笠原一輝のユビキタス情報局
インサイドVAIO Z、曲がるカーボンやTDP 64Wの高性能の秘密に迫る
2021年3月10日 06:55
VAIO株式会社の新「VAIO Z(VJZ141シリーズ)」が3月5日に発売された。今回のVAIO Zの特徴は大きく3つある。
1つ目は、本来はゲーミングノートPC向けと位置づけられているTDP 35Wの第11世代Core H35シリーズ(開発コードネームTiger Lake H35)を採用していることで、通常の薄型ノートPC向けのUP3(TDPのレンジが28W~12W)のTiger Lakeなどに比べて高性能になっていることだ。
2つ目は、5GモデムによるWWANが選択可能になっていることだ(4G/LTEモデムのオプションはない)。5Gに対応しているエリアでは5Gで、4G/LTEに対応しているエリアではLTEで通信しながら利用できる。
3つ目はそうした高性能を実現しているのに、構成にもよるが重量1kg(フルHDモデルで958g~1,013g)を切る軽量さが実現されていることだ。その軽量さは筐体の4面すべてにカーボンを利用したというめずらしい構造にある。しかも、従来の製法では難しいとされてきたカーボンを曲げながら製造するという新しい製造手法を採用している。
そうしたVAIO Zの設計上の工夫や秘密について、VAIOのエンジニアに話をうかがってきたので、その模様を筆者の解説を加えながらお伝えしていきたい。
TDP 35Wの第11世代Core H35をTDP 64W相当で熱設計
以下の前回の記事でも紹介したとおり、新しいVAIO Zの目玉はなんと言っても、Tiger Lake H35こと第11世代Core H35を搭載していることだろう。
その性能などに関しては記事内に詳しく書いてあるので、ここではそれを具体的にどのように実装しているのかを紹介していきたい。
第11世代Core H35は、UP3の第11世代Coreより高いクロックで動作する。現代のCPUはいわゆるターボモード(IntelであればTurbo Boost Technology)が用意されており、ほとんどの場合において、ワーストケースでこのクロックで動作しますとCPUメーカーが規定しているベースクロックよりも高いクロックで動作している。
そしてこのターボモード時に、できるだけ高いクロックで留まれるような設計をできるかどうかがPCメーカーとしての腕の見せどころになっている。
どのように実現しているかと言えば、それには2つのパラメータがある。1つは「熱設計」であり、もう1つが「電源設計」だ。
「熱設計」は、CPUが発生する熱をマシンの外に放熱する仕組みで、具体的にはヒートパイプと呼ばれる熱伝導材でCPUの熱をヒートシンクに伝え、そのヒートシンクを空冷ファンで冷やすことで放熱している。
「電源設計」は、システムボード(ノートPCのマザーボードのこと)に実装されている電源回路から、CPUにどれだけの電力を流すことができるかということ。電力が不足するとCPUはクロック周波数を上げられなくなってしまうのだ。
VAIO Zの熱設計について、同社PC事業本部 エンジニアリング統括部 システム設計課 エレクトリカルマネージャーの板倉功周氏によれば、「一時的にTDPが64Wでも放熱できるような放熱機構や、それに十分な電力を供給できる電源機構を備えている」とのことで、35Wに対応するどころか、それにプラス29Wの余裕があるように設計していたという。
Tiger Lake(第11世代Core)のUP3を搭載した通常の薄型ノートPCの場合には、最大でTDP 28Wを処理できるような熱設計を施す製品や、従来のIce Lake(第10世代Core)を搭載した製品との互換性を考えて、TDP 15Wを処理できるような熱設計を施すものが多い。それらに比べるとかなり余裕がある放熱機構を搭載していることになる。
実際にVAIO Zの内部構造を見れば納得できる。VAIO Zが採用しているヒートパイプは銅製で、見るからに熱伝導率が高そうなヒートパイプになっているからだ。
