山田祥平のRe:config.sys

開けばインターネットにつながっているPCがもたらす新しい当たり前

 インターネットにつながっていないPCは、どんなに高性能であったとしても魅力に乏しい。PCをオフラインで使うことの虚しさは想像に難くない。だからこそ、モバイルネットワークのインフラが求められ、そこにつながるあの手この手が求められてきた。

ハードウェアにバンドルされる通信サービス料金

 KDDIが新しいビジネスモデルとしてConnectINのスタートを発表した。このビジネスモデルではハードウェアに通信料金が含まれているため、エンドユーザーが通信料金を意識する必要がない。KDDI、ハードウェアメーカー、エンドユーザーという3者は、それぞれが個別の契約で、通信サービス付きのハードウェアを実現する。

 メーカーは販売台数に応じてKDDIに通信サービス費を支払うし、エンドユーザーはKDDIの存在を意識することなく製品代金に含まれた通信料でサービスを利用できるので、通信費の存在を意識することがない。

 このビジネスモデルは、もともと2023年11月に販売が開始されていた日本HPとの先行協業事例であるHP eSIM Connectが発展したものだ。当時、日本HPの法人向け製品だったHP Dragonfly G4とHP ProBook 445 G10のWWANモデルを対象に、auネットワーク回線を使用した5年間のデータ量無制限の通信サービスを法人限定で利用可能にするものだった。

 ちなみに今回のサービスではKDDIと各社は、協議によって個々にサービス内容をカスタマイズできるそうだ。きっとそれによって価格も変わるのだろう。たとえばDynabookでは、HP eSIM Connectが5年間だったサービス提供を4年間としている。これは法人のリース期間が4年であることが多いからだという。

 HP eSIM Connectでは、製品を購入したユーザーは申込サイトでアカウントを作り、製品のシリアルナンバーを指定して回線の開通を申し込む。

 そのために法人であることを証明する現在事項全部証明書や、担当者の本人確認書類としてのマイナンバーカード等、そして、法人に在籍していることを確認する社員証や名刺などの書類を用意して専用サイトにアップロード、eKYCを経て申し込むと、数日で回線登録が完了したことを知らせるメールが届く。

 ストアアプリを使ってeSIMプロファイルをダウンロードしてインストールすることで、以降はauのネットワークを使って無制限のインターネットを利用できるようになる。利用規約上、モバイルホットスポットとしての利用、いわゆるテザリングは禁止されている。技術的に停止する方法がないため「不正利用発覚時のサービス停止」が明記されている。

 それ以外は何の制限もなくインターネットが利用できるというリーズナブルなサービスだ。サービスが法人限定だったのは、個人は膨大に通信帯域を使いがちだという懸念があったからのようだ。初めての試みだけに、念には念を入れての当時のサービスインだったと思われる。

 日本HPとKDDIの間で相互の競合企業とは同様の協業をしない約束があったのか、それとも、使われ方の実態が明らかになるのを待っていたのか、その背景は分からないし、開示もされないだろうけれど、日本HPとの先行協業から1年ちょっとが経過した今、今回の発表にいたったわけだ。

軽くて小さいノートを大きく使うために

 発表会では2024年度内の採用が決定している協業企業としてDynabook、VAIO、パナソニックコネクト、レノボ・ジャパンのほか、ダイワボウ情報システム(DIS)が名乗りを上げたことが発表された。

 おなじみのPCメーカーとしてデル、NEC PC、富士通(FCCL)といったメーカーが見当たらないのは寂しい。レノボ・ジャパンが名乗りを挙げているのだから、傘下にあるNEC PCやFCCLがいないのは意外だった。また、デルについては翌日に同社のイベントがあったので質問してみたが、前向きに検討を続けるということだった。

 今回はPCだが、KDDIとしてはいろいろな機器にサービスを提供したいと考えているそうだ。たとえば車椅子などが通信できればアクセシビリティ向上の可能性が飛躍的に高まるだろう。また、随所の非常口ランプが個々に通信するなどIoT的なデバイスへの実装も考えられるという。

 かつての電話機のように一定の場所にずっと固定されているハードウェアならWi-Fi環境で十分かもしれないが、持ち運ばれて移動するハードウェアの場合はモバイルネットワークへの接続ができるのが望ましい。それができてこそ、ノートPCのディスプレイを開いてスリープから目覚め、顔などで認証してデスクトップが表示されたときにはすでにネットワークにつながっているという環境が手に入る。

 それこそが、パソコンに通信機能を一体化することであり、エンドユーザーが接続ポイントや通信料金のことを考える必要なく、存分に、インターネットを活用できるようになる。

 同様のビジネスモデルは決して昨日、今日始まったものではない。たとえば、AI通訳機のポケトークなどもeSIM内蔵の端末に実装、世界170以上の国と地域で使えるサービスを提供したりもしている。

 もっとも、WAN対応機は各社のPC製品にラインナップされているものの、対応するだけでそれなりの金額が追加の出費となる。

 たとえば、VAIOの場合、VAIO Pro PK-RにWANを追加しようとすると、5Gで3万5,000円、4Gで1万5,000円が必要だ。30万4,800円のベースモデルにこの金額を追加するというのは勇気がいる。しかも維持費としての毎月の通信費を考えると、どんなに便利で頼もしいかが分かっていても二の足を踏むかもしれない。それでもVAIOでは法人向け製品のWAN搭載率は30%を超えているという。

 今回のサービスの開始で搭載率がもっと高くなれば、価格はそのまま、あるいは、さらに廉価で通信料金が含まれるような価格設定も検討されるに違いない。

 ちなみに、日本HPのeSIM Connectでは、サービスを利用するしないで製品価格は変わらない。WAN対応機を購入すればサービスを申し込む権利がついてきて、それを行使するかどうかはエンドユーザーが決められる。

 今回のビジネスモデルによって、WANモジュール搭載機が通信サービス料金を含めるようになることで、エンドユーザーは、環境の維持のコスト負担を気にする必要がなくなる。早い話が、購入後4年間分の通信料金を先払いしているわけだが、その金額は製品代金の中に埋没して隠蔽される。各社ともに今後は個人向け製品についてもこのサービスが使えるようにしていくことも検討しているという。

インターネットを持ち歩くコスト

 インターネットが身近な存在になってはきているものの、まだまだ、いつでもどこでもというわけにはいかない。だが、それは決してインフラが整っていないからではなく、コストの問題が大きいように思う。

 もちろんスマホはインターネットを使える場所を飛躍的に拡張した。しかも、誰もが携行しているスマホは、テザリングをオンにすれば、手持ちの機器をインターネットに接続できる。だが、接続したいときごとにテザリングをオンにするのは面倒極まりない。

 かと言ってテザリングをオンにしっぱなしで携行するとバッテリへのインパクトも大きい。こうした事情もあって、インターネットに接続する可能性のある機器は、個別にWANに接続できたほうが使いやすいのだ。

 通信サービスそのものは、各社ともにたとえば、通常契約に1,100円程度を追加すると、データ専用のもう1回線を追加できるようなサービスを提供している。仮にこれが4年分だとすると、5万2,800円といったところか。企業にとっては社員が得体のしれない野良Wi-Fiを使ってしまうリスクを覚悟するよりは、ずっと安心安全だ。それを先払いすることで、月次の経費精算処理を省略できるメリットもある。

 通信とハードウェアのコストを分離する明朗な料金開示を求められてしまった携帯電話のビジネスモデルを、今度はPCのカテゴリでもう一度的な焼き直し感はあるが、それでPCにWANは欠かせないことが新しい当たり前になるきっかけとなるなら悪くないと個人的には思う。