フォトダイオードの世界市場が2017年の1億5,000万ドルから、2025年には1.9倍の2億8,000万ドルに成長するとの予測を公表した。
ベテラン経営者の就任で注目を集める「京セミ」
上記の3社のなかで最近注目を集めているのが京セミだ。インテル日本法人やフリースケール・セミコンダクタ日本法人、ルネサス エレクトロニクスの経営幹部を歴任してきた高橋恒雄氏が、今年(2020年)の4月1日付けで社長に就任したからだ。マイクロプロセッサやマイクロコントローラなどを主力商品とする大手半導体メーカーで経営に長年携わってきた経験と手腕が、お世辞にも大手とは呼べない小さな光半導体専門メーカーの「京セミ」でどのように活かされるのか。そもそも「京セミ」とはどのような企業なのか。興味は尽きない。
筆者は6月9日に札幌で開催された京セミの記者説明会に出席するとともに、京セミの主力工場である恵庭事業所を訪問する機会を得た。以下では、京セミの将来に向けた事業計画と、光半導体の製品展開について簡単に説明したい。
年平均成長率10%で売り上げを拡大、利益率を10%に載せる
京セミの事業計画をまとめると、「年平均成長率(CAGR)10%で売上高を伸ばす」ことと「売上高営業利益率(営業利益/売上高)を10%に高める」ことだ。中期計画の目標として高橋社長はこの2つを挙げていた。要するに成長拡大路線である。
成長を支えるためには、生産能力の増強が欠かせない。そこで新たな開発/製造棟となる「光デバイス製造開発センター」を恵庭事業所に建設し、生産能力を拡大する。
チップの生産能力を1.9倍、モジュールの生産能力を1.5倍に増強
京セミの主要な開発・製造拠点は2カ所。いずれも北海道にある。1つは恵庭市の恵庭事業所、もう1つは空知郡上砂川町の上砂川事業所である。恵庭事業所はデバイス開発とウェハプロセス、量産組み立てを担う。上砂川事業所は量産組み立てを担当している。
主要製品は、光通信用と光センシング用に分かれる。事業所別では、光通信用フォトダイオードのモジュールとチップを製造しているのが恵庭事業所、光センシング用発光ダイオードとフォトダイオードを製造しているのが上砂川事業所という役割分担になっている。
恵庭事業所の現在の製造能力は、チップが月産130万、モジュールが月産30万である。ここに新棟である「光デバイス製造開発センター」を加えることで、チップの生産能力を月産250万、モジュールの生産能力を月産45万に拡大する。チップの生産能力は約1.9倍、モジュールの生産能力は1.5倍に増加することになる。
光半導体の材料と波長、応用分野
光半導体はアレイタイプを除き、1個の素子を製品とする個別半導体(ディスクリート)が主流である。光半導体には、光を発信する発光素子と、光を受信する受光素子がある。代表的な発光素子はLEDと半導体レーザー、代表的な受光素子はフォトダイオードとイメージセンサーだ。材料はシリコン(Si)のほか、化合物半導体を使う。光半導体用の化合物半導体材料には、ガリウム・ヒ素(GaAs)やインジウム・ガリウム・ヒ素(InGaAs)、窒化ガリウム(GaN)、インジウム・ガリウム・ヒ素・リン(InGaAsP)などがある。
光半導体素子がカバーする波長範囲は、200nm~400nmの紫外線領域、400nm~800nmの可視光領域、800nm~2,600nmの赤外線領域に分かれる。紫外線の光半導体は樹脂の硬化、空気や水の殺菌などに使われる。
可視光の光半導体はディスプレイ、照明、交通信号、機器の状態表示、自動車の停止灯など、幅広い用途で利用されている。膨大な数のLEDが使われている領域でもある。
赤外線の光半導体は光ファイバ通信、家電のリモコン、防犯カメラ用照明、人感センサー、温度計、距離計、3次元形状測定などに使われている。赤外線は眼に見えないので、人間が光に気づかない、あるいは人間にとって目障りにならないという利点がある。
光通信用と光センシング用の発光素子と受光素子を供給
京セミが扱う光半導体製品には、発光素子と受光素子があり、応用分野には光通信向けと光センシング向けがある。発光素子にはLEDとLDがあり、LEDは光センシング向け、LDは光通信向けとなっている。LED製品には紫外線LED(波長365nmと373nm)、可視光LED(波長400nmと680nm)、赤外線LED(波長850nm、940nm、1,310nm、1,450nmなど)、LD製品にはVCSEL(垂直共振器面発光)タイプの赤外線LD(波長850nm)がある。
受光素子には、フォトダイオードとアバランシェフォトダイオード)、フォトトランジスタがある。光センシング向けには紫外線PD(波長200nm~400nm)、可視光PD(波長400nm~1,100nm)、可視光APD(波長400nm~1,000nm)、可視光フォトトランジスタ(波長400nm~1,100nm)、赤外線PD(波長900nm~2,600nm)などを用意している。光通信向けには、赤外線PD(波長850nm、波長900nm~1,600nm)などがある。
設計からプロセス、組み立て、品質保証、不良解析を国内で担う
京セミの特徴はおもに2つある。1つは顧客の要望に応じて製品の仕様を変更する、セミカスタム対応である。光通信分野や産業機器分野などでは顧客ごとに要求仕様が異なることがめずらしくない。チップレベルからアセンブリレベルまで、少量のサンプルから要望に応えられる。
もう1つは、国内の事業所で設計からプロセス、組み立て(アセンブリ)までの一貫生産態勢を敷いていることだ。たとえば恵庭事業所は、一貫生産態勢に加えて品質保証や不良解析などの機能も備える。品質保証では、米国の軍用電子部品規格(MIL-STD)に準拠した信頼性を光通信向け製品で確保する。
国内の半導体産業は元気がない、と言われる。たしかに大手の総合半導体メーカーは大幅に数を減らした。しかし中小の専業メーカーは得意分野を活かし、したたかに生き延びつつある。光半導体分野もその1つだ。今後の活躍を期待したい。