このヒートパイプはCore i7用が75g、Core i5用が60gとなっている。Core i7用はほとんどが銅であるのに対して、Core i5用はそうではない。銅は重量は増えるが熱伝導率が高いので、Core i7用のほうが熱伝導率が高く、より高いクロックを持続できるということだ。そのため、性能を何よりも重視するなら、VAIO ZはCore i7のSKUがベストチョイスとなる。
なお、Core i7搭載モデルは、ヒートパイプとヒートシンクだけで75gで、それにファンを足せば軽く100g程度は放熱機構という作りになる。VAIO Zのシステム全体の重量はフルHDモデルで約958~1,013gだ。つまり、そのうちの約1割が放熱機構だと知れば、VAIO Zがいかに「熱設計モンスター」であるかがわかるのではないだろうか。
2フェーズで十分だった電源回路を3フェーズ化して安定動作
板倉氏によれば、「VAIO ZはCPU以外にも温度計を搭載しており、表面温度や内部のデバイスの温度が許すのであれば、電力をCPUにさらに流すように設計している」という。
要するにCPUメーカーのデザインガイドなどは一切無視して、CPUやその外のデバイス、さらにはマシンの表面温度などが規定以下であるなら、なるべく多くの電力を供給するということだ。
その結果、前述の記事で紹介しているように、UP3のCore i7に比べて300~500MHz程度は高いクロックで常時動作する。
しかしながら、電力を供給すると一口に言っても、安定して電力を供給するためには、高性能な電源回路が必要だ。ノートPCの場合、電源回路はシステムボード上に実装されており、かぎられたスペースで最大の性能を発揮させる必要がある。
今回のVAIO Zは3フェーズのVRM(Voltage Regulator Module)構成だ。2フェーズ構成でも十分対応可能だったそうだが、意図的に3フェーズにしてあるという。VRMの「フェーズ」が何を意味するかは以下の記事を読んでほしいが、簡単に言うとフェーズを増やすとより大容量の電力を安定してCPUに供給できるということだ。
板倉氏は、「64Wの電力を瞬間的に出すだけなら2フェーズでも耐えられないわけではない。しかし、VAIO Zの場合はできるだけ64Wを供給しつつ、熱も気になるので3フェーズにしている。3フェーズになったことで、熱も分散されるのでより耐えやすくなる」とする。
なお、今回の製品ではコイル側でなく、より消費電力が大きなFET(Field Effect Transistor、スイッチングデバイスのこと)にヒートシンクが接地されており、電源回路の熱もヒートシンクへ送るようになっている。
ファンが冷却しているヒートシンクへ熱を送るようになっているのは何も電源回路だけではない。同じようにM.2の2242(22×42mm)フォームファクタで実装されている5Gモデムモジュールにもヒートシンクとヒートパイプが用意されており、仮に5Gがフルに動作して相当の発熱があっても、きちんと外部に熱を逃がせるように配慮されている。
VAIO製ユーティリティでCPU性能をコントロール可能
こうしたVAIO Zの熱設計だが、熱設計の制御は多くのOEMメーカーが採用しているようなWindowsのパワースライダーによるもののではなく、VAIOが独自に用意している「VAIOの設定」により、性能重視か、静音重視かを切り替えられるようになっている。
同社PC事業本部 システムソフト課 ソフトウェアプロジェクトリーダーの古谷和之氏は、「VAIO ZではWindows 10のパワースライダーには連動しておらず、VAIOの設定でサーマル設定を管理している。ユーザーがそれぞれに最適なモードを選んでおけば、あとはマシン側が自動で性能を調整しながら性能と騒音のバランスを取るようになっている」と説明する。
実際に実機で調べてみるとVAIOの設定には「パフォーマンス優先」、「標準」、「静かさ優先」という3つが用意されていて、ここでCPUのパラメータにセットできるPL1/PL2の値を調整しているようだ。
