山田祥平のRe:config.sys

歩みののろいPCの進化

 今、PCはソロバンが電卓になったくらいの大きな遷移の最中にいる。ユーセージモデルも大きく変わろうとしている。汎用アプリを稼働させるための汎用ハードウェアに過ぎなかったPCは、今「調べる」という行為を担うことが求められるようになったからだ。

研究開発とPC

 「R&D」という言葉がある。Research and Developmentの頭文字をとったもので、日本語では研究開発と訳されることが多いようだ。たいていの企業はこのR&Dを担う部門を擁している。製品を作るメーカーのみならず、あらゆる産業で市場が研究され、その結果をもとに新たな製品やサービスが開発されていく。

 PCは今、Researchの部分を担うようになっている。これまでのPCは、Researchのための便利な道具として機能してきたに過ぎない。あるいは、人間のResearchの記録に貢献してきた。インターネットは実社会の縮図であり情報のルツボでもある。そこを探せばたいていのものは見つかる。

 だが、その見つけるという作業はあまりにも過酷だ。なぜ過酷なのか。それはキリがないからだ。これだけ調べたのだからもう調べることはないだろう。そう思った瞬間に、別の情報が見つかったりする。どこかでキリを見つけなければリサーチの作業は終わらない。

 AIに頼む場合、それがローカルで稼働しているのか、クラウドサービスとして稼働しているのかは別として、意外と簡単にキリのない情報探索を打ち切ることができる。エンドユーザーによっては念押しくらいの追加プロンプトくらいは与えるだろうけれど、多くのユーザーはAIの言いなりになるだろう。

 それは、Webブラウザでのキーワード検索だけに頼っていた時代に、リストアップされた銭湯の数項目を開くだけで、インターネットすべてを確認したと錯覚するユーザーがほとんどだったのと同じだ。

 とまあ、PCはそんな役割を与えられようとしてきていて、現時点での未完成なAIでも、使ってみるとちょっとした部下ができたように錯覚してしまうこともありそうだ。

 AIの進化は著しいというけれど、今のAI活用の源流とされるOpenAIのChatGPT/GPT-3.5の公開は2022年11月だった。LLMであるGPT-1の登場は2018年で、2020年6月のGPT-3などを経て、GPT-4に至っている。

 Microsoftは2019年時点で大金を出資、ほぼ同時にGoogleもLLMの提供を準備している。AmazonやMetaも競合サービスとして想定しているのは当時のOpenAIだった。

 AIの進化は2018年前後で大きく変わる。その転換点とされるのがLLMの登場で、2010年代のAIテクノロジーを一気に塗り替えた。2018年にはGoogleのBertやOpenAIのGPTが登場し、新たな流れを作ったのだ。それこそAIに調べてもらってAIのアルケオロジーをひもといてみると、どうやら2018年の動きが今の源流になっているように見える。

騒がしいかなAI界隈

 今は2025年だ。2018年からもうすぐ7年だ。この7年におけるAIの進化はすさまじいものがあったように言われているし、実際にそうなのだが、すでに7年経っているという事実は現実としてどうか。

 コンピュータの世界ではドッグイヤーと呼ばれるスピードで時間が流れるそうだが、犬にとっての1年は人間の7年に相当するとのこと。つまり7年は半世紀だということだ。半世紀かけてこれなのかとも思う。

 だが、今年に入ってからの1カ月の間にも、MicrosoftがOpenAIの独占的データセンターインフラの提供を打ち切ったり、ソフトバンクグループが巨額の追加投資を発表したりと騒がしい動きがあった。AI開発がいかに金食い虫かを証明するような動きで、ほぼ同時期のDeepSeek AIの動向もあって香ばしい。冒頭の写真はSoftBank World 2018における孫正義氏の基調講演の様子だ。

 こんな動きを横目にWindowsやAndroid、iOSといったクラッシックなインフラはどうかというと、なんだか停滞しているようにも見える。もちろん、IntelのプロセッサCore Ultraシリーズ2などが掲げる進化はすさまじいとも思うが、搭載製品登場のスピード感が昔ほど感じられないのも正直なところだ。この状況を観察していると、Microsoftはもしかしたら、WindowsのメインプラットフォームをArmにしようとしているんじゃないかという噂話もまことしやかに思えてしまう。

秘密は秘密、外に出さない

 どっちにしても今後のPCはAI抜きには語れなくなる。それは誰もが同意するに違いない。だが、エッジでやるのかクラウドでやるのか、それともハイブリッドでやるのかというのは難しい課題だ。もちろんどれでもできるようにしておくのが汎用性というものだ。

 というのも、AIに尋ねたいことは、誰もが知りうる事実だけではないからだ。方法はともかく、世間一般の人がいろいろな手段を使って、事実であるに違いない確からしい情報を参照し、それをまとめて収集する。インターネットという手段が確立され、それを介して、組織や個人が公開する情報を参照できるようになったことで、かつて大変だった情報収集は飛躍的に容易になった。

 けれども、PCを操作する自分自身についての情報は得るのも大変だ。なぜならPCのエンドユーザーは、自分自身のことを洗いざらいAIに対して暴露することはなさそうだからだ。それはそれとして、AIも今後は、PCでやりとりしたメールの履歴、Webブラウザで参照するサイトの嗜好、その滞留時間といったアクセス解析などで、エンドユーザー自身の人となりを学習していくことになるだろう。

 そんな情報をクラウドサービスに委ね、万が一にも流出するようなことがあったら、それはパスワード漏洩どころじゃないかもしれない。だからこそ、情報は唯一無二のデバイスに閉じ込め、決してその情報を外には出さないようにする。外からの情報とも混ぜないようにする。あるいはAIが内と外の間に立ってファイアウォールのような役割を果たす。

 不便は目に見えている。ユーザーが使うスマートデバイスは1台であるとは限らない。場合によってはスマホを併用し、ノートPCも数台を使い分けているかもしれない。もちろん機種変更的なPCの乗り換えも想定しなければならない。

 デバイスごとに再学習というのは考えられない。あまりにも不便だ。それぞれのデバイスで同じようなAI活用を行なうには、AIとの対話が何らかのかたちでデバイス間同期される必要がある。でも、自分の情報を外には出さないと決めた以上、それができない。

 そこのところをどう解決するかは、今後の重要な課題となっていきそうだ。ローカルでできればそれでいいというわけではないのだ。超絶的な暗号化通信でデータをリアルタイム同期する仕組みが必要だ。クラウドサービスを通過しても、クラウドにデータが留まらないことが求められる。それで安心かどうかも議論があるだろう。

 そんなわけで、めまぐるしく変わり、議論が起こっているAI界隈なのだが、未だに半年前と変化なくWindows 11のバージョン24H2が落ちてこない環境に、PCハードウェアそのものの歩みののろさを感じる毎日だ。

 それでもそのWindows 11でアプリが稼働するクラウドサービスのGoogle Geminiは、Gmailの受信トレイにあるミーティング案内メールを探し出し、頼めばそれをカレンダーの予定として登録してくれるようになった。今朝方、それができるようになっていることに気が付いた。要約も秀逸で満足できる。これこそが未来だ。クラウドサービスで十分で、ローカルのNPUはピクリとも動かないがそれでいい。

 もちろんウソツキは嫌いだ。情報ソースを再確認することも必要だ。何かを調べてもらうときに複数のエージェントに同じことを尋ねるようにするのは、せめてもの防衛策だ。