PL1とPL2の詳細ついては以下の記事を参照いただくとして、簡単に説明すると、CPUが性能を最大に発揮するときの消費電力がPL2、そして従来のTDPに近い設定値がPL1だと考えてもらえばよい。
実機のVAIO Zでは、このPL1とPL2の設定が、それぞれ次のようになっている(数値はHWiNFO64で調べたもの)。
【表】VAIO ZのPL1とPL2 | ||
---|---|---|
VAIOの設定の表記 | PL1 | PL2 |
パフォーマンス優先 | 64W | 64W |
標準 | 35W | 64W |
静かさ優先 | 28W | 64W |
いずれの設定でもPL2は64Wで変わらないが、PL1の設定が異なっている。パフォーマンス優先は64W、標準は35W、静かさ優先は28Wで動作しているということだ。
では、パフォーマンス優先にしているから、ずっとファンが回りっぱなしということかと言えばそうではなくて、CPUに負荷がかかっていないときは、ファンはほとんど回らない。あくまでこの設定は、ピーク時のファンの騒音をどうするのかという設定だと考えられる。
パフォーマンス優先にした場合には、CPUが物理的な限界を迎えるまで、できるだけ64Wのレンジに留まろうとする。VAIO ZのTDP 64Wにも耐え得る放熱機構と、安定した電力供給を支える熱設計/電源設計がこれを実現しているのだ。
5Gのために切り欠いた底面カバー。MU-MIMO利用の工夫も
もう1つのVAIO Zの特徴は、5G一択というなかなか思い切ったWWANオプションの提供だ。別に5Gモデムを提供するのはVAIOがはじめてということではなく、Lenovo、HP、Dellと言った大手海外メーカーは昨年(2020年)から提供開始しているし、日本でも富士通(FCCL)などがすでに採用している。
ただ、たいていは4G/LTEも用意することが多く、5Gのみというのはなかなか思い切った選択だ。VAIO Zがプレミアムセグメント向けであることを考えると、1世代前の4G/LTEは必要ないという判断なのだろう。
VAIO Zの5GモデムはTelitのFN982m(ドライバーの表記による)となっている。TelitはVAIOが4Gの時代からパートナーとして選択している通信モジュールのメーカーで、その技術力には定評がある。
採用されているモデムチップはQualcomm Snapdragon X55 5G modemとなる。5Gと4G以下の互換性を1チップで実現可能で、5Gでは下り最大7.5Gbpsを、LTEでは下り最大2.5Gbpsを達成する。
なお、この下り最大の速度はあくまでモデムのスペックで、実際にはキャリアグリゲーションと呼ばれる複数の回線を束ねて通信する方式を利用するので、ユーザーが契約している通信キャリアがどの組み合せを提供するかによって異なってくる。
また、Snapdragon X55 5G modemは、サブ6(6GHz以下の5G)とミリ波(28GHzなどの超広帯域)の両方をサポートしているが、VAIO Zではミリ波には対応していない。ミリ波は超高速に通信できる方式ではあるが、カバーできるエリアが狭い。現状ただでさえ狭い5Gの利用可能エリアのなかでも、さらに限定的となる。そのわりには大きなアンテナが必要などのデメリットもあり、今回は採用が見送られたのだと考えられる。
このため、今回はサブ6の帯域をカバーするアンテナのみを搭載するが、ここでも設計上の大きな悩みがあったという。
板倉氏によれば、「5Gアンテナを設計するにあたり、4本のアンテナを置かないといけないが、MU-MIMOの距離を稼ぐためにはそれぞれに距離を取る必要がある。その上全部を首上に置くことができないので、本体側に置きたかった。しかしカーボンに覆われてそれができず、設計上の悩みになっていた」という。
後述するが、今回のVAIO Zでは4面が電波を通しにくいカーボンに覆われた構造になっており、アンテナを置くにはそのカーボン部分を少し切り欠いて樹脂性のカバーに置き換える必要がある。当然樹脂にするとその部分の強度は下がるので、どこを切り欠くのかは設計者にとって頭の痛い問題だ。
板倉氏は今回のVAIO Zでは、首上であるディスプレイの上部に2つのアンテナを置き、首下の左右に2つのアンテナをおくことにしたという。簡単に聞こえるが、そこには2つの問題があった。1つが底面(Dカバー)側を切り欠くと、アンテナの利得が思ったように出ないということ、もう1つが前面に置いたスピーカーとの干渉だ。
底面に置くのはVAIOの近年のデザインで採用されているチルトアップヒンジによりある程度解消されたという。チルトアップヒンジは液晶部分が支点になって本体が置き上がる仕組みのことで、キーボードに角度がついて打ちやすくなるというだけでなく、こうしたメリットもある。なお、底面(D面)と側面はアンテナ部分が切り欠かれている。
当初は現在スピーカーが置かれている場所に、代わりにアンテナを置こうという議論もあったそうだが、結局スピーカーの位置は変えなかった。同じ14型でもVAIO SX14はスピーカーの出力を底面に出すようになっているが、VAIO Zでは音の伝わり方を重視して前面に出力が来るように変更されているのだ。
こうしたアンテナ設計は、VAIOが新しく導入した5G対応の電波暗室で試験されている。従来VAIOが利用していた電波暗室はWi-Fi/Bluetooth、そして4G/LTEに対応した施設だったが、今回のモデルで5Gになるのに合わせて5G対応の機器に統一されたとのことだ。
実際、他社のPCなどと比べてしっかりと電波の利得が得られるのを確認しているとのことで、他製品と同じ場所に設置してもより高速に通信できるとし、大きな自信を持っているようだ。
「曲がるカーボン」は通常の熱プレス製法では実現困難
そして、すでに述べたように、VAIO Zは4面(A面 : ディスプレイカバー、B面 : ディスプレイ面、C面 : キーボード面、D面 : 底面)がすべてカーボン製であることが売りの1つになっている。これはすごいことなのだが、それだけ聞いてもすごさが伝わらないので詳しく書こう。
現代のプレミアムセグメントのモバイルノートの筐体素材は、「アルミニウム」、「カーボン」、「マグネシム(リチウムマグネシムなどのバリエーションを含む)」と、大きく3つの選択肢がある。
ここではわかりやすいように、欧米のノートPCに採用例が多いアルミニウムと、日本で設計されているノートPCに多いカーボンの違いについて考えていきたい。
AppleのMacBookシリーズやDellのXPSシリーズなどに採用されているアルミニウム素材の特徴は、剛性の高さだ。カーボンでできているPCのディスプレイ部分を両手で持って、前後に押し引きしてみるとわかるが、結構歪ませることができる。これはカーボンの特性で、パネルが壊れるほどは歪まないので、強度の面では問題ないのだが、ちょっと不安を覚えるのも事実だ。
それに対してアルミのほうはちょっと力を入れたぐらいでは歪まないので安心感がある。ただし、そのトレードオフとなるのは重量で、アルミはカーボンに比べて質量あたりの強度が弱いので、どうしても筐体が重くなってしまう。MacBookやXPSなどがカーボン製ノートPCに比べてやや重めなのはそのためだ。
カーボンのメリットはその逆で質量あたりの強度が強いので、同じ強度であれば重量を軽くできる。ただ、カーボンにも弱点があって、平面の板を製造することは容易なのだが、折り曲げての立体成型が難しい。
より正しく言うと、カーボンでも折り曲げて立体成型することは可能だ。その代表例はレーシングカーのモノコック(エンジンやウイングなどの空力パーツを外したドライバーが乗り込む部分のこと)だ。たとえば、F1のモノコックや最新飛行機の主翼はカーボンでできており、前者はとくに曲面で再現されていることが容易に想像できる。
しかし、カーボンの立体成型を行なうには、オートクレープと呼ばれるカーボン成型の窯に入れて長時間焼き込む必要があり、その手間は通常の製法に比べて複雑になる。その結果として歩留まりは下がり、コストは大幅に上がることになる。レーシングカーや飛行機のように、製造する台数がかぎられている場合には可能だが、製造台数が多くなるPCではそうした製造方法を採ることは困難だ。
通常のPCで利用されているカーボンは、カーボンの繊維に樹脂を加えて、熱で固めて製造する(熱プレス製法などと呼ばれる)。このときにプレスしながら熱を入れて固めるので、平面の天板や底面などを製造するのはさほど難しいことではない。しかし、それを折り曲げたり、絞ったりという加工はきわめて難しいのだ。
最初は歩留まり0だったカーボンの曲げ加工
VAIO Zではこの難解なカーボンの曲げ加工を実現した。具体的に言うとA面となる天板は左右が2箇所折り曲げられ、それが溝のようになっており、B面の左右になる。
通常、カーボンを天板に利用しているノートPCでは天板のみがカーボンで、B面のカバーは樹脂やガラス(タッチモデル)になっていることがほとんどだ。B面にもカーボンを採用した製品は、筆者が知るかぎりではVAIO Z以外にないと思う。
天板はもう1箇所折れ曲がっており、それがチルトアップヒンジを支える部分になる天板下部だ。ここもカーボンのため、非常に強い強度が実現されている。
そして折れ曲がっているのは天板だけでなく、底面カバーもだ。底面カバーの後部と前部はカーボンが折れ曲がって成形されており、USB Type-Cのコネクタなどの部分もカーボンになっている。こうした折れ曲がったカーボンを採用することは強度を確保する上で大きな効果があると言える。
同社 PC事業本部 エンジニアリング統括部 メカ設計課 課長 浅輪勉氏は、「今回のVAIO Zを設計するにあたり、ソニー/VAIO時代から取り組んできたカーボンの利用方法について、勝色(かちいろ)などの地道な進化に慣れてしまっていたのではと自己反省した。それなら、新しいVAIO Zの設計では新しいチャレンジが必要だろうということで、カーボンも曲げて使おうということになった。しかし、通常の熱プレス製法ではなだらかに曲げることまではできていたが、今回のようにカバーになるように曲げることは難しかった。最終的には東レの関連会社で曲げ製造が得意なメーカーで製造してもらった」と説明する。
同社 PC事業本部 エンジニアリング統括部 メカ設計課の武井孝德氏は、「飛行機の翼とかRの大きな曲げ方をしているが、PCの場合には角度を小さく曲げたい。そうすると今度は繊維が切れてしまって成形することができなくなる。そこで当初はどこまで曲がるのかを手探りし、人手で曲げていた。型を作って90度以上曲げられることなどを1つ1つ確認しながら設計していった」とのこと。
武井氏は、最初は小さいものをじょじょに曲げていくことからはじめて、角度を変えたりといった試行錯誤しながら作っていったという。製造時には上下の型を作り、そこにカーボンを入れて熱を加えながらこの形状に仕上げていくとのことだった。
そして成型が完了した後で、USB Type-C端子用の穴などを、CNC(Computerized Numerical Control、工作機械による加工)によりカットしていった。
浅輪氏によれば、「熱プレスでカーボンの立体的な製造をしているメーカーはいないので、CNCでカットしてくれる協力工場を探すことに苦労した。最終的には東レの別の関連会社にお願いすることになったのだが、そこの会社もはじめての経験で試行錯誤の連続だった」とし、設計というよりは技術の確立に苦労したとのことだった。
浅輪氏は、当初の歩留まり(製造数に対しての良品率)は「ほぼ0に近かった」とのことで、歩留まりが上がらずたいへん苦労したという。VAIOはカーボンを自社生産しているわけではないので、前出のような東レの関連会社などと協力して製造し、それを納品してもらうかたちになっているが、各社の協力によって実現に漕ぎ着けたと説明した。
新VAIO Zは安曇野工場で組立。カーボンのための新方法を投入
VAIO Zの最終的な組立は、VAIOの本社がある長野県の安曇野工場で行なわれている。現在のVAIOはODMで製造された製品もいったんはこの工場に運ばれて検品やストレージ容量のカスタマイズなどが行なわれるし、組立自体も安曇野のラインで行なわれることがほとんどだ。今回のVAIO Zもその例外ではなく、一部PCBの製造や組立は安曇野で行なわれている。
たとえば、電源ボタンと指紋認証センサーを兼ねているボタンの基板は安曇野にあるSMT(Surface Mount Technology、表面実装)ラインで行なわれている。VAIOの安曇野工場の特徴は、高度な表面実装技術を有しており、高密度基板を製造できることで、他社のSMTラインでは難しいような基板でも製造可能だ。
VAIO Zの電源ボタン/指紋認証センサーの基板は2つの小さな基板から構成されており、基板メーカーから送られてきた基板に「微粒径はんだ」という微細なはんだを利用してICを取りつけている。
また、組立工程でも複数の工夫が行なわれている。最大の工夫は、液晶ディスプレイのモジュールを、A面、B面のカバーを兼ねている天板に取りつけるときだ。
すでにアンテナ用の配線などが取りつけられた状態で納品されるため、ジグで天板を固定して、場所合わせをしてから液晶ディスプレイをスライドして取りつける。その後カメラやアンテナ本体を取りつけ、それらに樹脂カバーを組みつけて完成させる仕組みになっている。
従来であれば、天板にタブがなかったため、天板に真上から液晶ディスプレイモジュールを置くことができたが、B面もカーボンにするという新設計になったため、工場側で対処しなければいけなくなった。自社の工場で組み立てているがゆえにこうした無理が利くわけで、普通にODMの工場だと難しいだろう。
組立が終われば最後には検査工程が待っている。たとえばマイクの品質検査ではVAIO Z専用のチェック機器を用いてノイズなどが混入していないかを検査している。これらの検査が終われば箱詰めされて出荷されることになる。
なお、VAIOではそうした最終出荷のプロセスを「安曇野フィニッシュ」と呼んでいて、厳格な製品品質の管理などを行なっている。そして顧客サービスの一環として保証書にスタンプを1つ1つ押してから出荷している。購入者にしてみれば、きちんと品質管理されていることがわかり安心できる試みだ。
VAIO Zで開発された新技術はメインストリーム向け製品にも
このように、VAIO Zは性能面での配慮も、そしてカーボンの新しい使い方という観点からも非常にユニークで、ほかのノートPCとは一線を画した製品だと言える。
VAIO Zの社内での位置づけについて、同社取締役 執行役員 PC事業本部長 イノベーション本部長の林薫氏は、2月18日に行なわれたVAIO Zの発表会で、「VAIO ZはVAIO社内のエンジニアが皆一度は設計を担当したいと思っている製品」と表現している。つまり、エンジニアにとっても「作りたいPC」がVAIO Zだということだ。
そして、それを受けて同社代表取締役 執行役員社長 コーポレート本部長の山本知弘氏が、「VAIO Zで培われた技術はほかのメインストリーム向けの製品にも引き継がれていく」と述べており、これはこれからのVAIO SX12やSX14のようなノートPCにも採用されていくということなのだろう。
たとえば、今回のVAIO Zでは、キーボードのキーストロークが従来の1.2mmから1.5mmへと深くなっており、キーボード薄型化の傾向にある現在のノートPCでは逆を行く。もちろん、その分筐体内部を薄くするなどして本体の厚みへの影響を避けているのだが、この新しいキーボードがこれからの新製品にも使われることは想像に難くない。
VAIO Zで確立された熱設計やカーボン成型などの技術が、購入しやすい価格帯のメインストリーム向け製品にも降りてくるというのは、エンドユーザーにとって喜ばしい。ノートPCのブレークスルーを進めた存在として、新VAIO Zが重要な役割を果たしたと言えるだろう。